まずは意見を押し通そうと思います。
少しの時間が流れ……。
「皇女様。守護騎士という身に余るほどの労いの言葉をくださりありがとうございます。俺たちはそのお言葉をいただけたことだけで……とても光栄です」
ユディフは冷静さを取り戻したのか、ルベラの前で片膝をつき微笑みを浮かべながら伝えた。
そしてそれを見ていたロウゼンは納得したような表情を浮べたあと、ユディフと同様に片膝をついて頭を垂れる。
今までの話は全部聞いていたはずだが、ルベラの言葉を本気だと捉えていないようだ。ロウゼンも彼と同じ考えのようである。
無理もない。彼らは腕に自信はあるが容姿に関してはまったく自信などなく、自分がそんな地位を授けられるとは思っていないのだ。
「え……と、労いの言葉ではなく本当に守護騎士になってほしいと思っているのですが……」
彼らの様子に言葉を詰まらせたルベラは、どう説得したらよいのか少し悩んだあとにまた口を開く。
「守護騎士という地位が騎士として励んでいるお二人を邪魔してしまうようでしたら諦めます。ですが、そうではないのでしたら考えていただけると嬉しいのですが……私の守護騎士になるのはいやですか?」
伏せ目がちに落ち込むような様子で言葉を溢す彼女に、ユディフは戸惑いながら「いえ、そういうわけでは……」と慌てて否定する。
「守護騎士にと言っていただけたことは本当に嬉しいです。本当にそうなれたならと、夢想してしまいそうなほどに」
そう言ったユディフは、どことなく寂しさを含んでいながら諦観とした表情を浮かべていて……。黙ったままのロウゼンも、表情は変わっていないがユディフを見る瞳には悲しみの色が浮かんでいた。
そんな二人の様子は美醜格差を感じさせるものであり、ルベラは自分一人だけの価値観の違いよりもそのことのほうが深刻であることを悟る。
そして同時に、美醜格差を酷いと思いながらもルベラ自身も容姿を見ていることに胸が苦しくなる罪悪感のようなものを感じた。
「他のことを考えず、はいかいいえで答えていただきたいのですが……私の守護騎士になるということが面倒でしたり邪魔や迷惑に感じていますか?」
ひとまず聞き方を変えようと思ったルベラは二人にそう問いかける。
「いえ、そんなことは絶対にありえません」
すぐに否定したユディフに続いてロウゼンも「俺も思っていません」と短い言葉で答えた。
ルベラは二人の言葉に嬉しそうに微笑む。言葉に喜ぶというよりは言質を取れたからである。
「よかった。それではお二人とも、明日から守護騎士としてよろしくお願いいたします」
その言葉でまた固まる二人の代わりに、ずっと静かだったカーラが口を開く。
「皇女様。本当によろしいのですか?」
「うん。今まで誰にも惹かれなかったけど、やっと出会えたから……。カーラにはできれば応援してほしいなぁ」
それがルベラの本心であると気づいたカーラは否定することができなかった。
周りから薦められる男性に見向きもしなかったルベラがようやく興味を示したのだ。心配はしても応援しないなんてことはできるはずもなく……。
騎士であることと二人であることや容姿のことはさておき、皇女としての幸せを考えるよりもルベラの幸せを考えるのなら……本人が選んだ者に守護騎士となってもらうほうがいいと思ってしまうほど、カーラはルベラを想っていた。
「皇女様が良いのでしたら……」
心配から色々と出てきそうになる言葉は呑み込んで、カーラはその言葉だけを溢す。
ルベラは言わせていることを申し訳なく思いながら彼女の優しさに「ありがとう。カーラ」と、謝罪の代わりに感謝を伝えた。
「ユディフ、ロウゼン。皇女様からお言葉をいただいたのに、いつまでぼんやりしているつもりだ」
固まっていた二人はナスターの叱責で我に返ったように姿勢を正す。
「申し訳ございません。俺で……本当に良いのであれば、謹んでお受けいたします」
ユディフは疑問や疑念などを胸にしまい、光栄な申し出を受け入れることにしたが……、
「無礼を許していただけるなら、俺はお受けできません」
ロウゼンは、皇女と騎士団長を前にしていても恐れることなく断りの言葉を口にした。
彼の言葉にカーラは表情を曇らせたが、ナスターはそうだろうなと納得するように……呆れるように息を吐く。
「理由はなんだ」
「団長ならお分かりでしょう。俺が相応しいとは到底、思えません」
ロウゼンは騎士としてもっとも優秀なユディフなら相応しくても、彼よりも劣り容姿すらも良くない自分が相応しいと思っていないどころか……彼のついでに声をかけてもらえた身で受け入れるなどおこがましいことはできないと考えていた。
自分を卑下するロウゼンの心境は理解できる。しかし剣の腕はユディフと互角である彼の強さが相応しくないなどとは、ナスターは思っていなかった。
「卑下するのは構わないが、その言葉はお前のことを相応しいと思っている皇女様を否定しているようなものだとわからないのか」
その重く厳しい言葉で気づいたロウゼンは、すぐにルベラへと視線を向けたのだが……。
ルベラはロウゼンに対して、最初の印象どおり自分の意見をはっきりと口にする人だと感じただけで……他には何も思っていなかったので平然とした表情を浮かべていた。
言葉のせいで傷つけたかもしれないと思ったロウゼンは、そんなルベラの表情に安堵を覚える。
「ナスターの言うとおり、私は相応しいと思っていますよ」
ルベラは穏やかに微笑みながら言葉を続けた。
「先程も言いましたが、私は腕のたつ騎士の方が守護騎士になっていただけたらと思っていますので……。彼もですが同じように優勝した貴方が相応しくないのなら、誰が相応しいのでしょうか」
容姿が悪かったら剣の腕が良くても蔑まれることがほとんどだったロウゼンとユディフは、その言葉に今までの常識が覆されるような衝撃を受ける。
「貴方が負かした騎士の方々は誰一人、優秀ではないのですか?」
「……皆、優秀です」
「でしたら優秀な方々に勝った貴方たちがとくに優秀だと思った私は、やはり正しいということですね」
ルベラの言葉は二人だけでなく、カーラたちもたしかにと思ってしまう的確な正論であった。
そうは言っても、騎士であることや二人であることなどの根本的な問題は解決していないのだが……。
徐々に論点をすり替えて誘導する言葉の巧みさと堂々とした様子によって、今だけだとしても全員を納得させることに成功していた。
「他に断る理由はありますか?」
「いや……ありません」
「それではよろしくお願いいたしますね」
「……任命、ありがとうございます。期待に応えられるように誠心誠意お仕えします」
衝撃で思考が追いつかなくなっていたロウゼンは流されるように答えたあとで、本当に良かったのかと不安を感じたのだが……。
ルベラのあまりに嬉しそうな笑顔を見て、いつのまにか不安は消えていった。
「俺はロウゼンと一緒なら心強いですが……守護騎士は二人でも良いのですか?」
「前例がないだけのことなので、大丈夫ですよ」
ユディフの疑問にそう答えたルベラだったが、実のところ確信があるわけではなかった。――しかし、必ず一人だけという決まりがないことも知っていた。
決定権をもつルスターを説得できるか次第だとわかっていながら大丈夫だと答えたのは、その件に関してはそれほど問題にならないだろうと考えたからである。
「安心してください。説得して戻ってくるので、少しだけ待っていていただけますか?」
そして、ルベラはそう言ったあとカーラを連れてどこかへと立ち去った。
許可を得るために皇帝の元へ向かったのだろうとわかっていたナスターは、結果がどうなるのか予想できて小さく笑う。
残された二人は強烈な嵐が去ったあとのようにしばらく放心していたが……すぐにナスターの指導に従って訓練を行いながらルベラが戻ってくるのを待った。
それから、数時間後。
カーラとともに戻ってきたルベラがご満悦そうに明るい表情を浮かべているのを見たナスターは、自分の予想が正しかったことを確信する。
何とも言えない表情を浮かべているカーラの様子も予想どおりで……人知れず笑い声が溢れそうになるのを堪えていた。
「ナスター。お父さまを上手く説得できて……認めてもらえたよ」
無邪気に話すルベラを見ると、ナスターは自然と頬が緩んでしまう。
「それは何よりです。守護騎士を選ぶ本来の意図はルベラ様のためですから、その笑顔のためなら皇帝陛下も本望だと思いますよ」
「そうだといいなぁ。あ、急にで申し訳ないけど、明日授与式に出る二人のこと……任せても大丈夫?」
「たしかにあの二人なら私が適任ですね。お任せください」
その会話のあと、ユディフとロウゼンの元へ向かって行くルベラの後ろ姿を見つめていたナスターは……彼女が今まで見てきたどんなときよりも楽しそうで嬉しそうであることに気づく。
「本当によかったのでしょうか……」
心配からそんな言葉を溢すカーラに、
「ルベラ様が笑っている。それが答えですよ。――それに良い結果にならない場合は、我々が良くなるように努めればよいだけのことです」
ナスターはそう答える。
たしかにそのとおりだと思ったカーラは……二人と楽しそうに話すルベラの行く末を、ナスターとともに静かに見守ることにした。
そして見守られている当の本人は、理想の推したちを近くで眺めていられる状況を得ることができたことを喜んでいて……。
「(腕や首もとが見えるはだけた格好の二人もいいけど、騎士の正装姿の二人も最高だろうなぁ)」
ユディフとロウゼンと会話しながらそんなことを考えて楽しんでいるのだった。
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次話の投稿は、一週間以内の予定です。