会合〜天秤の使い〜②
出てきた女性は僕たちの方を見るとすぐさま両手を上げた。
「あたしは敵じゃない。取り敢えず手を下ろしてくれない?」
一瞬なんとも気まずい雰囲気が流れ、ルナが口を開いた。
「本当?2日連続で襲撃されたから、信用できないんだけど。」
「さっき"天秤"の話してたじゃん」
と、女性は自身の服の胸元に施された金色の天秤の刺繍を指差す。
「これで信じてもらえない?」
不服そうなルナの声が聞こえたけれど、僕たちはようやく構えを解いた。
「それで……クリーナーの方が何のようですか?」
「それに関しては、俺が話す。」
女性が出てきた路地裏から男性が現れる。
金髪と白い肌で顔立ちはかなり整っているが、口の横から目元にかけて斜めについた傷が、その人が裏社会に染まっているということを示していた。手には赤い宝石のついた指輪が鈍く輝いていた。
「兄貴。いつからここに?」
「お前が両手あげてたところくらいから。もっと一般人に警戒されないような立ち振る舞いをしろ。レイ」
レイと呼ばれた女性は何とも言えない表情になる。赤いポニーテールが表情の変化にそってしおれたように見えた。
「悪ぃな。うちのが怖がらせちまって」
「いえいえ。むしろすみません。変に警戒してしまって」
「襲われた後さ。警戒しても仕方ねぇ。むしろ、コイツらに襲われて無事だったんだな。」
この人が言っている"コイツら"というのは、おそらく先程制圧した"スパイダー"のことだろう。
「末端だったからね。簡単に撒けたわよ。…本当にこの地域は貴方達が監視してるの?」
レイさんが口を開く。
「あたし達も見回りしているんだけど……どうにも最近なんだっけ…えっと…そう、"ヒューチャーズ"がこの辺で暴れているんだよね。」
え?なんて?
「すみません…今、なんていいました?」
「ヒューチャーズ。蜘蛛の糸と運命の赤い糸を連想させたんだろうな。」
男性が答える。コイツらそんな名前だったのか。はっきり言ってダサいと思ってしまったのは僕だけだろうか。
「で、話を戻すが……あんたらもわかったと思うけれど、奴らはカタギを襲うことに何一つ躊躇いがない。そのくせ逃げ足が速いから捕まえるのが難しかったんだ。ただ、昨日ようやく尻尾が掴めてな。」
「何かあったんですか?」
「構成員が8人くらいだったかな?気絶して倒れているのが見つかったんだ」
「で、取り敢えず、奴らの襲撃から逃げ延びたあなた達を見つけるために、あたしと兄貴が出されたのよ」
あ、と僕とルナは顔を見合わせる。
「多分…それ…」
「私達…ね…」
「マジで!?あの数を制圧できるなんて凄い!」
「確かに。素人がどうこうできる相手じゃねぇもんな。」
そのタイミングで後ろからうめき声が聞こえた
「うぅ……何が…あれ?なんで動けねぇんだ?って縛られてるじゃねぇか!」
どうやら目が覚めたらしい。
「クソっ、ほどけねぇ…ってさっきの奴らじゃねぇか!お前らか?お前らがやったんだな!?」
口から低音の効いた怒号が飛び出す。
「舐めたマネしてくれやがって!"フューチャーズ"に喧嘩売って生きて帰れると思うなよ!?あぁん!?」
やっぱり「フューチャーズ」はダサい気がする。真剣に言っているのは分かるが、思わず笑いがこみ上げそうになる。そんなことを思っていると後ろから鋭い殺意を感じた。
「ふぅん?いい度胸してるねぇ…なら、"クリーナー"に喧嘩売って生きて帰れると思ってるの?」
男性が、ならず者の方に歩いてくる。その声は先ほどよりも何トーンも低い。
「兄貴。一般人の前ですから殺さないようにして下さいね。」
「んなことわかってる」
「あぁ!?誰じゃ…て…め…」
ならず者の顔が一瞬にして青くなった。
「あ、あんた…その刺繍と傷…ク、ク、クリーナーの…」
「自治区外の掃除屋、"クリーナー"幹部ユーフォ・スタス。地獄でもこの名前覚えてろよ」
その言葉と共にならず者が宙を舞った。ユーフォさんの足が上がっているのをみるに蹴り上げたのは分かったけれど…殆ど蹴りの動きが見えなかった…。建物の2階まで浮かび上がると、そのままうめき声もなく地面に激突した。明らかに人間が出していい力じゃない。多分何か仕掛けがある。
「い、生きてるの?それ?」
「手加減はした。これで死んだらコイツの責任だ。」
……手加減って…なんだっけ。
泡を吹いて気絶したならず者に思わず合掌してしまった。