第28話 夜の攻防
誤字・脱字ご容赦ください。
こっそりと、月明かりの当たらない影に孝和たちは身を潜めた。全員の視線の先には、軍施設の最も西に位置する古びた平屋の建造物がある。大きさはそれなりにあって過去に何らかの形で使用されていたのだろう。そして入り口の前には孝和と同じ装備の衛兵がしっかりと警備についていた。
さらに言えば、地面の様子は今までとは変わったのが眼に見えてわかる。それまでは多少の違いがあるとはいえ、きちんと整地され物資・人の流れにより踏み固められた地面だった。そのせいか、雑草が生えるような場所はあまり見えなかった。
しかし、その建造物の周囲はいままでと違い、壁面にまで蔦が這い回り、入り口に向かうまでにも背丈の高い雑草が生えていた。ただし若干の人の行き来はあるのか、雑草が周囲と比べ低く、馬車が通れるだけの道が僅かに見える。それ以外の範囲には、一面に雑草が生い茂ることから見ても、頻繁には出入りがされているようには見えなかった。
これは軍の施設としては異様ではないかと孝和は考えた。
「この建物ってどんなものなんですか?まるで整備されてるようには見えませんけど?」
隣で考え込んでいるイゼルナにそう尋ねる。顎に人差し指を当て両目を閉じ、瞑想しているようにも見える彼女は、孝和の質問に片目を開いて答えた。
「確か、放棄されたはずの戦時中の施設だと記憶しているけれど……。管理が、ね。放棄したはずなのに整備用の資金が出ていておかしいと、昨年の監査役の報告であったはずだわ。何故か報告が王都の上層部まで上がらなかったのよ。他にもいくつかそういった施設があったから、先にそちらの調査をするように命令が来ていたし……。そちらがカモフラージュだったのね」
唇を強く噛み締め、グッと手袋に包まれた両手を組み合わせる。
「せいぜいひどくても横領の類と思っていたのが悪かったわ。念入りに調査すればわかったかも知れないのに……」
「仕方ありませんよ。あなたのせいではありませんし、傭兵団の調査でも盗賊ギルドの力がここまで根深く軍に食い込んでいるとまでは思いませんでした。不可抗力の域ですよ」
イゼルナの握られた両手を優しく解きながらエーイがフォローに走る。孝和はといえば、そのフォローに回りたかったのだが、動くたびにカチカチと安物の鎧の止め具がこすれあい甲高い音を立てる。もどかしくとも隠密行動中である。ばれない様に待機しかできなかった。
「戦時中って言うと、70年位前ってことですか?当時は何に使われていたんです?」
「確認できる書類は戦後の混乱時に焼失したそうでわからないのよ。当時管理していたのは領主一族で、今は……。確か、沿岸警備のストレイ殿でしょうね」
イゼルナの答えにエーイが反応した。
「例の都落ちの、ですか」
「ええ」
その短い会話で2人は全体像をどうやら理解したようだった。その理解を自分たちにも分けて欲しい孝和はリードで繋がれたバグズと一緒に目線で説明を求める。
「あの……」
「説明は、後だ。お嬢様達が動くぞ」
孝和の質問に鋭く切り返し、エーイが前方の建物の入り口に意識を集中する。それに、孝和も意識を前方に切り替える。
「ワウゥ……」
「我慢だ、バグズ。ここから本番だしな」
軽くバグズの背を撫で、落ち着かせる。目の前でレディによる演舞会が始まろうとしていた。
カサッ……
ほんの小さな草がすれる音がした。衛兵の装備を着込んだ「彼」はその音に鋭く反応し、視線を向ける。槍先はすでにその方向に向けられている。
「……気のせいか」
スッと槍を手元に引き、また前方を見据える。彼の役割は只ひとつ。夜明けまでこの場に誰も近づけないこと。ここまでの注意を払うのは彼が衛兵だからではない。現に、入り口の検問所の衛兵は、昼だというのにあくびをかみ殺しているような平和ボケの連中だった。
軍に所属していながら衛兵の仕事の重要性がまるでわかっていない。このことに彼は強い蔑みの眼を見せないように顔を伏せながら入ってきたのだった。
そう「ここ」の連中は全く危機感が足りない。「俺たち」がどれほどの思いでこの場にいるのかも知らず、ただただ日々を無意味に過ごしている。きっと今回起こるこの件も多くの人間が知らないうちに、何らかの形で時間を掛けながらも決着をつけるのだろう。その予想ではなく事実が、さらに彼を暗く深い思いに包み込む。
「あと、2時間といったところか……。この腐った場所からようやく帰……」
ザッ!!
ギィーンッッ!!
言葉の途中で何の前触れも無く槍が真横になぎ払われた。空気が切り裂かれる音が周囲を剣呑な雰囲気に引きずり込む。
その一振りは背丈のある草の上を通り過ぎていく。あまりの勢いに穂先以外でも、触れた草が触れ千切れ飛び、風に乗って飛んでいく。
その後の金属同士の衝突音は、その槍が剣により受け止められた音だった。受け止めたのは、儀典用の軍服姿のユノであった。愛用のショートソードがしっかりと槍の勢いを殺し、ギリギリと力比べが始まっている。
ただ、彼を驚愕させたのは、彼の一撃を支えきったのがショートソードを構えた右腕一本であったことだった。しかも見た目は女の細腕でしかないのである。
「小娘、何者だ?このような時刻に一人歩きとは、無用心が過ぎるぞ?」
彼は静かに声を抑え、そう切り出す。大声を出せば他に誰かが気付く可能性もある。それだけは避けねばならない。
「あなたこそ、どなたです?衛兵がいきなりそんな小娘に放つ技ではないですし、そこまでの殺気を放つ必要はありませんでしょう?」
薄く笑いを浮かべユノは答える。その視線には値踏みするかのようなどこかさめた雰囲気が漂う。さらには彼女の腕からほのかに紅色の燐光が漂う。
「気功術か!?ぬぅうぅんっ!!」
さらに高まった圧力により一層の力を込め、ユノを押し戻す。
ただ、その一方のユノの側にも何故か若干の動揺が見て取れる。しかしそんなことは関係なく、純粋に力は強い。
先ほどから周囲に助けや、そんな類の声を一切発していないことから、後ろめたいことがあるもの同士であることを双方が瞬時に理解した。
彼は勝負を急ぐため、槍を引く。目線はそのままユノに固定し、大盾を後方に投げ捨てる。盾を投げ捨てた左手で腰元の大振りのナイフを抜き放ち、ユノに肉薄する。
「残念!こっちよ!」
彼の全意識が前方のユノに向いた瞬間、後方で思いがけない声が掛かる。そして意識が2方向に分断される。
「な!?」
後方に視線が行くと、前方のユノと対角線上にカナエがいた。ただし彼女は黒のマントをスッポリとかぶり、彼に見えないように後方に回り込んだのであろう。声を掛け、注意が分散したのを十分確認してからカナエは彼の元に向かって直進する。
一方の彼は、気付いた瞬間にナイフをカナエの進行方向に振るう。
ただ、目線がユノに集中していたので正確な位置を確認しきれないままの上、前方のユノはさらに圧力をかけてきた。先ほどの燐光はすでに眩く輝くほどのルビー色となっていた。
唯一と言ってもいいが彼にとっては幸運なことにナイフの軌道は、カナエの突進を食い止めることに成功した。そしてそれ以上に不運なことに、食い止めたナイフはガッチリとカナエのカタールと、絶妙な力加減で鍔迫り合いを始める。
そこに空いていた右手側前方から、今度は両手で握り締めたユノのショートソードが勢い良く、彼に迫る。
前後両方向からの鍔迫り合いが始まる。前方のユノは力でぐいぐいと押し込むようにして、後方に位置したカナエは力加減を変化させて彼に瞬時の判断を迫る。
「く、そぉっ!!」
跳ね除けようにも、現状打開策が無い。どちらかに集中しようにも、全くタイプが違い下手をすれば一瞬でやられてしまうのは目に見えていた。援護を呼びに行こうにも、それには後方のドアを開けなければならず、その前に陣取るカナエを一撃で仕留める手段を持ち得ない彼には不可能である。
「っそらっ!これでどうさ!?」
カナエが一気にカタールを押し込む。足元が前後に小刻みに重心を移動させざるを得ない為、捌くのではなく力で対応している彼にプレッシャーを掛けて行く。
「舐めるな!小娘ども!この程度でぇぇぇえっ!!」
どっしりと両足を踏ん張り、ユノ・カナエを力任せで押さえ込む。ヘルメットでその表情の確認は出来はしないが、必死の形相になっているだろう。
「あのさ……。あんた、うるさいのよ。もうちょっと静かにしてよね。キール!」
目の前の敵にそう非難する。そして最後にカナエは奥の手を呼ぶ。比較的寂れているため、誰かが気付いても時間は掛かる。しかし、避けるべきであることは変わりない。
「何!?」
雑草に覆われた地面で何かが動く様子がわかる。しかし、人ではない。何か別の何かが動いている。それに対応できる余裕など彼にはすでに無い。
「やっちゃえっ!キール!」
カナエの言葉に応えるように、目の前に白の球体が飛び出す。両手をふさがれ、足元もしっかりと固定された状況下では逃げることも、かわす事も出来ない。
完璧なタイミングで飛び出してきたキールは瞬時に術の詠唱に入る。いつも使う光輪はまばゆく輝き、炸裂音がする。その為、音を極限まで押さえ込み、輝きを減らす。さらには威力を下げないように調整を行う。
『ええええいっ!!』
狙いはヘルメットで守られた頭部。キールの前から放たれる光輪は、目標が静止しているため見事に命中する。極限まで光量と、炸裂音が減衰された光輪はもはやオリジナルの術からはずれ、キールの編み出した新術といっても過言ではなかった。
ただ、威力はそのままに静粛性と隠密性に特化させた光輪であったが、初級術には変わりない。直撃といっても、単発の上に保護された頭部を狙ったものであり、せいぜいで軽い脳震盪を起こせるかどうかである。
だが、今はその程度で問題ない。
「それでは、お休みください。次はどなたが目の前に居られるのでしょうね」
彼の耳にそのユノの言葉が聞こえたのかは解らない。ぐらついた彼の槍をユノが、剣をカナエが捌き、その距離がゼロとなる。耳元で囁きながらユノは右腕を取り、首を押さえる。逆サイドのカナエも左腕を取り、彼女の方は頭部を抱え込み、その勢いのままに地面に向かって倒れこむ。
ドンッ!
さすがに石畳ではなく、土であったため多少のダメージの軽減があった。しかし、限界値近くまで削り取られた意識下では、これ以上耐えれなかったのだろう。彼は、そのままピクリとも動かず、失神したのだった。
「あれは、痛いなぁ……」
あまりに容赦がなかったので、奇襲された相手におそらく敵なのは間違いないとは言え多少の哀れみを感じてしまった。
今、その衛兵は後ろ手に拘束され、猿轡を噛まされたうえにカナエの黒マントで覆い隠されて、見つからないように物陰に放置されている。一方最初の目的地である目の前の建物には鍵が掛けられている。腐っても軍施設、強行突破でぶち破るには扉の重厚さは目を見張るものがある。
「ふむ……。やはり見覚えは無いか。どうやら、軍属では無さそうだし。後で確認する事としましょう」
「了解しました。こちらで引き取る形でいきたいのですが……?」
「まあ、軍内部の内通者の可能性も否定できないでしょうね。その方が良いかもしれません」
後方では、衛兵の懐を探りながら彼のこの後の確保先をエーイとイゼルナが確認しあっていた。
しばらく身体検査を行ったところ、ようやく目的のものを見つけることが出来た。
「ああ、有りました、有りました。このどれかで開くでしょう。この鍵束、軍の印章入りですよ。管理している人物が関係者なのは確定ですね」
「関係者でないとしても、今回の件の責任はキッチリ追及させてもらいましょう。膿は出せるときに出しておかないとね」
エーイがジャラジャラと鍵束の鍵を扉の鍵穴に挿し込み、回していく。他のものは、各自の武器を手に取り、屋内からの襲撃に備える。ただ、孝和やキール、バグズは内部に気配を感じなかったので、おそらくは誰もいないだろうとは他のものに伝えてあった。まあ、あくまで念のためである。
結果、鍵を回すこと3回目で鍵を開けることが出来た。カチンと音を立て扉を開くと同時に一斉に屋内に侵入する。
ダンッ!!
扉を蹴破る勢いで入室し、周囲に警戒を走らせる。よく映画とかで、「エントリーは入り口を避けて別の侵入路を」というセオリーが脳裏によぎったが、そんな装備も技術も無いのだ。音が響き渡る可能性もあるが、それを気にしていても仕方ない。
「では、手はずどおり。この場の警備は任せます。バグズ、行きましょう」
イゼルナがバグズの案内の元、奥に向かい進む。キールとカナエはそれにつき従う。一方、その場に残されたエーイとユノは1階の入り口から近い部屋を捜索後にこの場を警備、孝和は先ほどの衛兵の代理として、呼ばれるまでの間入り口に立つことになった。まあ、前提としてアリア以外の顔を知らないため、もし誰かを発見しても孝和では誰なのかが解からない。
至極、妥当な判断ではある。
「ここの大きさだと、そんなに攫ってきた人は集められなさそうですけど……」
「いや、戦時中の施設ということは、管理していた者しか知らないような抜け道を用意している可能性もあるだろうな」
扉を開け放った状態で、目線は外の様子を見つめた孝和と、内部を警戒するエーイが話し合う。
「それに、この場から逃げるのに屋内に逃げ込むことがそもそもおかしい。大型馬車で入ってきて、その荷物も何処に行った?入門時の記載簿を確認したが、ハキムが中に入っているのは間違いないだろう。と、なるとどこかに用意されていないとな。隠し通路か転送用の方陣が、な」
「そうですか……。やっぱ逃げるのは船とかですかね?」
「いや、陸路の可能性も有るかもしれないな。転送方陣なら行き先次第でどうにでもなる。まあ、海軍の関係者がいるんだ。その可能性は低いかもしれないがな」
「考えたところでどうにも出来ないですね……。ん?」
目線を屋外の遠い位置に向ける。その先には壁があり、特段変な様子は無い。
「どうかしたか?」
「いえ……」
(消えたな……。気のせいか?)
一瞬こちらの方に意識を向けられた気がした。ただ、今はその感覚も消えているし、悪意は感じなかった。
「ああ、まあ気にしないでください」
「そうか……。ならいいんだ」
そんな感じでエーイと孝和の会話が一段落したところで、横からどこかおずおずと声が掛かる。
「あの……?よろしいですか、タカカズさん?」
「んん?別にいいけど?」
孝和の横にユノが並ぶ。それを見てエーイが少し2人から離れる。
「あの、ですね……。さっきなんですけど……」
「ああ。さっきっていうと、あの衛兵モドキの奇襲の事?」
コクリとユノが頷く。
「私、これ、できたこと無かったんです……。使い方とか、簡単でいいから教えて欲しいんです」
そういうとスッと右腕を上げ、紅色の燐光がボワッと包み込む。気功術であろうことは間違いない。個人の資質によりその色は変わる。アリアは金、孝和は白銀、ユノは紅であったのである。
「気功術のことか……。ユノは今まで使ったことなかったんだ。実は、俺あんまり詳しくないんだよね。本とかで調べてはみたんだけど、使うときの個人の感覚的な部分が大きいらしくって、俺の感覚がユノと同じとは限らないし。俺も使えるようになって1ヶ月たってないから、さ」
何気ない口調でそう話すと申し訳無い、と頭を下げる。顔を上げると唖然とした表情のユノと、少し離れた位置のエーイがいた。
「な……!本気で言っているのか?」「嘘……」
言葉にならない程の驚きが彼女たちを包む。
(え、と……。もしかしなくても、この反応はまずい事言ったな、俺)
背中に冷や汗が走る。ヘルメットの中からダラダラ汗が噴き出しているのを感じる。
「あれだけ使いこなせているのに、まだ使い始めて1ヶ月だと……。」
エーイとしてみれば、直に見た蘇生中の光景から孝和を熟練者と判断するのは当然であり、ユノは自身の体の変調が伝え聞いた孝和の気功術が原因の一因と考えていた。
熟練の気功術師は武術の達人であることが多い。自身を追い込み、その極限を垣間見ることでより純粋な気を練ることが出来る力を得るのだ。
その過程として、肉体の鍛錬や精神の修養が欠かせないのである。しかも、条件としてかなりの才能が必要となる。
多くの戦士が気功術の会得に挑戦するも、その自らを追い込む修練に耐えられず、あきらめるのである。ごく僅かな一部の才有る者のみが使いこなすのが気功術といえた。
その意味では、孝和に劣るとはいえ、アリアもその難関を突破した選ばれた者と言える。
しかし一方で使用者が少ないのにもかかわらず、多くのものがその力に焦がれる為、その存在は広く知られていた。
若年の孝和ではあるが、傍目から見れば、ある程度の年月、その技を磨いてきたであろうという、エーイとユノの予想は見事に打ち破られたのである。
「いや、でも、ほら、ね?」
自分でも何を言っているのかは分からないが、何とかこの場をしのがなくてはならない。上手く言葉が出てこない自分に渇を入れ、さらに回らない口を回す。
「子供のころから色々武術もしてたし、こう、力を“通す”とか“流す”のは昔から得意だったし」
必死に先ほどの言葉を覆い隠すように言葉を並べる。
「“通す”……“流す”……。それが極意なんですか?どういう修練が必要なんです!?」
……見事に墓穴の中で墓穴を掘った。
この世界、というよりはこの地域周辺なのかもしれないが、力の概念としてそのような東洋的な武術思想自体が存在しなかったようである。せいぜい“入れる”と“抜く”程度であり、流体を意識するタイプの武術を伝承するものも過去そんなに存在しなかったのだろう。
「いや、でもね……?」
確かに修練という意味ではかなり濃密なものを課せられたと孝和は思う。
孝和のほかには若い門下生がいなかったので、道場内ではかなり絞られた。新しく入門するものも確かにいたのだが、あまりの厳しさに逃げ出すか、まれに来る他流派の実力者で更なる高みを目指す求道者のみ。
逃げ場のない被扶養者の弱みを持つ孝和しか残らないという事情の元、必然的に法寿や高弟たち、他流派の求道者の「おもちゃ」、もとい「素材」、もとい「次代継承者」は孝和1人に集中した。
さすがに学生であるため、放課後くらいしか修練は出来なかったのだが、夏と冬が近づくと彼らが上機嫌になってくるのが分かる。正直、門弟全員で孝和に極秘の訓練メニューを組んでいたのを知った時には、「逃げないと壊される」と恐怖を覚えた。
いつの間にか、長期休暇の初日に玄関に炊き出しの食材が運び込まれ、各々のコーチの隙間ない予定が決定され組み込まれ、夕方には床のひんやりした感覚を味わう状況が毎年の恒例となると、さすがにあきらめの境地に入る。
それを修練と呼んでもいいものだろうか。身に付いたものは多いが、下手を打てば心を病む。多分、いや、間違いなく。
「はい。なんですか?」
キラキラした目線でこちらを見ているユノ。彼女のことを考えれば、やはりこう言うしかないだろう。
「あんまり、お勧めできない方法だから……。止めといた方が……」
「何でです?」
「ああう」
ずいっと孝和に詰め寄る。視線を合わせまいと孝和は顔を背ける。
「まあ、詳しくは後にしますけれど。あの?後ですね?」
「えーと、まだあるの?」
「私と話すとき目線いつも外してますよね」
「いや、そんなことは……」
「いいえ。私の目じゃなくて、鼻の辺りを見てますよね?」
「あ、おおぉうぅ……」
(バレた?人見知り用の就活術だったんだけどな)
大学時代の恩師から教わった「なんとなく視線が合ってる感じになる」対応法であった。
「タカカズさん?」
「あははは……。はあ、ごめんなさい」
こうなると謝るくらいしか出来ない自分の押しの弱さが嫌になる。
ニヤニヤとエーイがこちらを見ている。周囲の警戒は彼が完璧に行っている。それに孝和自身も今のところ新しい気配を認識してはいない。それであるからこの馬鹿騒ぎもできるのであるが。
カ、タン……
コンッ……
「……ッ!…………ャ!!……」
そんな中、「それ」に真っ先に気付いたのは孝和だった。詰め寄ってきたユノに慌てていたとき、耳にほんのかすかに音を捉えた。
「……!?」
急に慌てていた孝和が真剣な表情となり、顔を中空に向ける。それに正対していたユノも追及をとめる。
「あの?」
ユノの疑問を手で押さえ、さらに聴覚を研ぎ澄ます。
カンッ……
「ツッ!!」
身を翻し、屋内、先ほどイゼルナ達が進んでいったほうに向かい全力で駆け出す。その様子に唖然としたユノが一瞬取り残される。エーイは孝和が駆け出すと同時に自身もその後を追いかけている。
「ええ!?ちょ……!」
言葉に詰まりながらも、ユノもその後を追いかける。全員が奥の異変に向かいその場を後にした。
少しだけ場所は移り変わる。
孝和たちの潜入地よりも離れた路地に彼らはいた。
「……たいちょー。アレ、なんスか?俺たち、聞いてないんスけど?」
「……同意します。事前にそういった情報は開示していただきたい……」
黒ずくめの2人組が、そう隣に立つ男に不機嫌極まりない口調で詰め寄る。
「いやァ……。予想以上だったわ。これくらいの距離ならまァ、大丈夫だと思ってたんだがなァ。あの距離で気付くかよ、兄チャン」
そういうと顎に手をやり、薄く生えた無精ひげをなぞる。
「頼んますよ、マジで……。隊長の思いつきにつき合わさせられるこっちも大変なんスよ?牢破りに、軍施設の潜入工作ってもともと無かったプランじゃないですか!?」
「それにも同意します。逃げられたのにわざわざ捕まるなんて、どういうつもりだったんです?」
ジロリと睨まれて、それに耐えられなくなったのかそっぽを向く。
「いや、でもよ?結果的には、なーんか面白いネタは手に入りそうだしよ。もうちょっと突っ込んでみても、なァ?」
「却下です!!」
「おいおい、決定権があるのは俺だぜ?」
「あの連中と出くわしてケンカになったら間違いなくマズイっス。とにかくあのやられたのを回収して帰りましょう。そいつからの情報だけにしときましょう、ね、ね」
黒ずくめのうち、地面に座り込んだ男がそう言い返す。同意するように横のおそらく女性であろうシルエットの人物も頭を垂れる。
「そんなに嫌かァ?」
「当ったり前っス!遠目で見てても、戦ってた奴等と俺らじゃせいぜい五分。あの視線よこした衛兵もそれ以上のクラスでしょうが……。負ける方に張るほどバカな命の掛け方したくねえっス」
「完全に同意です。隊長ならどうにでも出来るかもしれませんが……」
バリバリ頭を掻き毟り、隊長と呼ばれた人物はため息をつく。
「まあ、しゃあねェか……。本来の任務は終了してるし。じゃあ撤収は終わってるな?」
「はい……。人員は撤収済みです。一部の資料は残りますが、問題は無いでしょう」
「よし、そうしたら、タナー。お前、あのやられたの回収して来い。俺は先に帰る」
「ちょ……。えええ!?」
ひらひら手を振りながら、その場を「隊長」は後にする。
「俺、眠みィんだ……。先に馬車に戻ってる」
「お供します……」
「隊長」と黒装束の女性はタナーと呼ばれた男を残し、闇に消えていった。
「俺ばっかり、貧乏くじっスか……」
タナーの哀れなつぶやきもその闇の中に消えていった……
「さて……。どうなるかねェ?頑張んな、お嬢様方……」
「隊長」と呼ばれた男、トレアはその言葉を最後にポート・デイから消え去った。
脱線気味ですが、こんな感じの1話もいいかな?
と、思ってる製作者です。
次回まで少し間が空くかもしれません。そこのところはすみません。