第18話 突破
誤字脱字ご容赦ください
マドック~ポート・デイのキャラバン隊は順調に行程を消化し、最終日の朝を迎えた。
「あーあ。もうすぐ着くかぁ。なんかいろいろ疲れたよなー」
『そうなの?ぼく、けっこうたのしかったけど?』
そんな朝の語らい。昨晩は不寝番ではなかったので、夕食後はぐっすりと睡眠をとった。キールと2人きりというのも久しぶりだったので、少しふざけてキールの触り心地を十分堪能して遊んだのである。キールのほうも久しぶりに孝和に、じっくりと構ってもらえるのが嬉しかったようで、触ってくる孝和に擦り寄って甘えてきた。
結局、夕食後にそんな感じで憩いの時間を過ごした2人は、今朝完全に気力充実して目覚めたのだった。
まあ、その一方でかなりのダメージを受けている人もいたのだが。
「お、おはよう。2人とも元気なのね……」
そういって隣のテントから出てきたのはアリアだった。女性用のテントは別にキャラバンの方で用意してある。アリアはそちらで寝ていた。
「だ、大丈夫?ものすごいクマだけど……」
『まだねててもいいよ?ぼくら、おこしてあげるから』
目線の先にはアリアがいた。口元を押さえてよろよろと水瓶のほうに歩いていく。そのまま柄杓を掴み、水瓶からくみ出した水を音を立てて飲み干す。
「不寝番の無いときは毎回、酒盛りだったから。キツイわ。正直」
見事に二日酔い、しかも寝不足も加わってまるでゾンビのようだった。スカウトの最後のチャンスとばかりにかなりのアルコールを摂取させられたようだ。
「いや、だから寝てなよ。キツイんでしょ?多分あと2時間は大丈夫なはずだよ」
アリアがこうなった理由は、孝和側にもある。無理を言ってアリアに試験の際の当事者を引き受けてもらっているのだ。出来ることがあるのなら、孝和がキッチリフォローするのが筋だろう。
「大丈夫よ。これくらいなら、1時間もあれば十分動けるくらいになるわ。ありがと。キールもね」
心配して近くに寄ってきたキールを安心させるようにその体をなでてやり、柄杓から水をかけてやった。
ふるふると身震いしてキールが水しぶきを飛ばす。ごく少量だったのでアリアにはかからなかった。
『でもさ、でもさ。かお、すっごいくまだよ?ゆっくりねてなよ』
実際、調子は良くなさそうだ。試験の際の詳細を多くは語れないため、注がれた酒を断るのが難しかった。さらにストレスも重なっているのだろう。肌のほうにもすこし荒れが見て取れる。
「そう?じゃあ、ごめんなさい。やせ我慢はしないわ……。ほんとにごめんなさい」
結局、彼女はそのままテントに引っ込む。二日酔いだろうが、何とか出発までに回復して欲しい。
「どっかに確か乳牛いたよな。どこだったっけ?」
『んと、たしかうしろのほうに、やぎさんといっしょにいたけど。ますたー、どうするの?』
「たしかホットミルクって二日酔いに効くんだよ。冷えてると駄目なんだけどな」
日本のネット情報の類だ。昔、大学の飲み会で二日酔いだったときに調べた。ホットミルクは気休め程度だろうと思ったが、そこそこ効いたので、ネットの情報ってスゴイと驚いたのだ。ターメリックも探してみようかと思ったが必要摂取量がどのくらいなのか判らない。何かあったら大変なのでそちらはあきらめた。
そんなわけで、孝和はキールをひょいと持ち上げて、牛乳を手に入れるためとことこ交渉に向かうのだった。
朝食後、ポート・デイへ向かう者と、さらに北に向かう者に別れた。この野営地までで護衛は2手に別れる。キャラバン隊はポート・デイ1と北部方面3の割合でなっている。北部方面はこの後、現在の野営地でキャラバンを組みなおし交易を続ける。ポート・デイから出発する交易隊は、ここで明日合流することになるらしい。
「結構、回復したみたいだね。動けるみたいだし、馬車でそのまま運んでもらうかもって、一応御者さんに頼んでたんだけど」
その孝和の前には朝よりも少し顔色の良くなったアリアがいる。
「ふふふ。だいぶ楽になったし、ほんとに助かったわ。水分も十分取ったからまあ、昼には元に戻るんじゃない?わざわざ取りに行ってくれたんですって?ありがとう」
にっこりと孝和・キールに笑いかける。その笑顔に孝和は癒された。
ホットミルク作ってよかったなー、と孝和は幸福感に包まれる。美人の笑顔は良い。良いものだ。うん。
その一方、スカウトに失敗した皆さんと、その他の男性陣はものすごい顔でその様子を眺めていたのだが、それは余談です。余談ですとも。ええ。
準備が終了し、ポート・デイ隊が出発する。その様子を野営地から北部組が見送ってくれたので、しばらく孝和たちポート・デイ組は手を振りながら出発することになった。互いの無事を祈る意味でもこういったことは大切なコミュニケーションのひとつといえる。将来また、一緒の旅が出来るように願いを込めるのである。
一部の移動時の混乱があったが、最終的には円満にキャラバンは別れて移動を開始した。結局、ポート・デイ組は40名ほどのグループになった。護衛は12名。馬車の積載した荷はかなりの量になった。北部組は野営地でポート・デイ組と商談を行い、その後のキャラバンを続ける上での必要分を除いて、この場所で現金化することで身軽となり、逆に荷を満載したポート・デイ組は町へと向かうのであった。
では、こちらはポート・デイを目指す孝和たちである。ポート・デイに向かう護衛は孝和と、エーイたちのチーム、野営で仲良くなった元狩人のポターたち個人冒険者たちを合わせての12名。商人はこの町とマドックの交易を主とする者達であった。
「では、先ほども言ったとおりだ。ここから先が最も危険な地域になる。モンスターは考えなくてもいい。出てくるのはほとんど、ポート・デイを塒にした盗賊や荒くれたちの襲撃だ。あちらが必要なのは俺たちの命ではない。積荷だ。到着直前のギリギリを狙ってくる。奴らは奪い取ってそのままスラムに直行する。だから、奴らを見つけたら『逃げろ』。町まで全力で逃げ切ればいい。戦闘は最小限。護衛が無理だと思ったら、いくつか荷を放り出して奴らにくれてやれ。商人の皆さんもそこは想定の範囲内として、契約時にサインしてる。まあ、守れるなら守れ。以上だ!」
出発前の訓示で、エーイはそう言っていた。交易路の危険は、大人数のキャラバンである程度カバーできる。しかし、到着直前のこの最後の少人数での移動こそが、危険なのだ。薄皮を削るように荷を分捕る。その後に、全力で逃げる。これはポート・デイの周辺ではそんなに珍しくない野盗のパターンだ。
「でもさ。そんな治安なのに誰も対策しないの?どうなってんだい?」
孝和はそう考える。治安維持とかという概念はあるはずなのに……。
その疑問はアリアから返答があった。
「ここは、領主の私兵である傭兵と、国王の直属の海軍のがあるのよ。どちらも主導権を誇示してるの。でも、スラムの連中もここの経済活動に役立ってるからね。表立って非難はしても殲滅はできない。実は、スラムの暴走を抑えてるのが、非合法の盗賊ギルドってわけよ。持ちつ持たれつ微妙な感じでね。どれも、そこそこ仲良く、そこそこケンカしてるのが今の状況。10年前に現領主に変わってからいさかいも少なくなったみたいなんだけど」
すらすらとポート・デイの情報がアリアから出てくる。そのことに驚きを孝和は隠せなかった。
「そこまで驚かないで。いろいろ知ってるのは、私の用のある人がここにいるからよ。その人からの又聞き。実際の経験じゃないから、違っても文句言わないでね」
なるほど。そういったこともあるか。
とりあえず、そういう微妙に治安に問題を含む地域なのは間違いないのだろう。用心に越したことはない。
『あと、どれくらいたったらつくのかな?』
キールはそう聞いてくる。いま、キールは御者台の横にちょこんと乗っけられている。ほとんど手荷物扱いなのだ。孝和と、アリアの2人はその馬車の横を歩いている。
その馬車は荷物が満載されて車軸もギシギシいっている。積載量とか考えて積めよ、とか思ったがこの世界ではそんな法律なんてないだろうし、仕方ないだろう。
なんとなく、横を歩くのに少し怖さを感じる。
「多分、もう少し先の川を越えた先らしい。結構予定より早いみたいだし、昼食前に着くんじゃないかな?」
「そうね。地図上ではもうそろそろ。ここの先は草原だから、川を越えれば襲撃も無い筈よ。そこから先じゃあ門の警備にも気づかれるだろうから、そこまでが今回の警備任務でしょうね」
きっかけは、キールの一言だった。キールの気配の察知能力はずば抜けたものがある。試練の洞窟のような閉鎖された空間で敏感に、敵の気配を感じ取れる才能は、こういった外の開けた場所ではあまり役には立たないと、孝和は思っていた。
孝和個人は自分の前方、しかもある程度の攻撃的な敵意のみを察知するだけなのだ。しかし、キールは自身を中心とした気配を察知する。その範囲はかなり広い。遮蔽物がなければ、目の届く範囲内の生物の気配をそのまま読み取れてしまう。個人の特定は無理でも、体格や性別くらいならば完璧に、である。
そんなキールが孝和に話しかけた。
『ますたー』
「ん?なんだ?町の様子でも見えたか?」
そのときのキールは孝和に頼んで、積載された荷物の上に放り投げてもらい、高い場所から風景を楽しんでいた。
『あのね。あっちのはやしのむこうがわとね、おかのむこうにね。おとこのひとがいっぱいいるんだけど、おはなしにあった、とうぞくさんかなぁ?』
キールの指摘したのは進路方向の右手と左手の両方である。このまま進めば、両側から挟みこまれる。
「大体、何人くらいだ?馬とかはいそうか?」
孝和は簡潔に尋ねる。少しでも分かることをあの場所に着くまでに、皆に知らせなくてはならない。
『たぶん、20にんくらいで、はんぶんくらいうまにのってるとおもうけど、もうすこしちかくないとわかんないや。ごめんね、ますたー』
申し訳なさそうにそう孝和に報告する。いや、全く気にする必要はない。
「十分だよ。ありがと。ほんとに助かった。キールはそこにいて、襲ってきたら光輪をぶちかませ。気をつけてな。ふりおとされるなよ?」
『うん!がんばるね!』
元気のいい返事をしたキールに軽く手を振り、孝和は先行しているエーイに報告に行く。
「それは本当か?確かにあの辺りは怪しいが、あくまでキールの直感だろう?モンスターの野性の勘とはいえ信用できるのか?」
エーイはそういった後、孝和を真剣に見詰める。念のため、不自然でないくらいに速度を少し落とす。全体はゆっくりと問題のポイントに近づいていく。距離にして後、700mと言う所だろう。
「はい。信じてください。あの向こうに、襲撃者がいます」
孝和も真剣に見つめ返す。隣のアリアも賛同の頷きをエーイに見せる。
その様子から、エーイは襲撃に備えることを了承し、全体に伝えた。あくまで自然に、且つこっそり迅速確実に。エーイはアリアを同行させて各馬車に説明に回る。ベテランのエーイと、話題のルーキーの説明ならば皆の同意も早いだろう。
「おそらく、あの問題のポイントを越えて、少し行ったところで一気に襲ってくるはずだ。あの先を越えれば川まで一直線だ。襲撃には最後のチャンスといえるだろう。行き足をつけて、襲撃前に俺が合図を出す。そこから一気に駆け抜ける。向こうの虚をつけるようにスピードが最優先だ」
現在、各馬車の上にはキールのほかに4名が隠れている。元狩人ポターと、ククチの2名は弓矢を装備し、向こうから判らないように布をかぶり伏せて迎撃の準備をする。他には魔術師が2名。つまり5台の馬車の上に遠距離迎撃が出来るように各員が位置に付いた。
そうして問題のポイントを超える。何気ない様子ではあるが、全員がいつでも駆け出せるよう準備をする。合図があれば馬車に飛びつき、後方からの襲撃に備えることになっている。
準備は万全。後はエーイの合図待ちであった。
「全員!全力で走れ!馬の足は気にするな!!川を越えるまで持てばいい!!」
ある程度の距離をポイントからとって、エーイは怒鳴る。後方を一切見ることなく全力で走った。それに続き、馬車の馬や鳥馬に鞭が入れられる。全員が死ぬ気で前方に駆け出す。遅れれば襲撃者によってどうなるか判ったものではない。
川の付近に到着したら、エーイのチームの魔術師が火炎の爆裂術、火炎球で、ポート・デイの門番に気づくように分かりやすく火柱を上げて、救援を引き寄せる予定だ。さすがに、その距離で略奪行為が行われていれば、警備の部隊が駆けつける。そこまで逃げ切れば大丈夫だ。
「行け、行け、行け!!」
孝和は合図と一緒に、隣の馬車の荷台の紐に摑まる。襲撃者の動揺が伝わる。この距離ならば、方向さえわかれば孝和にもある程度の様子が感じられた。
こんなこともあろうかと、用意していたものと一緒に、飛びついた馬車の空きスペースで足場を固める。
「その袋、何!?さっきまで持ってなかったけど!?」
アリアは孝和とは別の馬車の御者台に居る。道を駆け抜ける轟音に負けないよう、声を張り上げる。
荷台の孝和も出来ることは追いつかれるまで何も出来ないはず。本来ならば、御者台でアリアと同じように追いつかれてからの戦闘要員のはずだ。
「手ごろな石、用意してたんだ!おもいっきりぶつけてやる!!」
孝和もアリアに聞こえるよう大声を張り上げた。腰にくくりつけたズタ袋の中をアリアに見せる。中には丸みのあるこぶし大の石が入っていた。毎日、夜間に足元を見つめながら、「石、石」と呟きながらウロウロしているその様子を多くの者に見られていた。そのせいで、孝和の評判は「なんか危なそうな人」という非常に不本意な認識となっていた。
まあ、それはそれ。投石で襲撃者の迎撃をしてみるつもりだ。気功術でピッチングの際に必要となる部位にだけ強化を掛け、思い切り投げてみよう。近距離であればある程度のコントロールは利くだろう。
「……じゃあ、始めるぞ。気は乗らんがね」
目標の交易隊は、順調にポート・デイに向かって進んでいるのは斥候の報告で分かっている。そのとおりに交易隊は、遠方に姿を現した。徐々に襲撃の予定ポイントに近づいている。しかし、最後の最後で彼は踏ん切りがつかなかった。しかし、やらねばならない理由がある。
いまいち乗り気でないこの人物は、40代の男性であった。このような仕事をするもの特有の野卑さは感じるが、その中にも蛮勇の気品といえるようなオーラが漂う。赤毛に少しだけ白髪の混じる頭髪は短く切りそろえられ、こめかみには薄く傷跡が見て取れる。口元には無精ひげが生えているが、それがみっともない風情ではなく、逆にワイルドな男らしさにつながっている。体つきもがっしりとした筋肉が、粗末な皮鎧を下から押し上げ、少し窮屈そうに見える。馬の手綱を左手に掴み、逆の手には少し短めのカタールを握り締める。印象としては馬賊の親玉といったところだろう。
彼は、大きくため息をついて周りに話しかける。
「予定通り、奴らが完全に通過してから一気に後方から襲い掛かる。目的を達成したなら、各自バラバラに散って予定の時刻に集合場所に。分かっているな?」
分かっているのだろうか。赤毛の彼の他は三流もいいところだ。この状況下で酒瓶から直接口をつけ、いまだに座り込んでいるのだ。彼が声を掛けねばそのまま寝てしまうのでないだろうか?
「言われなくてもわかってるさ……。だがな、お宅は気負いすぎなんだよ。こんくらいの仕事でやる気出せってのは、無理なんだよ。なあ、お前ら!!」
そういって勢いよく立ち上がったのは、この即席襲撃部隊の核を成すゴロツキどものまとめ役である。まあ、彼らにはただの交易隊の襲撃ということで命令が出ているはず。襲撃のメインは彼らに頼むのだ。周囲の一団もそれにつられて笑い出す。
自分のほか数名だけに「あの命令」が出ている。その者達は一目で分かる。その緊張はひしひしと伝わってくるのだ。仕方ないとはいえ、この落差はかなりテンションに影響してしまう。
「出来るのなら、構わん。仕事はやってくれよ」
「フン。有名人さんは違うね。何でこんな所にいるんだよ?アンタの本職はこれじゃないだろう」
どうやらこの男は、自分の本分に赤毛がかかわってくることに不満がある様子だ。まあ、今回限りなのだから構うまい。
「さあな。そろそろなんだ。準備はしてくれ。もう時間がない」
「仕方ねぇ。おい、お前ら、準備しろとよ」
彼の合図でノロノロと騎乗する部下たち。酒瓶を一気にあおり、空のビンを投げ捨てる。もしかしたら、これからの凶行に怖気づかないようにしているのかもしれない。しかし、ここまでの酔いでは仕事にならない。やはり、三流だな。
今回の「命令」を受けたのは、ギルドの主流派からは外れている。まあ、捨て駒扱いなのだろう。その点からしても赤毛の男はテンションが上がらない。
「行くぞ。あのポイントを過ぎれば駆け出せ。仕事は完璧にな」
彼らの実力に期待はしていない。自分は自分の「成すべき事」を完遂するだけだ。やらねばならない理由があるとはいえ、掛け金はなんと大きなことか……。
赤毛はさきほどより大きくため息をつくのだった。
「!!?なんだと!?何故だ!?」
赤毛は大声を上げた。事前に決めた襲撃のポイントにいたるまで、あとほんの少しだけであったが、交易隊のスピードが乗っていた。それだけなら、不自然ではなかったのだ。
しかし、いきなり全力で駆け出したのだ。しかも、馬をこれで潰す勢いのスピードである。この草原地帯はポート・デイまでで襲撃が出来る最後の地点だ。
後方からの奇襲は間違いではない。地形や、人員などで変わりはするが、今回の場合、前方から襲い掛かれば、襲撃された側の選択肢は「迎撃」「強行突破」となるだろう。つまり、どちらも正面からぶつかる戦闘行為を選択するのだ。
しかし、後方からであれば選択肢はさらに増える。今回であれば、「迎撃」「強行突破」「逃走」「救援待ちの防衛」となる。その増えた選択肢に迷う数瞬後に、全員が同じ方向を向いて行動することなど不可能である。そこに全力をつぎ込み一気に襲撃を終わらせる。それが計画であった。
襲撃者たちは、完璧に虚を突かれ、全員が棒立ちになる。それを見て、赤毛は舌打ちと共に馬に騎乗し、走らせる。この騎乗の動作すらも、ロスとなった。もし、彼らが川の辺りまで逃げられれば、自身の「命令」の遂行すら困難となる。
「何をしている!!追え!!命令がなければ動かんつもりか!?」
苛立ちと焦りを含む怒声を、三流どもの頭にぶつける。やはり、深酒が原因で頭の働きも鈍くなっているのだろう。唐突なこの交易隊の動きに対して全く対応が出来ていない。
駆け出せたのは赤毛のほかは「命令」を受けていたであろう数名。あとは個人で動く者だけで、組織だった動きを期待できない状態に陥っている。
「お、お前ら!!なんで追わないんだよ!!バ、バカ野郎!!!」
頭が叫び声をやっとあげると、その声で我に帰った一団が猛然と交易隊に襲い掛かる。
だが、
(まずいぞ……。これでは、ギリギリだ。間に合うか!?)
相手を甘く見ていた。このタイミングは完全にこちらを認識した逃げ方だ。どうやったかは知らないが、この速度では、追いつくのは川の直前。しかも、荷の上に弓を持った護衛が見える。これでは近づくのも一苦労だ。
(クソ!クソッ!!間に合ってくれよ!!)
赤毛は全力で馬を走らせる。その勢いは徐々に間を詰めるが、一人では出来ないことも多いのだ。三流どもが追いついてからでないと、行動などできようはずもない。隠れていた場所も、ある程度の距離を取っていたことも、悪い方向に転がった。
孝和たちは交易の護衛最終日に、全力での逃走劇を演じることとなる。今のところ、ごく僅かに孝和たちが逃走劇のアドバンテージを取っている。
川までの残り約5km。この距離を競う緊迫のひと時がこうして始まったのだった。