悪役令嬢ですが、いろいろ破綻してますよ?
俺はとある会社の、一応はクリエイターとして働いている。
クリエイターなんて大層な響きがつくと、なんだかカッコいいイメージを持たれそうだが何てことはない。
朝決まった時間に出社して、そこそこ仕事の真似事をすれば、毎月決まった給料が振り込まれる。至って普通のサラリーマンだ。
職場に、面白いエピソードなんて転がっていない。
特にうちの会社は人間関係が酷く希薄で、万年平社員の俺は、誰とも一言も喋らずに一日が終わり、そのまま帰宅するなんてこともザラにある。
主な仕事といえば、届いたメールのチェックと、外注先との事務的なやり取りだ。
だが、ぶっちゃけた本音を言えば、それすらテキトーに流しているだけ。
外注の連中はいくつもの案件を掛け持ちしてバリバリとスキルを伸ばしているというのに、かたや俺は、ぼーっとPCの前に座っている。
誰かが作った凄い作品を横目で見て、適当に定型文の返信をして、次の工程に流すだけの中間作業。
めんどくさいトラブルに巻き込まれることもあるが、まあ、所詮自分は会社の歯車だ。やりがいなんてものに期待した覚えもない。
今日も今日とて、俺は会社の、ただの歯車になっていた。
メールの受信トレイを更新する。
新しい案件の依頼、修正指示、外注さんからの「納品しました」の通知。
どれもこれも、画面の向こうの人間が血と汗を流して作った結晶のはずなのに、俺を通すことでただの処理すべきタスクに成り下がる。
「……また、やっつけの修正指示で返しちゃったな」
添付されていたデータを軽く確認し、問題なさそうだからそのままGOサインのスタンプを押す。
デザインの美しさとかそんなものに感動していた時期はいつだったか。学校を出たての頃は、自分の手で世界を動かすキャラクターを産み落としてやるんだなんて、痛い野望を抱いていた気もする。
だけど、現実はこれだ。
スケジュールとコストの板挟みになり、クリエイターというよりは、ただのデータの中継地点。
カチャ、と隣の席の先輩がコーヒーカップを置く音がした。
挨拶すらない。お互いの顔すら、ここ数日まともに見ていない気がする。
オフィスの天井を這う無機質な蛍光灯の光が、デュアルモニターの液晶に反射して白く眩しい。
ため息を一つ吐いて、背もたれに体を預ける。
「今日も、何事もなく終わる一日だな」
そう呟いた瞬間、右下のタスクトレイに見慣れないポップアップが跳ねた。
それは、普段なら絶対に通らないはずの、外注からのデータ便だった。
差出人は、以前一度だけチャットをした、顔も知らない若いフリーランス。添付ファイルの容量を見て、俺は思わず眉をひそめる。
なんだ、これ。あきらかにデータが重い。
また面倒な差し戻しのメールを打たなきゃならないのかと、げんなりしながらそのデータを開こうとした、その時。
ローカルのビューアに読み込まれたその未完成の少女の姿を見た瞬間、俺の指が、マウスの上でピタリと止まった。
「……お姉様? 聞いていらっしゃるの?」
ツンと尖った鼻筋に、鮮やかな黄金の巻き髪。
目の前でフンと腕を組んでいるのは、いかにもお約束なフリフリのドレスを着た令嬢だ。その背後には、冷ややかな視線を向けるこれまたテンプレ通りのイケメン貴族が控えている。
ここはどこだ。
俺の目の前にあるのはデュアルモニターではなく、妙に豪華な燭台が並ぶ大広間。
そして、自分の視界の端にはなぜか、半透明のフォントでこう表示されていた。
【イベント:断罪の聖堂(好感度:絶望的)】
【現在のステータス:悪役令嬢・マリー・フォン・アウレリア】
「……は?」
思わず声が漏れた。
俺は会社でいつものようにメールチェックをして、適当にブラウザタブを閉じたはずだ。それなのに、気がつけば足元にはフリル付きのロングスカートが広がり、手は白くてか細い。
「無視するなんていい度胸ね! あなたのような陰湿な女が、私の婚約者を誘惑するなど万死に値するわ……!」
目の前の令嬢いや、おそらくこの世界のヒロイン、あるいは取り巻きが何かをヒステリックにまくし立てている。
いわゆる、小説やゲームでさんざん見た悪役令嬢の断罪イベントというやつだ。
ふぅ、と俺は内心で大きく息を吐いた。
面倒くさい。とにかく、猛烈に面倒くさい。
仕事のトラブルなら外注先のミスですの一言で適当に丸められたが、ここではそうはいかないらしい。周りを取り囲む野次馬の貴族どもが、面白半分にこちらを値踏みしている。この空気感、さながら炎上したSNSのコメント欄のようだな。
だが。
俺は目の前のヒロインの顔面を、どこか冷めたの視線で見つめた。
……なんだこのデザインは。
いや、違う。顔のパーツの配置や、怒りで引きつった表情筋の動きが、あまりにもステレオタイプすぎてリアリティがない。アニメーションをつけるなら、もう少しまともにつけれないのか。
「……お姉様、何をニヤニヤしていらっしゃるの!?」
「いや」
俺は、ドレスの裾をつまみ、極めて事務的かつ覇気のない声音で呟いた。
「すまないが、このイベント、納期までに見直した方がいい。演出のクオリティが低すぎて見ていてこっちの胃が痛くなる。……で、俺の自主退職の手続きは、どこに提出すればいい?」
退職RTA




