第9話 暗き地の底に白銀の光を
先に謝ります。ほかと比べて異様に長いです。誤字脱字はご容赦ください。
「では、出発しましょう。準備はよろしいですか?」
先頭に立ったアリアは、後ろの2名に確認する。この初心者の2名を無事に帰還させることこそ、戦神ラウドの神官としての第一歩である。気合が入らないわけがない。
だが、そんなアリアの内心とは裏腹に孝和はカルネと話し合っていた。少し距離があるため内容まではわからない。しかし、アリアの呼びかけに反応し、小走りでこちらまで駆け寄ってきた。
「すみません。ちょっと確認しておきたいことがあったもので……。では、行きましょうか」
どこか申し訳なさそうな態度であったので、アリアはその行動に注意をするのを止めた。これから一緒に洞窟に入ろうというのに、いきなり仲違いすることもないだろう。
「じゃあ、よろしくお願いします。タカカズ、キール」
「こちらこそ。何にもわからない初心者ですけど迷惑かけないようにがんばります」
『ぼくもがんばるから、アリアさんも、けがしないように、きをつけていこうね!』
そういった三者三様の挨拶がすみ、いよいよ洞窟へと侵入することになった。
アリアはまだ洞窟の入り口が見える位置で立ち止まった。そして、腰に挿した約80cmの金属性の棒を取り出した。竜車の中でそこにあったはずの長剣は今はない。この洞窟の中で、杖、長剣、さらに今もっている「これ」を全部使うというのは、なかなかに不便であろうとの考えからだ。
「あの、それなんですか?」
「松明ですよ。あなた方は何か持ってきていないんですか?」
洞窟に入るのだ。照明器具のひとつぐらい持ってきているだろう。
「ああ、カンテラです。とりあえずはこれしかないんですけど」
……本当の初心者だ。やはり私が説明するべきだろう。
「いいですか。タカカズ、キール」
「何ですか?」『なーに、アリアさん?』
同時に二人が答える。
「カンテラなどの照明器具は、洞窟でのクエストには非常に不向きです。何故か分かりますか?」
「いえ、お恥ずかしいですが全く……」
「そうですか……。では、このような洞窟の中で戦闘状態になった場合、そのカンテラをどうしますか?」
「それは、地面において……。あぁあ!!そうか!!!」
孝和はそのことに気づいて大声を上げる。
「どうやら気付いたようですね。そう、カンテラの場合には敵と遭遇したときに片手がふさがった状態になってしまうのです。投げ捨てたときに壊れてしまうことも考えられます。
一方、松明の場合は、そのまま敵を殴れますから。火のついた鈍器ならば、急な襲撃の際にも十分戦闘にも耐えられます。作りも単純ですから火も消えにくいですしね」
「ああ、そうだ、そうだ。思いつかなかったなぁ」『アリアさんすごい!!ものしりなんだぁ』
孝和とキールの尊敬のまなざしに耐えられなくなった。こそばゆい。アリアに知らず知らずのうちに頬に赤みが差している。
「で、では行きましょう。私が先頭で行きますので。二人は後からついて来てください」
照れ隠しにちょっと強い言い方になった。松明にまず火をつけなくては。
「すみません。キールにちょっと試してもらいことがあるんです。もう少しだけ待ってください」
「何ですか?」
アリアが尋ねる。こんな入り口にいつまでも居たくは無いのだけれど。
「キール、頼む」
『はーい。やってみます。きたいしててね』
そんな会話がなされると、キールが薄く輝いた。
『灯火!!』
「え!?嘘……」
キールの唱えた灯火により、周りの壁面に光があふれた。
「よし!やったな、キール」
『えへへへ。すごい?すごい?』
「ああ、すごいぞ」
そういうとキールを思い切りなでてやる。キッチリほめてやらねば。当然だ。
「な、何で、キールが光術を使えるの?確かに少し不思議なスライムだけど、こんなことできるわけ無いじゃない!!」
アリアが目の前にあるこの状況を認めようとしない。だけど、
「出来てしまってるんで、仕方ないじゃないですか。一応、これで照明が消える心配も無くなったわけですし」
『そうだよ?アリアさんなんでおこってるの~?』
実はこの灯火は、先ほど孝和の読んでいた『魔術師への第一歩』の中の光術のページに書かれていた。回復系の上級術が使えるキールならば使えるだろうと、今朝アリアを待っている間に教え込んでみたのだ。初心者用の術であるから、簡単に習得できたようである。ほかにも攻撃系の術も教えてある。灯火は解除するまでは半日近く光り続けるらしいので、休憩を含めても帰還するまでは持つだろう。持ってきたカンテラは念のためであった。
「い、いえ。申し訳ないです。取り乱しました。ありがとう、キール。感謝します」
『じゃあ、じゃあ。アリアさんもなでて。なでて』
「いいんですか?」
『うん!おねがいします!!』
恐る恐るキールに触れる。するとプルプルとした感触が心地よい。アリアは最初の警戒を忘れたように、手のひら全体でキールをなでなでしてあげた。
キールはその感触がくすぐったいのか、その身を捩じらせている。
「あの、出発しませんか?まだ入り口ですから」
アリアによるキールのなでなでは孝和が静止するまで続けられた。
結局、洞窟の中に進む順番はアリア・キール・孝和の順番になった。キールが真ん中なのは灯火の術の効果が術者を中心に広がるからで、アリアが先頭なのは彼女の意見を尊重したからである。孝和もキールも、その順番について特に不満は無かった。
さすがに、緊張感を持って進まねばならないだろうと思い、全員が黙ったままで進んだ。
洞窟内は、初心者用の簡単なものであるため、ほぼ最奥部までは一直線である。何箇所か二股になる場所があるが、その場所についてもアリアの持つ地図で確認して進んでいく。どうやら、不正解の道の先は深い穴が開いていたり、行き止まりであったりするらしい。
『ねぇ。アリアさん、ますたー』
大体1時間ほど洞窟を進んだところで、キールが二人に呼びかけた。
「ん?どうした」
「どうしました。キール?」
足を止めて、キールの返答を待つ。ちょうど道がカーブに差し掛かるところで、地図によればこの先にはこの洞窟の中でもっとも大きな空間が広がっているはずだ。
『んとね。んとね。なんかね。このさきにへんなかんじがするんだ。なんていうか“ぐぐぐっ”てからだが、おさえつけられそうなかんじなんだ』
それを聞いて孝和は身構えた。
「キール、お前ほんとにすごい。ここから帰ったらタバサさんに山盛りのハーブと野菜のサラダ用意してもらうから。約束だ」
『え。ほんとう!?ありがとう、ますたー』
「ち、ちょっと。確かにカンも大切だけど、孝和はそこまでキールを信じるの?一応危険かもしれないから用意しますけど……」
孝和のキールに対する反応と違い、アリアは念のため戦闘準備をしている。
一方の孝和はもう腰から剣を抜いて握りの確認と、軽い屈伸運動まで始めている。
「ああ、俺はキールを信じます。洞窟内にモンスターの生息は確認されているんですから、キールがそれを感じ取ったとしてもおかしくは無いでしょう?」
ただの人間よりは、モンスターのほうが知覚能力が優れているのは広く知られている。それを考えると今回の判断もさほど間違いともいえないだろう。
「それもそうですね。では物陰から様子を見て、何とかなりそうなら一気にけりをつけましょう。いいですね?」
孝和とキールがうなずく。キールのほうはその丸い体が少し傾いただけのようにも見えたが。
「どうやら、ゴーストが1体に、ヘビーワームが2体のようですね」
「はあ、では1人1匹の形で当たりましょうか」
アリアがこっそりと通路の脇から中を覗き込んだ結果をもとに、孝和はそう提案した。
「私はゴーストの相手をします。タカカズとキールはヘビーワームの方をお願いします」
「質問があるんですが」
「何ですか?」
孝和は“ゴースト”と聞いてアリアに疑問をぶつけてみた。
「ゴーストって剣とかで切れるんですか?所謂、霊なんでしょう?」
「ええ、確かに霊体タイプのモンスターには通常の攻撃は効果がありません。攻撃術、気功術を載せた攻撃、魔力が込められた武器、これらであれば撃破は可能です。まあ、今回は私がいますから大丈夫ですよ」
「アリアさんはどれか使えるんですか?」
「私は神官ですから。これがあります」
そういうと右手に握った杖を見せた。杖の柄頭には銀色に輝く彫金された金属がつけられている。
「神官候補のたびに出る者に与えられるものですが、杖の先の金属は魔法金属のミスリルです。これに気功を乗せて打撃を与えれば倒せるでしょう」
孝和はうなずく。それを見てアリアもうなずいた。
「では、一気に前に出ましょう。うまくいけば奇襲で勝負をつけられるでしょう」
『うん。みんな。けがしないでね。きをつけようね』
キールの言葉を聞くと、全員が一斉に走り出す。
「行きます!!!」
アリアの小さく鋭い掛け声が先頭の口火を切った。
最初に気がついたのは3匹のモンスターのうち最も通路に近いヘビーワームであった。体長は約2m、頭に当たる部分から全身に灰色の甲殻に覆われ、頭部にはびっしりと牙が生えていた。間違いなく、地球では見られないモンスターである。分かりやすく言うと、牙の生えた巨大な灰色ダンゴムシにしか見えないそいつは、3人の姿を確認すると、警戒音を発した。
「KWEEEEEAA!!」
甲高く、耳障りな音が周囲に響く。どうやら奇襲は失敗のようだ。残りの2匹もこちらに気づいて戦闘の準備に入ったようだ。アリアはもっとも奥にいるゴーストに当たるため一気に2匹のヘビーワームを避けて、全力で走り抜ける。キールはそれを援護するように2匹目のヘビーワームに対する位置に陣取った。
「っらあああっ!!!」
孝和はそれを見ながら、駆け込んだままの勢いを持って、ヘビーワームへ剣を振り下ろす。その勢いはかなりのものであった。しかし、倒したと思った相手の甲殻は想像以上に固く、ガキンという音と共に跳ね返されてしまった。
「えええ?マジかよ。こんなに硬いのか」
孝和は相手のあまりの固さに驚嘆した。確かに孝和の攻撃はヘビーワームの甲殻に傷をつけている。しかしそれは、本体までは届いていない。剣の当たった感じからすると、生物というよりは、金属と植物の中間のような感触だった。
「なら、これでどうだ!!」
孝和はその硬さから、剣での攻撃を斬撃から刺突に変更した。傷は付いたのだ。ということは、力を一点に集中しさえすれば、その甲殻を貫くことも可能であろう。
「キール!!そっちは大丈夫か?」
『うん!だいじょうぶ!ますたーもがんばって!』
今回は、キールのサポートは必要ないだろう。『魔術師への第一歩』の中の光術ページには攻撃術の光輪もあった。ヘビーワームの攻撃は、体当たりと口から吐き出す腐食性の酸であると、ここに入る前にカルネに確認した。この洞窟内にいるモンスターの情報はすべて確認している。ゴーストに関しては、情報が無かったが、幽霊なんて人が死んでいる場所ならどこでもいるだろう。
そんなヘビーワームの情報は二人に移動中に教えてある。キールは情報を参考に、攻撃が届かないところから遠距離光術の光輪を当てている。孝和の剣での攻撃は効果が薄かったが、キールの光輪はかなりの効果を発揮しているようで、ヘビーワームの体からは、なにか紫色の液体がところどころ噴出し始めている。この調子なら、全く問題は無いだろう。
つまり、人の心配するくらいなら自分のほうを心配したほうがいいようだ。集中だ。集中。
先ほどの奇襲により、背中の甲殻に傷をつけることができた。そこの傷に全力での刺突を繰り出せればいい。だが、対象はずっと止まっているというわけではない。現に、先ほどの攻撃でどうやら相手も本気でこちらに対応するつもりのようだ。1箇所に留まらず、見た目に反した機敏な動きでこちらと一定距離を保っている。
孝和はそれを相手側の攻撃の意思であると同時に、怯えでもあると受け取った。まずは、先ほどとは違い、剣を自らの背骨に垂直になるような気持ちで構えた。ジリジリと距離を詰めつつ、前に出した右足の力を抜く。それと同時に左足に力を込める。
その構えに反応してヘビーワームは口腔内から、液状の酸を孝和めがけて吐き出してきた。力を入れた左足から一気に力を出し切る。吐き出される酸からほんの少しだけ離れたギリギリの位置に踏み出す。その一歩でヘビーワームの甲殻の傷が真正面に見える位置に移動する。同時に左足にこめた力を重心移動で右足に移動する。それを感じ取ったヘビーワームは仰け反るように後方へと身を翻した。
それは隙だ。自分に傷をつけた相手に対する本能的な恐怖。もし、孝和に対し恐怖を感じていないなら、距離を詰め、その甲殻による体当たりを選択しただろう。そうではなく、酸を吐きかけ距離をとる。この恐怖からの隙を見逃す手はない。
重心移動で右足に渡した力を持ってさらに前に出る。今度はヘビーワームが体勢を崩している。さらには孝和の飛び出した位置は、最初の移動した時よりもさらにヘビーワームに近い。つまり、
「これなら、イケんだろ!!セイッ!!!」
渾身の力を込め、重心移動、移動の際に生じた遠心力、孝和自身の体のバネの全てを利用し最高の速度で且つ最高のタイミングでだ。
その攻撃は見事に甲殻を貫いた。
「GYAAAUOOOOU!!!」
ヘビーワームは断末魔の悲鳴を上げる。孝和は刺し貫いた箇所から、一気に上に向かって剣を持ち上げる。内部の組織はズタズタだろう。
ビクンビクンという気持ちの悪い動きをして、ヘビーワームはその動きを止めた。
「よし、キール。お前はどうだ?」
自分と戦っていたヘビーワームの死を確認して、キールが戦っていたもう一匹のヘビーワームはどうなったかと顔をそちらに向ける。そうすると、こちらの方もどうやら勝負がついたようだ。
『あ、ますたー。こっちはだいじょうぶだよ。それよりアリアさんのほうにいかないと』
キールの相手であったヘビーワームは、あまり見れたものではない状態になっていた。光輪のダメージで甲殻にはヒビが入り、あちこちから紫の液体が出てすでに息絶えていた。スプラッターな惨状である。
「ああ、援護に行くぞ」
そういうと、キールと一緒に駆け出した。どうやら、奥ではまだゴーストとアリアの戦闘は続いているようだ。
アリアはゴーストの目の前に躍り出た。孝和とキールがヘビーワームをひきつけてくれている間に何とかこのゴーストを片付けねばならない。
「予想はしてたけど、どうやら兵クラスのゴーストのようだわ。これじゃあ、会話は無理ね」
霊体のモンスターはその霊子の総量によって、強さが変わる。総量が大きければ大きいほど強い。さらに言えば、霊子の総量が大きいと意思を持ち、その輪郭もしっかりとしたものに変わる。
先ほど出た兵というのは、霊体型モンスターの中では最下級に属する。このクラスの霊体型モンスターは、ほとんど理性はない。自分の死を受け入れられないために狂ってしまうのだ。元々は人や動物、モンスターの成れの果てであろうが、原型は全くわからないほど虚ろである。
「では、行きましょう。あなたの居る場所はここではないですから。戦神ラウドの名の下に、戦の中で散り逝きなさい。彼の神はあなたを迎え入れてくださいます」
そういうと、その言葉に反応したのかわからないが、目の前のゴーストがこちらに向けて敵意を放つ
『UWOOOOUWO!!!!?』
その叫び声は、アリアに向けて吹き荒れた。霊体型モンスターの叫びは精神に対し、強いダメージを与える。大まかに言うと混乱、狂乱、恐慌を引き起こす。さらに強力な上位の霊体型はその言葉に呪いを載せて放たれる。
「戦神ラウドよ。我に戦人の加護を与えたまえ」
アリアは戦神ラウドの加護を願う。神官としてのアリアはかなり有望である。戦士としての実力が戦神ラウドにとっては好ましいのであろう。それもあり、ラウドからの加護はかなりのレベルの精神攻撃を無効とした。
杖を両手で握り締め、自身の中の気を高める。そしてそれを体内から両腕に移し変える。これが気功術である。自身の生命エネルギーに当たる気を増幅することで利用できる戦闘術であり、死の属性にあるゴーストにとっては天敵といえる。
「さあ、覚悟なさい!」
杖の先のミスリルが淡く光る。そしてアリアはゴーストに向かい、杖を横に一閃した。その攻撃は本来、物理的な攻撃でダメージを受けるはずのないゴーストに触れた瞬間、カン、という乾いた木をたたいたような音を立ててゴーストの霊体を吹き飛ばした。
『HYJYAAAAA!!』
ゴーストはその攻撃に対し怒りを覚えたようだ。先ほどよりも強い叫びをアリアに叩き付ける。その攻撃にアリアは怯む。戦神の加護はいまだアリアを包んでいるが、長引けば危ないかもしれない。
さらには、ゴーストは自身の霊子を固め、アリアにぶつけてきた。殺意を持ったその攻撃はアリアの構えた杖によって受け止められた。魔力の込められた霊子は鈍器と変わらない。かなりの衝撃を受け止めたアリアはそれでも平然としている。
本能で動くゴーストは、アリアの様子を見て少し距離を開けた。アリアもどのように攻めようかと、一旦距離を置く。その際に通路の付近にいる孝和とキールの様子を確認する。どうやら、そちらの勝負はついたようだ。こちらに向かって駆け出してくる様子が見える。
「では、私もやって見せないとね」
二人が自分の相手を片付けたのを見て、腹が座った。よし。
いきなり、ゴーストの目の前まで一足飛びで距離を詰める。急なアリアの行動にゴーストは霧状に見える自分の霊子を固め、横に振り回す。タイミングは直撃のコースだったが、アリアは当たる寸前に体を少しだけ沈め、ブレーキをかける。そのブレーキの勢いを利用し、全ての気を杖の先端に集中した攻撃を仕掛ける。
「セイッ!」
短く息を吐き出し、ゴーストに杖の先端をぶつける。さらには接触の瞬間にその気功術のエネルギーを一気に放出する。
気功術は身体の強化と、もうひとつ、纏ったエネルギーを炸裂させて相手にダメージを与えることができる。身体の強化とは違い、エネルギーの放出は気の消費量が大きい。
「どう!これで!」
アリアの攻撃を受け、ゴーストはその存在を保てなくなってていた。だんだんと霊子が希薄になっていく。どうやら、倒したようだ。この哀れなゴーストにアリアは戦神ラウドの導きがあらんことを祈った。
ちょうど孝和とキールがその場に駆けつけた。アリアは振り返り、二人に向かって微笑みかけた。
「大丈夫でしたか、タカカ…」
「危ない!後ろだ!」
「え?」
孝和が悲鳴に近い声を上げる。とっさに振り返ったアリアは、その存在を失いつつも、最後の恨みをぶつけようとするゴーストの一撃を目の前にした。
その瞬間、とっさに両手を顔の前にかざしアリアは目を閉じた。マズイ!これは間に合わない!
目の前のギリギリで爆音が響いた。あまりの衝撃でアリアはその場に尻餅をついてしまった。
『だいじょうぶだった?アリアさん。けがはない?』
キールがアリアへ話しかける。恐る恐る目を開けると、ゴーストは全くそこに存在していなかった。
「どういうこと?確かにいま、ここにゴーストが」
「よかった。アリアさん。間に合ったみたいだね」
焦った様子で、孝和が膝をついてアリアの目線に合わせる。アリアは尻餅をついたまま孝和の肩を掴み揺さぶる。
「い、今、何が起こったの?」
「キールにお礼を言ってください。危険と判断して、とっさに光輪の術でゴーストを攻撃したんですよ。まあ、反動はあったようですけど大きな怪我はなさそうですね」
アリアに手を貸して立たせて、その周囲をぐるりと見渡す。
「キ、キール。あなたが?」
『えへへ。まにあってよかった~』
アリアは呆然とした。初級の灯火だけでなく、光輪まで使えるとは。術者としてはそこらの新人など足元にも及ばないだろう。戦闘中に術式の展開ができる時点でかなりの熟練が必要になるはずだ。
「ありがとう。キール」
『んにゅ~。あの、ちょっとくるしいんだけど。アリアさ~ん?』
本心からの感謝を全力でキールに伝える。キールの丸いからだがアリアの胸鎧と腕の間でつぶれる。さらに、その手でキールの体をなでなでしてその感触を堪能する。
『ますたー。たすけて~』
キールからの悲鳴が孝和に届く。少し苦笑しながらキールを、アリアの抱きしめ攻撃から脱出させてあげた。
「で、では。先に進みましょう」
顔を隠すベールの向こうは見えないのだが、アリアの頬が赤くなっているのはなんとなくわかる。孝和もキールもそれには気づいていたが、あえて気づかない振りをした。所謂、武士の情けという奴だ。
この場所で倒したヘビーワームの甲殻は、ギルドでそこそこの値段で取引されているそうなので、アリアに習って孝和が解体して通路に纏めて置いてある。行動の邪魔になるので帰り道にピックアップしていくことにした。キールのほうは細かなヒビがあり使えなさそうだったが、孝和のほうは傷のない部分は引き取ってもらえそうだとのことだった。
しかし、孝和の倒し方は本来のヘビーワームの倒し方ではなかったようである。本当はヘビーワームの後方に廻り込み、甲殻と甲殻の間を狙って剣先を差し込むのが簡単な倒し方なのだそうである。アリアが言うには
「こんな倒し方出来るような人、初めて見ました」
と、言われてしまった。
普通の剣では甲殻の硬さに負けて折れてしまうのだそうだ。アリアは孝和の魔法剣を見て、その業物にとても驚いてた。どうやらそれもあり、アリアの孝和とキールを見る目は出発前とは違うものになっていた。
「タカカズはどこで武術を収めたのですか?」とか「キール、私と一緒に人々を救うたびに出ませんか?」などである。
ヘビーワームの解体中にそんな話をされたので、孝和としてはのらりくらりと返答をはぐらかした。キールは『ますたーといっしょじゃなきゃ、ヤダ!』と答えたので、スカウトは孝和に集中している。
アリアは「絶対にこの二人のことを逃すまい」と固く決意していた。
冒険に関しては素人同然ではあるが、ヘビーワームの甲殻を貫く剣技を持つ従魔師、純粋で可愛らしくさらにはベテランクラスの術の行使が可能であるスライム。これを逃しては、戦神ラウドの神官としては失格であろう。2名ともその心根は善人であり、しかも若い。これからの成長と経験があれば歴史に名を残す冒険者となるだろう。
戦神ラウドの神託と、この役目に就くことの出来た我が身の幸運に深く感謝した。行きの馬車の中での恨み節などもうすっかり忘れてしまった。
孝和はそういったスカウトを意図的に無視しながら、残りの行程を進んでいった。評価してくれるのは嬉しいが、孝和自身は生活できるだけのお金が稼げればそれでいいと考えていた。チラチラと後方の確認と、同時に向けられるアリアの視線は熱を帯び、とても居心地が悪い。若い女性にこういった視線を向けられる経験のなかった孝和は、どうしていいかわからなかった。
『なあ。キール』
『?どうしたの?ますたー』
孝和はアリアにわからないようにこっそりとキールに念話で話しかけた。
『いや。アリアさんのことなんだけどな。このクエストが終わったら、もしかしたら俺たちをスカウトするんじゃないかと思ったんでな。キールはどう思う?』
『ぼくはアリアさん、すきだよ?ぎゅーってだきしめられるのは、もうすこしやさしいといいなぁっておもうけど。いいにおいするし、やさしいし。ますたーはアリアさん、きらいなの?』
『そういうわけじゃないんだけどな。アリアさんと一緒になると、自然と戦闘も増えるし、ずっと旅に出てなくちゃいけないらしい。それは、ちょっと……』
『ふーん。ぼくはどっちでもいいよ!ますたーといっしょなら』
『……キール。お前って、お前って』
『?』
孝和はキールのあまりのけなげさに深い感動と愛情を覚えた。よし、帰ったらサラダの野菜とハーブには金に糸目はつけないぞ、と孝和は深く深く心に決めたのである。
そんなアリアと孝和の決意がなされた場所からさらに1時間ほどが経過した場所にたどり着いた。ここまでの間に肉食のジャイアントバットに襲われたが、キールの光輪を受けると、そのまま退散していった。襲撃はその1回だけで、地図によるともうそろそろ最奥部にたどり着く。そんな時にまたしても、キールが気づいた。
『ますたー!アリアさん!このさき、なにかいる!!!』
「何だ。キール、さっきと同じ感じなのか?」
孝和は剣を抜き放ちキールに尋ねる。アリアもすでに戦闘に入る準備は万全だ。
『ううん。さっきより、すごくつよいかんじがする。“ぐぐぐっ”じゃなくて“ぐぎぎっ”ていうかんじなんだ。たぶん、すごいのがいるとおもう』
キールの感じ方からすると、この先の最奥部には“すごいの”がいる。それはかなりマズイのではないだろうか。ここは初心者のギルド試験の洞窟のはずだ。何故そんなのがいるのだろう。
「さっきと同じようにまた、物陰から覗いて見ましょう」
アリアのその提案に孝和とキールは賛成した。
最奥部を覗き込むとアリアは孝和とキールに報告した。
「ここからでは一番奥までは見えません。ですが、どうやらボーンソルジャーが2体ほどいるようです。装備からしてこの洞窟で命を落とした冒険者のようです。ギルドで確認した内容では、この2年の間には死者はいないそうです。ですから、あの2体は別の目的でこの洞窟に来たのでしょう」
「この洞窟に?何のためですかね。ギルドの試験に使われるだけの洞窟に来るなんて」
孝和の疑問はもっともだ。しかし、ここの誰もそれに答えることは出来ない。
今はキールの灯火を限りなく小さく絞ってもらっている。そのため、ボーンソルジャーが2体確認できただけでも儲けものだろう。
「ですが、先ほどのゴーストはこの先の“すごいの”に引かれてきたのでしょう。この周辺の安全のためにもその“すごいの”は倒しておくべきでしょう。おそらくは霊体のモンスターでしょうから私が相手をします」
孝和はうなずく。この周辺には人の住む場所はないだろうが、このまま放置すれば、さらに霊体のモンスターが集まって対処出来なくなるだろう。大事になる前に処理しておくことは大切だ。
「じゃあ、俺がボーンソルジャー2体を引き受けます。人の形しているなら、多分何とかなるでしょうから」
「では、私はキールと一緒に一番奥まで進みます。ボーンソルジャーを倒したら、援護に来てください。彼らは頭蓋骨を砕けば倒すことが出来ます。痛みを感じないので傷をつけても向かってきますので注意してください」
「はい。アドバイスありがとうございます。キール、俺の代わりにアリアさんを頼む。任せたぞ」
『うん!いっしょうけんめいがんばる!!』
3名は最奥部に飛び込む準備を入念に行う。
孝和が、灯火を解除した状態で身を隠しながらボーンソルジャーに近づき、その目前になったらキールを抱えて、アリアが最奥部に走りこむ。
そうなれば、おそらくボーンソルジャーは気づく。
その瞬間を狙い、灯火を部屋全体に広がるようにキールが唱え、孝和が奇襲を行う。
予定は予定でしかないが計画通りに行くことを願い、孝和は匍匐前進でボーンソルジャーに向けゆっくりと動き始めた。
計画通り孝和はボーンソルジャーの目前の岩陰に身を隠した。すでに剣は右手に握り締められている。あとは、アリアのタイミングだ。2体のボーンソルジャーは、まっすぐ何も収まってない頭蓋骨の目で見つめている。この位置では奇襲で仕留められるのは1体だけである。もう1体とは真正面からのタイマン勝負となるだろう。
そう考えていると前方の暗闇に軽い駆け足が聞こえた。それに気づき、2体のボーンソルジャーはそちらを向いた。まだ、早い。孝和は奇襲のタイミングを待つ。そっと物音が立たないように腰を上げ、ボーンソルジャーに剣を振り上げる。
急に部屋全体に光があふれた。周囲の変化に一瞬身構えたボーンソルジャーの1体の頭から股間までを一気に切り落とす。そのボーンソルジャーはなにが起こったかわからないまま、地面に骨の塊となって転がった。鎧を着けていたが、そこまで上物ではなかったようで、真っ二つにすることが出来た。
そのまま孝和は2体目のボーンソルジャーに向かって、踏み込むと同時に剣を横に振りぬいた。しかし、その攻撃は一瞬の戸惑いから立ち直ったボーンソルジャーの頭部には届かなかった。左側の腕を切り落とすにとどまった攻撃は、ボーンソルジャーの注意を孝和に集中させることに成功した。これでアリアとキールは最奥部の“すごいの”に集中することが出来る。孝和が今考えることは、このボーンソルジャーを倒すことだ。
「悪いけど、二人の援護に行かないといけないんだ。死んでるんだからおとなしく寝ててくれよ」
そういうと、孝和は死角になった左側に攻撃を集中する。バランスを崩したのかボーンソルジャーの動きは鈍い。頭部への攻撃は何とか右手の剣でかわしているが、孝和の攻撃はボーンソルジャーへの傷を増やしていく。
『駄目だな。どれだけ斬りつけても引こうとしないか。やっぱり頭を砕くしかないか』
ボーンソルジャーと切り結びながら力で押し込んでいく。腕一本と両腕では力が違う。相手の剣は鋭くなかなかの業物のように見えるが、こちらも業物の魔法剣だ。あとは馬力の勝負。体重をかけ一気に押し込んだ。ボーンソルジャーはそれに耐え切れず地面に転がった。その瞬間、孝和はボーンソルジャーの右腕を踏みつけ、剣を振るえないようにする。
「じゃあ、これで最後だ。ごめんな。ゆっくり眠ってくれ」
孝和はこのボーンソルジャーに南無阿弥陀仏と唱え、剣を頭部に振り下ろした。この世界の宗教とは違うだろうが、このボーンソルジャーがどうぞ成仏できますように。
頭部を砕いた2体に手をあわせてから、2体目のボーンソルジャーの剣を左手に掴み、立ち上がる。さあ、2人の援護に向かわなければ。
そう孝和が思った瞬間、絹を裂くような悲鳴が奥から聞こえた。孝和は先ほどまでの戦闘を頭から追い出し、奥に向けて駆け出した。
孝和が2匹目のボーンソルジャーと戦闘しているころ、アリアはキールとともに、この洞窟の最奥部にたどり着いていた。
最奥部には土を盛り上げた場所があり、おそらくクエストの課題である石碑があるのだろう。なぜ“だろう”なのかと言うと、石碑があるであろうところに人が寄りかかって倒れている。その人物は真っ黒なローブを羽織り、崩れるようにして倒れている。
「キール、ここで私の援護をお願い。危険だと判断したらすぐに攻撃して欲しいの。いい?」
『うん。きをつけて。どこかはわからないけどさっきよりやなかんじがする』
どうやらキールの口調からすると危険はあの倒れた人物からは感じないようだ。アリアはジリジリと石碑に向かって進む。両手でしっかりと杖を掴む。すでに戦神ラウドへの加護は付加済みだ。さらに、いつ襲撃されてもいいように杖は気功術で淡く輝いている。
周囲への警戒を最大限にしたまま漆黒のローブの人物に近づく。目の前にたどり着くと杖でそのローブに包まれた顔をむき出しにする。
予想はしていたが、やはりすでに死亡していた。その遺体はミイラと化していた。そこにアリアは疑問を感じた。先ほど襲われたジャイアントバットは肉食である。こんな場所で息絶えれば、その身は啄ばまれ、骨だけになるのが普通であろう。たとえば先ほどのボーンソルジャーの様に、である。
疑問を感じ、その人物を観察すると、黒のローブで遠目にはわからなかったが、黒の装丁の本を両手で抱え込んでいた。どうやら大切なものだったようだ。アリアはその本に手を伸ばす。その瞬間、
『アリアさん!!うえ!!!』
キールに呼びかけられなければ避けられなかっただろう。さらに避けられたのは偶然に近い。避けられた最大の理由は、キールが呼びかけるとともに上からの攻撃に光輪を躊躇なくぶつけたからだ。
転がるように石碑の前から逃げる。真上からの攻撃に明確な殺意を感じる。
「ありがとう。キール。危なくなったらすぐに逃げなさい。これは不味過ぎるわ」
キールに感謝しつつも、目の前の存在から目を放せない。これは……
『これは、騎士クラス!?いえ、貴族クラスですって!!?何でこんなところにこんな上位モンスターが!?』
絶望感がアリアの心に広がる。霊体型モンスターは兵、騎士、貴族に分かれる。騎士クラスのモンスターまでは個人の力量とチームワークで倒すことが出来る。アリア自身も騎士クラスには何度か神殿の神官と共に挑んだ。神殿にはそういった依頼も来る。人々に害をなすモンスターの討伐も戦神ラウドの教義のひとつとされていた。
しかし、貴族クラスに関してはこれに該当しない。なぜならば、討伐隊に犠牲が出るからだ。間違いなく。絶対に。自身の霊子のみで物質化できるほどの貴族クラスには国の騎士団と、冒険者ギルド、神殿のトップクラスの中から選抜したメンバーで挑み、それでもさらに犠牲を覚悟する必要がある。それほどまでに貴族クラスは強い。その強さは世界最高クラスの魔術師、または戦士と考えればいい。しかも、死者であるため生半可な攻撃では滅することはかなわない。
この状況では、逃げるしか策はない。どんなにみっともなくてもいい。逃げ切って、ギルドに連絡するのだ。そして、チームを組みこの化け物に挑む。それまでにどれほどの犠牲がでるだろうか。考えるだけでぞっとする。
『我の前に立つのはラウドの使徒か。なるほど、そこそこは楽しめそうだ』
その貴族クラス、ソウル・オブ・シャドウはアリアに話しかけた。その姿は先ほどの兵クラスとは違い、しっかりとした輪郭を持っている。それからアリアは判断した。書物の中でだけではあるがアリアはその存在を知っていた。
ソウル・オブ・シャドウ、その容貌は骸骨である、しかしその上に禍々しく金色に輝く鎧と漆黒の剣を持つ。その剣術は一流をさらに超える。唯一の弱点は術を使えないということだが、そんなことは関係ない。振るう剣には呪いと闇がこびりつく。普通の剣で打ち合うだけでその身は蝕まれる。彼に殺されたものは、その魂をむさぼられ、その死体は彼を守護する奴隷となる。
この目の前の化け物についての逸話は伝説級だ。倒せれば英雄だが、挑むのは狂人か愚者とされる。戦えば、『死』以外には何もない。
「見逃していただくわけには参りませんか?ソウル・オブ・シャドウ?」
何とか妥協点を見つけられないものだろうか。逃げるにしてもチャンスを待たねばならない。
『そうつれなくするな。ラウドの使徒よ。我は今、久方ぶりの現世を楽しみたいのだ。それには贄がいる。汝のような若く美しいものを僕としてそばに置くのも一興であろう?これからは、血と慟哭、恐怖がこの大地を覆う。それを我が側で眺めるがよい。まずはこの近くの町を滅ぼし、我が同胞となそう。もし、それを望まぬなら……』
ドンという音と共に、アリアの足元に剣閃が翻る。彼女のつま先のほんの少しだけ前で地面が裂けた。
『汝の魂を賭けよ。その全てを燃やしつくし、ラウドに祈るがいい。彼の者はそれこそが尊いと汝に教えたのだろう?前回の宴は素晴らしいものだった。ラウドの使徒はその身を盾としてあの男の前に立った。我が剣はその身により止められた。そして、あの男は我を倒し、世界と世界の間に封じたのだ。幾年月があれから流れたかはわからぬ。だが、我はここにある』
「あの男?誰のこと?」
『確かレドナ…であったか。なかなかに強い男であった。剣士としては最高のものであろう。あれほどの男はなかなか居らぬであろう。此度の宴もあれほどの男が居ればよいな』
アリアは最悪の状況に気づいた。この話は戦神ラウドの神殿では最強の神官ドーラの伝説で聞かされている。
「もしかしてなのですが、あなたはデューク殿ですか?」
一筋の希望を込めて、たずねる。違うことを祈って、だ。
『ほう、我が名は今でも伝えられているのか。光栄なことだ』
「ええ、しっかりとね」
最悪だ。ソウル・オブ・シャドウのデューク。500年前の大陸動乱期の勇者レドナと神官ドーラの伝説によると、現在のグラノイア北部地方に現れたデュークはその領主を殺害。5年の間にその地方一体を制圧し、住民の虐殺を行った。彼に殺害されたものは彼の魂の奴隷となる。結果、強大な軍事力を持つ恐怖の軍団を作り上げた。それに対し、時のグラノイアは全軍を上げ、彼に挑んだ。中核をなすのは勇者レドナ。当時最強といわれた戦士であった。多くの犠牲を払い、デュークの目前に勇者レドナと神官ドーラは立つことができた。結果は勇者レドナが勝利した。その際にレドナの恋人でもあった神官ドーラが彼の盾となり、その犠牲でレドナはデュークを封じることが出来たとされる。
勇者であるレドナですら滅ぼせなかった伝説の化け物が、目の前にいる。この状況の打開策を必死に考える。何も思いつかない。そうであれば、やることはひとつ。
「では、デューク殿?一手ご教授願えますか?」
特攻だ。ここの状況を誰でもいい。外に伝えてくれる時間を稼ぐのだ。幸いキールはデュークに気づかれてはいない。チャンスだ。自身の命を賭け、キールと孝和を逃がすことを決意した。
『よかろう。ラウドの使徒よ。汝は殺さぬ。我がもとで我が敗れるまで共に狂奔に明け暮れようぞ』
「それは、遠慮させていただきます」
そういい終わる前にアリアは全力でデュークに殴りかかった。スピード・タイミング共に完璧な一撃であった。これ以上の攻撃はアリアには無理である。
しかし、その一撃はデュークの漆黒の剣に受け止められていた。片手のその剣と両手の杖のつばぜり合いは一瞬で勝負がついた。軽く腕を振るうと、アリアは吹き飛んだ。まるでボールのように地面を転がり、やっと止まったときには全身が痛んだ。どうやら杖を握っていた両腕のうち、右腕は折れているようだ。左腕に関しては肩が脱臼している。
時間を稼ぐどころか、一撃で勝負がついてしまった。これではどうしようもない。
『全く、あのときのラウドの使徒はもっと楽しませてくれたのだがな。この程度か。まあいい。汝はこれから我が物だ』
アリアの目の前にデュークが舞い降りた。彼は迷いなく彼女の首を掴むと自らの目線まで持ち上げた。デュークの身長は2m近く、アリアは155cmであり、かなり高くアリアは持ち上げられることになった。両方の腕は先ほどの一撃でもう持ち上がらない。
そのことがわかっているのだろう。アリアの絶望を楽しむようにデュークは笑ったようだ。その姿は死神が哀れな罪人にその手の鎌を振り下ろすかのようだった。
『では、始めさせてもらおう』
そういうとデュークはアリアの首を掴んだ右手に自身の闇を集め始めた。その闇がだんだんとアリアの白い肌に染み込んでいく。
「うあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
怖い。怖い。怖い。アリアは恐怖に震えた。死ではなく永久の隷属。永久の殺戮。永久の絶望。彼女の未来が塗りつぶされていく。その恐怖は闇色の悲鳴となって部屋中に響き渡った。
『ふはははは!そうだ!その声だ!!心地よいぞ!!ラウドの使徒よ!!!』
狂戦士の王は笑う。楽しい。戦の上での蹂躙こそが彼の生きる証であった。
このことに油断していたのだろう。とっさに放たれた光輪がデュークの右腕に直撃した。その威力は微々たる物であったが、アリアを取り落とすには十分なものであった。
『ほう。汝は我に挑むのか?小さきものよ。見逃してやろうというのに。外に助けを呼んでこさせるため、この娘は命をかけたのだぞ?』
全てはお見通しだったのだ。更なる贄の為、デュークはキールを見逃すつもりだった。
『だ、だめなんだ。ぼくはやくそくしたんだ!アリアさんをまもるんだ!ますたーがここにくるまで!ぜったいに!アリアさんをまもってみせるんだ!!!』
キールはアリアを守るため、伝説の狂戦士に挑んだ。自身の使える攻撃術は光輪しかない。それでもかまわない。ぜったいに引けない。キールはアリアの命令を無視した。逃げない。なぜなら。
『ますたーは、かならず、おまえなんかぼこぼこにしてくれるんだ!!!』
孝和を信じている。彼はこんなへんてこな幽霊なんかに負けない。絶対にだ。
『夢は寝てから見るものだ。小さきものよ。深き眠りにつくがいい』
デュークは剣を振り上げる。それに対しキールは光輪を放つ。初級の光術ではこの剣を食い止めることは出来ないだろう。それでも放つのだ。最後まであきらめない。それこそが孝和の命令、いやお願いは『アリアを守ること』である。当然だ。優しく強い主人はたとえ、逃げても自分を怒らないだろう。だが、それをキールは選ばない。彼と共にいることが“幸せ”なのだ。逃げることだけは絶対にしない。決めたのだ。
『ぼくは、あきらめない!!あきらめないんだ!!』
その言葉と同時に光輪を打ち砕いた漆黒の剣がキールを襲う。
その勢いはキールを真っ二つにするだろう。それでも、キールはあきらめない。
ザンッと地面に剣が刺さる。キールの目の前に見覚えのある剣が地面に突き刺さっている。デュークの剣が振り下ろされたところに、剣が飛んできたのだ。その勢いにデュークはキールに振り下ろした凶刃を止めた。
キールは叫ぶ。ただ一言を。
『ますたー。がんばって!!』
「ああ、お前はアリアさんの様子を見てくれ!!頼むぞ、キール!!」
そういって彼の主人は目の前のへんてこな幽霊に切りかかっていく。
だから、大好きなのだ。キールは孝和に言われたとおりアリアのほうに向かって、後ろを振る向くことなく、ぴょんぴょん飛び跳ねていった。
『ほう……。汝、なかなかの腕前のようだな。剣に対しかなりの修練を積んだと見える。名を、聞いておきたい』
デュークは目の前の黒髪の青年に名を尋ねた。先ほど切りかかった際の、剣の鋭さは油断していれば、鎧を切り裂いていたかもしれない。
「八木孝和。あんたもかなりのもんだ。俺も名前を聞いておきたいな」
キールに振り下ろした剣はかなりのスピードと威力であったと思う。投げつけた剣に勢いがなければ、投げつけた剣ごとキールは両断されていただろう。奇襲気味の斬撃も後方への跳躍で見事回避されてしまった。孝和はキールの前を駆け抜けながらボーンソルジャーの剣を引き抜き、二刀流の状態でデュークの前に立っている。
『我が名はデューク。冥府魔道を行く者。現世に呼び戻されてから、その剣の剣士たちを倒したが、汝ほどではなかった。楽しませてくれることを期待するぞ。タカカズ?』
「そうだな。ご期待にこたえれるよう全力で相手させてもらうよ」
孝和は両手の2本の剣を手の中で滑らないよう握りなおす。ひりつくような緊張感、自身に浴びせられる強烈な殺気、それらを受けて恐怖に震えるどころか、逆に高ぶりを覚える。やっぱりこちらの世界に来てから、何か精神のたがが外れるような影響があったのだろうか。
とりあえず今を生き残らねばならない。霊体型のモンスターだと突入前にアリアが言っていた。通常の攻撃は無意味なのは聞いている。ならば、この方法しかない。ぶっつけ本番だが、やるしかないのだ。
「うああぁああっ!!!」
気合をこめる。先ほど見たアリアの気功術を今度は全身で再現する。要するに自分の中の力を全身に循環させ、纏うことで霊体への攻撃力とするのだ。キールと最初にあったときに放ったあの力。真龍の生命力を自身に纏う。出来るかどうかではない。やるのだ。
『ほう。素晴らしい!素晴らしいぞ!!ここまでの気功術の使い手には出会ったことがない!タカカズ、汝は最高の贄だ!!』
まさに神速。先ほどまでの剣閃が子供だましに見えるほどの速さで漆黒の剣が孝和を襲う。しかし、孝和はそれを左側の剣で受け止めた。その剣には孝和の気功術の残滓がほとばしる。
孝和の全身が生命力のオーラに包まれる。その色はアリアの金色と違い、純白に銀を混ぜ込んだ白銀色に輝いている。しかもジワリと染み出すような淡い光ではなく、体中から次々湧き出すような勢いの強い輝きであった。
(いけるのか!?こんな状態を最後までもたせれるのか!?)
不安はぬぐえないが、やるしかない。
全力で右腕を攻撃、左腕を防御に回し、デュークに向けて突撃する。孝和の剣速も神速と呼ぶにふさわしいものである。孝和自身こんな剣閃は初めてであった。しかし、不思議とこの体を使いこなすことが出来た。極限状態の精神状態が意識をギリギリの線で繋ぎ止めているのがわかる。
デュークの苛烈な攻撃を受け、それを返し、剣先が見えなくなるほどの速度で切り結ぶ。これに普通の人間は耐えられない。確実に数合のうちに切り伏せられるだろう。それに対応するため、孝和は二刀流に加え、体術を組み合わせた手数で勝負するヒットアンドアウェイを選択した。孝和の右から切り上げた魔法剣をデュークがその漆黒の剣で受ける。それを受けさせてから、左の剣をさらに加え、全身のばねを使い押し比べを行う。元々の馬力はデュークのほうが強い。身長差も10cmくらいあるので、どうしても孝和が押される形になってしまう。だが、うまくその力をいなし、距離をとる。その際に跳ぶのに必要な足とは、反対側にオーラをまとわせ、デュークの死角を狙って蹴りを放つ。効果はかなり少ないが、確実にダメージをデュークに与えることが出来る。だが、デュークの剣には闇がまとわりついている。この戦法で剣を切り結ぶたび、孝和の両腕には軽い凍傷のような痛みが走る。気功術で全身を覆っていなければ、すでに絶命するほどの闇の邪気が孝和を襲っていた。双方ともダメージを受けてはいるが、決定打にはならない。
しかし、生身の孝和と、死者のデュークにはスタミナの差が出る。孝和はすでに肩で息をしている。デュークは全くその動きに変わりがない。この差は大きい。
(これじゃ、駄目だ。やってみるか。失敗したら、死ぬけど……)
孝和は賭けに出ることにした。あえて左腕一本でデュークの右腕を狙う。
「おらあぁ!!」
掛け声と共に左の剣を一閃。その攻撃にデュークが反応する。
『甘いのだ!そうはいかんよ!』
デュークはその剣を打ち払うため、漆黒の剣を振り下ろす。それに合わせて孝和は左手の力を抜く。
『!!!?』
勢いをそのままに、剣は振り下ろされる。それにタイミングをあわせ、左手から剣を素早く離し、デュークの刃を握る。しっかりと、動かないようにそれを抑え、逆の右側の剣で左腕へ全力の一閃を放つ。
『何だと!!?』
その攻撃はデュークの左腕を切り落とす。地面に落ちたその腕は、紫色の瘴気を放ちながら、煙のように消えうせた。
孝和の奇策は成功した。しかし、剣を握った左腕は白銀の光に包まれていたにも関わらず、闇に浸食されていた。骨までしみこんだその闇は、孝和の左腕を完全に殺した。
捨て身のその攻撃に、デュークが提案をしてきた。
『今の捨て身はよかったぞ。タカカズ。どうだ。次で最後にしないか?このままでは、時間が経てば我が勝ってしまう』
「ありがたいね。それなら、俺にも勝ち目がある」
賭けには勝った。初めての気功術は徐々に勢いを失っているのが自分でわかる。デュークの過剰な戦闘の欲望を満たして、この状況に持ち込むこと。この状況以外では自分には勝ち目はない。闇はジワジワと孝和の左腕から徐々に体を侵し始めている。
『ふふ。ここまで我に対し、抗し得たものはいない。過去の勇者たちと比べても遜色はないどころか、勝るほどだ。自信を持って逝くがいい』
「それは、本当か?ありがたいけど、死んだらそこまでだしね。ここだけは俺が勝たせてもらうよ」
そういうと孝和はボーンソルジャーのほうの剣を腰の鞘に刺した。魔法剣は少し離れた場所に刺しておいた。
片刃の剣を使い、居合いで勝負することにしたのだ。孝和の全力の一撃ではデュークの全力に及ばない。残るは、速度と鋭さの二点。これを最大限に引き出すのだ。
一方のデュークは上段に構え、孝和の準備を待っている。その剣にはデュークの全力が込められているだろう。もし、孝和の刃がデュークに届かなければ、容赦なく孝和は両断されるだろう。
『では、そろそろ始めようか』
「ああ、いつでも」
二人に準備は整った。デュークは先の先。孝和は後の先。孝和は自らの力を制御し、外への放出を止めた。剣と居合いに必要な動きのみにその光を集中する。
デュークが動く。1歩、2歩、3歩。近づいてくるデュークを感じ取る。自然と、剣が鞘から抜かれる。日本の道場で何度も何度も繰り返した動きをなぞる。今までにない速度で、鋭さで。
ドン、という音が部屋に響く。デュークと孝和は二人ともが同じ場所で立っていた。そのうち、相手を切り抜いた剣が1本延びきった状態で見て取れる。
『よい、勝負だった』
「ああ、そうだな」
孝和は自分の胸元を見下ろした。ダンブレンの店で買い求めた黒の皮鎧は切り裂かれ、その下のシャツからは血がにじんでいる。
デュークはよろよろと後退した。その腹部から胸にかけて、白銀色の線が光り輝いている。
勝負は孝和の勝ちだった。
「最後にさ。聞きたいんだが」
孝和は疑問を投げかけた。
『何だ?時間はあまりないぞ』
どうやらデュークにはもうこの場にとどまるだけの力がないようだ。膝をついて傷跡をなぜている。
「俺に切りかかるときに、何で一瞬手が止まったんだ?あれがなければあんたの勝ちだったろう?」
そう、その一瞬がなければこの結果は逆だったはずだ。
『ふふ。あの小さな白き戦士に感謝するがいい。あの一撃が原因だ』
そういうと鎧に包まれた右腕をかざした。孝和はそこにうっすらと傷があるのを見つけた。先ほどキールが見せた意地。アリアを助けるのに放った光輪の跡である。
「ああ、しっかりと感謝することにするよ。じゃあ、さよならだ」
『ああ、しかし惜しいな。汝ほどの戦士ともう戦えないとは』
最後の最後まで、デュークは戦いを求めた。それに孝和は苦笑する。
「大丈夫。あの世には俺の師匠がいるよ。今の俺なんか足元にも及ばないさ」
『はっははは!!それはいいな!名はなんというのだ?』
「結城法寿。会えたらよろしく言っといてくれ」
『よかろう。なかなかよい冥土の土産だ。ではタカカズ、汝が来るのを待っているぞ』
死を前にしてデュークは落ち着いていた。不思議なものだが、この狂戦士は死を恐れてはいなかった。
『最後に、汝に褒美をやろう。その剣を持ってゆけ。なかなか面白かった。では、な』
そういうと、死への最後の抵抗もなく、本当にデュークは消えていった。先ほどまでそこにあった圧迫感も何もない。悪い夢であったかのようだ。
しかし、斬り付けられ、鎧はもう使い物にならない。血も出ている。デュークの攻撃でアリアは倒れている。
……そうだ!アリアはどうなった!?
孝和はそれに気づき、アリアとそれを任せたキールのもとに急いで駆け寄った。
「キール!!アリアさんは!大丈夫か!?」
『うん!ますたー。アリアさんはだいじょうぶ。ますたーこそだいじょうぶ?』
アリアはこの騒ぎの中、寝息を立てている。キールによると心に強い衝撃があったのだろう、とのこと。確かに、ゴーストの目の前で戦ったのだ。ゴーストの叫びは恐慌状態を引き起こすと、アリアは言っていた。
孝和の左腕はボロボロだった状態からキールの神の祝福で元に戻っていた。胸の傷も元通りだ。
「悪いな。お前だって怖かっただろ?ごめんな。こんなとこに連れてきて」
本当に悪いことをしたと思う。デュークの前に立ってアリアを守ったのだ。どんなに怖かっただろうか。
『きにしなくていいよ。だってみんなぶじなんだよ?よかった、よかったじゃないの?』
確かに、キールがいなければ、皆死んでいた。孝和はキールとの出会いに深く感謝した。
それに気づき、孝和はキールをギュッと抱きしめた。本当に本当にいとおしい。
『ますたー!?ど、どうしたの?』
キールの驚きに耳を貸さず、孝和はしばらくの間キールを抱きしめていた。
しばらく経って正気に戻った孝和は、最初の目的である石碑へ向かった。その横にはデュークの攻撃でボロボロになった黒ローブの遺体があった。
「この人、なに持ってるんだ?」
まずは手を合わせて南無阿弥陀仏。そのあと恐る恐るその両手に抱えられた黒の装丁の本を抜き取る。攻撃の衝撃で少し傷があるが、読むのに支障はないようだ。
……ぱらぱらとページをめくってみて、孝和は顔をしかめた。死者の蘇生、不老不死の手引書のようだが、どの方法も多くの命を贄とする邪法のようだ。読んでいて、気分が悪くなる。孝和は本を閉じた。
他に身分のわかるものはないか調べた結果、紋章入りの首飾りが見つかった。プレイスカードがないか調べたのだが、どうやら持ってはいないようだった。
「まあ、仕方ないか。無いものは無いんだから」
最後にもう一度遺体に手を合わせて、石碑の前に立つ。最初の目的、石碑に刻まれていたのは「初心こそ大切」であった。まあ、そのとおりだろうが、今回のクエストはどう考えても、「初心」とは程遠すぎないだろうか。あんなにゴーストが強いなんて思わなかった。
実は、孝和はデュークが伝説級のモンスターとは知らないのだ。せいぜい、「この世界のモンスターは強いんだなぁ。俺も油断しないよう鍛えよう」という感覚であった。その間違いを知るアリアはいまだすやすやと眠りの世界である。
次に、ボーンソルジャーの2体も調べた。結果は先ほどと同じ。プレイスカードが無い。身分の判るものは全く持っていなかった。骨を一箇所にまとめ、これにも手を合わせた。
3名の遺体は後でギルドの人に回収・埋葬してもらえるよう、頼むことにしよう。
「最後はこれなんだよな。どうしようか。キール?」
『そうだね。どうすればいいんだろ?こまったねぇ』
二人が悩んでいるのは、デュークの褒美だった。漆黒の剣である。デュークが死んだので、消えてなくなるかと思っていたのだが、その剣は地面に突き刺さって存在している。
なぜ、二人が悩んでいるかというと、
『のろわれないかな、ますたー』
「呪われそうじゃないか、キール」
という訳である。流石にさっきまで殺し合いをしていた相手の剣だ。怨念とか染み付いてたら怖い。
『でも、あのゆーれいさん。ごほうびだっていったんでしょ?だいじょうぶじゃないかなぁ』
キールはそう孝和に言った。キールは目の前の剣には、すごい魔力を感じるが敵意は感じないらしい。それを信じて、孝和は剣を握る。腰が引けてみっともないのは仕方ないだろう。まあ、結果は特に問題なかった。デュークには悪いが、怖いのだ。この剣をどうするかは、帰ってから決めることにしよう。うん。
もろもろにケリをつけて帰ることにした。休憩をかねてキールに残りのハーブ水をかけてやり、孝和自身は、自分の水筒の水を飲んで一息入れた。
「よっと。結構アリアさん軽いんだ」
アリアを背負い、都合3本になった剣を持って帰ることになったため、なかなか大変である。剣の鞘はボーンソルジャーのものを使わせてもらった。使い物にならなくなった鎧は捨てていく。しかし、アリアが軽くてほんとに助かった。
『じゃあ、ますたー。ぼくがさきにいくね』
「ああ、迷うなよ」
『ますたー。そういうのは、しつれい、っていうんだよ。ふーんだ』
孝和のジョークにキールが軽口で答える。行きと違い、帰りの戦力はキールだけだ。落ち着いてもらおうとしたジョークはどうやら成功のようだ。
軽くお互い笑うと、かなりリラックスできた。では出発だ。
帰り道にはモンスターは出なかった。デュークの気配が急に消えたことで、さらに警戒を強めたようだ。全くといっていいほど、気配すら感じなかったとキールは話した。途中でヘビーワームの甲殻を回収し、カバンの中にあったロープを利用して、アリアを担げるよう、簡単な道具を作った。それを利用できたので、途中からは孝和の負担も軽くなった。
洞窟の外に出るころには孝和は汗だくになっていた。時間ももう昼を過ぎ、夕方にさしかかろうとしていた。
「タカカズさん。キールさん。アリアさん。ご帰還おめでとうございます」
それを見つけてカルネがそう声をかけてくれた。
その後、アリアの様子を見て、カルネが大騒ぎした。結果、竜車のランドドラゴンがそれを見て、暴れてしまい大変なことになった。
その大騒動を孝和は汗だくでげっそりとして眺めていた。
「もう、最初から説明してくださいよ。驚いたじゃないですか」
御者席で並んで孝和とカルネは洞窟内のことを話し合っていた。アリアのため、幌の中にはキールだけのほうがいいだろうとの判断だ。ただし、会話の中で最奥部の戦闘の詳細については孝和の勘違いで、敵はただのゴーストとされてしまったが。
本や剣については、冒険者のクエストの報酬となるらしく、孝和がもらっていいそうだ。首飾りについては、カルネに渡した。埋葬するときにもしかしたら名前がわかるかもしれないからだ。やっぱりお墓に名前が無いのは悲しいだろう。
「あの、これでクエストは完遂でいいんですよね」
「はい、最奥部の石碑も見てこられましたから」
孝和はガッツポーズを決めた。これで、冒険者だ!
「プレイスカードは交付に3日かかりますので、当日に来てください」
「わかりました。いろいろありがとうございます」
竜車は朝の集合場所ではなく、ギルド前まで移動した。このあとカルネは、アリアを救護所に運ぶそうなので、ここでお別れになる。
「では、3日後にまた会いましょう」
「ええ、楽しみにしてます」
『ありがとうございました。カルネさん。アリアさんにもありがとうっていっておいてくださいね~』
そんな会話をして3人は分かれた。
このあと、孝和は約束したとおり、『陽だまりの草原亭』のタバサに頼んで、キールに山盛りサラダを提供し、自分も久しぶりにめったに飲まない酒を飲んだ。真夜中近くまで他のテーブル客と騒ぎ、そのままベッドにダイブした。そして、最後には泥のように眠り、次の日にはバッチリ二日酔いになってしまったのである。
何とかこの試練の洞窟を1話に収めたかったのです。ああ、構成力がほしい。
……努力します。今回も最後までお読みいただきましてありがとうございます。