第2話 ルミイ村 村人エンカウント
第2話です。R15とか、残酷な戦闘描写とか書いてあったのに、まったくそこまで進んでません。テンポが遅いので申し訳ないです。
内容もこんな感じです。
その日、ルミイ村に孝和が着いたのは日がだいぶ昇ってからだった。時刻にして8時ごろだろう。
「やっと着いた…。思ってたよりも遠かったな…。」
村の入り口に着いたときにはすでに孝和はぐったりしていた。肉体的には鍛えているため、そんなでもないが延々と続く森の小道と、見知らぬ人どころか、見知らぬ世界の人とこれからうまくやっていけるのか、不安で不安で心のほうが疲れ果ててしまったのだ。
その上、村の入り口に着いたばかりで
「そこの者、それ以上近づくな!!」
と言われてしまった。
入り口に立っている人物は大体20代前半の男性に見える。金髪、碧眼でゲルマン系の容貌だった。両手で槍を抱え、こちらに警戒心を顕にしている。
初めての異世界の人間との遭遇であったのに、それは敵意全開の修羅場とは一体どうすればいいのか。
「待って、待ってください。俺、いや私は怪しいものではありません。落ち着いてください」
そういうと孝和は持っていた直剣を地面に突き刺し、その場所から5歩ほど離れた位置に移動した。
しかし、門番は警戒を一切解かなかった。
「貴様、いったい何処から来た?この先にはこの村の墓地以外には何もないはずだ。他の町から来たにしても、この北門ではなく、正門になるはずだ!!」
なんと、そうか、そういう可能性もあった。これは、印象最悪じゃないか。
「い、いやぁ。それがですね。実を言うとどこから来たかちょっとわかんないんですよ」
「何だと!!貴様ふざけてるのか!!!」
正直に打ち明けてみたところ、さらに怒りに火をつけてしまったようだ。どうしよう。
やいのやいの門番さんと押し問答している間に、村の中にいる住人が集まってきたようだ。村の入り口に何人か遠巻きにこの様子を眺めているのがわかる。
「で、でも本当なんです。信じてくださいよ」
もうほとんど半泣きである。唯一の救いは言葉が通じることであろうか。継承の儀式で真龍の知識を得たときにこの世界での言葉も覚えることができたようである。
もし、誰とも話ができなければ、半泣きどころか、全力で号泣してただろう。
ほんとに良かった。人見知りではあるが、かといってこの世界で孤独というのは悲しすぎる。下手をすると死んでしまう可能性さえあるのだ。
「信じてほしいならまずはプレイスカードを見せんか。それからだろうが。ほれ」
後ろの村人のおじさんが、この状況を見かねて助け舟を入れてくれたようだ。
「ぷれいす?かーど?ですか……。えっと…、何ですか、それ?」
“ぷれいすかーど”とはなんだろうか。真龍の知識にはそんな言葉はない。いったい何のことだろうか?真龍の知識は過去の英知の結晶ではなかったのだろうか?それともこの地方独自の風習や、それに関したもののことだろうか?
「なにを冗談を言っておる。これのことじゃ。持っておらんのか?」
おじさんは、自分のズボンのポケットから手のひらサイズのカードを取り出した。
遠くからだが、それを見せてもらう。赤い色をしたカードで名前やいろいろなことが書いてあるようだ。おそらく本人の身分証のようなものだと判断した。(ちなみに門番さんはしっかりと構えた槍をいつでも突させるよう準備をされている。冷や汗ものである)
ちなみに、文字のほうも読解できるようだ。真龍の知識、すごいな…。
「すいません。俺、そんなの初めて見ました……。今その、プレイスカードでしたっけ?持ってないんです」
孝和のその言葉にざわめきが大きくなる。どうやら今の一言で不審者レベルがさらに上がったようだ。どうしよう。
だが、村人のざわめきは違う方向へむかったようだ。
きっかけは「まさか!」と言った老人だった。その老人から回りに「もしかして…」とひそひそ話しが始まった。
「でも、あんなに元気だし…」「でも、もしかしたら…」「嘘だろ」とかひそひそ聞こえる。聴覚もどうやら継承の儀式で向上したようである。あんまり聞きたくないことも所々聞こえてしまった。「…呪われた」とか「瘴気の影響…」とかである。
「あの、どうしたんですか?なんか、皆さんだけで話が進んでるみたいなんですけど」
急にみんなからの視線が不審者を見るものから、かわいそうなものを見る目に変わったのを感じる。とても強く、本当に強く。
「あの……」
不安に駆られて質問をしようとしたところ、それをさえぎる声が聞こえた。
「聞きたいことがある。私の家で話を聞かせてもらおう」
「「長老!!」」
村人みんなの声がそろった。
みんながその方向を見ている。孝和も顔をそちらに向けると、杖を突いている長老と呼ばれた老人がいた。隣にいるのは奥さんだろうか。
結局、その長老の鶴の一声によって、孝和は入村を許されたのだった。
「さて、とりあえずお掛けなさい。いま、なにか飲み物を用意させよう」
先ほど長老と呼ばれたこの老人、ゴラムは自宅に孝和を案内し、今のテーブルに座るように勧めた。ちなみにゴラム宅の外には門番の青年(名前はタンというらしい)が念のためといって控えている。孝和の剣と篭手、リュックは彼に一時押収されてしまった。
まあ、さすがに客人扱いとなった者の荷物を漁るような失礼なことはしないだろう。
いすに座ると程なくして、暖かなお茶と簡単なお茶請けが運ばれてきた。それらを用意してくれたゴラムの妻は、お茶の用意を整えると、奥に下がった。どうやら、ゴラムが孝和と二人きりで話せるよう、配慮したようだ。
「まず、自分の名前はわかるかね?」
お茶をすすり、多少落ち着いたと思われるところでゴラムは孝和に尋ねた。
「あ、孝和。八木孝和といいます。先ほどはどうもありがとうございました。あと、このお茶もですけど」
「いやいや、安物の茶ですよ。しかし、家名がありなさるか。どこかの貴族、武家の出かね?」
ゴラムはそう言うと自分の茶を一口のみ、お茶請けの果物に手を伸ばした。
「いえ、貴族とかそういったわけではないんですが……」
どう説明したらいいものなのか。私は異世界の住人です、なんて気が触れたとしか思われないだろう。
「ふむ、答えにくいか。まあ、その髪の色からしてもここの辺りの人間ではあるまい。エルフや精霊族、魔族の特徴も無いようじゃし、やはりあの可能性が一番高いか……」
エルフ!精霊!魔族!おお、この世界にはそんなのがいるのか、すごいな。孝和がそう考えた瞬間、真龍の知識が発動した。ただし、これは本を読んでいるような感覚に近い。自分の頭にしっかりと染み込んでいるようなものではない。
あまり、過信し過ぎないほうがいいな、と孝和は判断した。便利ではあるが、真龍の一族の生活・興味に関係ない分野についてはかなり穴だらけのようだ。
なんとなく、それらの固体についての情報が手に入ったがこれはじかに体験したほうがいいと思われた。よし、楽しみにしておこう。うん。
そんなことを考えていたせいか、油断してしまっていたのだろう。ゴラムの次の質問にまったく無防備な状態になってしまった。
「おぬし、もしかして真龍の山から帰ってきたのではないか?」
「うえええ、何でわかったんですか!?」
言ってからしまったと思った。俺のバカ!できるだけ現状把握してから自分のことを話すべきなのに!!
後悔先に立たずである。言ってしまったものは仕方ない。最初から全部説明するべきか?いや、でも異邦人がどんな扱いを受けるかわからない。隠しておくべきだろうか、いやここは正直に、と孝和が迷っている間にゴラムが続けた。
「なるほど、真龍の討伐で名を上げようとした冒険者か、あんたは」
はい?
「いや、おそらくそうじゃろうと思ってな。あんたが持ってたあの剣、無銘ではあったがなかなかの業物、しかも魔法剣じゃった。片方しかないが篭手にも魔力が感じられる。さらに言うならそんな服装の異国人がこの村に来るなど、龍殺しで名を上げるぐらいしか考えられん」
おいおい、もしかしてこれって勘違いしてる?
「あの山に行くには瘴気の谷を越える必要があってな、精神に異常を与えるのだ。無事にその谷を越えても、龍など人の力の及ぶものではない。その恐怖と瘴気の影響で自分の名前以外は良くわからなくなっているのであろう。まったく若いのに命を危険にさらすなど愚の骨頂、嘆かわしいことだ……」
完璧に勘違いしてる!!!間違いない!!!なんとかごまかせるかも!?
ゴラムが言うには、この村には毎年龍殺しの名誉を手に入れようとするパーティーが来ていた。ほとんどは真龍の住む洞窟(孝和が召喚された所である)に辿り着くまでに瘴気にやられ、辿り着いてもぼろぼろの状態となる。龍の中でも上位の真龍にそんなコンディションで勝てるわけがない。無謀な特攻で命を散らすものも中にはいたが、近年はほとんど無益な殺生を嫌うシグラスにより、この近くに転移させられていた。
「今までも何人かの冒険者があの山から帰ってきた。だが、ほとんどのものは心をやられてしまっての。自分の名前すらわからぬものがほとんど、おぬしのように会話ができるものもいなかったからの。まあ、不審者の類には違いないが、すまんかったのお」
そんな哀れみを持った目で見ないでほしい。孝和は山から帰ってきたが心は健康そのもの、別におかしくなっているわけではない。
だが、これはかなりの好機。自分がこの世界の常識を知らなくても、山で心を病んで混乱していることにしてしまえばいい。
「いえいえ、俺自身も自分が何でこんなことになっているのかわからない状況でしたので、仕方ないですよ。日常の常識も少しあやふやなので、いろいろ教えていただけるとありがたいのですが……」
顔がニヤけそうなのを必死に抑えて絶望した顔を作るのはなかなか難しかった。
ゴラムが孝和に提案したのは、少しでもこの世界で生きるあれこれを思い出すまでゴラムの家にいてはどうだろうか、というものだった。
実は1週間後に村の特産である毛織物を取引するのに最も近いマドックの町まで馬車で行くことになっていた。それと交換で日常品も持ち帰るとのことだった。
そこで少し頼りないが、冒険者であろう孝和に一緒に町まで付いていってもらえないかという話である。
それまで日々の生活を村で行うことで今の現状から回復するのではないかと考えたのである。それに対し孝和は
「本当ですか?では、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」
と答えた。
もともと知りもしないことを、思い出せることなどありはしないが、この提案をありがたく受けることにした。
ここで生きていくのに最低限必要なことだけでも何とか習得できるかもしれないと考えたからである。
では、まずは自分の持ち物の価値である。龍の鱗や武具についてはもっと大きな町で調査したほうがいいだろうが、ポケットの中のものについては知っていたほうがいいだろう。
「では、出発までの1週間お世話になるのですから、わずかではありますが料金をお支払いしたいのですが。いくらくらいになりますか?」
この問いかけにゴラムは
「まあ、ここは宿ではないのでね。銀で3枚といったところか。ただでもいいのだが、君も律儀じゃのう」
それを聞くと孝和は財布をごそごそ漁った。何枚かの貨幣を手にとり、ゴラムに見えるように軽くもてあそぶ。
「いや、やっぱり助けてもらった上にただで泊めてくださいなんていえませんよ。あ、じゃあこれでお願いします。おつりってありますか?」
孝和は金色に輝くコインをゴラムに手渡した。
財布を探っていたのは演技であった。実は金、銀、銅貨全部そろっている。しかも全種類かなりの数をシグラスの洞窟から回収していた。財布以外にもリュックのサイドポケットに突っ込んでおいた。これらがそれなりの価値があるなら、しばらくの間は資金面での不安はないだろう。
だが、貨幣価値がわからなかった。各貨幣の交換比率や、金貨については形の違うものが3種類、銀貨と銅貨は2種類にもなっていた。
これがわからなければ、日々の買い物にも不自由してしまう。
「ふむ、では銀で17枚。ほれ、受け取るが良い」
受け取った銀貨を孝和はしげしげと眺めた。受け取った銀貨の全部が2種類のうち一方だけであった。
これを確認すると孝和は次の確認項目に移った。
「あ、すいませんが旅立ちに必要な買い物もしたいのでこの銀貨、銅貨と交換してもらえないですか?」
そう、銀貨・銅貨の交換比率である。
「ははは。ここにはそんな数の銅貨はない。外に出て正門付近にいけば商店もある。ここで両替してどうする。買い物も昼を食べてからでかまわんだろう。後で行ってみるといい」
どうやら銀・銅貨の交換比率は10枚程度ではないようだ。詳しくは言われたとおり昼飯の後でいいだろう。他の形の貨幣が使えるかもそのときに試してみればいい。孝和はそう考えた。
一方ゴラムは、やはりこの青年は心をやられてしまったのだなと思った。普通銀貨3枚の買い物で金貨など出さないだろう。しかも出した金貨は10年前まで鋳造されていた旧貨幣で、今のものより価値は高い。
チャラチャラと手の中でもてあそんでいた中には今の貨幣もあったのにためらいもなく旧貨幣のほうをよこしたのだ。
道理に合わないし、おつりで渡した現在の銀貨に文句も言わない。ああ、常識などにもいろいろと問題が出ているのだな、と勝手に勘違いを深めてくれたのである。
そんなこんなで、昼食である。
メニューはパン、魚と野菜の煮込み、スープであった。
パンは小麦をきれいに挽いたものではなく、昔世界史の教科書で見た黒パンと呼ばれるもののようだった。味自体はぱさぱさとしていたが焼きたてのものを、お金を払ってくれた客人に出すものだからと用意してくれた。
魚は村に程近い川でとれる魚で見た目はヤマメそっくりだった。鱗やワタ等を取り除いたあとに臭みを消すハーブと野菜類をふんだんに使った一品であった。
スープはコンソメスープが一番近いものではないかと思われた。透き通ったベーススープに煮込みに使った野菜のくずを刻んでコトコト煮込んだもので、味はともかくボリュームはかなりのものだった。
「うまい!!」
「……薄い……」
ふたつの声が重なった。
前者は先ほどまで見張りをしていたタンであった。そしてタンの大きな声でかき消された後者は孝和であった。
「どうした、タカカズ?」
そういってタンはバシバシと孝和の背中をたたいた。
せっかくの焼きたてのパンを用意したのだから一緒に食べて行ってはどうかと、ゴラムがタンを招き入れたのだった。タンは何一つ遠慮することなく
「いただきます!!!」
とのたまったのだった。
長老であるゴラムが村での行動を許可したため、警備は不要とのことで、タンはこのまま村の北口に帰るのだろうと考えていた孝和は拍子抜けした。
北口の警備は朝の騒動でもう引継ぎしているし、彼の分担時間はもう過ぎていた。このまま帰るよりは、不思議なこの訪問者と一緒の食事のほうが面白そうだと考えたのだ。
「いや、なんていうか俺の住んでいた地域ではもう少し濃い目の味付けだったからね。なんとなく、口に合わないというか…。あ、もちろんマズイというわけじゃないんですよ。ただ、あんまりなじみのない味だったので……。おお、そういえば!!」
孝和は何かに気づいたように、立ち上がるとリュックのほうに向かっていった。
その様子を見て他の三名は何事かと食事をとめた。
孝和がテーブルのうえに、ガラス製のビンを置いた。そのガラス瓶に書かれていた文字は彼らには読めなかったが、日本語でこう書かれていた。
“本醸造醤油”と。
さすがに牛乳や惣菜は持ってくると邪魔になりそうなのであきらめたのだが、醤油に関しては別である。孝和は日本人である。異世界の食事が口に合わない可能性がある。だが、繰り返すが孝和は日本人である。ぶっちゃけ、どんなに変な食材でも醤油をぶっかければ食えるだろうという自信があった。
余談ではあるが、このときに醤油の代わりにあきらめたのは装飾過多のナイフであった。切れ味自体は錆び付いてほぼゼロに等しかったので、まあいいかと醤油を選んだ。孝和は知らなかったが、そのナイフ、美術品としての価値は美術館で展示品のメインを張れるものであった。
まあ、それを知っていても多分彼は醤油を選んだだろう。
「これは俺の国の調味料です。少し料理の上からかけて食べてみてください」
孝和は手本として自分の分の魚とスープに少量の醤油をかけて食べた。うん、美味い。醤油は最高の調味料だなあ、と痛感していた。
孝和は知らないうちに笑顔になった。それを見た三人は恐る恐る試してみることにした。
この中で、少し機嫌が悪くなった人がいた。ゴラムの妻アマンダである。自分の料理に難癖をつけられたのである。当然のことだ。だが、
「うまい!!!」
「おおおおお!!!すごいぞ、これは!!!!!!」
「あら、あら、あら。いいわねこれ」
結果は以上のとおりである。
この後、伝説の調味料“ショーユ”は孝和のたびに必要な分を除いて、アマンダに譲られたのは言うまでもない。さらに孝和が覚えていた醤油の製造法は、このルミイ村に伝授され、数年後大規模な生産が始まった。後年、アマンダ印のショーユはルミイ村が誇る特産品に成長するがそれは、また別の話である。
ちなみに、孝和が醤油の製造法を覚えていたのは趣味の雑学クイズのおかげであったが、一年以上も前にテレビで見ただけだった。
どうやら継承の儀式の副産物のひとつとして、孝和自身の持つ知識をより鮮明にする効果があったようである。
おかげでほとんど子守唄と変わらなかった学校の授業がいまさらではあるが、理解できた。
高校時代にこの能力がほしかった。本当にいまさらとしか言いようがない。
がんばります。皆さんの反応だけが、気がかりです。
※投稿したその日に誤字を見つけたので修正しました。閲覧してくださったかた、申し訳ないです。