表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
価値を知るもの  作者: 勇寛
それこそが日常
26/111

第24話 事態は想像を超えて

誤字・脱字ご容赦ください。

 襲撃者の最後の一手はその場の全員が息を飲むほどの鋭さと、殺気をはらんでいた。しかし、孝和はその攻撃を完全に見切り襲撃者2名を倒したのであった。部屋中に響き渡ったメキッ、という音は襲撃者の顔に肘がめり込み、骨が砕けた音だろう。粘りつくような、ヌチャリという音がその後に続く。孝和の肘が顔から離れると、肘と顔の間に数本、赤く糸が引いた。右肘を打ち込むまで、あまり感情の色を出さないように気をつけていた孝和の表情が、一気に崩れる。それはまさに「やっちまった!まずい!!」という苦みばしったものだった。

「キール!!急いでこの娘を治してくれ!くそ!手加減できなかった!!」

 ジ・エボニーをを即座に放り出し、崩れ落ちたユノの体を慎重に、しかし急いで仰向けに横たえる。頭と顔を覆っていた黒い頭巾と布を取り払う。何とか口元の布を取り払うことには成功したが、頭巾はどうやらこちらもサークレットで留めてあるのだろう、まるで外せそうに思えなかった。その一部見えた肌の色はココアのような優しい茶色であった。


「キール!まだなのか!?頼む、がんばってくれ!!」

『やってるけど!だめ!なおるのが、おそくなってくよぉ…………』

 キールに怒鳴るのは筋違いなのは判っているが、そうせずには要れなかった。孝和が頼んでから、キールはすぐにユノの横に飛び込んできた。キールの神の祝福ゴッド・ブレスがユノの体を包み込み、徐々に傷を治していく。だが、何時もの様に、一気に傷が治り、目が覚めるような様子がない。少しずつだが治りだしているのだろうが、それ以上にユノの体から命の灯火が消えていくのが判る。神の祝福ゴッド・ブレスの効力が落ち始めている。口元に耳を当て、呼吸を確かめる。手首で計る脈も徐々に弱くなっている気がする。

「くっ!……キール、神の祝福ゴッド・ブレスを掛け続けてくれ!」

 そう頼むと、孝和は腰元のナイフを抜き放ち、ユノの上半身を包む黒装束を切り裂く。

「ちょ、ちょっと!何をする気なの?敵とはいえ、女の子なのよ!バカなことは止めなさい!?」

 孝和の行いを見ていたイゼルナが飛んできて、彼の肩をつかんで自分に向きなおさせる。イゼルナの考えていることは全くの勘違いなのだが、その勢いで自分の行動を邪魔された孝和は、鋭く怒気を含んだ視線でイゼルナを睨みつける。そのあまりの真剣さにイゼルナはひるんだ。

「人工呼吸と、心マの準備だよ!!邪魔しないでくれ!!」

「じ、じんこうこきゅう?しんま?何だそれは?」

 睨み付けられ、それ以上何も言えなくなったイゼルナに変わり、ククチが尋ねる。エーイとギャバン、バグズは今の状況を静観することにしたようだ。もう1名、気絶したカナエをそこらの紐で縛り上げ、隅に移動させている。かなりの吐血量だったが、どうやら気絶しただけで命自体にまだ影響は出ていないのだろう。

「今は説明する時間がないんです。後で説明します!しばらく好きにやらせてください!!」

 孝和は心の中で舌打ちする。書籍からの情報によると、この世界の医療技術の最高水準は、魔力というものを利用できる点で、かなり高いと考えられる。完全に失った部位に関しても再生が可能で、孝和が考えるには、金さえあれば限定的ではあるが、元の世界よりも優れた治療を受けることも出来るだろう。

 しかしその一方、医療水準を魔力で無理矢理に引き上げている所為で、魔力での治療法以外が発展する機会を大きく奪い取っている。医者は神官職や、回復術の使用者に限られ、それ以外はどれだけの腕を持とうともモグリのヤブ医者扱いであるし、薬品の効能も書物によって様々といった具合である。

 孝和の人工呼吸と、心臓マッサージもこの発展していない医療に分類されるのだろう。イゼルナだけでなく、他の者も孝和の言った意味がわかってはいないようである。その為、孝和は説明することを後回しに、自分のできることに全力を注ぐことにした。




 引き裂きながら乱雑に孝和はユノの上半身を覆う黒装束を剥ぎ取った。複雑で容易には解けない巻き方をしてあったので、脱がし方が判らなかったのだった。

「待ってくれ。待ってくれ。もうすこしがんばってくれよ。頼むぞ」

 独り言をぶつぶつといいながら、剥ぎ取った服の下にある胸部を保護しているプロテクターを急いで観察する。その間にも顔色が徐々に青ざめていく。

「タカカズ、何かできることは?」

 ククチがそう言ってくる。それに孝和は甘えることにした。

「そっち側の止め具を切ってください。俺はこっちを」

 その間にも、孝和はナイフをプロテクターの止め具に当て、力任せに切り離す。止め具の中に硬糸が使われているらしく、なかなか切れない。ククチも自分のナイフで肩口・わきの下の2箇所を切り出す。

 切り離したプロテクターを放り投げ、胸に手を当てる。鼓動がほぼ感じられないことと、そしてどうやらプロテクターの下にも固めの布地で補強していることが分かった。切り裂いた黒装束の布地からある程度の大きさのあるものを掴んで手元に引き寄せる。

「ごめん!皆、向こうを向いてくれ!」

 叫ぶと同時にナイフを胸元に当て、一気に上着を力任せに切り落とす。その際にユノの胸元から腹部までがあらわになる。グッと両手で観音開きに上着を広げ、ユノの滑らかな肌と、プロテクターと固めの布地で押さえつけられていた想像以上に豊かな乳房が、孝和の目に入る。周りの男性陣はさすがにそっぽを向いてそちらを見ないように配慮していた。

孝和もあまりそちらを見ないようにして、すぐに布地を胸元にかけ、覆い隠した。その後に呼吸を確認する。数秒ではあるが寄せた耳元に呼気が感じられず、孝和はユノの気道を確保して人工呼吸の用意に入った。首の骨折はすでにキールの神の祝福ゴッド・ブレスで元に戻っている。後は呼吸を回復させるだけの生命力を無理矢理でも注ぎ込めばいい。



 呆然と孝和のやっていることを見ていた。キールがユノの怪我を回復させることが出来たのも驚いたが、それ以上に孝和の不可思議な動きがイゼルナには驚愕だった。

 彼女が見ていたユノの状態はすでに手遅れであった。今までにもこういった症状の人間を見てきている。軍に所属する彼女には日常のひとつといえた。怪我を回復術で完全に無傷に戻しているのに、そのまま亡くなった同僚は10や20ではない。ユノの状態も同僚たちとさほど変わりないように見えた。

 だが、孝和はユノの頭を少しだけ持ち上げ、鼻をつまんで大きく息を吹き込んだ。その行為を行うと、ユノは覆い隠した胸元から白銀の光を放った。ユノのその様子にギョッとしたのはイゼルナだけではなかった。周囲の誰もが、孝和の行為の説明が出来なかったのである。

 それが終わると、孝和は自身の両手をユノの胸元に重ね合わせた。そして、おそらく気功術であろう白銀の光で両手を輝かせ、テンポよく彼女の胸を押し込んだ。押し込んだ箇所から波紋のように光が彼女の全身に広がる。

 息の吹き込みと、胸元の押し込みを繰り返すこと、数度。結果としてユノの息は吹き返した。

 そして今、イゼルナは縛り上げたユノと、カナエを傭兵団の本部兼収容所に運んでいる最中だった。馬車の中に一緒にいるのは孝和とキール、エーイであった。




(し、視線が、怖い……)

 孝和はイゼルナのじっとりとした視線から身を隠すように、キールを膝元に抱え込み、彼女の対角線上の一番離れた場所で外を見ているふりをしていた。

 ユノが蘇生したのはあくまで、現代医学の最高峰も真っ青なキール先生のおかげだろう。術が効かないとキールが泣きついてきたので、とっさに生命エネルギーの利用法である気功術でユノに注ぎ込んでみたら思った以上に上手くいった。

 そういう風にあの後で簡単に、人工呼吸や心臓マッサージと一緒に説明したのだが、納得がいっていないのだろう。イゼルナの追求は馬車で移動し始めるまで続き、さらに収容所へ向かう班に志願した孝和にくっついてきたのだった。

(そうは、いってもなぁ……。全部説明できるだけの知識までは無いんだし。どうしようか?)

 あくまで孝和がやったのは、新人研修で習った救急救命法である。しかも、完璧にうろ覚え。あの時、真剣に学んでおけば良かった、とユノが蘇生するまで、内心泣きそうになりながらも思い出せたのは奇跡的だったと思う。おそらくいろいろ間違っていることもあるのではなかろうか?

「さて、大丈夫だったかな?」

 気が緩んでいたのだろうか、自然と言葉が出てしまった。どうやら誰もその声には気づかなかった様子だが、気が抜けた自分に喝を入れる。軽くパンッと、頬を張り気合を入れなおす。目的地はもうすぐのようで、高い塀に囲まれた建物が見える。おそらくそれが傭兵団の本部なのだろう。


「着いたようだ。さて、タカカズ。君の考えを聞かせてくれないか?」

 馬車が止まり、ドアを開けながらエーイが下りる。外でイゼルナを介助しながら孝和にそう尋ねた。

「ああ、実はですね……」

 孝和もキールと一緒に馬車から降りる。孝和の小脇に抱えられたキールは、どうやらおねむなのか『ふわあぁ……』と寝ぼけた様子の反応が返ってくる以外は大人しくなっていた。

「彼女たちと話がありまして……。もう一人当事者も加えたほうが話が早いですからね。多分少しは今回の件のことに関係あるんじゃないかと」

 ちらりと馬車後部の荷台に転がされているユノとカナエの2名を横目で見た。自信無さそうに言っては見たが、実は孝和としては確信に近いものがある。この短期間で、こんなに行政官の関係者に襲撃が続くのはあまりに不自然だ。そして、孝和の感じている疑問点を解消するにはこの方法が一番ではないかと思ったのである。

「それで?そのもう1名というのは誰なの?」

 イゼルナは孝和に聞いた。ギャバン邸から一言も話さなくなった彼女が、久しぶりに孝和の方を見て話しかける。

 ニッと彼女に笑い、その後にエーイに向かって切り出す。

「昨日、俺たちを襲撃した彼らと話が出来るようにお願いします。特にあの赤毛の人。何が何でも連れてきてください。多分、話が出来ないダメージじゃないでしょうし」

 そういった孝和の顔には、少しだけ意地の悪そうな表情が浮かんでいた。

「あとはですね……」




ガチャリ


 目の前のドアが開く。そして後ろの男が乱暴に背中を押す。どうやらこの部屋に入れ、ということらしい。

「ふう……。何だって言うんだ?急がせんなよ」

 赤毛の男、ヒアデスはそう言って自分を小突いた後ろの男に文句を言う。そしてここにいたるまでの流れを思い返した。それは昨日のことだった。



 牢の中で目が覚めて、ヒアデスは直後に息苦しさを感じた。ゲホゲホ息を吐き出しながら、寝かされていた粗末な寝台から転げ落ちると、現状を認識した。ひどく痛めているようだが声は出せた。正面には自分と同じく襲撃の参加者がいたので、情報を聞き出すとどうやらここは傭兵団の本部横、収容所のようである。

「俺のほかに、連れて来られた者は?」

「あんたの横に一人いるよ。まだ気が付いてねェらしい。もう一人は、どうかわかんねェ。ひどい怪我だったからなァ……」

「そうか……」

 会話が終わると、もう言葉が続かなかった。目の前の痩せぎすで砕けた口調の男はトレアというらしい。落ち着きなく牢内をうろついているのはこの後どうなるのかが解っているからだろう。

「なァ、あんた。ひとつ、聞くんだけどよ」

「なんだ?」

 しばらくの間、話が途切れる。コツコツとトレアの靴と床の石畳が触れ合う音が響き渡る。静寂に耐えられなくなり、トレアがヒアデスに続きを聞く。

「……やっぱ、死ぬのかねェ……。俺たち」

「……ああ、多分な。解ってるだろ?」

 トレアは、ふー、と大きく息を吐き出した。

「だよねェ。参ったなァ」

 ぽりぽり頭をかいて、どさりと寝台に腰かける。

「そうだな。参ったな……」

 基本的に、集団の暴力を用いて金品の強奪を行う者は、死罪であった。裁きは即日執行のはず。弁護士などこの世界にはいない。しかも、ヒアデスたちは現行犯。治安維持の責任者のサインがさらさらと書かれれば減刑の機会などなく、「サヨウナラ」なのである。つまり、今日か明日、というわけだ。

 おそらく明日であろう。襲撃は昼前。いろいろな手続きを考えれば、それが自然だろう。

「悪いな、カナエ……。ユノを頼む……」

 そう誰にも聞こえないようにヒアデスは呟いて目を閉じたのだった。


 夕食前に隣の房の男が目を覚ました。孝和のサッカーボールキックで顎が砕け、首を痛めたらしく、こちらの問いかけにくぐもった声が聞こえるだけだった。しかし、自分の状況が解ってからは悲しみにくれるグスグスと鼻をすする音と、低い嗚咽が聞こえてくる。トレアは彼と知り合いのようで、何とか宥めようと懸命になっていた。外見は神経質そうであったが、なかなかに気配りが出来る人物だな、とヒアデスは好感を持ったのである。


 そして一晩明け、翌日の朝となった。しかし、死刑台の案内人はいつまで待っても来ない。格子のはまった窓から聞こえる鐘と、光の加減から時刻を推察すると、すでに昼はとっくに過ぎ、夕方に差し掛かっていた。

「おーい。だれもいねェーのかよォー!飯くらい食わせてくんねェーかなー!!」

 トレアは看守がいるだろうところに叫ぶ。朝の薄いスープ以降、何も出てきていない。昨晩も黒パンにクズ肉のスープ、一杯の水だけだった。死を目前にした者の態度ではないかもしれないが、死んでない以上腹は減る。

 ガンガンと、鉄格子を叩き存在をアピールする。しばらく頑張ったが、誰も出てこなかった。

「どうなってんだよ……。生殺しじゃねェか!」

 確かにおかしい。看守も、昨日と比べて巡回に来る回数が少なくなっている。

「まあ、落ち着けよ。しばらく待ってみよう。そのうち誰か来るだろうさ」

 そう、粗末な食事の配膳者か、死刑台への招待人かはわからないが。

 

 そんな覚悟をしていたのだが、どうやら来たのは死刑台の案内人だった。牢獄の3人は順番に両手を縄で縛られ、引き立てられていく。まず最初に顎を砕かれたアルフ、次にトレアが連れて行かれた。1日で覚悟が出来たのだろう、2人とも何も言わず大人しく牢獄の鉄扉を出て行った。

 最後に引き立てられたのはヒアデスだった。彼もようやく来た最後の瞬間をかみ締める。ゆっくりと牢を出て、鉄扉をくぐった。しかし、行き先は2階の一室だった。階段を登る途中で、外に処刑台が鎮座しているのを見た。そこには先に連れられた2名がいる様子はなく、疑問は深まるばかりだった。いったいどういうことなのかまるで解らなかった。



 と、いうことがあったのである。空腹で多少不機嫌になった事は間違いない。それ以上に自分たちの現状がどうなっているのかが判らない。釈然としないが、とりあえず室内に入室する。

「ああ、君が最後だな……。そこに座れ」

 ドア側のテーブルに、3名が座っていた。窓側には1名。昨日ヒアデスが仕留め損なったエーイが座っている。

 顎で座る場所を示され、そこに座る。部屋の中を見渡すと、衝立で2つに区切られているのが解った。そして向こうに気配を感じることからエーイのほかに誰かがいる。おそらく、自分たちが暴れたときに、取り押さえる人員を配置しているのだろうとヒアデスは判断した。

「?アルフ。お前、顎砕けてたんじゃなかったか?」

 ふと座るときに横を見た。すると、引っ立てられるときには簡単に治療されていた後のあるアルフの顔は、無精髭で覆われてはいるが、どこもそんな状態にはなっていない。

「いや、それがだ……」

 オホンとエーイの咳払いがアルフが言い出そうとしたのを遮った。

「まずはこっちの話を聞いてもらう。いいな?」

 ジロリと睨まれ、アルフは口を閉ざす。

「……では、まず言っておく。君たちは死刑囚だ。理由は言わなくてもいいだろう。現行犯だからな」

「ああ、知っている。だが、通常は捕縛の当日か、翌日には死刑の執行があるはずだ。何故、俺たちを呼び出した?」

 当然の疑問をヒアデスはエーイに尋ねる。

「理由は、簡単だ。死刑執行のサインをするものが居ない。昨日だが、アデナウ・コーンは襲撃を受けて行方不明だ。現在、この本部の余剰人員の全部が捜索に当たっている」

「おいおい、マジかよ。洒落にならねェぞ!?それ」

 驚いてトレアが叫ぶ。確かにそうだ。現在のこのポート・デイの行政のトップが襲撃を受けて行方不明。行政の滞りだけでなく、治安にも多大な影響がでるはずだ。彼の手腕で何とかこの街は体をなしているのだから。

「残念ながら、事実だ。それを理解した上でこれを見てくれ」

 すっと彼ら4名の前に2枚の紙が配られる。それはかなり上質で、しっかりとした作りの物であった。

「悪いんだが、俺は文字が読めない。何と書いてあるんだ?」

 アルフがそう言って紙をエーイに付き返す。その横のさっきまでは牢に居なかった男も同様であったようだ。同じようにエーイへ紙を少しだけ押し返した。

 一方、ヒアデスとトレアは文字を読むことが出来たので、そこに書いてある内容に驚愕した。

「げ、減刑嘆願書?減刑許可書だと?何だ!?これは!?」

 思わず大声で叫んでしまった。そこに書かれているのは自分たちの死刑を減刑してくれるように頼む書面と、それを許可する物だった。

 それを聞いて、アルフと男は目の前の書面を掴み、それとエーイの間で交互に目を泳がせる。

「それがどういうものか、解ったようだな。説明を続けるが、いいか?」

 半ば呆然としながら、全員がおずおず首を縦に振る。

「よし、では続けるぞ。減刑嘆願書は、領主エリステリア・クラーディカの娘、イゼルナ・クラーディカと、傭兵団第3部隊長の私の名において発行された、公的な効力のある正式なものだ。前例はないが、法的効力は公式文書としての形を取っているため、承認されるはずだ」

 まじまじとヒアデスは、その書面を流し読みで確認する。職業柄、公式文書の偽造も手がける知人がいてそういった方面には詳しい自信があった。その結果、

「……本物だな。確かに法的効力の発生する正式な書面だ」

 驚きを何とか押さえ込み、横に並ぶ全員に自分の意見を述べた。

「本当なのか……?」

 アルフは目に涙を浮かべ、その書面にしわが寄るのも解っていないのか、ぎゅっと握り締めた。

「続けるぞ。次に減刑許可書だ」

 冷静に、淡々とエーイが続ける。反対側の熱狂とは非常に対照的だ。

 全員がその言葉に、次の書面を手に取る。

「おい、何だよ。これ、サインがねェじゃねェか!?」

 文字を読むことの出来るトレアが怒鳴る。その書面には効力を発生させるための最後のサインが抜けていた。これでは何の意味もない。ただの紙くずと変わらない。

 それを聞いて、ヒアデスを除く全員がいきり立つ。一方、ヒアデスは落ち着き払った様子で、

「皆、座れ。そういうことか……」

 苦々しく、文面を目で追っていたヒアデスが全員の着席を求める。全員の着席を確認し、エーイに確認を求める。

「この、最後のサインができるのはアデナウ・コーンだけ、ということだろう?違うか?」

「その通りだ。理解いただけたようで何よりだ」

 ニッと、男臭くエーイが微笑む。それを見て全員が意気消沈した。行方不明の人物のサインが減刑に必要とは、最悪ではないか。

「そこで、君たちに聞きたい。アデナウ・コーン氏の行方を知らないか?」

「ふざけんな!俺らは昨日の昼前には此処に居たんだ!知るわきゃねェだろうが!?」

 テーブルを叩きつけ、トレアが怒鳴る。

「落ち着け。話はまだあるんだ。先程だが、私は襲撃を受けた。2日連続でだ。それが君の関係者ではないか、という見方があったのでな」

 エーイの視線の先にはヒアデスがいる。

「俺の関係者?何の話だ?」

 意味が解らない。今回は単独で無理矢理、仕事を押し付けられた。それにヒアデスは単独での仕事を好み、誰かと組むことは少ないのだ。

「ふむ……。話が進まないな。まあ、本人たちに来てもらおう。おい、頼む!」

 横の衝立の向こうに声をかける。そうすると、数名の足音が聞こえた。そうすると「関係者」が姿を現した。その「関係者」を見たとたん、ヒアデスは立ち上がる。椅子が後ろにたおれ、大きな音を立てた。

「カナエ!ユノ!?お前たちが何でここに!?」


 さらに驚くことがヒアデスに起きる。2人は後手に縛られ、猿轡がされていた。そして、その2人の後ろからゆっくりと長身の女性と、同じく長身の男性が現れる。

「な、何故だ!?何故、生きている!?」

 長身の男性、つまり孝和の姿を見た瞬間、ヒアデスは驚愕に驚きの声、いや絶叫を上げた。

「な、何ですか?」

 視線の先の孝和はポカンとするしかなかったのである。


初回掲載時に製作者の不勉強により、人工呼吸の回数を3度としていました。現在のガイドライン(2011/2)時点では心臓マッサージ30、人工呼吸2の比率であり、今後ガイドラインの改正等がある場合も考えまして、回数部分を削除いたしました。作中の主人公の行為は2011/2時点での認識と考えてください。

訂正までにこちらをご覧になられた方には深くお詫び申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ