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価値を知るもの  作者: 勇寛
異世界
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第11話 闇は闇に 影は影として

ちょっと毛色が違います。誤字脱字ありましたら申し訳ありません。

 深夜、マドック、住宅地の外れ、あばら家としか言いようの無い古びた家の中。


「・・・・様。ご報告いたします」

 その男はどこにでもいる。例えば街中で出会えば見過ごされ、商店の中で見かければただの一般客として誰の記憶にも残らないほど、「普通」で「地味」な男だった。

 先日、男にこの家を貸した大家や、たまに顔をあわせている隣に住む一家ですら、この男の顔を鮮明には思い出せないだろう。

 家の中には部屋が1室。そこにはテーブルが1脚。ただそれだけがあった。生活をしているのであれば、ベッドや衣装棚などがあってしかるべきだがそれすらも無い。それ以前にこの家の中には“生”というもの自体が全く感じられなかった。

 いま、この「普通」で「地味」な男は、テーブルの上の手鏡にひざまずき、語りかけていた。手鏡は、ふちが銀で彩られたなかなかの品に見えた。この家の中には全く不釣合いなその鏡は薄く光を放ち、室内を怪しく染めた。その鏡にひざまずく男の瞳は、全く「普通」で「地味」などではなく、濃厚な忠誠と、制御された狂気が隠れ見えた。

『……ああ、君か。どうしたんだい?』

 テーブルの上の鏡から声が聞こえる。この手鏡は音と光を伝える魔道器であった。そこから聞こえる声は老獪というには若く、それでいて少年の声というにはがあまりに気だるげな妖しさを放っていた。

「申し訳ありません。・・・・様の策でございますが、どうやら潰えたようでございます」

 男は全く姿勢を変えず、低く抑えた声で話す。そのためひどく聞こえにくい。しかし、鏡の向こうの彼は、その声を十分聞き取れているようだ。

『顔を上げなよ……策というと、ウェルローのあの件だね。全く、僕はあのために3日もかけて封印の解除術を作ったんだよ?成って潰えたのかい、それとも成らずに潰えたの?』

 その言葉をうけ、初めて男は顔を上げる。鏡の向こうの彼に目線を向ける。

 彼の上半身は裸であった。天蓋つきのベッドの上に寝そべり、シルクのシーツが下半身を覆い隠している。その状態では全体を推察することしか出来ないが、彼のそれは見事に均整が取れ、鍛えられた体躯はまるで彫刻であるかのような印象を男に与えた。その顔は美しさよりも妖しさが際立っている。妖艶なその微笑と、時折見せる知的な表情が彼をさらに暗い魅力で包み込んでいた。

「あくまで私見ではございますが、成って、であろうかと……」

『……続けなよ』

 彼はそういって先を男に続けるように促す。そうして横になっているベッドから腕を隣に伸ばす。そこには、生まれたままの姿で寝そべる2人の女性たちがいた。あまりに露悪的なその彼の姿。しかしその一方、彼に相対している男は全く表情を変えない。その様子に、彼は静かに声を立てずに笑った。

「ギルド内協力者より通達がありました。昨日ウェルローの娘はかの地より帰還。しかし、心身衰弱、救護所にて治療を要しましたが、今日の朝に目覚め、命には問題なしとのことで退所したそうです」

 その言葉に鏡の向こうからはどこか楽しげに声が響く。

『ははは。なるほど、武門のウェルローここにあり、というわけか…』

 その彼は今、隣の女性の首筋にそっと舌を近づけていた。首筋を舌で触られ、ビクビクとその体が震える。その女性の背中がこちらに向く。人間の女性には普通存在しないものが、そこには生えていた。漆黒の翼である。もう一方の女性にも同じ羽が生えている。彼女たちはサキュバスであった。

「僭越ながら、本当にかの娘によるものでしょうか」

 彼女たちの姿から男は目線をはずし、自身の入手した情報から、いくつかの疑問点があることを伝える。女性たちの姿に照れたわけではない。サキュバスはその存在自体が誘惑の毒である。彼女たちが悪いわけでは無く、男は自身の安全のため、そうしたのである。

『それはどういうこと?』

 その一方で彼は、全く彼女たちから目を離すことなく、普通に応対している。今も一人をその腕に軽く抱き、もう一人からワインを受け取っている。

「は。いくらウェルローといえど、若輩にあれが破れるとは…」

『そうとも言えないさ。レドナの傷を癒す魂が、あの閉鎖された地にはないはずだよ。呼び戻した際の贄は、たったの3つ。完全に回復するなら、千は啜り喰らわないと。壊れかけのガラクタと、ラウドのお気に入りの新鋭。そんなに実力に変わりは無かったんでしょ』

 ワインを口に含み、隣のサキュバスに口移しで注ぎ込む。その口付けを受けた彼女はトロンと目をとろけさせ、彼にしなだれかかった。信じられない光景である。サキュバスと触れ合っただけで普通の人ならば精気を抜き取られ死んでしまうはずなのに。

「しかし、相手は伝説の魔戦士。倒すことは可能なものでしょうか?」

 そんな信じられない光景ではあるが、全く男は驚いていない。何度もこの光景を見ている。いまさら驚くことも無いだろう。

『そう、「伝説」なんだよ。後世に伝えられるよう、時の権力者が捻じ曲げ、削り、付け加えた「伝説」。本当にそんな「伝説」の力があれにあったのかなんて解らないよ?』

 軽く彼は首を傾ける。その仕草の一つ一つが実に絵になる。

「そうですな。そういうことかもしれません。ですがウェルローの娘には、同行した従魔師と従魔の助けがあったようで」

 それを聞いた彼の顔に初めて興味深げな様子が見て取れた。

『へぇ……。従魔師か……。なかなかに珍しいけど、彼らにそんな驚くような力が?』

「いえ、従魔はスライムのようです。従魔師本人も黒髪黒目ではありましたが、人でありました。名前とて聞いたことはないような者です」

 身を乗り出していた彼は、それを聞くとその身を再びベッドの上に横たえた。すかさず、両脇に2人のサキュバスが身を寄せる。彼のその顔にはつまらなそうな表情が浮かぶ。

『なんだ、それじゃ無理だね。やっぱりあれを倒したのは彼女か……。確かアマリリア、アリアだっけ?』

「御意。4年前のあの時も。・・・様の策を潰した娘でした……」

『覚えているよ。あの豚をせっかく焚きつけたのにね。全くウェルローの一族はしぶといんだから』

「しかし……」

『?なにか引っかかることあるの?』

「は。その従魔師、あのスパードの紹介です。もしや今回の件、奴が気づいたということはないかと」

『……無いよ』

 彼は数瞬の後、そう答えた。

『確かに予想外の大物の名が今回、ここで絡むのは気に食わないけど、偶然、従魔師の推薦をした。偶然、それが今回の件と重なった。不自然さは感じるけど、ただそれだけと考えるほうが無難だ』

「……」

 それを聞いて、男は黙り込む。

『君が納得いかないのは、わかるけどね。彼女の神託を確認してすぐにこっちは動いたんだ。向こうに対応できるだけの時間はないよ。それに、もし余計な手を出して、せっかく隠居した虎を呼び戻すことも無いだろう?しかも、スパードが動くなら一緒にダンブレンもだ。そんな危険な賭け、僕は乗りたくは無いよ』

彼の忠告はもっともだ。

 一瞬の間が空く。

「今後はいかに?」

『明日からこれからのプランを組み立てなおさないとね。まあいい。僕らの汚点の尻拭いをしてくれたと考えようか。君は北だ。今動いてる策を一時止めないとね。僕らにはまだ次がある。マドックの後任は連絡係のみで構わない。』

「ウェルローの娘と同行した従魔師についてはいかがしましょう」

『君は始末しておきたいんだろう?でも構うな。後任には彼らの調査は不要と伝えてね。念のため、彼らとスパードには不用意に近づかないようにしといて。ギルド内で僕らと贄の関係に気づくのがいるようなら、処理しておいて構わない』

「御意。では明後日に、北で」

『では、ね』

 男は深く頭を下げる。鏡の向こうから女性たちの甲高い声が聞こえ始め、鏡から淡い光が消える。それを見てようやく顔を上げた


 部屋には沈黙と暗闇が広がる。男は音も無く立ち上がると、手鏡を袋に入れ家の外にでる。ちらりと屋根の上を見る。軽くうなずくと、闇の中で複数の何かが動く気配がした。

 外にでると、ちょうど月が雲に隠れるところであった。ほんの10秒程の間、月が隠れる。


 月が再び顔を出したとき、そこにはまるで何も無かった。涼やかな風と月明かりの道だけが闇の中に存在していた。


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