第103話 拙くとも【IMMATURE】
誤字・脱字ご容赦下さい。
「そんで、結局どういう話なんです? これ一枚ですぐにマドックまで戻ってくれって言われても俺たち絶賛クエスト中なんですけど……」
孝和の指先でぴらと翻っているのは冒険者ギルドの印の入った正式な書面だ。
普通の状況下であればこんな格式ばったものは出ないはずで、ギルド長の他に連名でディアローゼの署名までされているのが、ひとまずひみつきちまで帰還せざるを得なかった理由である。
「これって中断扱い、クエスト失敗って扱いになるんじゃないんですか? ……そこまでしないといけないようなやば気なことが起きたってことです?」
こくりと頷いたギルドの連絡員が返答する。
「一応、今回のクエストに関してはこちら側、ギルド側からの意向での中断ですので失敗のカウントには入りません。あとは諸経費に関してもこちらで補てんをさせて頂きます」
「へぇ……。珍しいっすね」
ここの所、様々な面で要りようになっている冒険者ギルドがそんなことを言うとは。
マドック周辺の生物相がアンデッドの氾濫で大きく狂い、色々と問題が出てきている。元々さして苦労せずに手に入れることができていた物が入手困難になり、逆にレアだったはずの物資が期せずして大量に入荷して値崩れを起こす。
商人たちの護衛に、危険度がわからなくなった採取依頼、もちろん街中の復興という土建作業に汗を流す定住した冒険者も多い。
金がとんでもない勢いで町中を流れていくということで、ある程度の資金を自分の所に留め置かねばならない(クエストなどの支払い等)冒険者ギルドの支払いは若干ではあるが渋くなっているものが出てきているのが実情なのである。
その影響がモロに出ているのが、街の外にある脅威度の不確かな場所の調査だったりするわけで。
ただし、今回に関しては主たる目的はクエストクリアによる資格喪失を避けるための点数稼ぎと、なまった体をどうにかするリハビリ的なニュアンスを持ったものであった。
クエストの失敗にはならない、という一方で本来の目的の、クエストクリアのカウント積み増しにはならないのだ。
何というか補償して欲しいのはそこではない、と言いたいわけなのだが。
「……まあ、帰らざるを得ないでしょうし、一応指示には従いますが。でもなぁ、時間作って出てきたってのに」
ボヤキの一つも出ようというものだ。せっかく色々と取りそろえたキャンプ地も一日で撤収する羽目になったわけでもあるし。
「それにしても、理由は戻ってから通知。でも万一私たちが強く拒否したなら戻らなくてもいいけど、って言うのがね」
「なんかあったんだろうけど、わからないってのが嫌なんだよなぁ。街にいる連中、……結構大事でもどうにかできるレベルの戦力は有りますよ? それでも俺たちが必要ってのは……」
厄介事の臭いしかしない。
どうしてこうもまあやろうとしていることに次々と横から邪魔が入るものか。
「申し訳ない。……だが、戻ってはくれるのだろう?」
眉を寄せて精一杯の“申し訳ない顔”をして見せるギルド職員に、渋々ながらうなずく孝和。アリアも苦笑いを浮かべながら手に持った茶をすすりながら、あきらめのため息をつく。
「ええ、ちょっと今日中にってのは難しいでしょう。明日朝一にここを出て、昼にはってとこですか」
「そうなるか。……では、私はこのままマドックへ戻ろう」
返事を聞くといそいそと後から書類と共に伝言を持ってきた職員の男は、孝和たちに同行してきた職員と共に外に出ていく。
「……帰るの嫌だなぁ」
孝和はずるずると腰かけていた椅子から滑り落ちるようにして床に腰を落とす。客もいなくなって最低限の取り繕う必要もなくなったからだ。
手に持ったコップから伝わる温い茶の温度が手を温める。
このまま、ぼーっとしていたい感情に心が囚われはじめていた。
「でも、帰るんでしょう?」
「仕方ないじゃん。“どうしても”ダメなら別にいいけれど、って。なんだよこの試されてる感! 確実に受けないって選択肢、最初から蓋されてんのと一緒だよ!」
「そうよね。この内容だと、実質一択よね」
机の上に投げだされている冒険者ギルドの書面。
逃げ道をきっちり塞いだうえでの問いかけは卑怯だと思う。
ばたんっ!
『あ、いたー!』
「がうがう」
扉を勢いよく開けて入ってきたのはキールとポポ。そう言えば茶を淹れに行っている間に、二人そろってどこかへと消えていた。
ポポは頭の上に大きな木の盥を乗せ、キールはその盥の中にちょこんといる。
「なんだ?」
『んーと。かえってきたので、おせんたくをしよーと、おもうのです!』
「わう!」
ポポがとてとて歩いて孝和たちの所へ来ると、キールは机の上にぴょんと飛び乗る。
ポポは誰もいなくなった盥を床に置き、孝和の足の間に体をねじ込む。
なんとなくそのまま抱きかかえ、腹のふかふかしたあたりを撫でてやる。
そうすると少しだけささくれた心が癒されるようだ。
「ほう、そんで?」
『よごれものを、かいしゅーしています! こんなかいれてくれたら、ごしごしっ、てあらうのー!』
「がうがう」
膝の上に抱えられたポポが頷いて盥を指さす。
「あー。……じゃあ持って来るからちょい待っててな?」
『はいっ! おねがいします! ……アリアさんはー?』
立ち上がる孝和を見て、もうひとりこの場にいるアリアにキールが訊ねる。
「あー……。私は、街に帰ってからでいいかな? ……うん、ちょっと今回は遠慮しておくね?」
『んぁ? なんでー? ぼくらごしごしっ、てするよ?』
「うん、ありがたいんだけどね。まあ、また今度ね?」
『ふーん。じゃあ、いっか! じゃあ、ますたー。あらいもの、くださいっ』
アリアが洗濯物を出してくれないことに、理解が追い付かないのだろう。
少しばかり訊ね返したりしたが、それにもすぐに飽きてしまい、アリアの洗濯物に興味をなくしたのか孝和の後についていくキール。
後をついてくるキールの気配を感じながら、内心で孝和は苦笑する。
(……そういうとこの機微ってのをキールに汲んでもらう、ってのはさすがに難しいわなぁ。こんなとこで一切合財纏めてお洗濯ってのは。女性にはちょい抵抗もあるだろうし)
キャラバンでの長期にわたる拘束が必要なクエストで、どんどんと洗い物が貯まり、適時選択が必要になるような状況で無い、短期間で完了するようなクエストで溜まる少量の洗濯物。
ならばそういった服などはできれば街で洗いたい、と思うのが女性、乙女心ではなかろうか。
「まあ、今後の成長に期待ってことかね」
『んー? なんか、いったー?』
振り返り、体を少し傾げているキールを抱え上げ、孝和は荷物を置いてある所へと歩きだす。
「ははははは。いや、色々と勉強してかないといかんなぁ、と思っただけさ」
『ふーん。おべんきょーはだいじです。あたりまえだよ?』
「そりゃそうだ。あはははは」
けたけた笑う孝和に抱えられてキールは頭に?を浮かべつつ、運ばれていくのであった。