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価値を知るもの  作者: 勇寛
異世界
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第10話 一夜明け……

今回はいつもの長さです。



「し、死ぬ……。これは、キツイ……」

 洞窟から帰還した翌日、起床した孝和は、頭から足先までの全身を襲う痛みに耐えていた。おそらく、この頭痛は昨晩の暴飲が原因だろう。さすがに、冒険者御用達の宿。冒険者の試験に合格したことがわかると、荒くれやら、ドワーフやら、酒豪の連中がめでたいとばかりにおごりの酒が孝和のテーブルに次々届いた。祝いの席ということもあり、それを拒むというのもまずいだろうと一緒になって騒いだ。深夜までのパーティーはタバサによりお開きとなったが、かなりの飲酒量となった。アルコールの含有量もかなりの物ばかりだったので、今の孝和の状況は当然だろう。

その一方、全身を襲う痛みは、筋肉痛であった。生まれて初めて、指の一本一本、すべての関節を含む筋肉痛を味わった。どうやら昨日のあの無茶な気功術は体中を酷使していたようだ。特に、最後の居合いで力を集中した右腕は、動かすだけで泣きそうな痛みが走る。

『ますたー。おはようございまーす』

 孝和の呻き声で起こしてしまったようだ。ボロボロの孝和の一方、キールは昨日と変わらす元気だ。

『なにか、うんうんいってたけど、だいじょうぶ?』

 そういうとぴょんと反対側のベッドから孝和に向かってジャンプしてきた。その跳躍はスローモーションのように見え、孝和にとって昨日のデュークの最後の一撃に匹敵する恐怖を感じさせた。

 ぽすっ、軽い音と共に孝和の上にキールが着地する。

「うんぎゃああああああああーーーー!!!!」

 階下にまで孝和の絶叫は響き渡り、驚いたタバサにより扉が開けられるまで、心配したキールの気絶した孝和の上でのジャンピングは続けられたのである。




 時と場所は少し変わり、『陽だまりの草原亭』1階の調理場に移る。今、孝和は『陽だまりの草原亭』の調理場で、臨時コックになっていた。プレイスカードの交付までの3日間、暇な時間を潰す為と、金を少しでも稼ぐ為どこかで働こうと考えた結果である。

 一縷の希望を託し、キールの神の祝福ゴッド・ブレスを掛けてもらったが、筋肉痛には効果が薄いようだ。

 疲れが体に残っている状態で、外で仕事を探すのは面倒だったので、タバサに頼んで調理場で簡単な料理を手伝わせてもらうことにした。賄いで食事代も浮くし、願ったりかなったりだ。ちなみにキールは、タバサに連れられて宿の受付で「招きスライム」をさせられている。本人も楽しそうなので、まあいいだろう。

「では、やってみましょうか」

 孝和の手元にはハンバーグのたねが中心部を少し窪ませた形で乗っている。新人の臨時コックに最初は食材の下準備が任されたのだが、手際がよかったので賄いの食事を任されたのだ。今日の酒場は牛肉と根野菜の煮込みだったので、仕込みの段階で切り落とされてあまった部分を丁寧に包丁で叩き、じっくり炒めたタマネギを少し冷ましてから卵、パン粉を混ぜ込み、塩コショウで味付けして成型。あとは暖めたフライパンに牛脂を塗りつけ、ふっくらと焼き上げるのだ。久しぶりの向こう世界の料理、楽しみだ。本当のところ、豚と牛の合挽肉の方が孝和としては好みなのだが、仕方ない。ソースはこの店のものにリンゴの摩り下ろし、トマトの絞り汁を加え温めたものを使うことにした。そのうち、ウスターソースのレシピを、何とか思い出せないかやってみようと孝和は決意した。





「うまい!うまいぞ!タカカズ!?なんだこれは!!?」

「俺の国で食べられてる肉料理です。気に入ってもらえてよかったですよ」

 すさまじい勢いで、賄いのハンバーグをむさぼる人物は『陽だまりの草原亭』の料理長でダッチという。タバサの夫でもある。午前中の仕込が終わり、営業の始まるお昼に向けて、ほかの従業員もガツガツと食べている。ハンバーグはドイツとかモンゴルの料理が元になったらしいので日本発祥ではないが、説明も面倒だ。

 付け合せにホウレン草のベーコン炒めと、ニンジンの甘露煮を作ったがそれも好評だった。ホウレン草のベーコン炒めについては、休憩時間が終わると手書きでメニューに付け加えられ、お客さんの反応も上々であった。

 そんなこともあり、午後の営業時には孝和は戦力の一人として迎えられ、夜の営業前までの約束の臨時コックが終了したときには、明日も必ず来るようにダッチに確約させられ開放された。ちなみに明日からはハンバーグがメインのメニューリストに載ることが確定されている。肉屋の親父にものすごい量の牛肉・豚肉が発注されたのを孝和は見ていた。その様子に明日の自分の状況がどうなるか、薄ら寒いものをかんじながら酒場をあとにした。

 仕込みが終わっても、まだ3時ごろであったので、外で買い物でもしようと考えた。酒場から宿の受付に向かうと、キールの前にものすごい人だかりが出来ていた。

『あ、ますたー。おしごとおわったの?』

 その真ん中にいるキールが、孝和に気づき、声をかけてきた。それにつられ、人だかりの全員が孝和のほうに目を向けた。20人近い人が一斉にこちらを向くのはかなり怖かった。その20名のほとんどが女性と子供たちだった。服装から近くの商店の人から、冒険者、買い物に来た主婦とその子供といったところだろう。

「ああ、タカカズ。あんた仕込みは終わったのかい?」

 人ごみの向こうからタバサが話しかけてきた。キールは受付の上から床に飛び降り、孝和のほうに向かってきた。

 最後にジャンプして孝和の腕の中に収まった。それを見た人ごみの皆様は、羨望と嫉妬を十二分にこめた視線を孝和にぶつけてくる。この状況に危険を感じ、孝和はキールを抱きかかえたまま、受付の奥に逃げ込んでタバサに尋ねた。

「仕込みは終わったんですけど、何なんですか?この人だかり。俺、ものすごい勢いで睨まれたんですが」

 タバサはカラカラと笑った。

「皆、キールちゃんを見に来てるんだよ。朝から呼び込みのお手伝いを頼んだんだけど、午前中に来たお客さんから噂を聞いた人が続々来ててね。酒場のほうも忙しかっただろ?」

 確かに、ダッチさんが「料理が足らん。急げ!」と調理場をせかしていた。一緒に働いていた料理人に聞くと、今日は特別忙しいと言っていた。なるほど、キールが原因か。

「すいません。ご迷惑をかけたみたいで」

 こういったとき腰が低いのはまさに日本人だ。

「なにいってんだい!お客が来て、文句言う商売人がどこにいんのさ!?キールちゃんには稼がせてもらったよ。ありがとうね」

 キールはそう言ったタバサになでなでされて嬉しそうだ。

「そ、そうですか。じゃあ、これから買い物に行こうと思ったんですけど。キール、お前もう少しタバサさんの手伝いをするか?」

 なでられているキールはその提案に

『うーん!ますたーといきたいなぁ。タバサさん。いい?』

「かまわないさ。行ってきな。帰ってきたら、あたしの特製サラダ用意しておいてあげるから。楽しみにしてるんだよ」

『ほんとに!?ありがとう。たのしみにしてるね』

 そんな会話がされたあと、真剣な表情でタバサは

「タカカズ。キールちゃんのこと、しっかりと見てるんだよ。怪我でもさせたら、拳骨じゃすまないからね」

 とおっしゃられたのである。受付の向こうでは聞き耳を立てていた、冒険者と思しきお姉さま達からも同様の圧力を感じ、孝和は全力で頷いたのであった。




 『陽だまりの草原亭』から脱出した孝和の手には1本の剣があった。腰の2本の剣と違い、その剣は鞘と微妙に形が合っていない。そう、デュークから受け取った漆黒の剣である。ボーンソルジャーの持っていた鞘に入れて持ち帰ったが、その鞘に剣の形がしっくり来ないのでどうしようと考えていた。そんな昨晩のバカ騒ぎの時に、隣の席にいたドワーフの爺さんが「では、ワシがそれを見立ててやろう」と言ってきたのだ。詳しく話を聞くと、ドワーフの爺さんこと、ボルドは、武器屋を経営しているらしく、個人の武器に合った鞘を用立ててくれるらしい。剣の調整も行うらしいので、デュークとの激闘で使った武器のメンテもかねて、ボルドの店を訪ねる約束をしていたのだ。『陽だまりの草原亭』からは、通り一つ向こうにあるため、少し歩く必要があった。

「キールちゃん。どこ行くの?」

「おや、キール。お出かけかい?」

「キールちゃん。これあげるわね」

『陽だまりの草原亭』から出て、ボルドの店に向かうまでに何回もキールは呼び止められ、その度にキールは『ぶきやさんにいくの』『ますたーとおかいものなんだ』『ありがとう。あとでたべるね』と律儀に受け答えをした。この通りの中でキールは今日1日で有名人になったようである。みんなのキールへの挨拶のすべてに、母性本能や父性愛が感じられ、その一方で孝和にはものすごい嫉妬を含む鋭い視線が投げつけられた。




 孝和はかなりの精神的ダメージを受けながらも、何とかボルドの店にたどり着くことが出来た。うなだれながらも、店のドアを押して開ける。中を見ると、剣や槍が壁に掛けられている。カウンターの脇には樽の中に剣が立てかけられている。それはどうやら中古の品のようで、くすみが遠目から見てもわかる。壁の武器は一点物のようで、値札のほかに製作者の名前が書かれている。孝和には分からないが、きっと名のある名工なのだろう。

「いらっしゃいませ。何かご入用です?」

 中に入ってきた孝和を見て、カウンターの中の女性がこちらに話しかけてきた。

「実は、この剣に合う鞘を選んで欲しくて来たんです。昨日『陽だまりの草原亭』でボルドさんに見繕ってやると言われたもので、お願いしようかなと思いまして」

 単刀直入に来店理由を説明する。

「ああ、ボルドはあたしのダンナなんだけどね。実は今、外に出てるんだよ。多分もうすぐ帰ってくるんじゃないかと思うんだけど。どうする?このまま待ってる?」

「じゃあ、このまま待ってます。キールも待てるか?」

『うん。いいよ~。なんかここ、いろいろあっておもしろーい』

「!?」

 どうやらキールの来店には気づいていなかったらしい。孝和は簡単にキールのことを説明し、キールもボルドの奥さんに挨拶した。




「うーい。帰ったぞーい」

 ボルドは、武器用の鉱石の仕入のため、北側の商業ギルドまで出向いていた。今回はなかなかよい鉱石が手に入りそうだ。ホクホクで帰宅し、その結果を妻のミーナに報告しようと思っていた。

 ドアを開け、店番のミーナの姿を探すと、店内には黒髪の人間がいた。どうやら商品を見ているようだ。しかし妻はどこにいるのだろうか。

「あ、あなた。あなたにお客さんよ。昨日頼まれたんでしょう?」

 ガチャリと音がしておくからミーナが出てきた。客?昨日?

 少し考えて、そういえば冒険者になりたての奴の鞘を見立ててやるといっていたのを思い出す。確かに昨日、酒をたらふく一緒にこの黒髪の人間と飲んだ。

「お願いします。これなんですが」

そういって剣を渡そうとするこの男に断りを入れる。

「すまん。忘れておった。用意するからも少しまってくれ」

 そいつは軽く笑顔になり、うなずいた。それはいい。

「なあ、ミーナ。それ、なんだ?」

 ミーナの抱える真っ白な物体に疑問が出来た。すると、

『はじめまして!キールっていいます。よろしくおねがいします』

 その真っ白な物体はボルドに向かって挨拶してきたのだった。




「ふむ、では剣のメンテナンスと、それに合う鞘を用意して欲しい、ということだな」

 従魔師などしばらく見なかったので、驚いていたボルドが立ち直り、改めて仕事の話になった。ちなみにキールは今、奥でミーナとお茶をしている。

「ええ、この3本なんですが」

 そういうと孝和は3本の剣を手渡した。シグラスのところの1本、ボーンソルジャーの1本、デュークから受け取った1本である。

「おおおぅ……」「ふむ」「ぬぬぬぅ……」

 以上は順にボルドの鑑定した剣の反応である。全てを見終わったあと、孝和にボルドは尋ねた。

「のう。タカカズ。正直に答えてくれんか」

 その真剣な表情には剣呑さすら漂っていた。

「な、何でしょう?」

 その様子に孝和はひどく緊張した。

「実はな、1、2本目の剣についてはかなりの名剣だといえる。人の鍛えうるもので考えるのであれば、1本目は最上級、2本目は上の中といったところだ。だがな……」

 なんかいやな予感がする。3本目の剣は、アレだし。

「この3本目、漆黒のこの剣だが。どこで手に入れた?人の手、どころか俺たちドワーフでも造れんぞ。こんなとんでもないもの」

 そうか、やっぱりゴーストの持ってた剣だもんな。危ない剣なんだ。そう、孝和は判断した。

 だが、ボルドの言おうとしていた事は、そうではなかった。この、孝和の漆黒の剣は多分、神話級の代物だと判断した。過去、一人立ちする前にドワーフの国で厳重に封印されているのを見た神剣グラン・ビーに匹敵するのではないだろうか。

 話からすると、昨日の孝和は冒険者になりたてのペーペーだ。こんな神器など所有してるわけが無いのだが……

「いや、デュークっていう戦士と一騎打ちになりまして、勝った褒美だと譲られたんです。いやー、死ぬところだったんですけど」

 そういうと孝和は、頭をぼりぼりかいた。今でも何で勝てたんだろう、と不思議なくらいの強さだった。

 それを聞いて、ボルドは卒倒しなかった自分をほめてやりたいと思った。デューク、北限の狂戦士、死を纏う黄金騎士。伝説の魔戦士だ。それに打ち勝ち、剣を譲られた。

 つまり、この剣は……

「……ジ・エボニー」

「?なんです?ジ・エボニーって?」

「この剣の名だ。知らんのか!?」

 武具を取り扱うものの中で知らなければモグリだ。

 一般には知られていないが、ジ・エボニー。世界神より生まれた最初の2神のうち、闇を司る女神の血を使い鍛冶神グインが打ち上げたとされる魔剣。北限の狂戦士デュークと共に封印されたとされる剣。孝和がうそを言っている可能性は全く無視した。ボルドのこれまでの鍛冶人生全てを賭けてもいい。この剣は神器だ。

 ボルドは自身の全ての人生を顧みて、今までのすべての修練は、この剣に出会うためにあったと確信した。

「なあ、タカカズ」

「はい。どうしました」

 ボルドは真剣そのもので話しかけた。

「この3本の剣は預かる。2日後に来てくれ。メンテも鞘の用意も完璧にする。ワシを信じてくれ」

「はあ、最初からそのつもりでしたし。お願いします。料金はいくらですか?」

「いらん」

「は?」

「いらん、と言った。手抜きはせん。安心しろ」

 その後も、支払いについて何回も尋ねたが、いらん、の一点張りだった。孝和は、冒険者になったばかりの自分へのサービスなんだろうと自分を無理やり納得させ、帰宅することにした。今後もメンテナンスの際には、この店を利用しようと決意しながら。

 剣を預けると、ボルドは奥に引っ込んでしまったので、ミーナに挨拶して孝和は店を後にした。


 この日から2日間、店の前には「閉店中」の看板が翻り、ボルドは工房から食事・トイレ以外一度も出なかった。ミーナはその様子を見て、何も言わず夫の行動を黙認した。ドワーフの武具職人ボルドは150年の自分の鍛冶の経験全てをこの2日間に賭けたのだった。


誤字脱字、あった場合は申し訳ありません。ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。

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