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価値を知るもの  作者: 勇寛
異世界
2/111

第1話 目の前に広がるのは?

とりあえずここからが、本題です。何とかかんとか書いていますので、かなり無茶な書き方になっています。

暖かく見守ってください。

よろしくお願いします。

 


 さて、八木孝和は自分の置かれた状況がまるでわからなくなっていた。

 まず、第一に足元の岩肌はなんだろうか?確か自分は近くのスーパーで買い物をして、その帰りのはずだ。手には瓶で買った醤油とパック牛乳に今日の夕飯にと思って2割引の惣菜がある。

 だから足元は現代日本のありふれたアスファルトの路面でなくてはならないはず。電柱の1本でも生えてなくてはならない。そのはずだ。

 第二に、あってはならないものが見える周囲に目を凝らす。なんだかボーっと薄い光が自分の前方約5メートルから周りの壁に広がり、キラキラ光ってとっても綺麗だった。

 ………壁?………いやいや、少し待ってほしい。孝和のスーパーから自宅までの帰り道は徒歩5分だ。その5分間にこんな壁はない。

(そんな壁はない!!うん。洞窟に見えてもきっと気のせいだ。気のせいなんだ!)

 ぎゅっと目を瞑り、その後ゆっくりと瞼を持ち上げていく。

 そこには先ほどと変わらず、キラキラした岩肌が広がっていた。



 (………よし、とりあえず現実逃避してみたが、これじゃあ先に進まない……)

 もうこれは最初に気づいた最大級の疑問点に聞いて見るしかない。

 そう孝和は覚悟を決め、恐る恐る声を上げる。

「あの、すんません。教えてほしいんですが、此処どこです?あと、いまの状況について何か知ってたら教えてください」

 孝和はそれに聞いてみた。声が震えたのは気のせいではないだろう。じっとりと手に握り締めたスーパー袋が汗でヌルヌルしている。

 そしてそれは孝和の声にゆっくりと“首を持ち上げて”答える。

「よかろう。汝にはその権利がある。我が古の契約に連なる地に住まう者よ。」

 それは一言一言に巻き上がる風とともに、柔らかくも強い感慨と寂しさを感じさせた。

 伏せてはいても見上げるような巨躯、それ自体が薄く輝く光の鱗、アクアマリンのような透き通った瞳と巨大な顎。

 孝和の偏った知識の中で、そして日本人が考えうる限りこんな生物は現実に存在しない。だが、創作物の中では最もポピュラーといえる。

 そう、最大級の疑問点、それは、

 


 神々しいまでの気高さを、美しさを、強さを、感じさせる“ドラゴン”であった。


 

 孝和自身は、一般的な日本人である。いたって健康で、幻覚をみるような病気や高熱はない。昨今問題になっている危ない薬に興味を持つようなバカではないし、そんなものと出会う機会も今までなかった。では、これは現実だと認識するに到るしかない。

 本当に残念な結果ではあるのだけれど。

「あの、あなたドラゴンでいいんですよね?私はあなたのような方とであったことがないもので」

 孝和はまず、確認しなくてはならないことがあった。目の前のドラゴン(?)の存在自体が自分の理解の範疇ではないからだ。

 だからまずは良好なコミュニケーションを取ることが大切だ。

 自分と目の前のそれが違うものでありことを理解し、自身に悪意がないことを証明しなくてはならない。だから相手の受け答えの反応を確認する。

 それも孝和ができうる限り下手で。今までの人生で培った下手に出る技をフルに活用するのだ。

 はっきり言ってこの目の前の存在は孝和より強い。それは絶対的な差である。自信の鍛錬がすべてこの目の前の存在には通用しないことが、ありありと判る。

 これも非常に残念な結果だが。


「なるほど、確かに汝の世界にて我のような存在は稀であろう。確かに龍という種族自体もこの世界では少ないがな…我はドラゴン、真龍と呼ばれるもの。汝の推測は正しい」

 大体50~60mの巨躯の全身に白く輝く鱗が生えている。よく見ると1枚1枚の鱗それ自体には色がない。地面には抜け落ちた鱗があり、時間がたったせいなのか、透明なその表面はくすんで見えた。つまり鱗自体は無色透明であり、白く発光して見えるのは直接竜自体の体表から生えた鱗のみであった。

 体型はアジア方面でよく見られるタイプではなく、所謂西洋龍であった。背中から生えた翼は今はたたまれているが、広げればこの洞窟の広間を包み込めるくらいのサイズではないだろうか。天井には夜空が広がっている。どうやらこの竜の出入りはこの天井の大穴から出入りしているようだ。雨風とかはどうやってしのいでいるのだろう、とつまらないことを考えてしまったが、まあ今はいいだろう。

 薄くこの龍は笑ったようだった。もっとも孝和は混乱と、龍から発するオーラを受けてそれどころではなかった。

 孝和は頭を抱えた。目の前の存在が龍であることはわかった。だが此処に至ってひどく自分がこの場にいて、この気高く美しい龍と会話していることが不条理である気がした。

 そんな葛藤をしている孝和を見て初めて竜は感情のある声を出した。

「そんなにかしこまることはない。我は汝に謝罪と償いをせねばならぬ。すでに気づいているようだが、此処は汝のいた世界ではない」

 やはりか。孝和はがっくりとひざから崩れ落ちるように四つんばいになった。

「えっと、そういうことならあなたが俺を呼んだということでいいですか?」

 疑問形ではあったが、ほぼ回答はYESであることはわかっている。敬語のままなのは孝和自身の性格だ。一人称が私から俺に変わった以外は何も変わらない。

 そして、回答はYESであった。では、次の質問だ。わかることについてこの気高く美しい”自分を召喚した“竜に聞かねばなるまい。

この世界について、この召喚の意味について、そしてこれからについて。


 孝和を召喚した龍は名前をシグラスというそうだ。

 オスなのだそうであるによると、この世界に孝和を召喚したのは簡単に言うと

「死が近いから」

とのことだった。

 しかし孝和にはそれが信じられなかった。目の前のこの竜からは圧倒的な生命力を感じられる。死というものから最も遠い存在をひとつあげろといわれれば、間違いなく自身の世界の神々ではなく、この目の前の龍を選ぶだろう。

「あなたの都合でこちらに呼ばれたのはわかりました。あなたがもうすぐ亡くなるということも事実だとします。ですが!何で俺なんです!?俺は普通の人間です!!あなたが俺を呼んだことの理由がわからない!!」

 孝和の感情が爆発した。理不尽な理由で拉致された。此処には自分の友も、知り合いも全てが存在しない。体全体で不満を目の前の龍に叩きつける。自分がこの目の前の龍より弱いであろうことも忘れて大声を張り上げる。

 その様子を見てシグラスは、苦悩と申し訳なさを含んだ声色で語りかける。

「全て、私のわがままだ。許すことはない。恨め、蔑め、罵れ。汝にはその権利がある。だが、この罪が必要だった。汝が、我の魂を受け入れられるだけの同格の魂を持った汝が、だ」

 大きく竜が息を吐き出す。そのときになって孝和は気がつく。先ほどまでの生命力が感じられない。ひどく目の前の巨大な龍が希薄になった。

 なにか大切な単語が語られた気がした。だが、それ以上にこの自分を呼び出したこの龍が消えてなくなる感覚がなぜかはっきりと理解できた。先ほどの圧倒的な生命力が急激に失われていく。少しずつ回りに柔らかな光を放っていたシグラスから光が消えていく。

「な、なにが?」

いきなりの変化に孝和はうろたえる。

「どうやら時間がないようだ」

 龍の言葉に諦観が混じる。

 いきなりこのわけのわからない世界に召喚し、呼び出した真龍は死にかけて(?)いる。まだここに召喚された理由も聞いていないのに。これからのこともまったくわからないのに。帰れるのかどうかもわからないのに。

「すまない。汝を此処に呼び出したことで最後の力を使い果たしたようだ」

「待てって!あんたの死に目を見せるのにわざわざ俺を呼んだのか!?何がなんだかわかんないだろ!!説明もなしに俺に何を求めてるんだ!!」

 孝和の憤りはもっともだった。

 シグラスは語る。自身の一族のこと、この世界のこと、孝和の世界のことを。

 


 シグラスは真龍の一族であった。龍族の中でもっとも力のある一族であり、地位もそれに準じたものである。弱肉強食のこの世界の中では、自然の成り行きといえた。

 だが、その状況に変化が現れる。あるときを境に真龍に子が生まれなくなったのだった。なぜかはわからない。今までも繁殖力に関しては他の龍の一族より低いことはわかっていた。

 100年新たな子が生まれないことに一部のものが気づく。その時点ではまだ大きな問題とは考えられていなかった。龍族は長命であり、かつ強靭な肉体と高い知性により死んでゆくものも少なかったからだ。

 200年が経過して、事態は緊急を要することになる。長老の一匹が死を迎えることになり、次代の長にその力と地位を継承することになった。だが、継承は失敗した。継承は長の魂に詰め込まれた長年の知識と真龍の管理する“エナジー”を次代が受け取ることでなされる。

 この際の継承者はその時点でもっとも強く、賢く、若さにあふれたものであった。その継承者が“エナジー”を受け止め切れなかったのだ。

 この継承の儀式の“エナジー”は途方もない大きさであった。受け止めるものがいなければこの“エナジー”は制御を失う。

 たとえ制御を失っても“エナジー”は強者には影響を与えないだろう。だが、この世界には強者ばかりではない。弱者が存在する。おそらくはその弱者は耐えられず、消え去ってしまうだろう。この地域があまり生物の少ない過酷な土地とはいえ、その数は膨大な数になる。それを死滅させるわけには行かない。

 この問題が発生した原因は長年にわたる“エナジー”の蓄積と、それに反する強者たる真龍の種族としての進化の少なさにあった。

 結局、この時は真龍の中で最も若いシグラスのみが継承の儀式に耐えうることができた。しかし、このときの儀式は成功した一方、次回以降は非常に難しい結果になるであろうことがわかった。

 なぜなら、継承に成功したシグラスは力を増した一方で、他の真龍がその力に耐えられるだけの子孫を残すのは難しいからである。かといって他の龍族や他種・下位竜族ではこの儀式に耐えられない。

 種族としての数の減少は止められない。700年という真龍の寿命がある一方、次が生まれない。ならばどうすればいいか。

 多くの時間がこの問題の解決が費やされた。


 

 そして、多くの犠牲を伴う、この問題の解決策が生まれた。



「それが、俺の召喚ということなのか?」

 シグラスが話した内容はあまりにもスケールが大きすぎる。どんなにがんばっても80年程度の寿命の人間にとって、100年以上のスパンの話はどうしたって対応できるものではない。

「すこし、違うな」

 先ほどよりさらに光を失ったシグラスが答えた。

「すこし?召喚という行為自体はその解決策の一部なんだろう?」

 孝和は自分の中の怒りを抑えた。自身の召喚が真龍の種族にとって仕方ない行為だということがなんとなく感じられたし、シグラスが死にかけているのはそのせいなのだろう。命を掛けたこの行為に関して、少なくとも敬意は払うべきだろう。

 そう考えるのは孝和の甘さであり、優しさでもあった。

「問題の解決には、真龍の一族が制御している“エナジー”の暴走を二度と起こさないことが大前提だ。そのためには、制御した“エナジー”を大地に返還することが必要となる。神々より授かった“エナジー”を大地に帰すのには許可が下りている。これは真龍の一族の最後の仕事だ。だが、それを行うには継承の儀式のとき、制御権の譲渡時にしか不可能なのだ。しかし、継承者は真龍の一族からは生まれてはこないだろう。種族としての成長はもう望めないからな。

故に、新たな可能性に賭けた。異世界にその可能性を」

 シグラスは罪を告白するように、孝和に語りかけた。

「真龍の半数の命を糧として異世界への扉を開いた。300年前のことだ。残りの半数は自身を純粋な力として異世界の住民に宿し、その世界で生まれる住民の魂に真龍の一族のかけらを与えた。この世界でその方法を取らなかったのは他の種族の妨害を考慮してのことだ。結果、可能性の果てに後継者たる汝が生まれた。汝は今回の継承の儀式の主役ではあるが、問題の解決という意味では、補助的な役割に過ぎぬ」

 罪には罰を。その言葉どおりに真龍の犯した罪はその一族を滅ぼした。そしてシグラスは最後の長として300年を生きた。孤独の中、残された可能性にかけて。

「じゃあ、あんたが俺を選んだのは?」

「偶然というよりは運命といえるやもしれぬ……。この世界と汝の世界が、汝を選び出した。言葉が通じるのは、我と汝が大きな意味で同族であるからだ。汝の先祖に我等の一族が宿り、子を生し、汝が生まれた。命を、尊厳を、世界を汚す行為だということは重々承知だ……。すまぬ、汝には謝ることしかできぬ」

「……構わないよ。そんな謝らなくていい」

 その言葉にシグラスは驚いた。先ほどまで大声を上げていた孝和がいきなり自身に好意的、とは言わないまでも落ち着いて返答しているからだ。

 だが孝和自身は、この気高い真龍に強い憧憬を覚えていた。単純な性格だな、と自分でも思うがシグラスの思いも十分にわかってしまった。もしこれが大叔父の法寿が存命なら違っていたのだろうが、今の自分は独り者で、家族もいない。友人や職場の同僚とはいい関係を築いてはいたが、このシグラスの命をかけた思いに答えないのは“違う”と思った。

「あんたが、やるべきことはこの世界に必要なことだったんだろう?なら、胸を張れ。人生どうにもならないなりに、何とか生きていけるもんだ。俺は俺で何とかして見せるさ」

 軽口を言ってみた。もう口調も砕けたものである。どうにでもなれだ。

「それでも謝らなくてはならない。すまぬ、汝はもとの世界には……」

「……帰れない、だろ?」

 シグラスは驚いた顔をしたようだ。龍の表情などわからないので断言はできないが。

「さっきの話からすると、異世界の扉を開くにはすさまじい力を持つあんたたち真龍達が、死にもの狂いで開くんだろ?今回俺を召喚したのだってあんたのその様子じゃ、ぎりぎりだったんじゃないか?死が近いと言ってるのも、それは俺を呼んだからじゃないか。また同じことができるとは思えないし、命を張って送還してくれるような物好きもいなさそうだ」

 シグラスは確信した。この者が召喚されたとき本当に後継者として大丈夫か不安だった。だが杞憂だったようだ。判断力もあり、基本的にはお人よしといっていいほどの善人だ。まさに後継者としてふさわしい。

 ほっとした安心感ですこし気が緩んだようだ。力で抑えていた自身の崩壊が始まってしまった。全く、本当に時間がない。

「そういうことだ。汝をこの世界に縛りつけたことを申し訳なく思う。だが、それに見合わぬかもしれぬが、我が力を譲ろう。エナジーは大地に還り、我等からは失われるが、代々継承のときに引き継がれてきた知識と、死すべき我が身のみではあるが残された真龍の生命力と心の強さを譲る。この世界で生きていくには有用であろうて……」

「ああ、すまない。……でも、それって人間の俺が受け取っても問題ないのかな?」

 確かに魅力的だが、受け取った瞬間に頭が風船のようにはじけたり、全身から鱗が生えても困る。異世界で生きていく前にスタート地点でバッドエンドなんて遠慮したいし、人間として生きていきたい。そう説明すると、

「それは問題ない。それに耐えられる器を持つのが後継者だ。そうでなくては此処に呼んだかいがない」

 なるほど、それはそうだ。

「では、継承の儀式を始めたい。もう時間は残り少ない」

「ああ、そうか。わかった。はじめてくれ」

 孝和は覚悟を決めた。もとの世界に未練はあるが、まあ何とかなるだろう。“人生どうにもならないなりに、何とか生きていけるもんだ”。

「では、まっすぐに立ち、その場を動くな。しばらくすれば、終わる」

「おう」

 緊張はしているが、目の前にいるシグラスを信じるしかない。



 時間にして数分間シグラスが呪文(?)を唱えた。足元が光ったと思うと、正面のシグラスが展開した魔方陣(?)が現れた。キラキラした光が孝和を包み込む。おお、と息を呑んだ瞬間に背骨がなにかに引っ張られるようにピンと伸びた。そこで孝和は意識を手放した。



 次に目を覚ましたときには硬い岩肌に顔面をこすりつけていた。

 正直、痛い。

 ゆっくりと起き上がり、服についていた細かな砂を払う。どこか動かないところがないか屈伸を行い、確認した。

 問題がないことを確認すると、正面にいたシグラスに話しかける。もう、最初に見た光はもう見えなくなっていた。

「大丈夫なのか、シグラス?」

「ああ、儀式は成功した。汝が我の力を使いこなすにはもう少し時間がかかるだろうがな。ともかくこれで、真龍の、一族の義務ははたされた……」

 疲れ果てた様子のシグラスに話しかけたが、もう息も絶え絶えになっている。

 大きく息を吸い込んだ彼は話し続けた。

「これで、全部、終わった。汝には感謝している、あり、がとう…」

「……ああ」

 孝和は何もいえなかった。今此処に息絶えようとする気高い龍がいる。それに掛ける言葉を持っていなかったのだ。無力感とは違う、自分の学のなさを恨んだ。

「では、汝を、近くの町まで、送ろう……」

 シグラスの提案に乗るべきか孝和は迷っていた。こんな状況の彼にさらに無理をさせるのか。しかし、彼は今までの途切れ途切れの口調がうそのように力強く言葉を発した。

「死に様を、汝に見せられない。それは呪いとなって汝の心を縛るだろう。すまんが、聞き分けてくれ……」

 そこまで言われては反論できないではないか。孝和に残されたのはただうなずくだけだった。



「準備ができたよう、だな……。用意はいいか?」

 孝和は召喚されたとき持っていたリュックサックにシグラスの鱗を詰め込んで背負う。

 持っていけといわれたのはパンパンになった財布に詰め込んだグラン帝国の通貨。右手には薄紫色の直剣、左手に魔力でコーティングされた篭手をはめている。ちなみに剣は鞘がなかったので、抜き身のままである。

 通貨と直剣、篭手は過去シグラスたち真龍に挑んだ戦士たちの持ち物だ。他にもいろいろあったが、ひん曲がっていたり、ひびが入っていたり、さび付いていたりと使い物にならなかった。

 討伐という名目で龍殺しの名声を欲した者から何度も襲われ、仕方なしに撃退していたそうである。まあ、真龍の一族自体は悪事を行っていたわけでないらしいので、これは正当防衛の範囲だろう。多分。

 龍殺し用に集められた装備らしく、なかなかの品々から、一級品までそろったそれらを持っていけといわれたのは、これからシグラスが転移魔法で転送する場所がどんな場所かわからないからだそうだ。

 転移先自体は人間種の集落ということだが、ここ50年の間にシグラスは訪れたことは無いらしいのであくまで念のため、ということだった。

 だが、50年もあれば、村自体がなくなる可能性も十分に考えられる。

「いろいろ良くしてもらって、悪いね。ありがとう」

 これからに、不安はあるがいろいろと良くしてくれた彼に礼を言う。おそらく、これが最後になるだろうから。

「では、転移先はルミイ村だ。汝の行き先に真龍の導きがあらんことを……」

 地面に転移用の簡易魔方陣が描かれる。さっきまでとは違い、継承の儀式を終えたため、様々な知識が孝和の頭に浮かぶ。どういった属性のものか、どのように発動するかといったことも良くわかることに、単純に感心する。

「じゃあ、さよならだ。これからの人生だって決して悪いもんじゃないさ。だから、ここは、ありがとう、かな」

 その軽口はただの照れ隠しだ。少し頬が赤くなったのがわかる。

 それを見て、シグラスはかすかに笑った。本当に優しい青年だ。自分の最後の話し相手がこの青年でよかったと思う。本当に。

 孝和が光に包まれる。最後の力を振り絞った簡易魔方陣が発動。カッと強い光が洞窟を輝かせる。光が収まると、孝和の姿はそこから消えていた。

 それを確認すると、気高く強く生きた龍がゆっくりと目を閉じ、大きく大きく息を吐き出した。そして、地面に首を横たえた。地響きがなり、そしてそこに静寂が訪れた。



「……ありがとう、かな」

 カッと強い光が孝和を包む。最後に見たシグラスは笑っていたようだった。ああ彼は強いんだな、と思った。自分ではああはいかない。誰かそばにいてほしいと思うだろう。

 だが、彼は孤独を選んだ。それは尊重しなくてはならない。

「さて、と」

 孝和は周りを見渡した。付近には轍の残る道があった。道の向こうにポツポツと家が見える。どうやら廃村になっているわけではなさそうだ。歩いていくには少し距離があるが、覚悟を決めて行ってみよう。

 いつの間にか朝日が昇り始めていた。村につく頃には、朝になっているだろう。

 



 こうして、孝和のこの世界での生活が始まった。


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