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プロローグ

 僕はその日、不思議な夢を見た。そこは真っ暗で、何もなかった。見覚えはないのに――なぜかその場所を知っていた。だけれど、知らない場所に急に放り出されたような孤独感を感じる。怖い。ただ、ひたすらに。すると、暗闇の中で誰か、幼い子供の声が響いた。


 ねぇ、お母さん…どこにいるの?…僕はここにいるよ?…気づいてよ…いつも助けてくれるのに、なんでいないの?暗いよ…怖いよ…


 あどけなさのある助けを求める声。それは分かったけれど、なぜか助け出そうと一歩を踏み出せなかった。本能的に危険を感じ取ったのだ。自分はこの先に行ってはいけない。行ったら戻れなくなってしまう。そんな気がしたのだ。

 声を何とか出そうとしたところで、急に場面が変わり、言おうとした言葉が引っ込んだ。地獄絵図だ。人々が巨大な何かから逃げ惑い、次々と消滅していっていた。

 たすけて…たすけて…どこなの?…ねぇ、いやだよ…死にたくないよ…たすけ……………………


「駄目だ!」


 ほとんど悲鳴のような叫びを上げながら、僕は飛び起きた。手は震えていて、汗は滝のように流れている。

 心臓がすさまじい速度で、爆発しそうなくらい鼓動しているのがわかる。どうにか呼吸を整えて辺りを見渡すものの、僕の目に映ったのは、物がほとんどなく、自分以外の気配が存在しないボロアパートだけだった。取りあえず夢の内容を整理しようと少し考えてみたものの……あれだけの内容だったのに、なぜか夢の輪郭はぼやけていた。


「変な夢だったなぁ…」


 子供の声はどこかで聞いたことがあったような気もするし、そうでない気もする。夢の内容はもはや曖昧で、ここまで恐怖を感じたかどうかも分からない。夢で見た場所を思い出そうとしても……昨日の晩ご飯までしか思い出せない。だけれど、いつまでも気にしている場合じゃない。

 適当に朝ご飯を口に詰め、手早く外に出る準備を済ませる。

 朝だけれど、日当たりが悪く、窓も小さいアパートのせいで、部屋はあまり明るくはない。ただ、我ながらこの白髪は目立つ気がする。窓の外を見ると、そこには住宅街が広がっていて、自治区まちを囲む高い壁も見えた。


「この景色ももう見納めかぁ…寂しくなるなぁ」


 10年間住んだ場所だ。当然、思い入れもある。だけれど、それでも僕は行かなきゃならない。

 綺麗に手入れされた木刀を片手に、外に出る。管理人さんにアパートの鍵を返して、壁の端へと歩いていった。朝一番ということで、聞こえる音は少ない。

 進んでいくと、家の近くにはそこそこあった住宅が、端に行くにつれて少なくなっていき、端に着くと、そこには圧迫的な雰囲気を放つ巨大な扉と、その近くには場違いなディスプレイが置かれていた。


 ディスプレイに近づき、そこに触れると、けたたましいビープ音が鳴り、思わず耳をふさいでしまった。


「こんなんで驚いていたら、この先、生きていけないぞ。頑張れ、僕」


 心を再び落ち着かせてディスプレイに目を向けると、真っ赤な画面とともに警告が出ていた。


「警告。この先、アンドット自治区外。自治区外に出た場合、安全を保障できません」


 当然、僕は「進む」を押す。でなければ、ここまで来た意味がない。

 暫くすると、轟音と共に自治区の扉が開いた。朝日と共に目に入ってきたのは、崩れ、物によっては跡形もなくなった廃墟の数々だ。噂には聞いていたものの、想像以上の荒れ具合だ。おおよそ、自治区が天国だと思える程度には。

 風とともに、火薬の匂いが鼻を包んだ。


「ふう…」


 これから自分は安全地帯から離れてしまう。その事実に、一瞬、足がすくむ。一歩、一歩と、地面を噛みしめるように進んでゆく。


「行くよ……傲慢かもしれないけど……許してもらいたいんだ。…母さん…!」


 僕はこのとき気づかなかったけれど、母さんの形見のネックレスを強く握っていた。


 彼の名前はシドー・ラナイト。母への謝罪のために、鳥籠から飛び出した青年。そして、世界の命運を握ることとなる青年でもある。

 これは、無意識に過ちを犯した者たちの――禁忌を巡る、罪と贖罪の物語である。

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