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価値を知るもの  作者: 勇寛
真っ直ぐに、真っ直ぐ一直線に
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第95話 レッツ カスタマイズ!【BOTHER THE NEIGHBORS】

誤字・脱字ご容赦下さい




「思った以上にすごく厳つくなってる」


 一目見た第一声がそれだった。

 時間は有ったし、2枚あるから片方は自由にしてもいいんじゃないかということで、預けたはずのドア・シールド。

 先日の整備時に黄金色の鎖と錨付の側とは反対の、所謂ノーマル仕様のドア・シールドも一緒にドワーフ鍛冶の一家に預けたのである。

 結果、件のアンデッド氾濫時の際には間に合わなかったのであるが、今回色々とカスタマイズ化されたドア・シールド改となりお披露目となったのだ。

 しっかりとそれを左腕に装備したエメスがそのフィット感を確認している。


「なかなか良い。しっかり握ることも出来る。うむ」


 おざなりに急造した旧バージョンは取っ手部分を無理やりに打ち込んだ鋼材をベースにしたもので、御世辞にも使い手の事を考えた仕様ではなかった。

 今回の改型はしっかりと握り手をカバーできる革を巻き(手汗などの心配は無いはずの金属ボディのエメスに必要かはともかく)、盾の上部下部双方に持ち手を設置したことで、両手でしっかりと構えることもできる。

 取っ手の横に弓用の弦を保管するボックスも付けられており、エメスの意見を十分採用してくれたらしい。


「いや、デザインも何か洗練されてるし。元の原型は多少わかるけど、しっかり"盾"の意匠になってるもん」

『ぼく、まえのもすきだったよ?なんていうか、とびらっ!てかんじがよかったのにー』

「いや、身も蓋もないこというなよ」


 無骨な木製の前面に鉄の支えと鋲が打たれただけであったので、正直無茶な使い方(ポート・デイでポポを押さえた時とか)をして内部に少々ダメージがあったところを補修する形で改装したのだ。

 要するに盾としてのバランスを考えて外枠の形状を整え、鉄板などで補強と締め付けを行い、取扱いしやすく整形したわけである。

 さび止め・腐敗防止に全体をグレーで塗り直しをしてあるので遠目では金属盾に見えるが、よく見ると芯の部材は元々の固い木材になっているのだ。


「ほんで、今からちょいと"試し打ち"だ。まあ、大丈夫だとは思うんだが」


 ボルドと恐らく兄弟のどちらか(名乗ってもらわないとどのドワーフかわからない)がえっちらおっちらと倉庫から巨大なハンマーを持ってきた。

 恐ろしいことに、柄から先まですべてが総金属製のハンマーであり、どう考えても常人が運用できそうな重量を超えている。


「誰が使うんですか、そのバケモノ?」

「あん?聞いてないんか、兄ちゃん。これはエメスから発注されてたやつだ。とにかく頑丈で重いヤツを作ってくれって言われてなぁ。いやぁ、叩くだけでかなり苦労したんだぜ」

「大剣とかにはじゃあないんですね?」

「そこまでの物となると砥ぎやら仕立てやらで時間がかかるんだが。本人がならばそういう工程の少ないものをと言ってくれたからな」

「んで、特大ハンマーですか」


 客商売のボルドより口の悪い兄弟(誰かはわからない)がそう言ってくる。

 そのドワーフがニタニタ笑いながら、愛おしげに重ハンマーを撫でる。


「この質感っ……!この重みっ……!いつ終わるかわからなかった鋼を鍛えるあの苦労も報われるってもんだぜぇ……!!」


 どうも危ない人(ドワーフ?)だったらしい。

 撫でまわしているのが手から、頬ずりに変わりそうな勢いであった。


「ボルドさん……。ご兄弟っていつもあんな感じなんですか?」

「兄貴はなぁ、鉄を打つってことだけが生きがいって言ってもいい。とにかく鉄が好きで仕方ないんだよ。程度の差はあるがドワーフってそういうもんだが、あれは少しだけ執着が強くてな。ただし商才ってもんがまるで無いもんでな。結婚した義姉さんが店を切り盛りして、兄貴と息子が日用品の鍋釜打って店を回してるんで何とか生活できてるんだが。でもそういう小物だけじゃあ我慢が出来なくなるんだ……。そうはいっても普通デカブツを打つ機会って少ないだろ?」

「今回の依頼で好きなだけ、ってわけですか」

「ああいう大物の依頼ってのは俺たちからすりゃ、大好物なんだが……。如何せん使い道のない"置物"を作ったって充実感が無くてなぁ。趣味的に作る奴もいないではないが、やっぱり武具は使ってナンボだとウチの一家は思うのよ」

「んで、ああなったと」

「そうだな。ああなったんだろうな」


 頬ずりしている。

 いい年した髭面のおっさんがいい笑顔をしながらハンマーに頬ずりしている。


「誰か止めないんですか?」

「まあ、久方ぶりで楽しかったんだろう。止めてやるのも野暮かと思ってな。親父たちもそういう考えだしな」


 視線をボルドの見た方に向けると、そこには生暖かい目で彼を見つめる父(禿げてるので彼は判る)と弟の姿があった。

 どうも誰も止める気はないようだ。


(どうすりゃいいのかなぁ……)


 ちょっと迷っている間にエメスがずずいとハンマーの柄に手をかける。

 はっと気づきその場から離れるドワーフ鍛冶。


「では、試すとする。離れて頂きたい」

「お、おおう!存分になっ!!」


 ずん、と盾を太い杭に立て掛ける。

 地面に突き立てるためのスパイク部を備えた盾の形状は大盾の扱いとなる。

 全身を隠す大きさのそれに対し、支えとなる杭が隠れてしまう。

 両手でハンマーを掲げ、少し離れた場所で振る。


ゴゥッ!!!


 当たれば首が折れるどころか、体だけその場に残してカッ飛んでいきそうな風切音を立てる。

 2度3度とその感触を確かめ、ボルドに感想を告げる。


「非常に良いのだが、若干軽いか。次頼むときは、もう少し重くして欲しい」

「それで軽いってのはちょっと驚くが……。判った、次がありゃあそうする。バランスはどうよ?」

「……む。悪くないが最終判断はあれを叩いてからだ。どちらかが壊れたら修理を頼む」


 くいと顎をやるとそこには件の大盾。

 つまりこのバケモノハンマーで、ドア・シールド改をぶっ叩くわけだ。

 壊れたらどうすんだろうかとも思ったが、前提としてどちらかが壊れてしまう事も想定済みという試し打ちであった。


「……あまりに脳筋が過ぎないだろうか?」


 ものすごい現代的な置き換えをすると、新作の防弾ジャケットが出来た、よっしゃこの銃で穴が開くか試してみようぜ!というのと同じことである。

 以前どこぞやのそういった製品のオーナーだかが自分でそれを着込み、腹に向けて銃をぶっ放すというトンデモ動画を公開していたことを思い出す。

 確か穴は開かなかったが、衝撃で肋骨かどこか骨を折っていたのではなかったか。


「大丈夫だ。修理代はうちが持つからよ。これに関しちゃエメスも了承済みだ」

「エメス、マジでか……」


 どうも自分のパーティーの面々が"ちょっとだけ"羽目を外す傾向があることにうすうす感づいていた孝和ではあったが、その中でも比較的エメスは大丈夫な部類だと思っていた。

だからこそこのワクワクドキドキ実験について了承を出すとは思わなかったのである。


「生きてる間に"矛盾"を実際にやることになるとは思わなかったわな」

『ほぇ?』

「くぅ?」

「いや、あんまり気にしないで良いよ」


 矛で盾が打ち抜けるか、もしくは盾が矛を止めるのか。

 実際にやってみる奴がいるのだろうか。

 いや、居るからここでこんなことになっているので。


「まあ、いいや。じっくり見物しようぜ」

『はーい!』

「わうわう!!」


 地面の草地に胡坐をかくと、その上にポポ、更にキールが乗る。

 ポポは自分のカバンから布に包まれた何かをずるりと引き出すと、クルクルと布を剥いていく。

 中からはバゲット様のパンが顔を出す。

 にゅっと右手の爪を伸ばし、しゅぱしゅぱとそれをスライスすると、一枚をキールに、一枚を孝和に渡し、自分は残ったパンの本体に豪快にかぶりついた。


「ありがとう、なんだけど完璧に観覧気分なのな。お前ら」

『んぁ?』


 もごもごと口いっぱいにパンを放り込んでしゃべれないポポと、もしゃもしゃ啄むようにしてパンを齧るキール。

 それを見て孝和は苦笑する。


「うん、そのままおいしく食べてなさい。あんまり零したりしないようにな?」


 ぽろぽろと孝和の膝の上に、細かなパンくずを散らかしながら楽しそうな2人に注意すると、もういいやとなった孝和はこの試みを見届けることにした。


「では、まず軽く」


 バッターボックスの打者の様に素振りをしていたエメスが、そのスタンスのまま盾の前に進む。

 ゆっくりと構えを取り、見た感じは完全にバッティングのフォームで盾を痛撃した。


ドゥンッ!!


 双方共に軋むことなく、無事の様相を見せる。

 一歩エメスが後ろに下がると、ドワーフ一家が駆け出してハンマーと盾の様子を確認している。


「おお、何とまぁ。取りあえず両方とも無事だがよ。すげえ衝撃だったな」

「盾も凹みはないし、裏の接続も特に緩んだ様子はねぇ……。取りあえずは問題なしか」

「……では、次は全力で、打つ」


 すっと大きくハンマーを引く。

 大急ぎでドワーフ一家が逃げだすのを確認すると、再度エメスが構える。

 地面に接している足の裏から、みしみしと嫌な音がするのが聞こえる。


「砂を咬む音か。本気じゃん。座ってると不味そうだ。危なくないようにちょっと動ける体勢にしとこうなー」

『わかったー!』

「がう」


 立ち上がり、尻に着いた砂を払い落としながら先程よりも距離を取ることにする。


「……でも、大丈夫なのか。結構さっきからけたたましい音響いてるけど?」


 ワンワンと遠くから犬の鳴き声が数カ所から聞こえてきている。

 ご近所にとっては凄い迷惑なのではなかろうか。


「まあ、今回だけだろうし、いいかな?」

『いーとおもいます!』

「わうわう、ぐるるっ!!」


 先程と違い今度は真正面に立ち、剣道でいう正眼に構える。

 ゆっくりとその両腕が真上に移動し、天に向かいハンマーの頂点からエメスの足元までが一直線になった。

 薪割りの格好にも見えるが、あれで薪を割ろうものなら、土台ごと吹き飛ぶこと間違いなしである。


(唐竹でズドン!か。耐えれるのかな?普通、どっちかぶっ壊れると思うんだが……)


 しげしげと興味深くその様子を観察する。

 緊張感が高まるなか、ポポとキールはわくわくが止まらないようで、孝和の周りをぐるぐる回り始める。


「ぬんっ!!!!」


 先程の軽く打った速度を軽く追い抜き、真下に向けて全力で振りおろされるハンマー。


メキィッ!!!


 完全に無理な力がかかった時の音が響き渡った。

 金属が破断した音と共に、空高く何かが高々とかちあげられる。

 その何かはクルクルと放物線を描きながら、孝和たちのいる周辺へと飛んできているようで……。


「って!おおぉいっ!!!?」


 がっと足元のポポとキールを掴むと、全力でその場を飛び退けた。

 孝和たちが消えた瞬間とほぼノータイムで空からの落下物が地面を大きく抉り取った。


「危っっっぶなかった!!!死にかけたっ!!!死にかけたぞ!?」

『きゃははは!!!おもしろかったー!!』

「グァァァッッ!」


 度肝を抜かれている孝和に対し、両脇に抱えられたポポとキールは非常に楽しそうである。


「おお!!大丈夫かよ!あんなカッ飛んでくるたぁ、思いもしなかったぜ。無事で何よりだ」

「いや、直撃してたら死んでますからっ!!」


 びしっと指差した先に在るのはバケモノハンマーのヘッド部分である。

 そこと柄を繋ぐ箇所が破断した痕は負荷に耐えられず、大きくねじり切られている。

 エメスは千切れた柄の側を持ったままひとり"やはり、軽いか"とか呟いていらっしゃる。

 大概にしてほしいものだ。


「いったいどんだけの力込めたら鋼が千切れ飛ぶんだよ……。おっそろしい」

「そうだ、盾!盾の方はどんなもんだ!?」


 あの直撃を受けて無事なはずはないのだが、どすどすと走っていくドワーフ一家の後に続く。

 エメスが盾の表面を撫でているその場につくと、ドワーフ連中が輪になり近づけなかった。

 ただ、総じて背の低い彼らと、長身の部類になる孝和では差がありそのうえから覗き込む形で様子を確認できる。

 ドワーフ達の輪の中に吶喊していこうとするキールたちを抱き上げ、見える位置までポジショニングをしてあげることにする。


『うんっ!よくみえる。ありがとう、ますたー!』

「わふわふ!」


 よじよじと頭の上まで登ってきたポポと胸元に持ってきたキールにも盾の様子が見える。

 その様子はといえば、あれだけの勢いで激突し、ハンマーが折れ飛んだというのに比べると、若干の破損はあれども、十分に原型を留めていた。

 さっさっと軽く激突部をエメスが払うと少しだけ削れた木屑が地面に落ちる。

 立て掛けた部分が地面にめり込んでいる為、引っこ抜くようにして盾を掲げるとエメスが軽く裏面から盾を小突いた。


「特に大きな損傷は無いか。一応確認をしてほしい」


 ずいと突きだされたドア・シールド改を2人掛かりでうけとると、いそいそと詳細を調べ始める。


「なかなか上手くいったのでないかな」

「そうだな。思った以上に強い力がきたんで、こっちも割れるかとも考えたが」

「少しばかり機構を変えたんがよかったんじゃろ。あれは組み込むのにスペースがいるからの」

「小型の盾じゃ無理だが、大型なら上手く衝撃を逃せる。これが分かったのは大きな収穫だぞ」

「しかしこのサイズの盾、如何せん使える奴が少ない。実用性という意味じゃ微妙なとこでないか?」


 やいのやいのボルド一家が盾をつついたり、手持ちの金槌でこんこん叩いたりして騒々しい中、それは訪れたのである。


「あーもしもし。ちょっと宜しいか?」


 全員がその声に振り返る。

 数人の男たちが、武装した状態でこちらを睨んでいる。


「えーと、どんな御用ですか?」


 ずかずかと鍛冶屋兼武具店の裏庭に入り込んできた彼ら。

 だが、全員がその無礼を止めることはなかった。


「ふむ。まあ、見ての通り我々は"警備隊"のものだ。そして、君らのうち何人かは見たことのある顔だから、警備隊がどういう仕事をしているのかは知っているね?」


 微笑んだその表情と違い目が笑っていない。


「…十分に知っています。いろいろとお手伝いも最近しているもんで」

「そうだな、君は我々に最近いろいろと協力してくれているものなぁ」


 そう、街の平和を守る彼らに協力することは悪いことではない。


「で、どういった御用で?」

「先程、住人から報告があってね。何か判らないがすごい轟音がした、と」

「ほ、ほぉ」

「そこで皆で警邏中だったのだが、又しても爆音が響いてきたのでね」

「な、なるほど」


 がしっと腕を掴まれる。

 ドワーフ一家も同じように他の警備隊に捕まっているようだ。


「警備隊の詰め所で少しお話しようか?なに、なんとなく何をしていたのかは見たところわかっているがね?それでもやはり詳細な取り調べというものは必要になるのだよ」


 遠くから警備隊が台車を持ってきているのが見える。

 恐らく、ハンマーのヘッド部分を接収するのだろう。

 そう、「証拠品」であるからだ。


「で、でも俺は見ていただけなんですが」

「一度目の騒音で少しマズイな、周りの人に迷惑をかけているかもと思ったりはしなかったのか?」


 思った。

 普通に思った。

 近所迷惑になるのではないかと、一般常識として思った。


「今後こういう事をするなら先に住民の皆さんに連絡をするように!」

「はい」


 ああ、空が青い。

 ふと思う。

 俺って、前科一犯になるのだろうか、と。


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