第22話 あらまし
誤字・脱字ご容赦ください。
「エーイ!!そちら側の現状の報告を!!こちらには何も情報が降りてこないわ!全く軍の連中って能無しばっかり!!」
苛立ちを叩きつけるかのように扉から客間に入る。目の前にいたのはエーイ。ポート・デイの周辺での治安維持を担当する傭兵団の隊長の一人だ。かなりの実力者であり、団員の中からもかなりの人望がある人物である。
その彼から今回の事態の詳細が、自分の元に届いたのは今日の朝であった。朝食の最中に呼び出され、顛末を聞いてからは彼女自身も事態の把握に奔走している。その結果を報告するため、ギャバン邸に集合することになっていた。
「あ、あら?お客人?でも……?」
疑問符が浮かんだのは、客間の中に見慣れない人物と、不思議なモノがいるからだった。一人は黒髪のどこか抜けた感じのする男性、不思議なモノは小刻みにフルフル振るえる真っ白なスライムのように見えた。
彼女の上げた大声で、双方がビクッと驚いた様子でこちらを見ている。知らず知らずのうちに、彼らを睨みつけるような視線で射抜いていたことに気づく。
「彼らは?」
横目で様子を眺めながら、彼女は側のエーイに小声で尋ねる。
「アマリリア様のチームメンバーです。男性がタカカズ、側のモンスターは彼の従魔でキールといいます。両方とも今回の件についてはまだ知りません……。うすうす気付いてはいるでしょうが……。実力は申し分ないと思われます。事態の解決に協力を求めようかと思いますので、よろしくお願いします」
彼の簡単な紹介によってどういった立場の者なのかは理解した。しかしながら、
「本当に大丈夫なの?彼らは現状、まるで理解してないのでしょう?パニックになって事件の解決に影響を与えては元も子もない、ということは解ってます?」
「確かにそうですが、荒事になれば今の戦力では足りない可能性があります。度胸も人となりも一緒に行動したときに確認済みです。協力してもらえるのであれば、そのほうが好都合ですし、黙っていて後で勝手に動かれれば混乱する。こちらに引き込むほうが良いかと思われます」
ふう、とため息をつく。もちろん孝和たちには背を向けて解らない様に、である。
「わかりました。その形で話を進めましょう。その方が解決の可能性が上がるのならば、ね?」
「ご配慮、感謝します。では、説明の前に名乗りだけでもお願いします。後、他のものは?」
軽く頭を下げ、謝意を伝える。そして、彼女に付けた部下の所在を尋ねた。
「私にも襲撃が来るとしても、ここにはあなたたちが居るでしょう。それに私があなたの部下を守るのでは、立場が逆です。彼らは現地の捜索に向かわせました。少しでも情報を持って来れば御の字です」
「それもそうですね……。配慮が足りませんでした」
「構いません。……では、まず私の自己紹介からでしょうね」
先ほど、ドアが叩き壊される勢いでノックされた。その後、勢いよく入室してきたのは女性だった。先ほどのノックの位置からして、てっきり男性だと思ったのだが孝和の予想は見事に外れたのである。
その人物は女性にしては非常に背が高く、大体孝和と同じくらいの185センチ前後の長身である。孝和の経験上、自分とほぼ同サイズの女性は今までに大学の女性バレー選手以外に出会ったことは無く、すこし驚いた。どうやら戦士やそれに準ずる職に就いているのであろう、全身を美しい青と銀のプレートメイルで身を包み、その意匠や籠められた魔力の流れからどうやらかなりの名品であることが解った。さらに部屋に入ってからの身のこなしや、その重量にまるで堪えるような素振りすら見せない佇まいは、戦士としての実力の程もかなりのものと、理解するには十分すぎるものだった。
一方、その容姿はかなりの美しさである。長身でありながら、バランスを崩すことなく見事に均整が取れた体躯、鎧の上からもわかるような女性として魅力的な曲線を描き出していた。うっすらと化粧を施し、こちらを見るその顔は真剣で少しきつい印象の表情を、崩すことは無かったが、美形であることが断言できた。窓の外が曇りだして薄明かりとなっているせいで、髪の色までは詳細に判断できないがごくごく薄い金と銀の中間のような色である。あまりこの世界では見ない色合いであるが、細く長い髪は頭の上でひとつにまとめられ、アクセサリーのではなく無骨な黒い棒で括られていた。しかし、それが逆に彼女の凛々しさを際立たせ、澄み切った印象を孝和に与えた。
(あれ?この人……。なんか、どっかで会った?いや、違うか。何だろ、こういうのイライラするんだけどなぁ……)
孝和は彼女を見てから、ずっとそう感じていた。なんとも言えないむず痒さを感じている。どこかで会った気がしているのだが、そんな記憶がまるで無い。
『ますたー、ますたー。このひと、どっかであった?』
『!?お前もそう思うか?でも会ったこと無いはずだぜ?なんだろ、この感じ……』
こっそり2人だけがわかる念話での確認。周りにはまるで聞こえていないけれどその方がいい。
『あ、でも、このひとアリアさんと、おんなじかんじがする!そうおもわない?ね!ね!!』
『え、そうか?……ああ、そういえばなんか顔立ち少し似てるかも』
などと、キールとつらつら2人で話している間に彼女とエーイの話が終わったようだ。エーイが常に彼女に下手に出ていたことはわかる。実はこちらに聞こえないよう彼らなりに配慮してくれたのだろうが、コソコソ話していた内容は、孝和には丸聞こえだった。
(あの人、かなりの地位の人なのか?まあ、アリアの知り合いなら貴族とかかなぁ?……それにしても、エーイさん。俺のことガッツリ戦力に数えてるのかよ……。しかし、一体どうなってるんだ?)
エーイには期待されていはいるが、現在の状況はかなり緊迫しているようだ。全く現状の認識の無い自分が、どこまで役立つのかは分からないが、出来ることならなんでもするつもりであった。
孝和とキールは、とっくの昔にアリアの身に起こっているだろう、最悪の事態を想像していた。それを覆すための覚悟を決めて、彼らはこの場にいる。長身の美女の心配は杞憂であったのだが、それを知る術はどこにも無かったのだった。
「急ぎですので、簡単ですが自己紹介を。私はポート・デイを含むこの一体の領主、エリステリア・クラーディカの娘でイゼルナ・クラーディカです。現在は末席ですが、この街の海軍に任官しています。義父はポート・デイの行政官アデナウ・コーンになります。よろしくお願いしますね」
にこやかに孝和とキールに笑いかけ、手を差し出す。それを握り返しながら
「八木孝和です。それで、こっちが……」
『ぼく、キールです。はじめまして』
お互いの自己紹介が終わると、時間が惜しいことは双方解っていたので、何も言わず手を離し各自の席に着いた。孝和とキール以外は全員が知り合いのようで、自己紹介等もなく3名の着席を確認するとエーイがこう切り出した。
「では、事の顛末を簡単ではあるが説明する。タカカズたち以外は確認と思って聞いてくれ」
事件が発生したのは、昨晩のことである。ポート・デイの行政官であるアデナウ・コーン、彼を訪問してきたアマリリア・クラウ・ウェルローの両名が行方不明となった。時刻は夜の10時頃。状況から判断するには行政庁舎より、コーン邸へと向かう道程で襲撃が発生したと推測。夜間のため、護衛2名、御者1名が随行していたことを確認。護衛は傭兵団の所属で、御者はコーン家のお抱えであり3名の身元は確かである。コーン氏の護衛は2名とも、信任が厚くコーン氏自身が選んだ。御者はかれこれ10年はコーン氏に仕え、穏やかで気の良い人物であることを家族だけで無く、エーイも証明した。
自体が発覚したのは、御者の家族がコーン家に御者が帰ってこないことを尋ねたことからであった。コーン氏は仕事で行政庁舎に泊り込むこともあり不自然には思わなかったのだが、その場合は御者を帰宅させるのが普通だった。コーン邸からの連絡を受け、行政庁舎からの道を確認していたところで血痕を発見。場所は居住区画に向かう人通りの少ない林道であった。そのため、誰一人として目撃者も居らず、襲撃された全員の生死は不明だった。パッと見は判らない様に偽装されてはいたが、戦闘があったことは容易に推察された。
だが、どうやら事態の発覚は早いと襲撃者が判断したのか、偽装も隠し切ることを目的とはせずに、捜索時の混乱を誘発させるよう四方に物証をばら撒いていた。それによる捜索部隊の分散や混乱は、有用な情報の鮮度を著しく落とし、時間だけが無意味に過ぎていく結果を招いてしまっていた。現時点で判っているのはそのときの馬車の所在くらいだった。
「……と、いうのが事件の全容だ。戦闘が起きた際に襲撃のため、かなりの人数が林道にいたはずだが、その目撃情報も無い。血痕からして怪我人も双方に出ているだろう。後は、これだ」
ゴトン、と音がしてテーブルの上に、茶色い布に包まれた塊がエーイの懐から出てきた。
「これは?」
イゼルナはそうエーイに聞く。目線で広げても良いか確認した。エーイがうなずくのを見て、イゼルナは包みを広げ、その場の全員がわかるようにテーブルの中心にそれを置いた。
『ま、ますたー!これ、あれじゃない!?』
「ああ、間違いないな……。クソッ!最悪だ!」
テーブルに載せられたのはアリアが持っていたはずの杖、その先端にあったはずの彫刻部分だった。先端の彫刻部はミスリルであるが、それ以外は樫の棒に薄く金属でコ-ティングされているものだと聞いていた。その杖の先端と棒の部分をつないでいるところで、折れていた。思うにかなりの力で一気に砕けたのだろう。しかも、少しではあるが血がこびりついていた。
「知っているんだな?この持ち主を」
エーイはそういって孝和に確認した。孝和とキールは事態の説明時に、まるで硬い表情を崩すことなく大人しくエーイの説明に聞き入っていた。それがミスリルの塊を出したとたん、このリアクションだ。疑問ではなく、すでにこれは確認作業だ。
「アリア、いえ、アマリリア・クラウ・ウェルローの所有物に間違いないでしょう。間近で見たことがありますから……」
孝和がそうエーイに答えた。アリアでは無くアマリリア・クラウ・ウェルローと、彼女の本名を告げるときに胸にチクリと痛みが走った気がしたのを、無理矢理に心の奥底に沈める。
「そうか……。どうしますか?イゼルナ様。アマリリア様が巻き込まれたのはこれで確定です。神殿側の協力を仰ぎますか?いくら腰が重いとはいえ、あちらも動かざるをえないはずですが?」
「いえ。船頭多くして、とも言いますから止めておきましょう。この時点で動きはじめても、その説明に人員を割くのは愚策です。……ああっ!!もうっ!!」
テーブルに叩きつけた拳は、その上の各自のティーカップをほんの少し揺らした。全く手を付けていない孝和のカップから茶がこぼれる。それにより下の本に茶がしみこむ。
「まあ、落ち着きましょう。そのためにここに皆さん来られたのですし」
ズゾゾゾッと勢いよく茶をすすりギャバンがイゼルナを嗜める。
「でも!あなたはどうしてそんなに落ち着いてるの!?今がどんな状況なのか判ってる!?」
イゼルナの口調は、すでに先ほどまでの落ち着いたものとは別のものになっていた。恐らくこちらが地なのだろう。先ほどまでの立ち振る舞いは、義父が行方不明なのに立派ではあった。ここが一般の者とは違う、貴族の風格なのであろう。
激昂したイゼルナを抑える役目はギャバンに譲り、この隙に孝和達は横にいたククチにこっそりと尋ねることにした。
「あの、すみません。ちょっといいですか?」
「ん?どうしたんだい?」
ククチの手にはティーポットが有り、こぽこぽ音を立てて孝和とククチのカップに茶が注がれる。
「あ、ども。すんません」
「いやいや。別に良いよ。それで?」
先ほどの説明時に話の腰を折れないため、今やっとの確認となったわけである。
「アリアのことです。彼女ってイゼルナ、様とはどういった関係なんですか?要するにイゼルナ様の義父上に会いにいったみたいなんで」
「ああ、ちょっと複雑なんだけどね……」
ククチの説明によると、アリアは北部の名門貴族ウェルローの長女である。そしてイゼルナの母エリステリア・クラーディカは現ウェルロー伯の妹であるらしい。つまり、イゼルナとアリアの2人はいとこ同士になる。
だが、ポート・デイ行政官アデナウ・コーンはイゼルナの実の父親ではない。ここにククチの言った複雑で込み入った理由がある。まず、エリステリアは、新興の子爵クラーディカ家に嫁に入った。クラーディカ家は領地を持たない貴族で、ウェルロー家の後ろ盾を婚姻で手に入れ、中央で力を十分に伸ばすことが出来た。その当時のポート・デイ領主は別であったが、今から10年前に領主を解任され、中央で力を伸ばしたクラーディカ家がその後を受け持つことになった。その後、治安維持に奔走したクラーディカ子爵はあまりの忙しさに体調を崩し、鬼籍に入ることになる。それが7年前のことであった。
その時、クラーディカ家には後継がイゼルナと生まれたばかりの幼い弟しかいなかったのだ。そこで妻であったエリステリアは夫の後を継ぐこととなる。爵位は幼い弟が成人(18歳)したときに受け継ぐことになったので、その間の繋ぎとして。
ここで、自らが政治には疎いことを自覚していたエリステリアは、実家のウェルロー家より優れた人材を派遣してもらえるよう援助を頼んだ。クラーディカ家が新興であったため、優秀な人材を育てきれ無かったためエリステリアの要望に答えられないこともあって、ここでは問題は特に起きなかった。
その人物が、イゼルナの義父であるアデナウ・コーンであった。彼は長年ウェルローの騎士団に奉職して副団長まで務めた人物であったが、あるとき大怪我を負い第一線を引くことになった。そこで騎士団を辞め、ウェルロー領の行政・治安部門の調整役として働きはじめる。
彼のその調整役としての仕事には大変定評があり、ウェルロー伯の覚えも良かった。エリステリアとも顔見知りであることから、援助の話が来たときに彼を推薦したのだが、ここにウェルロー伯の悪戯心が騒いだのだろう。
伯爵はアデナウが、エリステリアと恋愛関係であったことを知っていた。彼女がクラーディカ家へ政略結婚をするとき、先代に最後まで反対したのが現ウェルロー伯だった。結果は力が足りず、エリステリアは嫁いだがそのことはウェルロー伯の心に小さなとげとなって突き刺さっていた。
最初はそういったこともあり、アデナウも断ったが、最後には受諾し、ポート・デイに赴任した。赴任してきたアデナウにエリステリアも戸惑ったが時間と共に、過去の恋愛の続きが再開された。
娘、息子の反応はおおむね良好だった。エリステリアの幸せそうな顔を見て、2人の仲を認めるのは容易かった。幸せな結婚でなかったことは子供もうすうす気づいていたし、亡くなった実父に愛人が何人もいたのは暗黙の了解とされている。母の結婚に反対したのはクラーディカ家の重鎮たち。平民の成り上がりとの婚姻は許さないとの言い分は貴族として仕方ない。そのため、2人は内縁関係の夫婦となった。将来的にクラーディカ家の長男が後を継ぐので、重鎮たちもそのことには目をつぶることをしぶしぶ了承し、正式な婚姻関係の無い現在の状況に至るのであった。
「でも、イゼルナ様は義父といってましたけど?」
「周囲は認めなくても自分たちくらいは、との配慮なのさ。だから、私たちは貴族の持つ騎士団ではなくて、行政官の雇用する傭兵団なのさ。まあ、領主の部下であるのには違いないけどね」
なるほど、それでなのか。イゼルナが傭兵団ではなく、軍の士官なのは騎士団がこの領地内に無いからなのだ。さすがに貴族が傭兵ではまずいとの考えであろう。孝和はそう考えて疑問点を解消した。
「じゃあ、他の質問を。ギャバンさんも昔は傭兵団だったんですか?皆さんとも顔見知りですし」
「違うよ。彼は冒険者を辞めてそのままここに腰を落ち着けたからね。彼とエーイさんが顔見知りで、それ以外の私やイゼルナ様はエーイさんの紹介で知人になったんだ。あんな性格だからすぐに良い感じの関係が築けたしね」
「そうですね、ギャバンさんってすごいフレンドリーですよね。俺、かなりの人嫌いだと聞いていたんですが?」
そう聞くと、くすくす笑われた。
「いや、実はな。人嫌いじゃなくて、人嫌われ、なんだよ」
「はい?」
「あの人、性格は良いんだけど、ホントにズボラなんだ。何日どころか、何週間単位でそのままの格好だからね。自分から近寄ろうとする人がいないんだよ」
あははは、孝和はと苦笑いする。こんな話や軽いジョークで場を和ませる間にイゼルナも落ち着いたようだ。場にいる全員が、平常心でいるための最善の努力をしているのがわかる。イゼルナは怒り、孝和は疑問の解消、ククチは先生役、キールは孝和の膝の上でゆらゆら揺れて気持ちを落ち着けていた。
「じゃあ、私はバグズと襲撃者を追う、ということかい?」
ギャバンはバグズを撫でながらそう切り出した。イゼルナはやっと落ち着いたようで、肩でまだ息をしている。落ち着き払ったギャバンとの対比が、一種異様に見えた。
「ああ、馬車の発見場所まで案内する。ただ、車内と周囲にかなりの量の糞と、臓物、訳のわからん薬がばら撒かれて、すさまじい匂いだ。移動中にも一部ばら撒いていったらしくてな。毒物もあるかもしれん。気をつけてくれ。発見者が昏倒する騒ぎになって犬を使うにも難しい状況だ」
「まあ、バグズは魔力を嗅ぐのだから関係はなさそうだが……、気をつけましょう。ククチ、一緒に来てくれないかい?案内も頼むよ」
ククチは片手を挙げて了解を伝える。ゆっくりと立ち上がり、ドアに向かいギャバンは歩いていた。ノブに手を掛け、ククチと客間を出て行こうとしていたときだった。
「では、私はこれで失れ……ッ!!?」
別れの挨拶を途中で切り、ガバッと首を外に面した窓に向ける。バグズはその窓に向かって駆け出していた。
一方、孝和は手元の本を掴み窓に向け、振りかぶる。キールは孝和の膝からテーブルに飛び上がっていた。
この時点で4名が反応した。そして、
ガシャアアアァンンッ!!!!!
窓が勢いよくぶち破られ、真っ黒な塊が室内に侵入してきたのだった。
次回の投稿ですが、仕事が少し立て込んできましたので2月中旬までは、週1のペースは難しそうです。
申し訳ありませんが、よろしくお願いします。