第105話 身から出た錆 【DESERVE IT】
誤字脱字ご容赦ください。
次回更新は未定です。
こっそりとこっそりと更新してます。
ええ、次回更新はマジで未定です。
「警戒中の部隊計二十名。全滅ってことですか?」
「そういうことぉ。嫌んなっちゃうわぁ」
ふぅ、と大きく息を吐く。
ゴージャスな装いのディアローゼが過剰に色気を混じらせたそんな吐息を吐くと、ゴリゴリに神聖なはずの神殿内の一室が急に超高級なクラブに変わったのかと錯覚するほどだ。
とはいえ、孝和はそんな一回ウン万、いや二ケタ万円突破確実なお店にお邪魔したことなぞ一度もないのだが。
「でも、今のところ人死にはゼロ。衰弱がスゴイけどまあ持ち直すだろうなってレベルねぇ」
「万全の治療環境を準備しました。それをさせないように努力は続けています」
ディアローゼの横で報告するフレッドは如才なく空になった彼女の紅茶のカップにとくとくとおかわりを注いでいる。
いつもと変わらぬ女主人と忠実な執事の画がそこにはある。
話の内容に反してどこか穏やかな午後のティータイム的な光景が広がっている。
マドックに帰還してすぐに用意されていた馬車に押し込められ、そのままここへと拉致、いや招待される形で孝和は座らされている。
当然、服は外で活動していたもので埃っぽいのだが、そこら辺を彼女たちが気にする様子はない。
「それでも警戒中ってことは即応できるような装備か技術を持ったメンバーはいたはずですよね。それが全滅ってことは……」
「通常の対応方法では足りなかった、若しくは無効化されたということでしょうねぇ。体調が戻り次第話を聞きたいところではあるんだけどぉ」
「ちょうど襲われたそのタイミングの記憶がごっそり無くなっているようです。というかその一瞬で意識ごと刈り取られているというのが正しいか」
「こないだ俺たちが出くわした時よりも、えらく攻撃的だな……。下手に警戒を強めたせいで追いつめちゃったってことですかねぇ」
むむ、と孝和が悩むのをにこにことディアローゼが見ている。
「そういうことなのでぇ。ちょっと協力してくれないかしらぁ。お駄賃は弾むわよぉ」
「ディア様、お駄賃ではなく依頼料です」
横からツッコミを入れる勇者にそうだったかしらぁ、ととぼけて見せる。
出されたものに手を付けないのは不作法かと一応、茶と菓子を口にする。
ばりぼりと音をさせて焼き菓子を齧っていてはそんな配慮は意味をなさないのだが、まあ仏頂面の彼にそんな言葉は届かないだろう。
「……とっても不満そうねぇ」
「そりゃ、明らかにヤバそうじゃないですか。十分に警戒したうえで準備万端なのにやられてるって結構危ないってことですし」
「お駄賃、いらない?」
「ディア様。依頼料です」
いや、もうお駄賃でも依頼料でもどっちでもいいのだ。
怖ぇし、ヤバそうだし、も一つ言うと色々押し付けられそうなので、嫌なのだ。
これ以上、いろんなことに頭を悩ませる生活はしたくない。
出来るならフライパンを振る生活を延々と淡々と黙々と続けていたいのである。
「フレッド、お宅が出張りゃソッコーでカタは着くんじゃ?」
「そういうわけでも無い。実のところ、この加害者、というか犯人を見た人間は誰もいない。顔が分からないとどうにもならないだろう?」
「俺も同じじゃん。判んない同士で擦り付け合ってもどうにも……」
何を言っているのか、と反論しようとしたところでディアローゼから横やりが入る。
「でも追いかけっこまでできたのはあなたたちだけなのよねぇ」
つつ、と上品に茶を飲みつつそう言ってのける。
「……本当に? 結構長い間、警邏してたって話でしたよね」
「本当よぉ。昏倒した人は仕方ないけど、警戒中の人で何かしらやられただろう人たちもなぁんにも見てないっていうのが現状。犯人の尻尾を追いかけた経験のある唯一の経験者を再投入する。まあ、念のためやるべきだとは思わない?」
「再投入される側の意見は事前に聞いてはくれんもんでしょうか」
聞き流されるだろうな、と思っていたがその通りになる。
今の言葉を聞いていないかのようにしてディアローゼがにっこりとほほ笑んだ。
「大丈夫、きっと犯人が出てきてくれるわぁ。明日の朝早くから始めるから、準備をして欲しいのよ」
「何の確信ですか、それ。しかも当たったら俺らがぶっ倒れることになりません、それ?」
「大丈夫、ぶっ倒れる人は別に準備しておくからぁ」
「べつに、じゅんび?」
何か剣呑なことを聞いたのではないか。
孝和の頬が若干であるがヒクついた。
コンコンコン
「入ります、よろしいですか」
「どうぞー」
軽くノックされたあとに遣り取りを受けて男が入室してくる。
ずい、と男くさい面構えの男、警備隊のマルクメットの顔が覗いた。
「お待ちしてましたわぁ。とりあえず、お座りになられません? フレッド君、お茶をおだしして」
「いやいや、結構です。まだこの後に明日の調整がありまして」
ディアの誘いを固辞してソファに座ることも無く、マルクメットが立ったまま小脇に抱えていた資料をフレッドに手渡す。
「ご相談を受けていた件ですが。そちらのリストの人間を準備しました。委細承知のうえで承諾書についてもサイン済です。男十の女五で計十五名になります」
「ありがとうございます。これで準備は万端ですね」
フレッドが軽くぱらぱらと手元の資料に目を通し、そのあとディアの机にそれを置いた。
「リスト? 承諾のサイン?」
疑問符を浮かべる孝和にマルクメットがいう。
「? お前、その為に戻ってきたんだろうに。こっちは説明をしておくと言われていたんだが?」
「明日、街にいる危険な奴を狩りだすって話は一応。……あの、そのリストって?」
なんだろう。
滅茶苦茶ろくでもねぇリストの気がビンビンする。
「そうね、さっきの話に繋げると。明日、盛大にぶっ倒れてもらう人のリストよぉ」
「まさかの生餌ッ!? しかも志願制ッ!?」
人権はどこへっ、と叫ぼうかと思ったがよく考えればこっちの世界でそんな概念があるのかな、と思い返す。
……あんまり記憶にないかもしれない。
「まともに生活してるやつにはこんな話は持って行かんよ。……お前、俺のことを何だと思っているんだ」
少々棘のある視線をマルクメットにぶしつけに浴びせたことで、彼からのクレームが返ってくる。
「話を持って行ったのは犯罪者どもだ。これの危険を承知のうえで、参加するなら減刑するという条件に食いついてきた。だから、そこまで安全に気を付ける必要はない」
「……そういうこと?」
恩赦的な話ということか。
「……この間、そういう不心得者が街の近くで善意の冒険者にコテンパンにされていたんだが、そいつらにとって幸運にも軽い怪我で道端に転がされていてなぁ」
「ほ、ほほぅ?」
なんか聞き覚えがある。
なぜか最近盗賊たちはマドック周辺からいなくなりつつあるというのも聞いているが。
「全員を捕縛してマドックに連れ帰ったわけだが、全員を“素っ裸”で連行するという珍しいことになった。俺もあんな経験は初めてだよ」
「……餌の調達先はそこからかっ」
なるほど、獲物に逆襲されて、ぱんつまで剥ぎ取られてしまった彼らか。
まさかの身内産だったとは。
「世間は狭いっすねぇ」
茶が美味い。
それだけが幸いである。