第23話 仇
誤字・脱字ご容赦ください。
ガシャアアアァンンッ!!!!!
ギャバン邸に窓から入館という、無作法極まりない方法で入ってきた侵入者達は、全身を黒装束で覆い隠していた。顔も髪から口元までを完全に覆った状態だった。気配を隠し、侵入してくるまで全く誰にも気づかないという、完璧な襲撃を敢行したのである。
だが、それは進入の直前までであった。
ブッオオオゥゥンッ!!
最初の侵入者がまず、窓ガラスを蹴り砕いて侵入してきた。それの着地にタイミングを合わせて、風切り音がする位の勢いで、分厚い本を孝和が投げつけた。片手では持つことも困難な重さの書籍であった。普通に投げても、受け止めれなければ間違いなく痛い思いをするだろう、重量感の凶器と呼べる「それ」は、見事に襲撃者の顔面に命中した、かに見えた。
襲撃者は確かに“それ”を顔面で受けた。しかし飛び込んでくると同時に“それ”が本であることに気付いたのだ。
そうすると逆に額で迎え撃った。どうやら鉢金やサークレットに似たものをしているのだろう。ガチンと金属的な音が黒布に包まれた額と、背表紙の金具との間で鳴った。さすがにぐらりと上半身が揺れるが、足元はさほど揺らぐことなくしっかりと床を踏みしめていた。
孝和としては、手元の本を投げつける以外に選択肢が無かったのだが、いかんせん本というものの形状が、投げつけた際の威力を殺してしまっていた。
仮に投げつけたものが石やナイフであれば、結果は違ったのだろうが、石は手元に無く、腰にあるナイフを投げるには外の気配が気になった。最初の襲撃者よりは隠行が未熟といえるが、かなりの技量といえるクラスの気配がする。
それを考えれば、ナイフを投げつけて素手で2人目を、というのは抵抗があった。この部屋に入る際、礼儀として剣は手元ではなく、ドアの横に置いておいたのだ。今の孝和にはナイフ以外、刃物といえるものは何も無かったのである。
「GYYAWOOO!!!!!」
結局、1人目の襲撃者はバグズが対応した。
駆け出してからのスタートダッシュの分、本をブン投げた孝和が窓に向かうよりも早かった。襲撃者が体勢を立て直したときには、眼前に顎を大きく開けたバグズが迫っていた。
「くっ……!!犬ごときがぁぁっ!!!!」
バグズの牙を逆手に持ったショートソードで迎え撃つ。苛立ちの声は口元を覆う布でくぐもって聞こえたが、比較的年若い人物の印象を与えた。そのことから、襲撃者はひょっとしたら、まだ子供ではないかと思われた。
よくよく見ると体格も、成人とは思えない小柄であったからである。
襲撃者の剣閃はギリギリまで剣の位置が腕の陰に隠れ、正面から突撃してきたバグズには、位置的に見えるはずが無かった。しかし、そこにギャバンの声が響き渡る。
「錠前師!!」
ギャバンの大声が響き渡ると、バグズの黒い毛皮が肩口で盛り上がる。その途端、バグズの全身が黒い霞で覆われる。
ガキイィイン!!
ドタンッ!!
最初の音は、襲撃者の刃がバグズの牙により食い止められていた音だった。甲高く響きわたり、金属同士を叩き合せた様な耳障りな音を立てる。バグズの牙は見事に刃を受け止める。その牙は、いつの間にかもうひとつ増えていた。ついさっきまでの黒犬が、異形の二つ首の魔獣にと変わっていた。一回り巨大化し、毛の艶も黒一色ではなく、微妙に赤が混じるものへと変化していた。所謂、ヘルハウンドであった。
もう一方の音は、窓から最初と同じように飛び込んできた2人目の襲撃者が着地する音だった。今度は窓を叩き割る必要も無い。着地と同時に、前方に転がり、勢いそのままに両足が動き出せるような独特の着地法だろう。そちらに向かっていた孝和がこちらの相手をすることになった。ナイフを襲撃者に向け、振るう。それに2人目の襲撃者も最初の者と同様、逆手のショートソードで迎え撃つ。孝和は敢えて刃を引き、相手の体勢を崩すことにした。それに対応して襲撃者は踏みとどまり、2人は孝和が窓を、襲撃者がテーブルを背にする位置で入れ替わった。この流れで、孝和は相手がかなりの近接戦闘術を持っていると判断したのである。
窓が破られてからの一連の騒ぎは、まさに一瞬であった。ほんの数秒の間で、孝和とバグズは襲撃者2人に相対している。しかし、その他の者はやっとテーブルから立ち上がることが出来たばかりだった。気配察知に優れた者以外は油断もあったのだろう、立ち上がったはいいが今動けば逆に1人と1匹の邪魔になってしまう。
「な、なんだっ!!貴様ら!!」
イゼルナはやっとの思いでそう声を張り上げた。バグズに対しているほうはチラリと彼女を見たが、孝和の相手はこちらを見ることもしない。
「くっ!」
イゼルナに出来るのは、ドアの側の剣に向かって動くことだけだった。しかし、孝和の剣を掴んだところで気づく。この位置では孝和に剣を渡すのは不可能だ。襲撃者の背が邪魔になり渡そうにも渡せない。
「邪魔だ!!そこからどいてろ!!」
孝和から怒声が響く。真剣そのものの様子で、彼女の行動に、微妙にナイフの位置を変えながら目線で、拒絶の意思を示す。
「なっ!?じゃ、邪魔!!?」
孝和がいきなり怒鳴りつけたのも気に入らなかったが、自他共に認める実力者であるイゼルナは、邪魔扱いされたことに不機嫌さを隠せなかった。
怒りのまま前に出ようとした彼女を、エーイが引き止める。
「エーイ!?」
「私たちがこの位置では確かに邪魔です!こっちへ!」
グイッと引き寄せられたたらを踏む。仕方なしに後退し、孝和の目線の先からどくことにする。その際、剣はエーイが受け取った。
そうまで言うなら、かまわない。やってもらおうではないか。まあ、問題ない。彼が敗れれば自分が挑むまでだ。実力のほどを、確かめる機会が出来た。それはそれでいいことだ。すでに観戦の体勢のエーイやククチの言うとおりかどうか、証明して見せてほしい。
イゼルナはそう思っていた。
(……て、おい!おたくら、手助けしないのかよ!?)
イゼルナに自分の直線上からどいてくれるように、頼んだだけなのになんで、全員観戦モードなのだろうか。確かに勢いのまま怒鳴りつけたのは悪かったと思うけれども……。ククチにいたってはティーカップに湯気の立つ茶を注いでいる。キールもイゼルナに抱きかかえられている。エーイはドアの前に孝和のジ・エボニーを掴んでたたずんでいた。
おい、こら。待て、そこ。
孝和もバグズもお互いの相手で精一杯だった。間違いなく相手は相当の戦士である。この状況下でそんな余裕なのはどうなのだろう。
(ええい!!やってやろうじゃないか!!)
まるで助ける気は無いようだし、もう覚悟を決めた。とりあえず目の前の襲撃者に対応しようではないか。隣のバグズは、噛み付いたショートソードを離さないようにギリギリ音を立ててかみ締めている。もう一方の頭は剣の逆の腕を狙おうとしていたが、相手はそれをさせない様にうまく立ち回っていた。なぜかその襲撃者もチラチラとバグズではなく、孝和のほうを憎しみのこもった目で睨んでいた。正面の襲撃者も孝和を強い力で睨みつけている。
(何で?俺、そんな睨まれるような事、君等にしたかよ!?)
内心、意味がわからず軽く動揺していた。さすがにここまでの嫌悪を、あからさまにぶつけられるのは初めてだった。
「っっ!!ヤアアァ!!」
目の前の襲撃者が孝和に、怒りと憎悪の雄たけびをぶつける。その声は最初の襲撃者と同じく、若々しい。先ほどの迎撃以上の速度でショートソードが孝和に迫る。
「お、女ァ!!?」
ギイィンと刃同士がぶつかる音がする。咄嗟に翳したナイフとショートソードが火花を散らした。先ほどの声からして襲撃者が若いことと、女性であることがわかった。
「……死んで……死んで。死んでよぉ!!」
グイグイと孝和に向かい押し込む。それは女性としては、かなりの力であった。ただ、孝和が驚いたのはそこではない。
(泣いてる?泣いてるぞ!?この娘!?)
顔を覆う布から見えるのは、瞳の辺りだけであった。その唯一見える瞳は、藍色で涙で潤んでいた。その所為なのか、ウサギのように目の周りは真っ赤になり、かすかにではあるがグスッと鼻をすする音が聞こえた。
(えええ!?何さ!?ええ?)
命の危険の真っ最中のこの場面で、泣かれるとは思わなかった。叫びに近いその声には深い悲しみと、真っ黒な憎悪に満ち満ちている。
「ちょっと!待てよ!?何だってんだ!?一体!?」
あまりの居心地の悪さに、自分が悪人に思える。しかし、孝和としては自分がそこまで憎まれるようなことを彼女にした覚えどころか、初対面でこの状況になる理由がわからない。怖くなり、思い切り技を使った。襲撃者が握る剣に合わせているナイフの重みも感触も無くなり、ショートソードごと体が跳ね飛んだ。
「きゃっ……!」
「大丈夫!?ユノ!?」
バグズとの押し合いをしていたもう一人が、自分に向かってくる力を利用してユノと呼ばれた少女の元に身を寄せる。くぐもった声でわからなかったが、口調からどうやらこちらも女性のようだった。
「くっ……。大丈夫!!大丈夫なんだから!!」
「そう、そうよ。負けられないの!あんたなんかに、負けるわけにいかないんだ!!」
ユノは腹部を押さえながら立ち上がった。その瞳には力強い決意が見られ、話し合いではここを切り抜けられないことは明らかだった。
ユノを弾き飛ばしたのだが、彼女に痛手を与えてはいない。本来は、法寿の考えた鍔迫り合いの際に使う追撃技であった。相手の体勢を崩し、鞘を利用した打撃か、刃の斬撃の2択を相手に選ばせるという、決まれば重症確実の技である。
装備品がナイフであったこと、ユノが非常に力んで冷静さを失っていたことから、とりあえず一撃を与え、間合いを取ることにした。
体勢を崩してからの2択は蹴りと、ナイフでの一撃に変わっているが結果として、彼女はよりダメージの少ないほうを選択した。殺意自体は孝和には無いのでどちらにしても死にはしないが、本能的に蹴りの方に逃げた体捌きはかなりのものだった。蹴り足の感触からしても、せいぜい打撲程度だろう。
「エーイさん!!剣を!!」
ドアには全く目線をよこさず、そう大声でわめく。蹴り飛ばした際に襲撃者たちと、立ち位置が逆転している。ふわっと緩い勢いでエーイがジ・エボニーを孝和へ向け、投げる。
「すんません!!ありがとう!!」
受け取ると同時に、漆黒の刃を抜き放ち、ナイフは腰に戻す。バグズはその隙をカバーするかのように、孝和に擦り寄る。襲撃者はその孝和の準備中に体勢を立て直していた。後ろはぶち破った窓。逃げることも可能な位置ではあったが、その場から後退する素振りは全くなかった。
「君ら、引かないのか?俺には君らと闘る理由がない。前には他にも戦士がいる。闘れば、俺を倒せても、間違いなく死ぬよ?」
それは孝和の最大の譲歩だった。逃げ出すなら自分はもう戦わない。そう言ったのだ。言葉の意味を履き違える者はさすがにこの部屋の中にはいない。キールは誇らしげに、エーイとククチ、ギャバンは苦笑し、イゼルナは苦々しい表情を隠そうとはしなかった。
孝和を寛容と見るか、甘いと見るかの違いだった。
「バカにするな!!あんたをここで殺す。それ以外何もあたしたちはいらない。ここで必ず仇を取ってみせる!!」
「そう……。あなたの死こそ、私たちの癒し。この悲しみを!この痛みを!!あなたの身で受けなさいッ!!」
最初の襲撃者は怒鳴りつけるように、ユノという少女はどこか自分に言い聞かせるように、孝和にその意思を伝えた。
(畜生ッ……。やっぱ、無理か。仇っていうのがなにか理由を聞かなきゃ、どうにもできないぞ!?何とか黙らせないと……)
「行くよっ!ユノ!」
「はいっ!カナエさん!!」
考えが纏まり切らない内に二人が孝和に突っ込んできた。バグズのほうには一瞥もくれず、全力で。
「くそっ!バグズ、頼む!!」
隣のバグズは邪魔にならないよう飛び退き、突っ込んできた2人の後方に回る。隙を見て援護してくれるだろう。隙を作り出し、一撃を加える。時間を稼ぎ、スタミナを奪う。バグズも孝和の意図に気付いてくれた様だった。ならばそれまでの間、2人を十分に引きつけておくことが、今の孝和の役目であろう。
ガキーィンと音が響き渡る。孝和が襲ってきたカナエを左の鞘で、ユノには右の剣で受ける音であった。
孝和はその場で軽くステップを踏むように、軽やかに両手の得物を振るう。遠心力と、脚の運びで2人を相手取るのであった。重みを遠心力でカバーし、攻撃の際の隙を、可能な限り2人を自分の近くで留めることで削り取る。
「何なんだ……。あの男……」
軽やかな剣舞を演じるかのような孝和に、イゼルナは驚愕と畏怖を覚えた。自分の周囲にあえて2人を呼び込むことで、同士討ちを恐れさせ、敵の攻撃を鈍らせる。相手が斬りかかるポイントを予測し、孝和が放つ攻撃を避けるポイントを予測。そのポイントを孝和の意思でぶつかり合う様に合わせる。それも剣先が、肌に触れるか触れないかのギリギリのタイミングで行うのである。
「なんで、あんなことが出来る?あのすべての動きに意味があるの?無意味な隙すら罠だというの?そんな……」
「……そうでしょうな。初めて見る剣術、いえ、体術でしょうね……。真正面からの戦法では良いカモでしょう。あの者達の技量は中々の物ですが、タカカズには届かない。見ているだけで混乱しそうですよ。どこで斬りつけようとしても返り討ちにあいそうで」
イゼルナのつぶやきにエーイが答える。思わず声に出していたようだ。ふと見たエーイの顔には明らかな嫉妬が見て取れる。
イゼルナ達が使う剣術とは、まるで違う思想で形作られた“異質な”武術。暗殺者や盗賊の使う虚を付くことに主眼を置いたものとも違う。
イゼルナが先ほどから見ている限り、複数回は襲撃者のユノとカナエを、屠ることの出来るタイミングが有った。それをせずに、自分の周りで飛び回らせスタミナを奪う。それに伴い徐々に2人の動きが鈍る。一方の孝和は鈍った2人に合わせ、さらに全力で打ちかかれるように少しテンポを落とし、もしかしたら手に入るかもしれない勝機を、彼女たちの前に幻として見せる。
外から見ると孝和は人形遣いのようだった。そして、その操られる人形の糸はすでに切れかけ、倒れ伏す寸前だったのである。
息が続かず、剣先がほんの少しだけ下がった瞬間、真っ黒な鞘がカナエの肩を打つ。ミシリと粘着いた音と共に右の肩先から先が、自分の意思とは無関係に跳ね上がり、ダランとぶら下がった。激痛が走ると同時に、肺の奥に溜め込んでいた息が全て吐き出された。
「えほっ!かはぁ……ウエエェェッ」
咳き込み、立ち尽くした彼女に更なる追撃が来る。ユノに対処していたはずの半身が、ほんの数瞬でカナエに向きなおる。
「ハッ!!!」
孝和の呼気が吐き出された。肩を叩きつけた鞘をそのまま手放し、改めて握り締めた拳を捻った体の力を乗せ、肋骨付近にミキリと突き立てる。
ダンッ!!
響き渡った打撃は、孝和が太極拳の震脚からの一撃を、見よう見まねの独自解釈で使いやすくした改良版である。2階の床全体が揺れる感触を全員が味わった。ただ、この技の難点として、正面にしか対応できない上、背中が無防備になる欠点があった。ここは独学の限界といったところだろう。利点としては、鎧を着けていてもそれなりのダメージを与えられる点だった。接触時の感触でカナエは何かしらの防具をつけていたのが判った。
しかし、それを無意味にするタイプの打撃で、思い切り吹き飛ばされることになった。その手に握られたショートソードは放物線を描き、床に突き刺さる。
「ぐっ……!げほっ、ごふっ」
気合で意思を繋ぎとめようとしたのだろうが、呼吸を止められたうえ、肋骨付近のダメージは深刻だった。孝和のほうを向き直り、一歩を踏み出そうとしたところで大きく口を開き、吐血する。尋常でない量の血溜まりを足元にこしらえ、左足を前に出そうとしたところで彼女は崩れ落ちた。いまだに前に進もうとするようにその手は何もない場所で空を切る。
目の前にいたはずのカナエが、吹き飛ばされ、吐血する。ユノは孝和がカナエに放つ一撃を見やる。その背中はまるで自分を無視した体勢であり、隙が出来ていた。一瞬ではあるが、それに戸惑いを覚えた。本当にこの男を殺すのか、という躊躇いだった。ほんの少し、その少しだけの躊躇いが彼女の運命を分けた。
「セイッ!!」
タイミング・速度は共にユノの現在の最高といえるものであった。間違いなく、それは孝和を切り裂く一撃になるはずだったのだ。
ユノはゆっくりと孝和が振り返るのを感じた。その目にはなぜか、焦りの様子がまるで見えなかった。一瞬の出来事であるそれすらも、はっきり解るほどに、世界がスローのように動いていた。ユノは暗い歓喜と、理由のわからない冷たい無機質なものに包まれる。“彼の仇を討つことが出来た”、それが彼女の心中の全てであった。それまでの厳しい戦いが終わると考えたことで、注意力が散漫になったのもあるだろうが、彼女は忘れていた。
戦いは2対1ではなく、2対複数であったことに。
剣先が孝和の背中まで後ほんの数センチまで迫る。背中をこちらに見せた彼に向かう剣にはユノの思いの全てが乗せられていた。
しかし、その思いはほんの少しだけ届かなかった。
「GWOOOAA!!」
剣を握り締めた右腕全体を激しい振動が襲う。ユノの布で覆い隠した腕には、皮の篭手がしっかりと固定されていた。そのおかげで威力が減少したのであるが、ショートソードを片手で保持するには不十分だった。
「ああああっ!!?」
思わず、ショートソードを手放してしまう。ユノの右腕を襲ったのは、隙を見ていたバグズの咆哮であった。自分の前方の空気を雄たけびで振動させる技であるが、範囲調整が大変難しい。前方一体を薙ぐように放たれるため、敵味方関係なくダメージを与える特性があり、こういった接近戦ではあまり使われないものだ。周囲、特にバグズの位置からの攻撃は無いと、安易に判断した結果だった。
兎にも角にもユノは自分のダメージを瞬時に察知すると同時に、大きく後ろに向かって跳んだ。
ゴッ!!
ユノの鼻先を孝和のブーツの先が掠める。あと少し跳ぶのが遅れれば、顔面にベッタリ靴跡が張り付いていただろう。
その足技にユノは気付く。先ほどの隙がワザとだったことに。バグズの援護を組み込んだ連携である。まあ、孝和としてもここまでの援護がもらえるとは思ってはいなかったのだけれども。悔やんでも悔やみきれないほどのミス。何故、さっき自分は躊躇ったのだろうか。躊躇わず、突き抜ければ現状は今と大きく違っていただろうに……。
「ツッ……。まだ!!」
跳び退いた先は、カナエのショートソードの飛ばされた位置であった。とっさであったが、未だユノは戦意を失ってはいなかった。
「止めないか?これ以上傷つく必要は無いよ。怪我だってこっちで治すこともできる。剣を置いて話しあ……」
孝和がまた、妥協点を何とか探ろうとユノに話しかけ、それが言い終わらないうちにユノは動き出した。剣を掴み、孝和に突進する。右腕は篭手のおかげでいまだ、激痛が走るものの動いていた。そして、彼女は最後の一撃にかける。彼女の慕う、彼が得意とした技で。
彼の仇を討つために……。
ユノは”地を這うようにして、腰溜めにショートソードを構えて接近してきた”のだった。孝和は会話の途中だった為に虚を付かれ、後方に跳ぶ。その孝和の首筋に「横薙ぎ」に剣先が走る。
「くそっ!!待ってって!!」
孝和はこの技の流れを知っている。その瞬間に理解した。彼女たちの言う「仇」の意味を。
(ってことは……。ヤバイ、ヤバイ!この次にくるのは!!)
体勢が崩れ、ジ・エボニーを振るうのに使えるのは、腕力だけだった。実に良く出来た殺し専門の技といえるだろう。2撃目を剣で受け、「あの時」と同じように剣が跳ね飛ばされた。
「終わりよ!」
ユノの勝利の確信を持った声が響く。跳ね飛ばした際の衝撃を利用し、孝和より先に剣を自身のコントロール下に戻し、力を十分に込める。そして左側が完全にがら空きになった孝和へとどめの一撃を叩き込んだ。
「終わりよ!」
ユノが叫ぶ声が聞こえた。確かに剣は2撃目で跳ね上げられた。そして、彼女の一撃はこのまま孝和の「胸部」を貫くはずである。
この技の流れは判っている。つい昨日自分の左腕で痛い思いをして教え込まれたばかりだ。対応策のほうはバッチリ出来ていた。
がら空きになった左側をさらに前に出すように、一歩踏み出す。
「な!?」
短くユノの驚く声が聞こえたが、無視して踏み出した左足を支点にして掌底を放つ。狙いは体ではなく、ショートソードである。
「ほら、よっと!」
声をタイミングを合わせるのに発した。孝和の掌底は、ショートソードを打つ。この技の最大の欠点は、最後の一撃は左側を狙う以外に選択肢が無いのだ。そこまでの流れにはある程度の自由度があるのに、最後だけは致命を狙う形に限定されていた。そこを狙い撃ちしたのだった。
最後の攻撃が外され、剣があさっての方向に飛んでいく。ユノは顔を上げた。蛇のように這い回る格好のため、自然と孝和を見上げる形になった。
ふっ、と孝和との間に目の前を覆い隠すものが見える。次第に大きくなる「それ」が何か気付いたのは、目の前を完全に覆いつくす寸前だった。
静かに、且つ確実に。彼女の意識を断ち切る肘が容赦なく顔面に打ち下ろされた。
2/1に間違いを修正しました。ごめんなさい。
ギャバンはドアの前に孝和のジ・エボニーを掴んで
↓
エーイはドアの前に孝和のジ・エボニーを掴んで
です。