『何でも望みをかなえてやろう』
「良いでは無いか、わが国に来れば其方は王太子の妃になれるのだ。随分と光栄な事だろう?」
麗しき令嬢は片手に持った扇で口元を隠したまま、私の方は見ずに視線をそらしたままだ。
だが、その伏目がちに目をそらす仕草も、何とも艶めかしくて品がある。
ここは隣国の王城。母国で立太子の義を済ませたばかりである私の公式訪問を歓迎する式典を兼ねた舞踏会である。
王城の大ホールで開かれているこの華やかな舞踏会で、ひときわ印象深い美しい女性を目に留めた私は重鎮たちへの挨拶を済ませると、即座に身だしなみを確認し麗しき令嬢の元へと優雅に進み、首尾よく彼女に近づきの挨拶を行った。
オーケストラの音楽ももうすぐ切り替わる、丁度良いとばかりに私は彼女をダンスに誘ったが
「恐れ多い事ですわ。」
と遠慮する奥ゆかしさに私はますます彼女に夢中になった。
おそらく私の背後で様子を伺っている─つまり私からの声掛けを待っている─数多の令嬢たちに気を使ったのだろう。そんな気配りのある所も中々に素敵だ。
そんな彼女をどうしても国に連れて帰って妻にしたい。そう思った私は公衆の面前ではあるが意気揚々と跪き、彼女にプロポーズすることにした。
「ああ、奥ゆかしくも麗しい令嬢よ、どうか私の妃の一人になってくれまいか?」
ワァ……
余りにも突然の事で、周囲では驚きで言葉を失ったのか息を飲む音にならない声が聞こえる。
どうだ、この様な麗しい女性をかっさらっていく男をその目に焼き付けるがいい!
私は胸を張り、意気揚々と彼女に手を差し出した。
彼女は扇子を傾け、その嫋やかなかんばせを私を焦らすかのようにチラリとみせると息を整えてはっきりと言った。そうだろうそうだろう、私に求婚されるとは大変に光栄なことであろう。
「お断りいたします。」
は?
はぁ?
な、なんだと?!
目の前で跪いている私に向かって優雅にカーテシーを行うと、彼女はくるりと振り向いてこの場から立ち去ろうとした。
「ま、まて!其方、考え直すがよい!」
私は慌てて立ち上がり、彼女が向かう方向に回り込み、考え直すように告げた。
「良いでは無いか、わが国に来れば其方は王太子の妃になれるのだ。随分と光栄な事だろう?」
奥ゆかしき令嬢は扇子で顔を半分隠しながら伏し目がちに私から目をそらした。
うむ、私のあまりの神々しさに参ってしまったのだろう。ここは押しの一手あるのみだ!
「ご令嬢よ、不安に思う事など何もないのだ。其方の望むことは何でもかなえてやろう。だから何の遠慮をすることなく、我が妃の一人になるが良い。」
しとやかな令嬢は、ぴくっと体を震わせた。
フフ、このように言われて心動かさぬ女性などいないだろう。しがない小国の令嬢から我が国のような栄えある王国の王太子の妃の一人になれるのだ。光栄なことこの上ないだろう。
令嬢は、その涼し気なかんばせの半分をを覆っていた扇子をキュッと閉じると、私の眼を見上げてこういった。
「『何でも』とおっしゃいましたが、それに嘘偽りは御座いませんか?」
ふむ、なんだ、思ったよりも俗な女性であったな。だがその程度を御せずして…
「ああ、遠慮せずに申すが良い。何でも望みをかなえてやろう。」
「では、お願い申し上げます。」
令嬢は穏やかにカーテシーをすると私に向かって一息で答えた。
「今後、私や私の国に一切の手を出さず、私と私の婚約者との幸せを見守ってくださいませ。それと…。」
私はあっけにとられて返事を出来ずにいると、令嬢は更に続けた。
「母国にいらっしゃる貴方様の婚約者の方(達)を大切になさって?」
「な…ぬ、ぐぐ…。」
思わぬ返し思わずムッとした顔を気付かれてしまったのだろう、私の顔をみて令嬢は優雅に微笑んだ。
「それとも『どうせ大層な望み事などしないだろう。』と、高をくくってでもいらっしゃったのですか?」
「くっ…。」
顔が真っ赤になり、何事かを叫びそうになったがぐっと堪えて令嬢が去って行く姿を見送った。
振り返ると、誰も彼もが私から視線をそらし、そして何事も無かったかのように舞踏会は既定の時間まで滞りなく開催された。
予定されていた公務は全て終わり、帰国の途に就く際の見送りに、かの令嬢がおそらく婚約者だと思われる男性に肩を抱かれ幸せそうな顔をしながら私に告げた。
「私は親切な性格だと思いますよ、他国の王太子殿下に『何でも望みをかなえる。』と言われて、それがとてもとても恐ろしい言葉であると示させていただく程度には。」
少し…いや、うーむ…やはり少しばかりの嫌味を感じられるのは、(貴族なら愛人を持つものが多少なりともいるとは言え)一夫一妻制の国の婚約者のいる女性にしつこくアプローチしてしまったからだろう。
私は恙無く帰国すると、婚約者の一人で正妃候補でもある筆頭高位貴族の令嬢にじいっと睨まれ、「……まあ、未遂だったようですし不問とさせていただきます。」と深く深くため息をつかれた。
「それから、『一切の手を出さず』の粗探しをするようなことは、なさいませぬように!」
……恐らく私はこの将来の正妃に一生頭が上がらないかもしれない。
それから二十年、私は王になり謁見の間で息子とその連れと対峙している。
息子の一人が一目ぼれした相手を妻に…正妻にするため、元々の婚約者にあろうことか王城の舞踏会で婚約破棄をしてしまったからだ。
彼に何故そんなことをと尋ねると
「一目ぼれした相手に『何でも望みをかなえてやる。』と言ったんだ。そうしたら『愛し大切にするのは私だけにしてほしい。』と。なんと健気な心意気なのでしょう!愛しもしない相手との結婚なんて元婚約者も嫌でしょうが立場上断れないでしょう。だからきっちりと彼女にも周囲にも観念させる必要があったのです!」
私は冷ややかに息子達─息子と一目ぼれした相手─の方へ視線を向ける。
鼻息も荒く意気揚々と高らかに答え、正しい事をしたと言わんばかりの息子の腕にしっかりとしがみついているその少女の笑い顔は、彼が言うような健気さや誠実さなどは一切感じず、ただねっとりと口角を上げてこちらを見て笑っていた。
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