第27話 黒を纏いて、壁を這う
誤字・脱字ご容赦ください。
きっかけはイゼルナ達が、調査対象の家を一軒一軒確認して回っていたときに、偶然ギャバンとククチ達に出会ったことからだった。イゼルナ班は、孝和達よりも比較的北部の軍基地付近の聞き込みを担当していた。
数軒の調査対象の確認が終わった段階で、ギャバン邸で別行動になっていた魔力追跡班のギャバンたちを見かけたのだ。軍基地の唯一の出入り口にある検問所で彼らが押し問答をして、その結果叩き出されるところに、丁度とある豪邸から出てきたイゼルナたちが気付いたのだった。
「基地内にアリアの魔力反応がある!?本当なの、それは!?」
驚いたイゼルナが反射的にギャバンの胸倉をつかむ。それをギャバンは気に留める様子も見せず、ゆっくりと胸倉をつかんでいたイゼルナの手を下ろさせる。
「落ち着きなさい。あなたが急いた所で事態は変わりません。ここでは場所が悪いですから、少し歩きましょう」
目線でその先の出入り口にいる門番を示し、その場を離れることを提案する。さすがにイゼルナもその場で大声を出したことを反省し、その場から不自然でない程度の速度で歩き出す。
「それで、アリアだけなの?義父の反応は無かったということ?」
少し、トーンを落としイゼルナはギャバンに話しかける。
「そうとも言えませんが、バグズにはアマリリア嬢の反応が一番大きく感じられたようです。魔力で追跡していますから、誘拐された者の中で一番強い魔力を持っているのが彼女で、それをほのかに感じ取ったということでしょう」
「そういうことであの軍人さんに中に入れないか交渉してたんですが、さすがに夜間に基地への出入り手続きをお願いしたら無理だといわれまして……。理由も軽々しく言えませんし、しばらく粘ったら叩き出されましてね。融通が利かないったらないですよ」
ギャバンが説明し、それにククチが補足する。
「基地内にいるのは間違いないのね?」
念を押してイゼルナが確認する。
「さすがに全員がいるかはバグズがもう少し近づかないと解りません。しかし、少なくともアマリリア嬢は生きた状態で基地内に入ったのは間違いないですな。時間とともに徐々に魔力残滓も減っていきますから、なるべく早急に調べたいのです。今の時点でも残りカスに近いです。多分朝になれば調べるようなものも残ってはいないでしょう」
イゼルナは口元に手をやり、少しの間考える。今自分の考えている案が今後実家や義父に与える影響や、自分の身の振り方について。
その様子にさすがのカナエも軽々しい口調で話しかけることはできなかった。真剣な様子でブツブツと呟くようにして考えを纏め上げる。
「少なくても、アリアは生きて基地に運び込まれたのよね?」
「はい。死んでいればもっと早くに拡散してしまって、感じられるほどの量は残りませんよ。ほぼ1日が経過して感じられるということは、運び込まれた時点では生存しているはずです」
「そう……」
ギャバンと問答をして、また思考の迷宮にイゼルナは入り込む。自分の置かれた立場、ポート・デイの治安状況、義父やアリアに対する親愛の情、おそらく問われるだろう罪と罰、巻き込むだろう仲間たち、それらを含むあれやこれや。
「…………イゼルナ様?」
「ふう……。仕方ありませんが、うじうじするのは性に合いません。それでは……覚悟はいい?」
イゼルナの声は低く、それでいて重みが感じられるだけの力強さを発していた。その場の皆を突き刺すような視線も、研ぎ澄まされた鋭さを纏う。
それは彼女の決意と覚悟の強さを表すかのようだった。
孝和たちの班が馬車に戻ったところ、すでにイゼルナの班が戻って来ていた。歩みの先の馬車の回りに人がいるのがうっすらとわかる。すでに月は夜空の頂点を過ぎ、徐々にゆっくりと沈み始めていた。街灯がない上に、少し雲が空を覆い始めているようだった。
「ああ、皆戻って来ていたみたいだな。何か収穫があればいいんだが……」
何気なく、そんな独り言がエーイの口から漏れる。それにキールが反応した。
『だいじょぶだよ!きっとイゼルナさんが、なにかみつけてくれてるはずだよ!きっと、そうだ……よ?』
徐々に自信をなくしていったキールの声が妙に痛々しく孝和には聞こえた。
「まあ、向こうで何かは解ったみたいだぜ?ほら、見てみろ。ちょっとだけ皆、いい顔してるように見えないか?な?それに、他の情報もありそうだしな」
軽く微笑んで、孝和はキールを慰める。キールのテンションが下がるのは好ましくない。襲撃を受けたアリアたちの怪我の具合も心配しなくてはいけないだろう。今は孝和のポケットにある杖の先は、血でぬれていた。
アリアも神官職のため、回復術ができるにはできるが、キールほどの技量は無い。アリア本人の重傷の可能性も考えると、キールのやる気は重要なファクターの一つと言えた。
孝和が指差した先のユノとカナエは、馬車の外で話しながら、その側にいるバグズを撫でていた。カナエはそこそこ大きな怪我をバグズのせいで負っていたのに、見た目は穏やかそのものだった。バグズも舌を出して、彼女たちにじゃれていた。
「バグズか……。ククチやギャバンはどうした?イゼルナ様と馬車の中なのか?」
遠目から、バグズ立ちの様子を見つけた孝和の指先を見つめ、エーイはその場にいるはずの残り3名を探す。確かに、3名がその場にはいない。と、いうことは残りは必然的に馬車の中であろうことは分かった。
「あ!ユノ!皆戻ってきたよ!」
歩いてくる孝和たちに気づき、カナエがそれを隣のユノに話す声が、離れた孝和たちに聞こえる。
手を振ってきた彼女たちにエーイが軽く手を上げ答える。それに倣い、孝和も手を振った。
相手が自分に気づいたことを確認すると、カナエは大声で孝和たちに呼びかける。
「早く!こっちに来て!話があるの!」
その声を聞き、何らかの進展があったのだろうとエーイと孝和は顔を見合わせ、エーイは駆け出した。孝和もキールを抱き上げ、その後を急いで追いかけたのだった。
「それ、マジなの?皆して度胸あるなぁ……」
今後について感心した表情を浮かべながら、孝和は目の前の女性陣に確認する。というか、すでに孝和たちが知らない間に準備は始まっており、もう引き返せる状態ではなかったのであるが。
「イゼルナ様は、もう戻られたのだろう?こちらも準備を進めざるをえん。先走りの感は否めないがね。正攻法が通用しないのだからな。仕方ないか……」
「私も止めはしたが、あの勢いに勝てなくてね。現状それ以外の選択肢がなかったのも事実では、ある。まあ、私やバグズを疑うならば、話は別だけれどね」
エーイはギャバンとすでにここにいたるまでの出来事を双方確認し、作戦を練ることにしたようだった。
孝和が、ギャバンやユノ・カナエ班と合流したとき、すでに事態は引き返せないほど、大きく動き始めていたのである。
「何ていうか……。俺、順調に道を踏み外してる気がする……」
孝和は、目の前に垂らされた見た目にも頑丈そのものな真っ黒なロープを見つめ、誰とも無くそうつぶやいた。
ちょっとだけ目線を上にやると、真っ黒な塊がすいすいとロープを上って行くのが見えた。孝和がその場にいるのは、もしその塊が落下してきた場合に備えてであった。
コツン
「ったぁ……」
色々と考えて込んでいたこともあり、油断した孝和の頭に赤い石が直撃した。事前に合図として、壁の上に上がったらその場に落っことす手はずになっていた。
油断した自分が悪いのだが、ちょっと痛かったこともあり壁の上に無言の抗議を送る。
ビシッと「ごめんね!」と言わんばかりに相手側も無言で片手を挙げ、謝罪をしているようだ。ただ、それが誰なのかについては全く解らない。体格からして多分ユノかカナエのどちらかだろう。ポーズの茶目っ気からすると、カナエではないだろうか。
なぜ、先ほどから仮定で話が進んでいるのかというと、その場の全員が黒一色の侵入者用ファッションなのである。
「はぁ……。気持ちは強く!折れたら御終いだからな!俺!!」
声を低めながらも、グッと右手を握り締め、その手を見ると黒の布地で一部の隙間無く、キッチリと覆われていた。そんな孝和を含め壁の上にいる者たちの格好は、普段街中を出歩くには不適格極まりないものである。
頭から足元まで、光を反射しないように、わざわざくすませた黒の布地で作られた服に、数少ない金具にも加工が施してある。さらに持っていた剣もキッチリと布で縛られている。
はっきりいって、昼に孝和を襲撃した2人よりもさらに上等な侵入着といえた。それがなぜ、傭兵団であるククチがすぐに孝和・エーイ・ユノ・カナエと様々なサイズ違いの全員分の服を準備してこれたのか。いやな予感がしたが、不思議だったので、その点をエーイとククチに尋ねたが、薄い笑顔を浮かべ「本当に知りたいか?」と言われ、それ以上首を突っ込むのを止めてしまった。
知らないほうがいいこともある。知るべきではないこともある。きっと、多分。
「よし、登ろう。時間も無いしな!」
気を取り直し、孝和は目の前のロープを掴むと、そのまま足を壁に付け不恰好に登って行く。お世辞にも優雅とは言えず、力技全開でぐいぐいと腕力を駆使して壁を登っていった。
孝和たちは、現在海軍基地内への不法侵入の真っ最中だった。バグズが基地周辺で感知した魔力残滓を嗅ぎ取り、その報告を受けたイゼルナが動き出した。これが原因となり、孝和に残された道はイゼルナの策に乗っかるしか無くなったのである。イゼルナは正規の方法で入門。孝和・エーイ・キール・ユノ・カナエは壁伝いに進入。ギャバンとククチは連絡役として、周囲の高台で待機となった。
(イゼルナ様も少しくらい俺たちを待っててくれてもいいのに……。相談とかして欲しかったぜ。猪突猛進ってこういうのを言うんだろうな……)
腕に感じる自身の体重、そしてキールの入ったリュックの重量を十二分に感じながら、こっそりと音を立てないように必死に壁を昇る。進入者を拒むその城壁は、造り自体は石を積み重ねた石垣だったこともあり、足を乗せるだけの窪みは十分あった。だが、孝和にはある問題があった。
(俺はっ!こんなことっ!!やったこと無いんだよっ、と!)
声を出すわけにはいかないので、心の中で悪態を吐きながら足場を確保して上に向かい登り出す。経験上、こんなことは高校の武道場のロープ登りを何度かした位だった。さらにいえば、頼みの綱である身体強化の気功も試しに軽く右手に出すと、光を通さないとの黒い布地を通して煌々と光り輝くのである。隠密行動には使えないことこの上ない。
その状況で、今は10mを越す垂直の石垣を、不安定な足場と、ロープ1本で登ることになっている。人生には何が起こるか解らないのだと言う事の見本のようだった。
(ロッククライミングとかっ!やり方勉強しとけばっ!!よかったかなっ!!)
正直あまりそういった方面には興味が無く、行きつけの書店ではそこから少し離れた場所に置いてあるハーブ栽培や家庭菜園のコーナー、マンガ新刊の平積みに直行していた。入り口からの移動ルート上には、アウトドア関連のコーナーが在ったのだが、こんなことなら少しだけでもページをめくるくらいはしておけば良かったと、後悔先に立たずを地で行くことになったのは皮肉である。
だが、それでも無理やりではあったが、大体7~8mくらいの位置まで登りつくことが出来た。その時であった。
『いま、どーなってるのー?おしえて!おしえて!』
キールは、孝和の背中に背負われたリュックの中でユサユサと身じろぎしながら語りかける。
念話のため、外部には声が漏れることは無いのだが、このタイミングは非常に都合が悪い。
『ちょ、待て!キール!!今はマズイって!落ちるから!!って、え?』
ズルッ
孝和がキールに対応するのに少しだけ集中を切らしたため、見事に足を滑らせた。
「おおおおっ!!?」
咄嗟にロープを掴む両腕に全体重がかかる。大声を上げ、必死にそのロープにしがみつく。ミシミシと総重量100kgを越す重みにロープが悲鳴を上げる。
「セ、セーフ……」
ダッコチャンスタイルとでもいえる体勢で、必死にロープにしがみつく孝和は後ろに背負われたキールに注意した。
『キール!あんまり動くなっていったじゃないか!お前は真っ白で目立つから、外から見えないようにしないといけないんだよ。悪いけどもうちょっと我慢してくれ!』
『ご、ごめんなさい……。だいじょうぶだった?ますたー?』
『ちょっと声が出たけど……』
そっと上を見ると、両手を○にしているカナエ(仮)が見えた。
どうやら、周りの警備には気付かれていないようだ。それにホッとしてしっかりと足場を確保し、また上を目指してミシミシ音を立てながら登って行く。
きっちり真っ黒なリュックに封入されているキールを思うと、さすがに不安になるのはわかるのであまりキツイ口調で注意できなかった。だが、自分のしたことに申し訳なさを感じたのか上に着くまでキールは黙ったままだった。
『なあ、キール?』
『……なぁに?』
『俺は、決めた、ぞ』
『なにを?』
『これが片付いて、マドックに帰ったら、ギルドのっ、初心者用サバイバルこっ、講習を、受けに行く……』
『……そうだね。がんばって!ますたー!!』
息も絶え絶えに、孝和は壁の上で突っ伏していた。他のメンバーと比べても、その疲労は色濃く見えた。
「大丈夫か、タカカズ?ここだと見つかる可能性もある。少しでいいから歩けるか?」
エーイの言葉に何とか腹ばいになった状態から四つんばいになり、よろよろと立ち上がる。ゼエゼエと慣れない行為をしたこともあり、いまだに呼吸が整わない。
「まさか、あそこで、落ちるとは、思わなくて、ですね……」
キールのユサユサで落ちかけたところから先が地獄だった。何故か急激にそこから石の種類が変わったのだ。質感がツルッツルのスベスベで、足をかけた途端、暗かったのと予期せぬ足元の感触の激変に慌てて、足を滑らせロープを手から放してしまった。
両手両足で壁面にへばりつき、そこからは命綱なしのロッククライマーなぞをする羽目になった。足場を確保できなくなって2度ほど勢いよく顔面をぶつけ、すねもしたたかに打ちつけることになったが、何とか生きてたどり着くことが出来た。
「他のものはすでに移動した。急ぐぞ」
手を貸してもらい、体力よりは精神的にへろへろの状態ではあったが休む暇などない。
「は、はい……。行きましょう……」
それにしても、と孝和は思うのだ。
(エーイさん、バグズを背負って登ってたのに……。どうしてこんなに元気なの?)
城壁に繋がる回廊をこそこそ警戒しながら進んだ先に、その扉はあった。ただ、警備は全くそこまで見当たらず、イゼルナが「何とかしておく」と言ったとおり、警備は完全に無力化されていた。
ただし、
(この壁面の欠けた所……。多分ついさっきだよな、出来たの……)
指先で軽く壁の穴をなぞる。細かな破片がパラパラと床に落ちる。床にはまだ新しい破片が見える。一体「何とかしておく」というのはどのような方法だったのだろうか?
(えーと……警備の人って同僚じゃないのか?ちょっと可哀想過ぎない、それ?)
そんなことを考えていると、目の前の扉が開く。ゆっくりと開く扉からイゼルナが顔を出した。孝和とエーイを視線に捕らえると、声を出さずに顎で室内に入るように促す。それに2人が頷き返し、すばやく体を室内に滑り込ませる。
その部屋の扉のプレートは「保管倉庫」となっていた。
「じゃあ、これと、これ。後は……ああ、これね。時間もないし、さっさと着替えてきなさい。急ぐのよ?」
そう言うイゼルナに手渡されたのは、エーイは士官の軍服、孝和は一般兵用の量産された鎧一式だった。
「いや、何で俺の分は軍服じゃないんです?動きにくいし、ガチャガチャうるさいから隠密行動なんて出来ないじゃないですか!?」
手渡された着替え一式はどう考えても、これから先の行動に制限が出るであろうことは間違いないものである。陣地の警備をメインとするのであればいいが、今回はそれが目的ではない。
「まあ、そうなんだけどね……。あなたのサイズの男性用装備が私の手元に無いのよ。私の服を着れるなら別だけど、さすがに身長は同じでも横は入らなさそうだし、女物は嫌でしょ?」
それを聞いて多少不本意ではあるが、彼女の言葉に従うことにした。確かにイゼルナの軍服は孝和と同じ身長の彼女を凛々しく包み込んでいるが、縦はともかく、横が見た感じ不可であった。無理に着込めば、一気に破れてしまうだろう。
「はぁ……。それは解かりましたけど、何でカナエやユノの服はあるんです?イゼルナ様のサイズとは違うし、デザインからして別の部署の物じゃないんですか?」
ピッと指差した先のカナエ・ユノはイゼルナの着用している軍服・鎧と違い、同じパンツスタイルの様式ではあったが、素材から違うように見えた。
青をベースにして、細かな意匠は同じ様だが動きやすい軍服に比べ、ゆったりとした上着は、決して荒事には向いているようには見えない。付属でショールのような布地まで付いている。
しかも下半身には柔らかそうな素材のパンツスタイルの上に、パレオ状の布地が巻かれ、止め具にも洒落っ気のある赤色の石がはめ込まれたアクセサリーが眼に止まる。非常に見た目を重視した女性用の、いわゆる儀典用のものではないのかと思われた。
ちなみに、カナエは軽く姿見があったのでポージングしており、ユノはその後ろで動きにくいのか、しきりに布地を引っ張り上げたり、どこかで一括りに纏めれないものかと、四苦八苦していた。バグズにいたっては床で丸くなっている。
「ああ、私個人のコレクションだから。男性物を集めてもね……」
「横領?」と孝和の脳裏にそんな言葉がよぎる。勝手にそんなものを集めるのはマズイだろう。軍の官給品を個人で所有するのは大丈夫なのだろうか?
「いっておくけど、納品の業者には割り増しで頼んであるからね。私のサイズは特注になるから手に入らなかったんだけど、何かそれって悔しいじゃない?」
一瞬ではあるが、イゼルナは孝和が浮かべた表情から瞬時に自分への悪印象を感じ取り、釘を刺した。
一方の孝和は、表情を読み取られたのを感じ、乾いた笑みを浮かべる。
やはり、自分はまだまだだな、と。
「すんません……。話は変わりますけど、欲しかったんですか?あの服?」
「駄目かしら?結構ああいったデザインは好きなんだけど、似合わないかしら?」
くるりと首を回して、後ろで着心地を確かめる女性陣を見る。確かにユノやカナエには似合うだろう。しかし仕事着としての二者択一ならば、凛々しさが前面に押し出されるイゼルナには、むしろ今の軍服のほうがただの美しさだけでない輝きを感じることが出来る気がした。「魅せる」という点ではイゼルナの判断は間違っているかもしれない。ただし、孝和はそこまで女性物の洋服には詳しくない。ならば、違う観点からの意見をもらうべきだろう。
「うーん……。キールはどう思う?」
押し込められていた背負い袋から、次は編み上げのケースへと移動させられたキールに意見を求めた。ちなみにエーイは奥で着替え中である。
『んーと、ねぇ……。イゼルナさんはそのかっこうのほうが、かっこいいよ!あっちもふわふわしてるけど、なんかちがうかも!』
だ、そうである。
「ふーん、そうか……。こっちのほうが格好いい、ね。キールは格好いいのが好きなの?」
イゼルナはしゃがみこんで、ぺしぺしキールを撫で回すというより、弾力を確認して楽しむ。
『うん!せいぎのみかたは、かっこよくないとだめなんだよ!!』
そう断言したキールは、当然じゃないかといわんばかりの勢いでケース内でジャンプする。その言葉に反応したのは目の前のイゼルナではなく、そのやり取りを見ていた孝和でもなく、ユノとカナエの2人でもなかった。
「そうか。では、どうだ?キール、私はどう見える」
奥から襟元を正しながら、エーイが出てくる。先ほどまでの胡散臭さ全開の黒装束から、糊の利いた軍の士官服に着替え、コツコツと軍靴を響かせながら現れた。
『うわぁぁ……。すごい!すっごいよ!エーイさん、かっこいいぃぃ』
髪を油で撫でつけオールバックにしたため、今のエーイは、同性である孝和にとっても見惚れるほどの男っぷりであった。キールの声色もどこかうっとりとしていて、ヒーローショーにきた子供たちを孝和に思い出させた。
「ふむ……。おかしくは無いようだな……。しかし、孝和。君もいい加減に着替えないか。時間も無いだろうに」
纏わり付くキールをあやしながら、そう話しかける。
「えーと……。これ、そこまで時間掛かりませんよ?多分」
そう言って、ガシャンと鎧を持ち上げる。まず、服はそのままに下に着る貫頭衣をスッポリとかぶる。それで足元までが、ほぼ覆い隠される。次に鎧を手に取った。指で強めに触ると、ペコンと音をさせて板が凹む。作りも大雑把な、まさに量産品である。これもさっきと同様、かぶるようにして着込む。肩の部分も無い品の為、これで本当に鎧として問題ないのか少し悩んだ。まあ、自分の考えるべき事柄ではないので無視することにする。篭手を嵌め、紐を締めて手を握って開いて感触を確認した。その後はフルフェイスの兜を被る。さすがにこちらは頑丈にできているので少しだけ安心した。そして、槍・大盾を持ち準備が終わる。これらの装備にかかったのは僅かに5分ほど。完璧に着込んだ姿はどこからどう見ても、衛兵であった。
「よし!ではいきましょうか!」
意気込みを出して、バグズの首元から伸びたリードを掴む。巡回の衛兵Aの出来上がりである。その場での違和感の無さは、言うまでも無い。
「似合いすぎてて、何もいえないわね……」
「そうね……。ぴったりだものね……」
「2人とも、タカカズさんに悪いわよ!声を落としてよ!」
順にカナエ・イゼルナ・ユノである。
これには彼女たち以外のメンバーどころか、孝和本人も姿見で確認して、その通りであるなぁ、と言い返す気が全くおきない程であった。
約1ヶ月ぶりの投稿となりました。ここまでは書けるのですが、この先がどうも計画の通りにいかないもので、完璧にストップしていました。
時間をかけたのと、冷却期間をおいたので少しだけ先が見えたのでゆっくりと書いていきたいと思います。
年度末になり、部署異動がある様でどうも予想以上に時間が削れています。今以上に遅筆となりそうですが、楽しんでいただける方が居られれば幸いです。