第16話 キャラバン
ここから2部とさせていただきます。
相変わらずですが、誤字脱字ご容赦ください。
「あなたなにしてるの?出発は明日なのよ!?」
アリアは大声を上げる。その相手は孝和。ここは『陽だまりの草原亭』の酒場の厨房であった。あのチーム結成から3日が経っていた。
「え?アリアじゃないか。約束の時間は4時だよ?さっき3時の鐘がなったばっかりで、時間はまだあるはずじゃあ?それに駄目だよ、厨房に勝手に入ってきちゃったら」
孝和は急に厨房に入ってきたアリアに驚きつつも、素でそう注意した。ちなみに今、孝和は厨房でダッチ達と一緒にアップルパイの試作品を作っていた。
これから焼き上げたパイを切り分け、仕事のない人はお茶にしようかとしていたところだったのだ。
「少し早めに来るのは、礼儀でしょう?それよりあなたのほうよ、問題は!冒険者でしょう?あなたは?なんでここで料理なんて作ってるのよ?」
仁王立ちになる。胸の前に組んだ腕にはキールがすっぽりと収まっていた。その服装はいつもと変わらないが、やる気に満ち溢れた彼女は孝和との約束の時間より1時間も早く、『陽だまりの草原亭』に到着したのだ。
アリアは孝和たちと違って、神殿側の専用宿泊施設があるため、そちらに宿を取っていた。実はアリア自身は『陽だまりの草原亭』に来るのは初めてである。
神殿で宿がどこにあるのか聞いてみたところ、近頃話題の宿ということで有名になっているようだった。受付で可愛い「招きスライム」が出迎えてくれ、酒場の食事が斬新でかなりの美味であるらしいことが理由らしい。
「招きスライム」はキールのことだろうことは予想が付く。一方の料理は新しくコックでも入れたのだろう。アリアは貴族ということもあり、食事の良し悪しは一般人よりもよく判るつもりだ。それであったので料理はかなり楽しみにしていた。
受付でキールを発見し、孝和の居所を尋ねた。キールの周りには多くの女性や子供たちがいたのだが、アリアを見ると、
『アリアさんだ~!いらっしゃ~い』
と、受付を放棄してアリアの胸元めがけてダイブした。孝和であれば、いつも焼け焦げるほどの嫉妬で満ち溢れるはずであったが、今回は違った。
飛び込んできたキールを受け止めたあと、「仕方ない子ねぇ」と柔らかな笑顔を浮かべたアリア。窓から差し込む光が、アリアの銀髪と、キールの白い体を照らし出す。キラキラ周りに光の粒子が飛び散る。まるでその様子は幼子をあやす聖女のようであった。
おそらくこのままの光景を切り抜いて描くことが出来るなら、明日にでも神殿の宗教画家として安泰な生活を得ることが出来るだろう。その暖かな光景に対し、邪な嫉妬を発するものは誰もいない。それどころかその場の皆の視線は何故か優しさに満ち溢れていたのである。
ちなみにデカイ・ゴツイ、孝和と違い、見た目だけで言えば間違いなく美人のアリアではここまで反応が違うのかと、タバサは少しはなれたところから苦笑していた。
そんなキールを抱き上げぷよぷよの感触を堪能しつつ、孝和のところに案内してもらった。そうすると、酒場に向かっているようである。しかし、どこの席にも孝和の姿はない。不思議に思っているとキールが
『きょうはますたーはね、“かいしんのでざーと”をつくるんだって』
と言ったのだ。
「え?タカカズが作るの?」
疑問をそのままぶつけてみる。どういうこと?
『ますたーはね、ここの“りんじこっく”さんなんだよ?みんなおいしいって、いってくれるんだ~』
自分のことのように喜びを表すキール。信じたくはない。信じたくはないのだが、これは事実なんだろうか。そんな恐怖と共に、アリアは厨房に足を踏み入れた。
と、いうことがあったわけで、アリアは大声を上げたのだ。私の未来を懸けた「英雄の器」は、この宿の「臨時コック」という立場なのだ。そのことがわかってアリアのテンションは見るからに下がってしまった。
今は酒場の職員用のテーブルでアリアは目線をテーブルの木目に落としている。テーブルの上にはアップルパイとお茶が湯気を上げている。冷めてしまってはおいしさが半減してしまう。せっかく仕込みの用意をしているダッチに断りを入れてオーブンを1つ用意してもらったのに……。
「とりあえず、食べません?食べながら明日の話もすればいいし」
孝和の提案にのろのろとパイに手を伸ばす。サク、という音を立ててパイにフォークが刺さる。一口、ゆっくりと口に中にいれて味を確かめる。
アップルパイはこの世界にないデザートである。フルーツのデザートがメインのこの世界では初めてに近い味だろう。
孝和はアリアの様子を注視する。アリアがそれなりに身分のある人物なのはわかっている。そうでなくては、あんな高級カフェに余裕の表情でいけるはずがない。このアップルパイは孝和にとって、この世界の女性全員への挑戦状でもある。なんとしても勝利を収めたい。
「おいしい……。おいしいんだけど……」
アリアの表情は曇ったままなのだ。もしや、この味は駄目なのか!?
「……なんで、なんで。あなたが!料理人をしてるのよ!?冒険者でしょう!?」
どうやら、喜びと同時に憤りが襲ってきたらしい。アリアのあこがれた勇者・英雄はどのような人物であれ、料理人ではなかった。ガラガラと理想の勇者像が崩れていくのを現実の音として感じた。
「じゃあ、明日からの予定を再確認したいんだけど、2人ともいいかい?」
結局、アリアはパイをきれいに平らげ、お茶まで優雅に嗜んで落ち着いた。この様子なら、酒場でなく宿の喫茶用の品として出せるレベルだろうと、孝和は満足している。
キールは皮をむいたオレンジをそのまま食べている。キールは聞き逃しても、夜にでも説明すればいい。
「まず、ポート・デイまでは片道5日。帰りのキャラバンの出発はその3日後。帰りは向こうで護衛依頼を探すことになる。帰りも5日だから、合計13日。約2週間はマドックを離れることになる。これが大まかな予定だな。護衛は北門前に、8時集合。食事・荷物の輸送手段はキャラバン側で用意してくれるらしい。だから、ある程度の装備と日用品を用意すればいいみたいだな」
一応のチームリーダーである孝和は、ボードセンターで受けたポート・デイまでのキャラバンの護衛依頼書をそのまま読んだ。皆、分かっているが一応の確認だ。
実はあの時、アリアと3人のチームを組んだのは良かったのだが、アリアはいきなりDクラスの討伐系依頼を受けようとしたのだ。国境付近を根城にする盗賊団や、街道沿いのモンスターの殲滅参加などである。
だが、孝和は港町ポート・デイにどうしても行きたい理由があった。もし、Fクラスまでに護衛依頼がなければ、キャラバンに料金を支払って客として向かう予定だったのだ。
理由は2つある。この港町に行って来月のお祭りの為に、海産物を探してくることがひとつ。それともうひとつ、この町にはある人物がいるのだ。
「それで、向こうに着いたら自由行動でいいのね?私もポート・デイで会いたい人もいるし、あなたたちもギャバンさんだっけ?その従魔師に会いに行くんでしょ。こっちとしても都合はよかったわ」
アリアはそう孝和に言った。その目は依頼書の不備がないか真剣に文字を追っている。ちなみに、アリアには海産物の調査に件は伝えていない。
そう、ポート・デイにはこのリグリアで最も有名な従魔師ギャバンが住んでいる。
本人は10年前に45歳で冒険者を引退したのだが、マドックを拠点としてかなりの荒稼ぎをして、成功者としてポート・デイに居を構えているらしい。
「まあね。でも、ギャバンさんの評判自体は芳しくないな。そうはいっても、従魔師としていろいろ情報も欲しいからさ。何とか話だけでも聞けたらいいんだけど」
現在のギャバンの情報は今のところ所在意外は全くといっていいほどない。冒険者の頃から人嫌いで有名だったようで、親しくしていた者も特にはいないようだと、タバサが言っていた。
一方、ギャバン自身は従魔師ということもあり有名ではあった。その看板を利用して多くの依頼をこなし、引退。冒険者としてはかなりの成功者といえるだろう。そこら辺に「一人で儲けやがって……」といったやっかみもあるのではないだろうかと、孝和は考えていた。
「手紙は出したの?いきなり、会ってくれませんかって、行ってもまずいんじゃない?」
「いや、手紙は高いんだよ。しかも頼んだものが確実に届く保証も、読んでもらえる保証もないし。それならいきなり訪ねたほうが会えるかも知れないから」
孝和の言ったとおり、この世界の郵便はかなり高価だ。業者や、場所によって価格は変動する上、届くかどうかは比較的近場のポート・デイであっても大体7割くらいらしい。
郵便業者が起業したり廃業したりするかなり激しい競争と、町の外への移動時の危険がその理由だそうだ。もしモンスターに襲われれば荷物を捨てても構わないとされているのが到着率の低さに繋がっている。
そんなことを聞かされて、銀貨5枚も掛かる郵便を出す気にはなれなかった。
「まあ、それはそれだ。ここからが本題。アリア、具体的に何を持っていけばいいのかな?」
そう、これが今日集まった理由だ。アリアに何が5日の旅で必要になるかレクチャーを受ける。孝和の前にはメモ帳と羽ペンがあった。
「とりあえず、依頼書を見る限り食事は出るみたいだし、嗜好品を少しと、念のための保存用食料。あとは防寒用の衣類に2日分の着替えといったところでしょうね。あ、言っておくけど本は駄目よ」
「え、なんで?おもいきり持ってくつもりだったんだけど」
孝和はアリアからのその注意に敏感に反応した。
はぁ、と大きくため息をつく。
「あのね。一応護衛なんだから、そんなもの読んでる暇がどこにあるのよ!?日中は馬車でなくて徒歩で護衛するし、夜間の不寝番だって割り当てられるわ。予定では護衛は20名。キャラバン全体で150名弱になる大所帯で、そんな暇そうにしてたら殴られるわ。間違いなく」
確かに。本は置いていくべきだろう。ポート・デイで何か薄めの読むものを探して我慢しよう。せっかくこの護衛期間のために面白い本を探し出したのに……。
「試験のときにも何か読んでたでしょ?今回は何を持ち込むつもりだったの?」
『もちこむつもりだったの~?』
キールがアリアの口調を真似て繰り返す。アリアに軽く苦笑されて『ごめんなさ~い』と、悪びれずに謝る。クスクス二人して孝和のほうを見て笑う。どうやら二人はもうだいぶ仲良くなったようだ。
「ああ、実はこれを持っていこうかと」
隅に積み上げられていた本の上から3冊持ち上げた。いつの間にかその隅っこのスペースは孝和の専用になっていた。ここでレシピを書き記したり、お茶を飲みながら本を読んだりしていたのだ。ダッチからはすでに許可を得ていたのだが、たった数日でその辺り周辺がカオス状態になっていた。酒場の客からや、書店でかなりの数の本を入手したため、全く統一性がない。本自体の価格は高いため、ほとんどはバイト代を使って孝和が購入した。こればっかりは止められないのだ。節約もしているが、本だけはどんどん増えていく。
ちなみに昔の孝和のアパートにはかなりの蔵書量があり、さらにはゲームの類の山がうずたかく積まれていた。そのせいでより広い場所に引っ越す予定でもあった。
今回孝和がチョイスしていたのは、『野草大全』『ナイフでの戦闘術』『毛皮を上手に作るには』の3冊だった。サバイバルに特化した実に有意義なものだと思ったので用意したのだが、どうやら読書自体がアリアのお気には召さなかったようだ。
「駄目?」
下からアリアを見つめ、何とか妥協点を見つけようと孝和は挑戦する。
「駄目」
全く効果はないようだった。
「でも、サバイバルには役立つんだよ?」
「……はぁ。分かった。1冊だけよ?」
孝和は心の中でガッツポーズをとった。やはり思いは通じるのだ。あきらめないことこそが大切である。
「じゃあ、じゃあ。これ!」
選択したのは『毛皮を上手に作るには』だった。まるで子供のようにはしゃいでいる孝和の様子を見て、アリアは
(戦神ラウド、ほんとにこの人でいいんでしょうか?)
と深く深く悩んだのだった。
そして翌日、孝和たちは北門の前に集合していた。予定時間より少し早めに来たのだが、もうかなりの数の馬車や竜車がそろっていた。
「すごいなぁ。俺、キャラバンなんて始めてだからな。気合入れないと」
孝和はその光景を見て気合を入れた。キールも
『うん!ぼくここいがいのまちって、はじめてなんだ。はやくつくといいよね!』
と、今回の旅にワクワクしているようだ。ほとんど日の出と同時に起きだして、窓の外を見て『まだかな?まだかな?』と太陽が昇っていく様子をうずうず眺めているような状態だった。その横で孝和はベッドの中で見事に熟睡していたのだけれど……。
「タカカズ!キール!こっちよ!!」
声のするほうを見るとアリアが手を振っていた。その周りには今回の護衛任務に参加しているだろう、ガタイのいい人たちが集まっていた。
「これで皆、集まったようだな」
護衛の中で孝和たちはかなり後のほうだったらしく、到着して数分後に最後の護衛が到着し、説明が始まった。
「……では、以上が簡単な説明だ。詳細は手元の紙を見てくれ。各担当の馬車に自分の荷物を積み込んでもらったら、すぐに出発だ。先頭はもう出発を始めているからな。初心者だろうが、ベテランだろうが今回は全員が仲間だ。やるべきことをやって、最後まで気を抜かぬよう細心の注意を払え。以上!解散だ!」
担当の馬車の明記された紙を配った人物が簡単に説明した。年齢は50を少しすぎたくらいだろうか。顔に走る傷跡が威厳を感じさせる。彼、エーイが今回の責任者となるそうだ。エーイは護衛の責任者だが、キャラバン全体の責任者は別にいるらしい。全体の移動はそちらに決定権があるため、休憩もそちらにあわせるようだ。
「じゃあ、キール。行きましょ。タカカズはその荷物を運んでこないとね」
「ああ、わかった。積み込んだら俺も追いかけるから、キールを頼むよ」
キャラバンがかなりの行列のため、もう中頃まで出発している。
『ますたーもはやくね。ぼくたちのたんとう、だいたいまんなかみたいだから』
「おう。キールもアリアもこれから5日よろしくな」
孝和は自分の荷物を積み込みに、キール・アリアは担当の部署に向かったのだった。
これが、5日間のキャラバンの護衛任務。孝和たちにとっては初めての「本格的な冒険者としての仕事」だったのである。