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第1章「帰郷」


♦︎♦︎♦︎遠い道のり♦︎♦︎♦︎


電車の窓に映る自分の顔が、見慣れないほど疲れて見えた。


桐生悠真は小さくため息をつき、振動で揺れる車窓の向こうに流れる景色を眺めた。都市部の雑然とした風景が次第に田園地帯へと変わり、やがて山々が迫ってくる。五年ぶりに見る故郷への道のりだった。


スマートフォンの画面には、昨日受け取った短い電報の文面が表示されている。


『オバアサマ キュウシ ソウギ アシタ キテクダサイ』


祖母の静が亡くなったという知らせは、あまりにも唐突だった。先月電話で話した時には、相変わらず元気な声を聞かせてくれていたのに。七十代後半とはいえ、まだまだ元気でいてくれると思っていた。まさか、こんなに急に——


悠真は携帯を閉じ、シートの背もたれに頭を預けた。窓の外では、見慣れた関東平野の風景が流れている。しかし、その向こうに待っている故郷のことを思うと、胸の奥が重くなった。


三ヶ月前に勤めていた会社を辞めてから、悠真は求職活動に追われる日々を過ごしていた。東京の狭いアパートで一人、履歴書を書いては面接を受ける毎日。そんな生活に疲れ果てていた時に届いた訃報だった。


会社を辞めた理由は、一言で言えば燃え尽きてしまったからだ。入社当初の熱意は次第に失われ、毎日がただの作業の繰り返しになっていた。上司との関係もうまくいかず、同僚とも距離を感じるようになった。そして最後は、自分が何のために働いているのかさえ分からなくなってしまった。


退職届を出した時、人事部の女性は「もう少し考えてみませんか」と引き止めてくれた。しかし悠真の決意は固かった。このまま続けていても、きっと何も変わらない。そう思ったのだ。


ただ、三ヶ月経った今でも、次に何をすべきかは見えていない。転職活動は思うように進まず、貯金は徐々に減っていく。実家の両親からは心配の電話がかかってくるし、友人たちとも会いづらくなっていた。


そんな時の祖母の死だった。


悠真は目を閉じ、祖母の顔を思い浮かべた。小さな体に似合わない、しっかりとした意志を感じさせる目。厳格だったが、孫の悠真には特別に優しくしてくれた。子供の頃の夏休みは、いつも祖母の家で過ごしていた。


「悠真はいい子だねえ。きっと立派な大人になるよ」


そんな言葉をかけてくれた祖母に、今の自分の姿を見せるのは恥ずかしかった。しかし、もうその機会は永遠に失われてしまった。


「次は、水凪口です。水凪口」


車内アナウンスが響く。悠真は慌てて荷物をまとめ、電車を降りた。


ホームに降り立つと、懐かしい山の空気が肺を満たした。東京の排気ガス混じりの空気とは全く違う、清涼で湿り気を含んだ匂い。子供の頃から慣れ親しんだ故郷の匂いだった。


しかし、どこか違和感もあった。記憶の中の匂いよりも、もっと重い。もっと深い。まるで何かが混じっているような——


駅舎は相変わらず小さく、乗客は悠真を含めて三人だけだった。一人は地元の老人らしく、もう一人は観光客風の若い女性だった。改札を出ると、バス停までの短い道のりも昔と変わらない。


だが、やはり何かが微妙に違う。建物の配置? 看板の色? それとも——


悠真は首をかしげながら、バス停でバスを待った。時刻表を見ると、一時間に一本しかない。田舎のバス特有の不便さだったが、これも懐かしい。


やがてやってきたバスは、悠真が子供の頃と同じ古いタイプだった。運転手は六十代の男性で、悠真の顔を見ると小さく会釈した。


「お疲れさまでした」


地方のバス特有の、乗客一人一人との距離の近さ。悠真も軽く頭を下げてバスに乗り込んだ。座席はほとんど空いており、悠真は窓際の席に座った。


バスは山道をくねくねと登っていく。窓の外には深い緑の森が続き、時折小さな集落が見えた。夕暮れが近づき、空が薄いオレンジ色に染まり始めている。山の稜線がシルエットとなって浮かび上がり、神秘的な美しさを見せていた。


道中、悠真は子供時代のことを思い出していた。夏休みになると、両親に連れられてこの道を通った。バスの窓から見える風景は、いつも冒険への扉のように思えた。祖母の家で過ごす一週間は、都会の生活とは全く違う時間の流れがあった。


朝は鳥の声で目覚め、昼は村の子供たちと遊び、夜は祖母の昔話を聞く。そんな生活が、悠真にとってはかけがえのない宝物だった。


しかし中学生になると、友達との約束や部活動で忙しくなり、祖母の家を訪れる機会は減っていった。高校卒業後は東京の大学に進学し、そのまま就職。年に一、二度帰省する程度になってしまった。


そして今、五年ぶりの帰郷。しかもそれは、祖母との永遠の別れのためだった。


「水凪村です」


運転手の声で我に返ると、バスは小さな村の中心部で停まっていた。悠真はお礼を言ってバスを降りる。周囲を見回すと、記憶通りの風景が広がっていた。昔ながらの商店、小さな郵便局、公民館、そして村の中央に静かに佇む狐池。


それなのに、やはり何かが違う。


建物や道路は確かに記憶の通りだ。しかし全体の雰囲気が、微妙に異なって感じられる。まるで古い写真の色が少しずつ褪せていくように、村全体の色調が変わっているような——


悠真は首をかしげながら、祖母の家へ向かって歩き始めた。足音が静かな村に響く。すれ違う人はほとんどいないが、時折家の中から夕食の支度をする音が聞こえてきた。平和で穏やかな、田舎の夕暮れの風景だった。


♦︎♦︎♦︎静寂の家♦︎♦︎♦︎


祖母の家は村の外れにあった。古い日本家屋で、悠真が子供の頃からよく遊びに来た懐かしい場所だ。玄関の前に立つと、表札には確かに「桐生」と刻まれている。しかし家は静まり返り、人の気配はない。


庭の草木は少し伸びすぎているが、全体的には手入れが行き届いている。祖母は最後まで、自分で庭の世話をしていたのだろう。そう思うと、胸が締め付けられるような思いがした。


悠真は鍵を取り出し、重い木の扉を開けた。


玄関に足を踏み入れると、古い家特有の匂いが鼻をついた。畳と木材、そして仏壇の線香の匂いが混じり合っている。五年前と何も変わらない匂いなのに、なぜだろう、どこか寂しげに感じられた。


「ただいま、おばあちゃん」


誰もいないと分かっていながら、悠真は小さくつぶやいた。返事はない。当然だった。しかし、この静寂があまりにも重く感じられた。


悠真は靴を脱ぎ、廊下を歩いた。足音が静かに響く。子供の頃は、この家のどこにいても祖母の気配を感じることができた。台所で料理をする音、庭で洗濯物を干す音、仏壇でお経を唱える声——そういった生活の音が、いつも家を満たしていた。


しかし今は、何もない。完全な静寂だけがあった。


居間に上がると、奥の仏間から仏壇の金色の装飾がほのかに光っているのが見えた。悠真は荷物を置き、仏壇の前に正座した。


新しい位牌が置かれている。『桐生静 享年八十二歳』


悠真は静かに手を合わせた。目を閉じると、祖母の穏やかな笑顔が浮かんだ。厳格な人だったが、孫の悠真にはいつも優しかった。特に、悠真が何か悩みを抱えている時には、無言で寄り添ってくれた。


「人生には、いろんなことがあるからね。でも大切なのは、自分らしく生きることよ」


そんな言葉をかけてくれたこともあった。今の悠真にとって、どれほど必要な言葉だろう。しかし、もうその声を聞くことはできない。


線香の煙がゆらゆらと立ち上り、部屋に漂っている。悠真はしばらくそのまま祈りを捧げ、それから立ち上がった。


家の中を見回してみると、全てが整然と片付けられていた。祖母は最後まで、きちんとした生活を送っていたのだろう。台所の食器も洗われ、居間のちゃぶ台の上には何もない。まるで、いつ誰が来ても迎えられるように準備していたかのようだった。


しかし、その完璧すぎる整理整頓が、かえって祖母の不在を強調しているように感じられた。


悠真は台所で簡単な夕食を作ることにした。冷蔵庫を開けると、最低限の食材が入っている。卵、野菜、味噌——祖母が最後に買い物をしたものたちだった。賞味期限を確認すると、まだ大丈夫そうだ。


卵焼きと味噌汁を作り、祖母が使っていた茶碗に米を盛った。一人で食べる夕食は寂しかったが、祖母の食器を使うことで、彼女の存在をより強く感じられるような気がした。


同時に、もう二度と彼女の手料理を食べることはできないのだという現実も、重くのしかかってきた。祖母の作る煮物や漬物は、悠真の大好物だった。子供の頃は当たり前に食べていたが、今思えばあれは特別な味だった。


食事を終え、片付けを済ませると、外はすっかり暗くなっていた。悠真は縁側に座り、庭を眺めた。虫の声が聞こえる。遠くで梟の鳴き声も。都会では聞くことのない、田舎の夜の音だった。


空を見上げると、満天の星が輝いている。東京では決して見ることのできない、美しい星空だった。天の川も薄っすらと見える。子供の頃、祖母と一緒に星を眺めたことを思い出した。


「あの星たちは、みんな昔の人たちの魂なのよ」


祖母はそんなことを言っていた。迷信だと思っていたが、今夜はその言葉が心に響いた。もしかすると、祖母も今頃あの星たちの仲間入りをしているのかもしれない。


ふと、散歩に出たくなった。この静寂の中にいると、考えすぎてしまう。外の空気を吸って、気分を変えたかった。


♦︎♦︎♦︎狐火の灯り♦︎♦︎♦︎


夜の村は静寂に包まれていた。街灯はところどころにあるだけで、月明かりが頼りだった。悠真は懐中電灯を持って家を出ると、なんとなく足が湖の方向へ向かった。


狐池。村の中央にある、深く静かな湖だ。子供の頃はよく友達と遊びに来た場所でもある。しかし祖母は、この湖に近づくことをあまりよく思っていなかった。


「あの湖はね、特別なんだよ。軽々しく近づいちゃいけない」


そんなことを言っていたのを思い出す。子供心にも、ただの注意ではないような気がしていた。祖母の表情があまりにも真剣だったから。


村の道は昼間とは全く違った表情を見せていた。昼間は平凡な田舎の風景だったが、夜になると神秘的な雰囲気を醸し出している。月光に照らされた建物のシルエット、風に揺れる木々の影、遠くから聞こえる夜の生き物たちの声——全てが幻想的だった。


歩いているうちに、悠真は子供の頃の記憶がよみがえってきた。夏の夜、友達と一緒に肝試しをしたこと。村の古い言い伝えを聞いて、怖がったり笑ったりしたこと。あの頃は、すべてが冒険で、すべてが新鮮だった。


しかし今夜は、なぜか違った。大人になった悠真には、この村の夜の静寂が別の意味を持って感じられた。美しさの中に、どこか不安を誘う何かが混じっているような——


湖畔に着くと、月光に照らされた水面が静かに光っていた。湖の周囲には田んぼが広がり、あぜ道に沿って小さな石灯篭が等間隔に並んでいる。昼間は気づかなかったが、どの灯篭も薄い光を放っていた。


狐火のような、青白い光。


悠真は息を呑んだ。子供の頃にも見た光景のはずなのに、今夜は特別美しく、そして不気味に見えた。灯篭の一つ一つがほのかに光り、幻想的な風景を作り出している。まるで別世界に迷い込んだかのようだった。


あぜ道を歩きながら、悠真は灯篭を眺めた。どれも古いもので、石には苔が生えている。しかし光はしっかりと灯っており、まるで生きているかのようだった。この光は何なのだろう? 電気ではないはずだ。ガスでもない。それなのに、確かに光っている。


そして——違和感があった。


灯篭の数が、記憶よりも多いような気がする。


悠真は立ち止まり、灯篭を数えようとした。一つ、二つ、三つ——


「悠真、灯篭の数を数えちゃいけないよ」


祖母の声が頭の中に響いた。子供の頃、何度も何度も言われた言葉。その時は意味が分からなかったが、祖母の真剣な表情だけは覚えている。


悠真は慌てて数えるのをやめた。しかし気になって仕方がない。本当に数が増えているのだろうか? それとも記憶違いなのか?


湖面を見ると、月と星が美しく映っている。水は静かで、まるで鏡のようだった。その完璧な静寂が、かえって不気味に感じられる。何かが水の中に隠れているような、そんな気がしてならなかった。


その時、湖面に小さな波紋が広がった。


風はない。魚が跳ねたのだろうか? 悠真は湖を見つめたが、水面は再び静寂を取り戻していた。月が映り、周囲の山々のシルエットがくっきりと写っている。


美しい。そして、なぜか少し怖い。


悠真は湖から視線を外し、来た道を戻ることにした。しかし振り返った時、灯篭の光が一瞬、強く光ったような気がした。まるで彼を見送るように。あるいは、何かを伝えようとするように。


いや、きっと気のせいだろう。


そう自分に言い聞かせながら、悠真は祖母の家へと歩いて行った。しかし心の奥で、何かが変わり始めているのを感じていた。この村に、自分が知らない何かが隠されているような——


♦︎♦︎♦︎眠れぬ夜♦︎♦︎♦︎


家に戻ると、悠真は早めに床についた。明日は朝から葬儀の準備があるし、親戚や村の人たちとも久しぶりに会うことになる。しっかりと休んで、明日に備えなければならない。


しかし、なかなか眠れなかった。


都会の生活に慣れた体には、田舎の静寂が逆に騒がしく感じられる。虫の声、風の音、家のきしむ音——全てが気になって仕方がない。東京のアパートでは、常に街の騒音があった。車の音、電車の音、人の話し声——それらが混じり合った都市の音に慣れてしまっていた。


しかしこの静寂の中では、普段なら気づかない小さな音が異様に大きく聞こえる。時計の秒針の音、冷蔵庫のモーター音、遠くで鳴く虫の声——それらが組み合わさって、不思議なハーモニーを作り出している。


そして何より、あの灯篭のことが頭から離れなかった。


本当に数が増えているのだろうか? そもそも、なぜ祖母は数を数えてはいけないと言っていたのだろう? 子供心にも、ただの迷信ではないような気がしていた。祖母の表情があまりにも真剣だったから。


悠真は寝返りを打ちながら、記憶の糸をたどった。


灯篭の数と村の人口が関係している、という話を聞いたことがあるような気がする。一人に一つずつ対応しているとか、そんな話だった。だとすれば、数が増えているということは——


いや、そんなはずはない。きっと記憶違いだ。


それに、灯篭の光だって、きっと何かの科学的な説明があるはずだ。蛍光塗料か何かが使われているのかもしれない。あるいは、月光の反射によるものかもしれない。


そう思いながらも、不安は消えなかった。外では相変わらず虫が鳴いている。時々、遠くで何かの鳴き声のようなものも聞こえる。動物だろうか? それとも——


悠真は布団を頭までかぶった。


考えすぎだ。明日になれば、全て日常に戻る。葬儀を終えれば、また東京に帰り、普通の生活が待っている。この違和感も、久しぶりに故郷に帰ったことによる一時的なものに違いない。


そう自分に言い聞かせながら、悠真はようやく浅い眠りについた。


しかし夢の中でも、あの青白い灯篭の光が瞼の裏に浮かんでいた。そして湖面に映った月が、まるで巨大な目のように彼を見つめているような気がしてならなかった。


また、夢の中で祖母の声が聞こえた。


「悠真、気をつけなさい。この村には、古い決まりがあるのよ」


しかしその続きを聞く前に、悠真は目を覚ましてしまった。


♦︎♦︎♦︎朝の準備♦︎♦︎♦︎


翌朝、悠真は鳥の声で目を覚ました。


時刻は午前六時。東京にいた頃より随分早い。しかし体は意外と軽く、昨夜の不安も朝の光と共に薄れていた。田舎の空気は確かに違う。深く呼吸すると、肺の奥まで清々しい気持ちになる。


悠真は身支度を整え、仏壇に朝の挨拶をした。それから台所でコーヒーを入れ、縁側で飲んだ。朝の空気は澄んでいて、山々の緑が美しい。昨夜あれほど不気味に感じた湖も、朝日に照らされると穏やかで美しく見えた。


光の加減で、印象は随分と変わるものだ。


午前九時に、葬儀社の人間がやってくる予定だった。それまでに、簡単な掃除と準備を済ませておこう。


悠真は家の中を見回した。祖母は几帳面な人だったので、家の中はきちんと整理されている。しかし五年間人が住んでいた家には、それなりの生活の痕跡があった。写真立て、手紙の束、古い新聞——全てが祖母の日常を物語っている。


居間の本棚には、村の歴史についての古い本が並んでいた。『水凪村史』『狐池伝説集』『民話と言い伝え』といったタイトルの本たち。悠真は興味深く眺めたが、今は葬儀の準備が先決だった。これらの本は、葬儀が終わってからゆっくりと読んでみよう。


掃除機をかけ、床を拭き、仏間を整えていると、時間はあっという間に過ぎた。作業をしている間は、昨夜の不安も忘れることができた。やはり体を動かすのは良いことだ。


午前九時きっかりに、葬儀社の担当者がやってきた。五十代の男性で、村のことをよく知っているらしく、手際よく準備を進めてくれた。


「お祖母様には大変お世話になりました」


そう言って深々と頭を下げる担当者を見て、悠真は祖母が村でどれほど慕われていたかを実感した。


「静さんは、村の皆さんから本当に愛されていました。困った人がいると、いつも手を差し伸べてくださって」


担当者の話を聞いているうちに、悠真は祖母の人となりを改めて知ることができた。自分が知っている祖母は、孫に優しいおばあちゃんという面だけだった。しかし村の人たちにとって、祖母はもっと大きな存在だったのだ。


昼頃には、親戚や村の人たちが次々とやってきた。悠真にとっては久しぶりに会う人ばかりで、挨拶や近況報告で午後はあっという間に過ぎていった。


「悠真くん、随分大きくなったね」


「東京でお仕事、大変でしょう」


皆、温かい言葉をかけてくれた。しかし悠真は、現在の状況を正直に話すことができなかった。失業中だとか、将来に不安を抱えているとか、そういった話は、この場にはふさわしくない。


「おかげさまで、元気にやっています」


そう答えながら、悠真は少し罪悪感を覚えた。嘘をついているわけではないが、全てを話しているわけでもない。しかし、祖母の葬儀の場で、自分の愚痴を話すのは適切ではないだろう。


そして夕方、通夜が始まった。


小さな村の通夜らしく、村人のほとんどが参列した。悠真は喪主として皆の弔問を受けたが、一人一人の顔を見ていると、祖母がこの村で積み重ねてきた年月の重さを感じずにはいられなかった。


皆、心からの悲しみを顔に浮かべている。形式的な弔問ではなく、本当に祖母を慕っていたのだということが、痛いほど伝わってきた。


通夜が終わり、参列者が帰った後、悠真は一人で仏壇の前に座った。静かな夜だった。昨夜とは違い、今夜は穏やかな気持ちでいられた。


祖母への感謝と、別れの悲しみ。そして故郷への複雑な思い。


東京での生活に疲れ果てていた悠真にとって、この村の温かさは心に染みた。しかし同時に、自分がもうここの一員ではないということも感じていた。五年という時間は、思っていたより長かった。


しかし、窓の外に目をやると、今夜もあの灯篭たちが青白い光を放っているのが見えた。そして悠真の心の中に、再び小さな疑問が芽生えた。


本当に、数は変わっていないのだろうか?


その疑問は、翌日の葬儀が終わるまで、ずっと悠真の心の片隅に残り続けた。そして、それが全ての始まりだったのだということを、悠真はまだ知らずにいた。

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