第96話 キャッチ&リリース 【REQUEST】
誤字脱字ご容赦下さい
結論から言うと、前科は付かなかった。
「ご近所さんにもしっかりと謝っておくように!」
「はい、お世話様でした……」
警備隊の詰め所からお叱りの言葉と共に放り出されると、孝和は深くため息をついた。
同じくドワーフ一家も同じ扱いで叩き出されたが、こちらは悪態をつきながら出てきた。
周りはすでに夕餉の時刻。
日も陰り始めている上に、そこかしこで炊飯の煙が上がっているのが見える。
「くそぅ……めっちゃ怒られた」
しゅんとしている孝和の横にはキールとポポがいるが、彼らはさほど憔悴している感じではない。
むしろその逆である。
『ほら、ますたー。ぼくたちのおやつ、あげるから!』
「わうわうわう、くぅ?」
にゅっと出された小さな袋を受け取ると、中には小さな焼き菓子が入っている。
「俺が怒られてる間、おやつ食べてたの?」
『うんっ!みんないいひとたちばっかりだった!』
それはそうだろう。
街を守る警備隊。
皆の味方、おまわりさんということだ。
悪いことをしなければ彼らは大体良い人に決まっている。
こってり犯罪者を調べる取調室で絞られた大人たちと違い、キールたちは警備隊の休息部屋でシフト上がりの隊員達とお話しながら待っていたようである。
最終的にお土産までもらって、扱いは雲泥の差だ。
「まあ、俺が呼ばれるのは仕方ないんだが……」
ぽりぽりキールたちから恵んでもらった焼き菓子を齧りながら、詰め所をジト目で見つめる。
エメスの従魔登録時の管理責任者は孝和である。
これは冒険者ギルドのオフィシャルな書類でしっかり明記されているのだ。
それで今回の騒音騒ぎが起きた。
騒音の主はエメスであり、その彼がしでかしたことの管理責任は孝和へと集約する。
そう、孝和は怒られるべくして怒られているのだ。
「厳重注意ですんだからいいけど、今後はもう少し周囲に配慮しましょう。もう怒られるの嫌ですからね」
どことなくぶすっとしたドワーフ一家にそう呼びかける。
「なんでぇ、これっ位いつものことじゃねえか。それがちょっと音が大きいからって警備隊に訴え出るなんざ……」
ちぃとも反省していないようだ。
暴走気味な彼らを止めるストッパーは無いのだろうか?
そこにエメスも詰め所から出てくる。
彼も注意されているが、その肩にはあのハンマーヘッドが乗っかっていた。
どうやら証拠品として回収されたが返してもらえたらしい。
「主、申し訳ない……。予想以上の騒音が出た。このような些末事に巻き込むとは、思わず」
「うん、そうなんだが。まあ、いいよ。次からは気を付けよう、お互いにな」
「はい」
ただし、本心を言うならば確かにハンマーの具合や盾の仕上がりの確認は必要であった。
周りに迷惑をかけないで行うのであれば、当然の行為である。
今までも裏庭でそういった仕上がりの確認はしてきていたのだろうし、周囲の方々もそこらへんは解ったうえで鍛冶屋などという槌打つ音のする区画に住んでいるのだ。
運悪く今回はそんな音があまり聞こえてこない区画まで騒音が響いた結果と、昨今の街の不穏な空気が混じりあった結果こうなったのであろう。
いつも通りであれば怒られることなく済んだはずだ。
「でだ、その特大ハンマー、どうすんの?ぶっ壊れたまんまじゃ使えないじゃん?」
「ワシらが直す。というか打ち直しじゃろ、ここまでいかれちまっちゃぁな」
ボルドはそういうとエメスから受け取ったハンマーヘッドを見る。
「柄の部分のつなぎ目がやられたんだな。直付けじゃあなくて、丸みを付けてなだらかにしてみるか……」
「いや、同じ作りでまず直してから支柱を柄に伸ばしてみたらどうよ?」
「折れた時はものすごいしなり方だったはずだ。柄の素材をもう少し柔い金属に変えてみるのも手かもしれん」
やいのやいの道の真ん中でハンマーヘッドを囲んで討論を始める彼ら。
近所迷惑をしてはいけませんと注意されたばっかりなのに、まあ見事に交通の邪魔をしていらっしゃるわけで。
はぁとため息をつく孝和の後ろから声がかかる。
「まあまあ、やっぱりこうなってるわ」
後ろを見ると台車を引っ張ってきたミーナがいた。
旦那と家族の回収、それにハンマーの回収も兼ねてだろう。
「おう、ミーナ。悪いな」
「さっさと店に運んでしまいましょう。道の真ん中で騒ぐと恥ずかしいわ」
そう言われるとボルドが照れたようにへへっと笑う。
急いで全員でハンマーの頭を台車に乗っけると準備してあったロープでぐるぐるにまきつけている。
「……ドワーフの奥さんって、大変なんだろうなぁ」
そう思わざるを得ない孝和だった。
ただ、楽しそうにガラガラと台車を引きながら、こちらに手を振ってきたので、こちらの方も振りかえす。
あれはあれでよい家族の姿の一つということなのであろう。
「ふむ、では帰りますか?」
「あー。そうだなー。帰ろうか?」
「ちょっと待って!」
急に声を掛けられ振り向くと、アリアがいた。
どうも疲れているようであるが、その手には何か紙を持っている。
「あれ?今日って神殿の仕事でこもりっきりになるって話じゃなかったっけ?」
「……夕方にもなれば大体仕事は終わるものだけど?夜遅くまで働くって、疲れるだけで捗らないし、第一灯り代もかかる分、無駄じゃない。飲食経営くらいじゃないかしら?夜に一生懸命働くのって」
「おおぉっ……。そ、そうか」
現代日本の社畜リーマンの端くれだった身分としては、全国の管理職ならびに公の偉い人にも聞いて欲しいセリフである。
ただし灯り代が現代と段違いでお財布に厳しいという現実はあるのだが。
「それで?あなた達探してたらここで取り調べ中って聞いたからやってきたのだけれど、どういう経緯でこうなってるの?」
「あ、無事解放されました。ご心配を……」
あはははと全員で乾いた笑いを提供してみるが、アリアの表情はどこか冷たい。
視線に耐えきれず、ここまでの経緯を簡単に説明する。
段々と説明が進むと同時に、アリアの目が細く鋭くなっていくのが怖い。
「つまり"また"、問題を起こしたのね?」
「いや、"また"っていうとどっか語弊があると」
「よーく考えて?"また"じゃないと私に言える?」
ぐうの音も出ねぇ、とはこういう事だ。
「確かに、今回は多分に問題があったと思うけど」
「じゃあ、"また"な訳よね?」
「そうだね、きっとそうなるだろうなぁ」
はぁとため息をつく。
日本ではお巡りさんに取り調べられることなどなかったのである。
むしろ幾人か居る師匠筋の関係で、警察のよくわからん部署とか、説明のあいまいな聞いたことのない外郭団体の方々とは練習・訓練でお世話になる良好な関係だったはずなのだ。
ただ、どういう仕事を?と尋ねると淡い笑みと共に聞かないでと言われ、口を噤んだ過去は有る。
いったい彼らはどういった人たちだったのだろうか。
そしてあの人たちは師匠筋とはどういう関係だったのだろうか。
今となっては調べる術は無いが、就活中には強いアプローチされたことも懐かしい。
なんか疲れそうで、全部断ったのであるが。
「こんなに警備の人に御厄介になると思ってなかったんだけどなぁ。日頃の行い、そんなに悪いのかなぁ」
「何か深い事考えてるわね……。まあ、それはそれとして、これ」
ひょいと手渡された紙を孝和の肩によじ登っていたポポが受け取る。
ぴろと孝和の前に差し出されたそれは恐らくギルドのボードからひっぺ替えしてきたクエストである。
「あー。ポポ?上下逆だ、上下反対になってる」
「わう」
孝和が反対にして上下正しくシートを眺めると、どうもCランクの依頼のようである。
「何、これ?」
「明日から数日、クエストに行きましょう!」
唐突な提案である。
そうはいってもこちらにも用事がある。
「急に言われても俺、食堂のシフトが入ってるんだけど?」
『ぼく、どーろで、おきゃくさんよびこむのー!』
「がう、がう」
ポポは地面に降りると、腕を上下に振る仕草をする。
恐らく、薪割りの仕事がある、と言いたいのだろう。
「我は、特に無いか、と。朝一で荷を積む予定ですが、ポポの薪割り頃には、終わる予定。元々訓練の為、一日空けてあるので」
「全員が全員して、そういう予定組んでるのよね……。あなた達、一応冒険者よ?ギルド通しての仕事もしなさい。規約にも書いてあるでしょう?資格失効してしまうわよ」
頭痛気味のアリアを見て、きょとんと彼女以外がしている。
「いや、まあ資格失効は困るけどさ。別に急ぐ必要は無いんじゃない?」
「主のいうとおり、かと」
「だからいつまでも、最低ランクの冒険者カードなの!普通、冒険者になったばっかりの人はもっと貪欲にクエストこなして、ランクアップに地道を上げるものなのよ?」
「でも金稼いで、まかないで飯食える仕事ってすごいレアなんだぜ。食える食えないであたふたするより健全じゃない?」
「日々、任せられた仕事がある。それに感謝し、勤勉に努める。良いこと、と思うが?」
完全に冒険者の言う台詞ではない。
冒険者とはもっと、こう、ペイに対するリスク込でナンボの商売ではなかろうか。
「でも、そうだよなぁ。少しそういう仕事しとかないと期限切れ寸前であたふたするのは嫌だし……。危なくなさそうなら、シフトずらしてもらって、皆でやろうか?」
『んー。ますたーがいくなら、いくー!』
「がうがうがうー」
「ハンマーは折れましたが、盾は返ってきますし、慣熟も兼ねて、ですな」
クエストの内容としては、新人研修用の洞窟の封鎖(デュランとの一件)を解除したいらしく、再開される前のモンスター駆除について、手を貸してほしい旨が書かれている。
発端の一つでもある為、協力しなくてはならんかとも思ったことも理由の一つだ。
「人数制限はなし……。ゴブリンの隊員達とかは来るかな?」
『みんな、あさよわいんだよねー。たぶんやだっ、っていうんじゃないかな?』
「自由すぎないかしら。本能に忠実なのかもしれないけど」
「まあ、明日門の前に集まった奴らだけで行こう。各々準備して集合ってことで」
シートにかかれた内容を読みながら、孝和はポート・デイでもらった横流し品で使える物を頭の中でピックアップしていくのだった。
――――――同刻 マドック ????―――――――
「……が、はぁっ!!」
どしゃ
ここ数日は晴れていたというのに、湿った音がした。
腐った何かなのか、靴底で踏んでしまったそれから、刺激臭がツンと鼻をつく。
それに顔をしかめるが、気をとられたせいでなけなしの集中力が一瞬途切れた。
「こ、こりゃ。マズイ……」
もたれ掛った壁に背を付けた瞬間、鋭い痛みと共に足の力が抜ける。
ずるずると壁に背を擦り付けながら地面へと倒れ込んだ。
呼吸が速く、そして荒くなっていく。
ついさっき"失ったばかりの"左腕の肘から先を、上着できつく締めつけていたはずの右手にも力が入らない。
ぶわっと一気に流れ出た血が生暖かくズボンの左腿を濡らす。
(血が、無くなるっ……!立て、死ぬぞっ!!)
地面に転がる、いつの物かもわからない程に干からびた野菜の切れ端が目に留まる。
この乾き様からして、人の生活圏内ではあるが久しく誰も訪れてはいないと言う事だ。
つまるところ、誰かが偶然ここを通りかかり自分を助けてくれる幸運は期待できない。
「っ痛ぅ……」
気合で戻った両足の力の何と貧弱な事か。
彼は自分がまるで死期の近い老人であるかのような錯覚すら覚えた。
壁で体重を支えなければ起き上がることすら難しかっただろう。
「ちくしょ、う」
夜が近づき周りが暗くなっていく。
だからこそこの場所はまずいのだ。
どんな小奇麗な都市であっても、法により守られた都市であろうとも、必ず影は存在する。
人は日の光の元だけで生きていない。
夜の闇、人の影、そこに安らぎを求め、生きている者もいる。
普通はその両者を共に享受し、生きているのである。
ただ、運悪くか望んでか、その闇を深く静かに覗き込んだ者が棲むことになる場所。
俗にいうスラム区画というものはどんなところにでも生まれる。
思い付く限りで排除をしても、規制をしても、認められなくとも。
人の生きる膿から、それは必ず蠢きだす。
「距離は、とった、はず……。あとは運、だな」
マドックのスラムは大都市である分、広い。
正直な話、先ごろのアンデッドの一件で家を失った難民が居着いたケースも多く、更にその規模は膨らんでいる。
スラムとはいえ、"場所にもよるが"荒廃しきったものだけでではない。
いま必死に向かっているには、ある程度の倫理の働くその場所はグレーゾーンではあるが黒よりも白に近い場所である。
つまり、もう倒れるしかないこの男が、人の集まる場所で、人の好い奴が見つけてくれて、さらに多少の治療費を出せる財があれば、助かる可能性が少々出てくる。
だが、今のこの場所は真っ黒だ。
倒れてしまえば身ぐるみごと剥ぎ取られ、問題が起きないように体はどこかへと処分される。
マドックの盗賊ギルドでさえ、この区域には手を出さないし、逆に出させない為に労力を割いている。
完全なアンタッチャブルという暗黙の了解が成立しているのだ。
(普段の博打は負けっぱなしなんだからよ……。こういうときくらい良い目をだしてくれねぇもんか)
へへっと笑みが浮かぶ。
シャツを濡らす血が冷めていくのを感じながら、命を拾うために彼はその場からまた歩き出すのだった。