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価値を知るもの  作者: 勇寛
それこそが日常
21/111

第19話 最後の襲撃者

誤字・脱字ご容赦ください。



「あと少しで追いつかれるぞ!!迎撃準備をしておくんだ!!狙うのなら、人ではなく馬を狙え!!」

 エーイの怒号があたりに響く。かなりの大声であったので風に乗って赤毛の襲撃者まで声が聞こえた。馬を狙うのは常道。汚いとかそんなことは関係ない。護衛・襲撃者とて、そんなことはわかっている。それなのにわざわざそう忠告するということは……。

(素人がいるな?狙い目はそこか!?)

 赤毛はそう判断した。これはこの襲撃での数少ないよい情報だった。これが護衛の嘘ではないかと一瞬疑ったが、せっかく上がったテンションをわざわざ盛り下げる必要はないだろう。

 しかし、まだ遠い。出遅れた襲撃部隊の本体がまだ追いついていない。土煙を上げ、勢いのままに突進してきているが、最初の出だしのアドバンテージをゼロにするまでにはいたっていない。

 だが、これならば川で救援を呼ぶまでに本体が追いつく。ポート・デイの警備が気づいてここに来るまでに襲撃を終えることが出来る。向こうのスピードが徐々に落ちている。満載された荷物と、人員がネックとなっているのだ。しかも5日間の旅の終わりで、溜まった疲れもここで一気に噴出すだろう。馬の状態もここから見る限り、足ももつれてきているようだった。このままでいくと、馬の足が限界を迎えるだろう。馬が潰れれば逃げることも出来なくなる。助かった。これなら十分に追いつけるはずだ。つまり、草原地帯のこの競争はもうすぐ終わる。

「いけるぞ!!狙いは各自に任せる!!」

 赤毛は追いついてきた本体にそう声をかける。徐々に交易隊に焦りが見て取れる。

 そして、この逃走劇は襲撃者の勝利で終わるであろう。多くの血を流し、荷は奪い取られる。救援もこの距離では間に合うとは思えない。赤毛は目をつぶり、交易隊に降りかかる残酷な未来に祈りをささげる。少なからず、犠牲は出るだろう。自らの「命令」もあるのだ。手は抜けない。ただ、本隊と自分の目的は違う。そちらを優先させてもらうのだ。本隊には囮として役に立ってもらおう。


 


 しかしながら、この勝利予測は、護衛側に起死回生の一手がなければ、である。

 この時点で、襲撃者側の誰も知らないことがあった。キールが出来る「一手」のことである。





「いけるぞ!!狙いは各自に任せる!!」

 その声が、後方から聞こえる。ただ一人、後方から勢いよく突出している赤毛の男が声の主のようだ。その騎乗している馬は滂沱の汗を流し、その後ろの襲撃者の本隊を引っ張っている。このままでは確かに追いつかれるのは、川のはるか手前になるだろう。警備に気づかれるかどうかは五分五分。こちらのスピードも落ちてきている。ならば!

「キール!!聞こえるか!?」

 キールの乗っている馬車は全ての中で最も車高が高くなっている。こちらの声が聞こえるかは微妙だ。

『よんだ!?ますたー?』

 こういったときの念話はとても役に立つ。全く雑音なくクリアに聞こえるからだ。一方孝和側が念話を使う場合は、近距離でなくてはならない制限がある。少し離れているので念話同士で話は無理だ。

「いいか!よく聞いてくれ!!馬車の引き手を全部回復するんだ!!それが終わったら、交易隊の全員にお前の気づいたあいつらの居場所を伝えるんだ!キール、頼んだぞ!!」

 孝和はキールのできるこの状況の打開策を考え出した。馬の回復、そして敵の位置をダイレクトに伝える念話を利用する。一応事前にそういったことが出来るということを、エーイだけには伝えた。何とかなってくれればいいんだけれど。

『わかった!!がんばるね!!』

 キールからそう返答があった。そして、キールは淡く光を放つ。

『神の祝福ゴッド・ブレス!!』

馬車を引っ張る馬・鳥馬に神の祝福ゴッド・ブレスの球形魔方陣が発動し、その姿を包み込む。今にも倒れそうな様子であったはずのその顔に生気がみなぎる。先ほどまでの自分の疲れや、息苦しさが嘘のように消えていく。彼ら自身が不思議で仕方ない顔をしているのが分かる。話ができれば、「何?どうして?」とでも言ってくるだろう。

 馬車の引き手が、全力で走り出す以前の状態に体力が回復する。それはつまり、襲撃者にとって全くの予定外のファクターであった。スピードが落ち、もうすぐ追いつこうとしていたのに、ここからさらにスピードが上がるのだ。

 これは、見えたゴールがさらに遠のくことになる。かなりキツイだろう。死ぬ気で走った後に、また走り出せというのは厳しい。襲撃者はともかく、回復手段の無い襲撃者の馬は一度スピードを落としたのだ。再びこの競争劇を再開できる気力がもうほとんど残ってはいない。それでも、距離は徐々に詰まっていた。しかし、先ほどまでの鬼気迫る勢いはもう完全に無くなっていたのである。




「な、なんだ!どうしたというんだ!?」

 もうすぐ追いつき、その刃を振り下ろすはずの、哀れな羊たちの群れが急に速度を上げた。その様子は、いつもの光景であった。襲撃者の中で本体を率いる頭は、こういった光景をよく見ている。全力で逃げる獲物が見せる最後の足掻きであった。少しでも刃の届かない遠くへと逃げるため、後先を考えず走り出すのだ。その悪足掻きはいつも長くは続かない。最後に残った全てをつぎ込む大博打。博打はいつも張る側にほとんど勝てないように出来ている。その博打に負け、今までの獲物は彼らの飯の種となった。

 今回もそのはずである。しかし、スピードが落ちない。いや、むしろ最初の頃よりスピードが上がっている。こちらは最初の勢いが落ちてきている。なのに何故、あの連中の馬はどんどんスピードが上がっていくのだろうか。

 こんなことはあってはならない。自分たちはこの道のプロなのだ。こんな不条理を許してはならない。冷や汗が止まらない。襲撃している自分のほうが、恐怖を感じることは長年の経験でも初めてだ。

「お、お前らぁっ!!急げ!!誰でもいい!!足を止めるんだ!!」

 先程まで体の中に流れているのを感じていたアルコールなど全く感じない。心地よい酩酊感など何時のことであったか分からないくらいであった。どんなことをしても、奴らを止めなくてはならない。そしてこの体中を流れる冷たいものを奴らの血で濯がなくては……。




 ポターが矢を放つ。一射目、二射目は外れる。勢いはあるのだが、なにぶん足元は揺れ動く馬車の上である。しかも相手は馬に乗り、1箇所にはいない。しかし、あくまで当たるならラッキー、という程度の牽制の為に放っているのだ。馬車に近づけないよう、的を狙うように落ち着いて丁寧に、ではなくとにかく次々と数を射ることが目的である。

 そんな中、前触れもなく振り向きざまに、今まで注視していた馬車の右後方とは反対側、左後方に矢を射る。これも牽制だ。そのつもりで射た矢は襲撃者の肩口を掠めた。襲撃者の肩には軽装化のためであろう、皮鎧のパーツとして本来あるはずの肩当がなかった。

 かすった肩に気を取られた。全くこちらに気づいていないようだった射手の一撃。当たった瞬間、見事にバランスを崩し、馬にすがりつく。その状態で何とか体勢を整え、襲撃者は弓に矢をつがえ、ポターに向け矢を放とうとする。

しかし、


 ブンッ!!

 

 真横から普通はしないような音を立てて、石がとんでもない速度で飛んでくる。その投石はポターを狙う弓に直撃した。その結果、ポターを狙った矢はてんで見当違いの方向に飛んでいった。

 その上、彼は見事にバランスを崩し落馬する。さらに、追いついてきた後続の馬に踏みつけられ、この競争劇から脱落した。

「うわあああぁぁぁあああっ!!!」

 彼の絶叫が聞こえる。下手をすれば命を落としたかもしれない。

 ポターは石が飛んできた方向を向く。そこには孝和が左腕一本で石を投げている様子が見て取れる。右手は荷台を縛る紐を握り締めているようだ。

 しかし、どうしてあの不恰好な投げ方で、あの威力の投石が出来るのか全くわからない。

 孝和は、ポターのほうを見て、軽く頭を下げる。それを見て、ポターはいまの状況にとりあえず対応することに決めた。感謝の意は後ででも出来る。

「よし!次はどっちだ!?キール君!!」

『えーとね。ひだりがわからふたりと、2つむこうのばしゃに、ひとりはしってきたよ。おねがいしまーす』

「分かった!ありがとう!」

 ポターはそう大声で叫ぶと、次の矢をつがえるのだった。

 このように、キールは迎撃の全員に自分の感じた敵の位置を念話で伝えている。秘匿性、確実性に優れる上、実は言葉だけでなくキールの感じたものを直接受け取れる。このことは各員の死角のカバーや、対応に大きな貢献を果たしていた。

 そして川までは、残り2kmを切っていた。つまり、襲撃者の勝利の確信は肩透かしに終わり、更なる焦りを生む結果となったのであった。




「畜生ッ!まずいぞ、走れ!!何してるんだ!!手前ェ!!」

 襲撃者の頭ケンネルは自分の騎乗するシャドウホースに蹴りを入れる。すでにシャドウホースは限界を迎え、流れ落ちる汗の量は尋常ではなかった。草原を駆け抜ける、このシャドウホースは、過去にケンネルが襲撃した商人の商品であった。本来、シャドウホースはモンスターに分類される。だが、その黒々とした美しい毛並みと、ある程度の人語を理解する高い知能を持つため、貴族を中心に愛好家が多いのだ。Fクラスの冒険初心者でも余裕を持って勝利できる程度の戦闘力しかないのだが、傷が付けば、商品価値はほぼ無くなってしまう。しかも、なぜか人工的に交配すると、毛並みの黒にくすみが出るのである。いまだにストレスや、食事のせいなのか全く分かっていない。そのため、野生のシャドウホースは大変高価になっているのだ。

 このシャドウホースはケンネルに忠誠を誓っているのではなかった。恐怖がシャドウホースを縛り付けていた。襲撃時にこのシャドウホース以外は全て処分された。ごくわずかな傷のものは、ばれない様に秘密裏に闇市場で売られたのだが、目立った傷のものはその場で殺された。なまじ知性のあったため、死の恐怖を目前で見せ付けられたことがトラウマとなっているのだ。ケンネルは、今まで自分に逆らった場合、部下であっても容赦しなかった。シャドウホースには自分の周囲にまとわり付く死の恐怖に逆らえる手段がなかったのであった。

「走れってんだよ!?止まんじゃねえよ!!」

 しかし、生き物である以上限界はあるのだ。足はもう止まる寸前である。その絶望的な走りは最後の意地を見せた。ついに交易隊の最後尾にたどり着いた。

 周囲を見渡すと、追いついたのは最終ポイントの川だったのである。全力で走り続け、引き返さなくてはならない限界点にたどり着いてしまったのだ。

 だが、

「てっめえっ!トロイんだよ!?愚図がぁっ!!?」

 ケンネルは周囲の状況を理解していないほどに、血が上っていた。先ほどから、先行した個人の襲撃者が次々と迎撃され、落馬している。その状況も彼の混乱に拍車をかけていた。シャドウホースから飛び降りると、苛立ち紛れに思い切り前脚に鞘ごと剣を叩きつけたのだ。

ヒヒヒィイイィーーーーン

 悲しげな嘶きが辺りに響き渡る。シャドウホースの脚が、本来曲がらない方向に折れ曲がる。この後に逃げることすら忘れて、自分の逃走手段に苛立ちをぶつける、という行動を取った彼に誰も話しかけることが出来なかった。



 一方、こちらは孝和たち交易隊である。迎撃作戦は予想以上の成果を挙げていた。

「よし!ここで全員、防衛に専念しろ!!頼むぞ!!」

 エーイはそう言うと下馬して、剣を抜き放った。今まではキールの位置情報を頼りに、近づいてくる敵にプレッシャーをかけて、できるだけ時間を稼ぐことに専念した。しかし、目的の川まで辿り着くことが出来た。しかも、ある程度の戦力を削ることに成功し、こちらは誰も負傷者はいない。

 孝和は、荷台から飛び降りると、エーイのほうに向け、全力で走り出した。まずは後方を互いに守れるように、集合することが必要だ。馬車の上にいる迎撃の人員は、そのまま牽制に専念してもらうことになっている。

 襲撃者側の勢いも鈍る。誰がこの状況下で先陣を切るのか踏ん切りがつかないようだ。完全に奇襲は見抜かれ、その後の追撃も一度追いつきながらみすみすこの地点まで逃すことになった。しかも、後しばらくすれば、ポート・デイの警備が駆けつけてくる。

 一刻も早くこの場から逃げ出したいのは山々なのであるが、そうも行かない理由が相手にあるのがありありと見て取れる。

「くそ……。逃げてくれよ……。ここまで来てるんだ。逃げるのにも時間がいるだろうに……」

 孝和はそうつぶやくと、エーイを真似て商人たちの前に剣を構えて威嚇を行う。馬車で壁を作って商人の皆さんは奥に引っ込んでもらう。この状況で荒事に慣れていない彼らに出てきてもらっては邪魔になる。そのことは十分本人たちも理解しているのだろう。全員が1箇所に集まって、へっぴり腰で剣や槍を構えて、壁になっているところ以外からの襲撃に備えている。

「てっめえっ!トロイんだよ!?愚図がぁっ!!?」

 襲撃者の中からそういった怒号が聞こえる。そのあまりの大声に視線が自然とその方向に向く。

「え?何してんだ!?あいつ!」

 その視線の先には真っ黒な毛並みの馬が、思い切り男に脚を叩き折られていた。

 崩れ落ちても、黒馬は小さくうめき、それが辺り一面に冷たく響く。

 それを合図として一斉に全員がこちらに向かって突撃してきた。表情には一様に余裕がない。しかし、全員に覚悟を決めた諦観にも似たものを感じた。おそらくギリギリまで引く気はないだろうことは、ある程度の実力のあるものには分かってしまった。



ドッドオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!


 


 爆音と共に、川に大きな水柱が上がった。事前に予定したとおりエーイのチームの魔術師が放った火炎球ファイア・ボールが川面に直撃した。水柱は美しい虹を描き出した。その光景と爆音は間違いなくポート・デイの警備に発見されただろう。

「警備の部隊がここに来るまで、大体30分だ!最後まで気力を振り絞れ!」

 そう、戦いの本番はここからである。



「全員構えろ!来るぞ!」

「やるぞ!キール、誰も死なせるな!!アリア、突っ込むから、援護を!!」

そう言い放つと、孝和は突撃してきた者達のうちで、最も多くの人数のいるところに集団戦を仕掛ける。

乱戦状態になったときの最善の策は、相手の数を減らすことである。その際、自分の後ろを確実に守ってもらえることも大切だ。

「うあああああっ!!」

 孝和はエッジを抜き放ち、その鞘を襲撃者に思い切り振りかぶった。鞘とはいえ、鉄板で内部は強化されているため、それなりの重さはある。掛け声をかけて、真横になった状態で足元めがけ、放り投げた。

 それに見事、足をすくわれて襲撃者が前に倒れこむ。さらにその襲撃者につまずいて、隣にいたもう1人も巻き込まれる形で地面に倒れこむ。

 その頃には、孝和はその現場にたどり着いていた。走りこんだ勢いそのままに、起き上がりかけた襲撃者にサッカーボールキックの要領で、全力の蹴りを顔面に叩き込む。首から上が吹き飛ぶのではないか、という威力であったためにその意識はあっという間に闇に沈んだ。もう1人は、1人目が吹き飛んだ光景を目にして、急いで立ち上がろうと焦った。しかし、その時には孝和は彼に向き直っていた。

「寝てろ!邪魔だ!」

 豪腕一線。エッジを持たない左腕には魔力の込められたあの篭手がはめられている。デュークとの戦闘時に闇に包まれたため、全体に微細なヒビが入っているが、まだ何とか使えるだろう。起き上がりかけの顔面にアッパー気味の一撃を叩き込む。篭手から細かな破片が飛び散る。それと、相手のあごが砕けている感触もあり、かなりの衝突音がした。白目をむいてぐらついている相手の体を、気功術で強化した左腕1本の背負い投げで他の無事な襲撃者に投げ飛ばす。

「だあああっ!!」

「グワッ」

 巻き込まれた襲撃者が息を吐き出して気絶する。

 孝和は心の中でガッツポーズをとる。これで3人を戦闘不能にした。エーイたちのチームは襲い掛かってくるものをいなす形で対処している。孝和たちのように積極的には挑まない。この辺りはチームとしての経験の差といえる。力技でなく、計画的に相手を無力化できるだけの実力もある。と、いうことは……。

「私たちは、私たちでがんばりましょう。ほら、また来たわよ!」

 アリアのその言葉で我に返る。考えていたことが顔に出ていたのだろう。正面に向き直り、残りの襲撃者に備える。自分たちに足りないチームとしての連携は今後の課題として考えていこう。今はこの状況を切り抜けることが先決だ。

「そうだね。じゃあ、がんばりますか」

 気絶した襲撃者3人は小さなうめきが聞こえるだけになっている。あれはほうっておいていいだろう。立て続けに3人が脱落した様子を見た襲撃者たちは逃げ腰になっている。あと4~5人ほど片付ければこちらは逃げ出してくれるだろう。

 

 アリアは周囲の襲撃者に狙いを定めた。孝和の先ほどの暴風のような攻撃でもうこちらには2名が残るのみだ。そのうち手斧を持つ男に向かい、長剣で切りかかる。

「ハッ!!」

 気合を入れてたたきつけた一撃は、相手の手斧により防がれた。しかし、受け止めた場所は、斧の刃ではなく木製の柄の部分である。その一撃の勢いで、柄にきしみが走る。ミシミシと音を立てるその様子に、男は力を込めて斧をアリア側に押しのけようと抵抗した。

「この!生意気なんだよ。女の癖にっ!!」

 苛立ち紛れにそう怒鳴りつける。顔面を真っ赤に染め上げ、口角には唾がたまる。見苦しさを感じながら、それを無視してアリアは最後にこう言った。

「戦神ラウドよ。この戦士の魂があなたの御許に無事届きますように……」

 

 バキッ


 そんな音がして手斧の柄が砕け散る。勢いはそのままに、アリアの長剣が男の肩口に突き刺さる。さらに深々と剣が真下に向かう。アリアの手に骨と肉を無理やり断ち切る鈍い感触が伝わる。そして、彼に戦神の祝福が訪れる。戦いの中で敗れた戦士の魂はラウドの元に運ばれるのだ。抜け殻となった骸はそのまま崩れ落ち、返り血を浴びたアリアはもうそれに興味を失い、次の戦士の魂を刈り取りに2人目の襲撃者に向かうのだった。



「こ、怖えー。アリアってあんななの?」

 戦神ラウドの使徒として、無表情に剣を犠牲者に叩き込む様子を見て、やっぱりこの世界の戦士なんだなぁ、と再確認した。

周りにいるほかの人にも言えることだが、命のやり取りにためらいがない。全力で斧や槍・剣を相手に振りかざす。その結果相手の命が失われても問題ないのだろう。あちこちから血飛沫や、断末魔の絶叫が聞こえる。

 孝和自身はここにいたるまで、積極的に命を奪う行為を避けていた。結果として死ぬかもしれない攻撃はしているが、致死必至の攻撃はしていない。

なぜなら、どうしても自分の中で殺人を否定するものがある。出来るなら、そういった行為に及ぶことを避けていたい。どうやら真龍の後継者となった際に精神が大幅に強化されているようで、殺傷行為に耐性が出来ている。初めてワイルド・ドッグを屠ったときに感じた疑問が、プレイス・カードを交付されたときに解決した。どうやら、「人」でなく「龍」に連なる生命体に孝和は変わってしまったためだろう。

 だが、「八木孝和」という人間としての矜持であろうか。殺人に対する嫌悪感だけは残った。それが、いまだに孝和の剣を鈍らせている。いま、目の前にある骸に対してもあまり感情が高ぶったりすることもない。だが、これは危険だと感じている。

 自身が急激に変わっていくことに対しての、拒絶ともいえる。今の精神が元々の自分の精神とは違うのではないか、といった恐怖すら感じているのである。アリアやエーイ達を否定するものではない。この世界での常識であることだろうから。しかし、殺傷行為には重責を負う。それがこの世界で生きていくために孝和が決めたことだった。これが、孝和を縛っていた。

「まずいよなぁ……。俺、こんなでこの先皆に迷惑かけるんじゃないかなぁ……」

 誰にも聞かれないように、こっそりそうつぶやいた。戦闘関係のクエストに難色を示したのにはこういった理由もあったのだ。誰にも相談できない問題を心のうちに忍ばせて、孝和はアリアの援護に向かうのだった。





 その頃、ケンネルは全体を統制しているのがエーイだということに気づき、事態の打開の為、そちらに突撃していた。取り巻きの数名は、エーイ以外の護衛に襲い掛かる。

 結果、ケンネルはエーイとの一騎打ちに持ち込むことが出来た。統制役のエーイをここで倒すことが出来れば、少なくとも物資の強奪が出来るだろう。

「おらよっと!!死んでろ、貴様!!」

「フン。かかって来い!!」

 両者共に剣を掲げ、打ち合いを始める。頭に血が上っているとはいえ、野盗の頭といえるだけの実力はあるのだ。ケンネルの剣戟はかなりの勢いで振り下ろされた。その勢いに逆らわず、エーイはその一撃を受け流した。

「お前、確かケンネルだったな?DOA(生死問わず)で手配書が出ていたぞ!賞金額も金貨で20枚だ。どれだけの罪を犯したんだ?」

「知ったことか!襲われて死んだのは運がねえだけのこと!!罪だなんだ言う前に、護衛の間抜けの責任を考えな!!」

「貴様、クズだな。この辺りでこれ以上仕事はさせん!!ここで終わりにしてやる!!」

 エーイの剣とケンネルの剣がギリギリと鍔迫り合いを始めた。両者共に力は互角といったところだ。唯一違うのは、エーイのほうが知恵があるという点だった。

 徐々にケンネルの剣がエーイに向かって近づいてくる。後ろに向かい後退する。他の襲撃者・護衛のいないところに向かって移動する。そしてついにケンネルの剣に押され、エーイはその場に倒れこんだ。

「ひゃははは!!死ねよ!!」

 倒れこんだエーイに馬乗りになる。とどめを刺すために剣を振りかぶり、ケンネルがそう勝利宣言をした。逆にエーイはその様子を見て落ち着いた様子だ。それを見たケンネルは覚悟を決めたのだろうと判断し、その剣を突き出そうとした。

 

 ドスン!


「馬鹿が……。だからそうなる」

 エーイはそうつぶやく。そして、笑みを浮かべたケンネルの首から生えている矢を見つめる。ケンネルは首から感じる激痛に疑問の声を上げようとした。しかし、その声は「クヒュー、クヒュー」と空気の漏れる音になり、音としてエーイに届くことはなかった。

 馬乗りになったケンネルの胸を軽く押すと、後ろに向かってバッタリと倒れていった。もう彼には命の灯火は残されていない。ケンネルの骸をちらりと見るとエーイは声を張り上げた。

「ケンネルは討ち取ったぞ!!!貴様ら、死にたいのか!!?」

 あくまで今回は護衛を優先する。もし、傭兵団の討伐任務であれば全員を捕縛するか、殺すかが必要だが、護衛という仕事にはそんな必要はない。

 エーイは矢の飛んできたほうに手を上げて、感謝した。ククチがタイミングを見てケンネルを射たのだ。狙いを定め、集中した一矢は見事にエーイの作り出したチャンスを射止めることが出来たのだった。まさにチームならではの阿吽の呼吸である。それに気づかなかったケンネルを攻めるのは酷というものだろう。

「逃げるぞ!!ケンネルさんが死んだ!!急げ!!」

「マジかよ!?ふざけんな!!」

 その遺体を確認した取り巻きが周りに声をかけると、一斉に全員が逃げ出した。後退して様子を窺っていた者もそれにつられて逃げ出した。

 どうやらケンネル自身はそんなに人望が有ったわけではないようだ。だれも振り返ることなく馬に飛び乗り、大怪我をしているものは荷のように抱えられて撤収していく。逃走劇で脱落した者はすでに逃げ出しているようだ。ポート・デイの護衛の声もそろそろ風に乗って聞こえてくる。ケンネルが死んでいなくても、引き際である。むしろ、ケンネルの意地のせいで、タイミング的には少し遅れているとすら言える。

 そして、数名の骸と孝和のしとめた3名の怪我人を除いて全員がその場から撤収した。





 と、全員が思っていた。この時点で全員が襲撃の終了を信じて疑わなかった。

ただ、まだ終わっていないと気づいた2名と、仕掛けようとした1名を除いて、である。




『エーイさん、よけて!!!』

 キールからダイレクトに念話が伝わる。エーイはその勢いに驚き後方を振り返る。そこには地を這うようにして、赤毛の男が腰溜めにカタールを構えて自分に接近してきていた。

「!!?」

 声にならない驚きと共に、赤毛と逆方向に跳ね飛ぶ。

 ちょうど横薙ぎにされた剣の先が、首先を掠めるか掠めないかの位置を通り過ぎていく。急な襲撃のため、誰も赤毛の接近に気づいていなかった。しかも、あまりに近すぎて矢を射ることも出来ない。キールにしても位置が悪く、援護ができそうに無い。

 2撃目がエーイに迫る。体勢が崩れたまま、エーイはその一撃を片手で持った剣で受ける。しかし、全力で振るわれたカタールはエーイの長剣を刎ね飛ばした。そしてエーイの左側が完全にがら空きになった。

「もらった!!」

 赤毛がカタールをエーイの胸めがけて突き出す。その勢いは止められそうも無かった。

しかし、

「痛ってええぇええぇ!?」

突然、目の前のエーイが消える。その代わりに篭手に包まれた左腕が、カタールに串刺しになっている孝和が急に現れた。

「何!?どうい……!!」

 赤毛が疑問を発する途中で、孝和はカタールを左腕から引き抜き、その肘を赤毛に向かい全力で落とす。ちょうど赤毛が低い姿勢であったので見事に肘が直撃した。赤毛は地面をその顔面で感じた後で、自分の首に腕が絡み付いてきたのを感じる。まるで抵抗することが出来ずに、首を孝和の右腕が締め上げる。ダメージを受けて一瞬意識が飛んだのは確かだが、ここまで見事な流れの体術は赤毛にとって初めてだった。

「グ……ウウォ……クゥ」

「大人しくしろって!!あ、痛ったぁ!!痛い痛いって!!」

 左腕の痛みを我慢して首を締め上げる。しばらく赤毛が抵抗したが、隙を見て絡みつかせた右腕はガッチリ首に食い込んでいる。抵抗むなしく、孝和の腕を解こうとした赤毛は完璧に落とされた。

「あーもー。痛ったぁ……。暴れないでくれよ、ホントに」

 念のため、カタールの柄を蹴って遠くに飛ばす。刺された腕を押さえ、キールがこちらに来るのを待つ。

「すまん。タカカズ、助かったぞ。大丈夫か?」

 エーイがそういってこちらに近づいてくる。ただし、わき腹を押さえてだが。

「いや、こっちよりも、エーイさんのわき腹は大丈夫です?咄嗟だったんで加減せずに蹴り飛ばしたんで……」

 襲われそうなエーイとの間に飛び込む際、エーイが攻撃を受けないようにそこから動かす必要があった。時間が無かったので、思い切り蹴り飛ばしたのだ。

 赤毛はかなりの隠行であったが、モンスターのキールと、ほぼ人外の孝和の2人だけは赤毛の存在に気づいていた。その為、2人はエーイの危機にいち早く対応することが出来たのだ。

 現地に到達するのに気功術を全力で足に集中し、その勢いの蹴りである。下手をすれば、内臓破裂しても不思議は無い。現に足には肋骨を折った感触がある。

「ははは。まあ、これは痛いな……。後で診てもらわないとな。君もだろう?」

「ええ。こっちも痛いんです……。篭手が無かったらヤバイとこでした」

 2人して顔を見合わせ力なく笑う。

「キールに治してもらいましょう。あいつ、こういうの上手いんですよ」

「ほう……。興味深いな」

 立ち上がり、彼らはキールの元に向かう。

 周りにいた護衛は気絶した赤毛を拘束し、怪我をしたものを手当てするために走り出した。



「…………」

「どうした?タカカズ?」

 手当てを担当したキールの治療が終わった孝和が、自分たちの来た道を見ているのに気づき、エーイはそう尋ねた。

「あ、いえ。たいしたことじゃないです。もう居なくなったみたいですから」

「?そうか。まあ、いい。全員の治療も終わった。奴らも警備に引き渡したからな。そろそろ行くか」

「そうですね。……?あの馬どうするんです?」

 孝和の視線の先には脚の折れたシャドウホースがいる。

「ああ、あいつか。どうしようもないな。あの状態では生きていく術などないだろう。いっそここで死なせてやるのもひとつだろうな……」

「駄目ですよ!!?ちょ、ちょっと待ってください!おい、キール!!」

 あわてて孝和は大声でキールを呼ぶ。

『なーに?ますたー?もしかしてまだどっかいたいの!?』

 大急ぎでキールがぴょんぴょん飛び跳ねてこちらへダッシュしてきた。

「いや、あのな。俺じゃなくて、あの馬を治して欲しいんだ。頼めるかい?」

『うん!いいよ!いってくるね!』

 孝和の指差した先のシャドウホースに向かって、キールがぴょこぴょこ移動する。シャドウホースの目の前まで移動したキールは、その脚に向かって神の祝福ゴッド・ブレスをかける。見る見るうちに脚が元に戻り、シャドウホースは勢いよく立ち上がった。

 大きくいななくと、その鼻面をキールにくしくし擦りつけ、その後に孝和たちのほうに頭を下げてから走り出した。



『ねえ。ますたー、アリアさん』

「なんだ?キール」「なに?キール」

 そういうと孝和は膝の上にいるキールを撫でてやった。アリアは閉じていた目を開けた。返り血はマントを羽織ることで隠している。

 今はポート・デイの警備と一緒に門に向かっている。そのため、もう護衛は必要ない。護衛の全員が疲れ果て、馬車に揺られることとなっている。おそらくあと30分でポート・デイに着くだろう。

『あのね。さっきのなおしたこ、なんだけど』

「ああ、シャドウホースのことか。どうしたんだ?」

『ほんとうにありがとう。またあいましょうって。このおんはかえしますっていってたんだ』

「え?キール、もしかしてモンスターの言ってることわかるの!?」

 アリアはそう驚く。まあ、広義でいけばモンスター同士、会話も出来るのだろうか。

『うんとね。できるときと、できないときがあるの。どーくつのむしさんとか、ゆーれいさんはできなかったんだ』

「そうか……。まあ、できるときは教えてくれ。参考にしたいからな」

『うん!わかった!!』

 アリアと顔を見合わせ、2人でキールを撫でてやった。キールからキャッキャというような感覚が念話で流れ込んでくる。

 のほほんとしたその雰囲気に御者台にいた商人は「いいなー。かわいいなー」と、ちらちらキールのほうを見ていたのだった。

 キールはここにいたってかなりの人気が出ていた。野営のときはすぐに寝てしまうし、昼間はちょこんと、置物のようになっていたのであまりみんなの目に留まっていなかった。 

しかし、最後の最後にこの情報伝達力・上級回復術が知れ渡りアリアを超えるスカウトが来ていた。ただ、本人が『ますたーといっしょじゃないと、やだ!』と言われるので孝和にも、スカウトやキールを譲るように、金銭が飛び交いそうになったのだ。

 だが、孝和は「興味ないんで……」と断るので取り付く島もない。結果、キールとアリアとチームを組む孝和は羨望のまなざしで見つめられることとなった。


年内はこちらの投稿で終了となります。2ヶ月でしたが読んで頂いた皆様、ありがとうございます。

新年は年始から仕事がありますので、少し遅れるかもしれません。今後ともよろしくお願いします。

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