第13話 プロフェッショナル
いつものことながら、誤字脱字ご容赦ください。
孝和はいま、ボルドの店に向かっていた。先日の剣のメンテナンスと、鞘の用意が出来ているはずである。それが終わればギルドに向かう予定なので、今回は鎧も篭手も宿においてきた。今の所持品は、背中のリュックと、この中身だけである。ただし、今回は
『ますたー。ごめんね。ほんとにきもちわるくって……』
キールがそのリュックに入っている。昨日のバカ騒ぎで間違ってワインを吸収したせいで、完全に二日酔いになってしまったらしい。吸収したのはテーブルで倒してしまった1杯分だけらしいが、いつも朝に平らげるタバサの特製サラダは、そのままほとんど残されてしまい、デザート用のオレンジだけを食べて今の状況に至る。そのサラダは孝和が食べた。その際、昨日作ってみたマヨネーズをつけて食べているのを発見された。これにより、キール用の特製サラダはまた、酒場に看板メニューのひとつとして並ぶことになるのである。
まあ、それはそれだ。確かにキールは気持ち悪いだろうが、ギルドにプレイスカードを貰いに行かねばならない。
「いや、気にするな。でも、ほんとにキツイなら明日にするか?別に俺はそれでもいいけど」
『ううん。がまんする。たぶんだいじょうぶだから』
キールが強行に行くと言ったので孝和が背負って行くことになったのだ。まあ、午前中はこのままボルドのところで剣の状態確認をしないといけない。そこでキールだけも休ませてもらうことにしよう。ミーナはキールのことを気に入っているようだし。
「もうすぐボルドさんの店だから。がんばってな」
『うん……。わかった……』
やっぱり元気が無い。今後は絶対にキールの近くで酒盛りはしないぞ、と孝和は決めたのである。
そんなキールを背負って孝和はボルドの店に到着した。しかし、おとといは「商い中」であったドアの看板が、今は「閉店中」になっている。
「?おかしいな。確か、今日には全部仕上げとくって話だったのに」
そう思って、ドアに手を掛ける。するとドアはキキィと音を立てて、少し動いた。
不思議に思い、そのままドアを押し込む。ドアに鍵は掛かっていない。顔だけを店内に突っ込み声を掛ける。
「すみませーん!!剣取りに来たんですがー!どなたか居ませんかー!」
「はーい。今行きますねー」
カウンターの奥から声が聞こえる。バタバタ音が聞こえ、ドアが開いた。出てきたミーナが入り口の孝和に気付く。
「ああ、あなた。今日メンテナンスした剣を取りに来られたんですよね。どうぞ、お待ちしてましたよ」
その言葉を聞いて店内に入る。今ボルドは寝ているそうだ。起こしてくる、というミーナについでに二日酔いのキールを手渡し、しばらく見ていてもらうことにした。その際に一緒に「包み」を渡した。孝和たちが帰ってからボルドに渡してくれるようお願いする。
『じゃあ…ますたー。ミーナさんとやすんでるね』「大丈夫。私がしっかり見てるから」
ということで、キールはミーナと一緒に奥に引っ込んでいった。
「おう。待たせて悪いな。ちょっと疲れちまってな。すまん、すまん」
しばらく経ってボルドが、奥から布に包まれた剣を持って出てきた。その間、孝和は店内の品を見ていた。2日前に来たときより、壁に掛けられていたはずの名品が少なくなっている。なるほど、それでここのところ忙しかったのか。疲れるのも当然だ。大盛況だな。そんな風に孝和は考えた。
「じゃあ、説明があるからな。話してもいいか?」
「はい。お願いします」
まず、ボルドはシグラスの所の魔法剣を手に取った。そのまま孝和に手渡す。
「この剣、だいぶ長い間魔術店でメンテしてなかっただろう。ほとんどの力が放出されて、ただの切れ味のいい長剣になってたぞ」
繭を顰め、孝和をギロリと睨む。武具を取り扱う者としてこれは許せなかったのだろう。
「知人に譲られたのをそのまま持ってきたんです。そんな状態だったなんて知りませんでした……。すんません」
しょぼんとした孝和を見て、ボルドは大きくため息をついた。
「そうすると、お前。この剣の力どころか、名前も知らないんじゃないか?風の魔力が付与された名剣だぞ」
その言葉を聞いて孝和はうなずく。無銘だと聞いていたのだ。
「まあいいか。剣の名前は、ダウン・ブロウ。分解したら柄の下から出て来た。力は剣自体の重量を増大するものだ。使用者には重さが変わらないようになっている。かなり実戦向きに作られた品だな。製作者の趣味がなかなかいい」
そのとおりだ。剣に十分な重みを与えるのに、先人たちは腕力、重心の移動、剣術の修練などいろいろな努力や工夫を行ってきたのだ。シグラスの鱗を斬るために、重量を増やせる剣を用意した戦士がいたのだろう。結局は失敗したのだろうが、方向性として間違いではない。
「剣を握りめて、重量を増やすよう念じれば発動する。まあ、全部の説明が終わってから試してみろ。次はこの剣だ。まあ、特に魔力も無かったから少し歪んでいたところを修正しておいた。名前はないようだ。これも後で、な」
ボーンソルジャーの剣を渡される。なんか扱いが雑だ。これもなかなかの名剣のはずなんだけれど。どこかしらボルドが焦っているように孝和には感じられた。
「では、これが最後だ。ジ・エボニーとそれに合うよう俺が作った鞘だ」
ボルドは一言一言をかみ締めるように孝和に話しかける。
「おお。すごいですね。さわっても?」
孝和はボルドからジ・エボニーを受け取る。その鞘はジ・エボニーに合わせて、全てが漆黒であった。刀身を包み込むような闇色。無駄を省き、純粋にジ・エボニーのためだけの専用の鞘である。金属の感触があるというのに、全く光沢がない。かといってそれが変だと感じることは全く無い。軽く握り返すたびにしっとりと手に吸い付き、しかも予想以上に軽い。孝和の知る限り、こんな鞘を作れるような技術は無い。それは真龍の知識の中にも無いようだ。
「いい感じです。鞘自体の強度はどのくらいです?」
「全力でやれば、鞘単体で岩を砕くくらいできるように魔術強化してある。鉄杖の様な形で利用できるだろう。後は念じれば、魔力を吸収、放射して攻撃魔術を無力化できる。防御に必要な魔力はお前じゃなく、ジ・エボニーから取り込む。まあ、無いと思うが戦略級魔方陣を利用した広域型の攻撃術でも無力化が出来る。安心して体の前に鞘を構えろ。どんなド級の術でも消し飛ばしてやれる!」
……いや、そんなとんでもない魔術に攻撃されるようなことなんてないぞ。多分。
「あ、ありがとうございます。ものすごい物作ってもらったようで……」
本当に悪いな。やっぱり“あれ”、渡しておいてよかった。
「気にするな。間違いなくワシの最高傑作だ。存分に使え。粗末には扱うなよ」
「当たり前じゃないですか。本当にありがとうございます」
深々と頭を下げた。では、一応ボルドを疑うわけではないがこれらを試してみなくては。
「全部の状態確認をしたいので、キールを呼んでもらえます?」
そう、怖いけど確認は大切だ。
キールを呼んでもらい、それまでの間に軽く剣を振るうことにした。店内は素振りなどをするため、少し中心は広く作ってある。ダウン・ブロウと、片刃の剣(名前がないのはどうかと思うのでエッジと命名した)、ジ・エボニーの順で鞘から抜き、それを振るった感触を確かめる。全部微妙なところだが、少しだけ重心が自分の望むところとずれている気がする。ジ・エボニーに関しては振るうたびに剣閃に闇がまとわりついているのを感じる。呪われる事は無い、とボルドには言われたが、目視できるほどの闇を纏う剣は危なくはないだろうか……。ジ・エボニーは刀身に闇を纏う以外は通常の剣として使えるらしい。上級の魔術の媒体として、魔術も強化できるのがこの剣の特徴だ。しかし、
(俺、こないだから練習してるけど、1回も魔術使えてないんだけどな……)
と、いうわけなのだ。せっかく購入した『魔術師への第一歩』は孝和自身には全く無用の長物と化している。全属性の全ての初級術を試したが、まるで使える気がしない。
まあ、重心のずれだけをボルドに伝え、微調整をお願いした。ジ・エボニーを使うかどうかは孝和が判断すればいい。キールとミーナはそのやり取りの間にすでにこちらまで下りてきている。
『ますたー。すごいよ。かっこいい!!』
キールは剣の微調整の為に見せた、孝和の一連の剣舞に見とれたようで興奮した様子だった。ぴょんぴょんカウンターの上で飛び跳ね、孝和を賞賛する。大量の水をミーナからもらい、何とか二日酔いは治ったそうだ。これならば、頼めるだろう。
「なあ、キール。頼みがあるんだが」
『なーに?ぼくにできることだったら、なんでもするよ』
孝和は苦笑する。ここまで慕ってくれるキールに頼むのは少し心苦しい。腰を落とし、キールの目線に自分の目線を合わせる。
「お前、俺に光輪を撃ってくれないか」
『え?な、なにいってるの?ま、ますたー?』
長い長い孝和の説得が終わり、やっとキールが光輪を撃ってくれることになった。最後のほうにはキールの念話は泣き出しそうな様子に聞こえた。あとでしっかりと慰めてやらなくては。
『じ、じゃあ。うちまーす。ますたー、あぶなかったらぜったいに、よけてね』
いまだ、心配しているキールを安心させるようにニコリと笑う。
それを見て、キールの体が淡く光る。孝和の前にはジ・エボニーの鞘がある。鞘にジ・エボニーがなくても効力は変わらないらしいので、これでいい。
孝和も怖いには怖いが、いざとなればキールの神の祝福がある。何とかなるだろう。
『光輪!』
キールから光の輪が放たれる。それと孝和の線上に鞘を構える。衝突の瞬間に力を込め、両足をしっかりと踏ん張る。
「!?」
いま、孝和に光輪が衝突した。しかし、全く何も変わらない。ぶつかった衝撃、光、熱、全くないのだ。鞘に触れるか触れないかの瞬間、光輪が光を失い、消え去った。実験は成功だ。知らず知らずのうちに、汗が背中から噴出す。よかった、よかった。
『ますたーーー!!』
かなりの勢いでキールが跳びかかってくる。それをしっかりと抱きとめる。ごしごし孝和に体を擦り付けてくるキールが可愛かったので、よしよしとなでてやる。念話は『ますたー。ますたー。ますたー』としか聞こえないので甘えているのだろう。
笑みが口元に浮かぶ。こんなキールもまた、良い。本当に、良い。
そんな孝和とキールの戯れの真っ最中に戻ってきたボルドから、再調整を行った3本をまた受け取る。今度はいい感じだった。まさにぴったり、孝和の要望どおりである。
今後もメンテの際にはボルドに頼めるか聞いてみると、「必ず、ここに来い」と物凄い圧力で言われた。確かにメンテは大切だし、ボルドは信頼できるプロのようだ。今後もひいきにするのは決定事項だったので、これもOK以外の返事は無い。
そのまま、お礼を言って孝和とキールは店を出た。孝和は店を出てから、深々と頭を下げた。
「代金の代わりだけど、あれ、気に入ってくれるといいんだけどな」
『だいじょうぶだよ。ボルドさんもミーナさんもいいひとだから。きにいってくれなくても、きげんわるくは、ならないとおもうけど』
キールもこう言っているし、大丈夫だろう。もし、駄目なら今度正式に代金を払えばいい。そう考え、二人は冒険者ギルドに向かったのであった。
孝和とキールが帰ったあと、ボルドはミーナとお茶にすることにした。もちろんドアの看板は「閉店中」のままだ。
「なかなか、すごい奴だった。さすがジ・エボニーの持ち主だ」
ミーナに入れてもらった紅茶をずぞぞッ、とすする。
実はボルドは少しだけ3本の剣の重心を、孝和が好みそうな戦闘スタイルの重心からずらして、調整してみた。
ジ・エボニーの持ち主としてふさわしい男か試したのだ。
結果は見事その違和感に気付き、再調整となった。しかも孝和の素振りの剣舞は、思わず見とれてしまった。多くの戦士を見てきたボルドにして、あの実力で今日やっと冒険者になる、というのはたちの悪いジョークでしかなかった。
「どんな戦士だ、ありゃあ。アンバランスさが凄まじ過ぎるぞ。全く」
とはいえ、ジ・エボニーの鞘は確かに、今まででの最高傑作と断言できる。これを渡すのに技量の拙い戦士では許せるはずが無い。
何しろこの鞘の素材のハイ・マテリアルを精製するのに、かなりの数の店内の名品を鋳潰して用立てたのだ。
ドワーフの錬金術の中でも、ハイ・マテリアルはかなり上級の精製術。必要な金属が工房内だけでは当然足りない。だからといって、中途半端なものを作るなど自分の問題のレベルではなく、ドワーフ一族沽券に関わる。
そこでミーナに直に出向いてもらい、他の工房から金属を借り入れたが、それでも足りない。仕方なく過去の名工の作品に手を出したが、その名工たちにも納得してもらえるであろう見事なものができたと自負している。
神器を収める鞘なのだ。自身の最高でなければ、ボルドは死ぬまで後悔しただろう。
「ああ、そうだ。タカカズさんが、あなたに代金の代わりだって言って置いていった物があるのよ。持ってくるわね」
「なに、代金はいらんというのに……。律儀だな。珍しい奴だ」
ちょうど座っていたテーブルに立てかけてあったそれを膝の上にのせ、ミーナは差し込まれた手紙に気づいた。手紙はボルドに手渡した。物自体は布にしっかりと包まれている。
手紙を開いてボルドは内容を読み上げる。
「なになに、『中にある1枚は、何でもいいから使いやすい装備を作って欲しいので、素材としてお渡しします。もう1枚は今回のメンテ代と、これを使った装備の代金としてお受け取りください。失礼かもしれませんが、直に受け取ってもらえそうになかったもので。では、また今度のメンテのときに取りに来ます。よろしくお願いします』だ、そうだ」
「ほんとに律儀ね。タカカズくんも。キールちゃんも可愛いし。あんまり正直すぎる冒険者っていうのも苦労しそうだけど」
そういって二人は笑い合う。しかし、これからどうしようか、というのが本当のところだ。他の工房からの借り入れの返還やら、仕入れの代金をどうしようかと迷っていた。ジ・エボニーの鞘を作ったことに後悔は無いが、明日以降の食事にも困りそうだ。
そんなため息をしたボルドの前で、ミーナが包みに悪戦苦闘していた。かなり頑丈に縛っていたので苦労している。その様子にボルドは、自分がその包みを開けようと手を伸ばした。
ゴロンと、布から孝和の依頼素材が出てきた。少しくすみがあったが、確かにそれは
「りゅ、龍の鱗?」
「あ、ああ。確かにそうだ。下位の雑種龍じゃなくて、野生の上位龍のものだ……」
さすがはこの道で生きてきた二人だ。まさにプロフェッショナル。そこまでは見ただけでわかる。しかし最上級の真龍の鱗であるとはわからなかった。
孝和は高級素材の工賃として真龍の鱗を譲渡した。換金できるところは限られるが、個人の譲渡はOKだということらしい。真龍の鱗は素材として50年に1回市場に出るかで出ないかというものであった。この時点で、ただの龍の鱗であっても、かなりの値段である。孝和の支払いによってボルドは、窮地を脱したことを、信仰している鍛冶神グインに感謝した。
後日、詳細な鑑定により、自分の手元の龍の鱗が真龍の物と気付いたときには、ボルドは呆然と立ったまま意識を失うことになるのだが、それは今、誰も知らないことである。