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第九話 ネームレス

 木製の扉があった「はず」の出口の先は、更に地下へと続く、螺旋状の階段になっていた。

 一階から地下一階へ転がり降りた階段と比べると緩やかで歩きやすい。石造りで薄暗いが、ところどころに埋め込まれた明かりのおかげで、手持ちのランプを使用することなく進むことができた。魔法石が節約できるのはありがたい限りだ。


 そうして地下二階と思われるフロアに辿り着いたシディアたちだったが、心身ともに限界を感じていた。回復薬は傷の治療はしてくれても、体力や魔力まで戻してはくれないのである。精神力も言わずもがなだ。

「今、何時くらいなんだろーね」

 疲れ切った顔で、アリスが辺りを見回す。

「上でぶっ倒れてた時間もあるし、さっき降りた階段がなかなか長かったからな。そして降りてからもそれなりに歩いてる。もう夕暮れ時ではあるだろ」

 作り自体はシンプルだったこれまでのフロアと比べ、地下二階はだいぶ入り組んでいるようだ。

 螺旋階段と同じような石造りの壁が続いており、これまた同じくところどころに明かりが埋め込まれている。少し進むごとに十字路やT字路があり、曲がるたび、似たような通路がまたしても続いているのである。さながら迷路のようだとシディアは思った。

 疲れた頭では、マッピングもままならない。同じ場所を延々回らされているような気もする。

「あー、もぅ。同じような道ばっかだし、さすがに飽きたよ」

 限界が来たらしいアリスが、ついに壁にもたれ座り込んだ。

 のろのろと歩くのがやっとだったシディアも、つられて倒れるように隣に座る。

「魔物が出てくるわけでもないし、トラップにも出会わないしな。本当にただの迷路だっていうのか?でもこれまでの傾向を考えると……」

 シディアの呟きを遮ったのは、アリスの腹の音だった。

 ぐぅぅぅぅ。

 ぐきゅるるる。

 アリスに続いて、シディアの身体も空腹を知らせてきた。そういえば、バーゼルの家でとった朝食以来、水分しか口にしていない。

「どこか、安心して休める場所を探そう。水場があれば一番いいけどな」

 今のところ周囲に魔物がいる気配はないとはいえ、油断は禁物だ。

 それに明らかに人の手が入っている洞窟なのだから、どこかに意図的に設けられた安全地帯があってもおかしくはないとシディアは踏んでいた。

 まさか、こんな場所を発見することになるとは夢にも思わなかったけれど。


「いらっしゃいませ。二名様ですね」


 休憩場所(セーフポイント)を探して再び歩き出した数分後。

 このフロアで初めて、分かれ道がない通路を見つけた。

緩やかなカーブを道なりに曲がると、突然の出来事に双子は息を飲み、目を瞬かせた。

辺りが明るくなり眩しかったこともあるが、なにより、見知らぬ男が二人の目の前に佇んでいたからである。

 見た目は人間そのものだ。白いシャツに首からコードタイをかけ、洒落た格子柄のスラックスに、よく磨かれた革靴がこれでもかと清潔感を醸し出している。

 細長い顔に、細長い鼻。その鼻の下で左右に伸びる、先がカールした細い髭が印象的だ。シディアの両親よりは歳上に見える。

 身のこなしは上品で、華奢な体格。とてもではないが戦士には見えない。

 うっすらと魔力を感じるが、心配になるほど小さな魔力だ。身体を薄く覆っているだけというか、帯びている、纏っているという表現が正しいような。

 少なくとも魔物や魔王軍(カペル)ではなさそうだ。しかしただの人間が、こんなところにいるとは思えない。しかも───。

「宿屋……ネームレス?」

 壁に看板を見つけ読み上げると、男は嬉しそうに前のめりで話し始めた。

「はい!名もなき宿(ネームレス)へようこそ、お二方。北端の洞窟内で、唯一の休憩ポイントでございます。ここを逃すと最奥まで、休む暇なく進まねばなりませんよ。あ、ご紹介が遅れましたが(わたくし)は支配人でございます。あちらのスタッフと二人で運営している小さな宿ではございますが、サービスは大手ホテルにも劣らぬと自負しておりますので」

 男は流れるように捲し立てた。早口だが聞き取りやすい、独特の喋り方に圧倒される。

 支配人を名乗る男の背後、カウンターの向こうには更にもう一人、「スタッフ」と紹介された人物が立っている。支配人と似たような背格好をしているが、こちらは性別も年齢も不詳だ。目が合うとぺこりと会釈をされた。双子もなんとなく会釈を返す。


 漂う、和やかな空気。


「……いや、待て待て待ておかしいだろ」

 雰囲気に流されかけていたが、こんな場所で宿を運営しているなんて、どう考えてもまともなヒトではない。

 シディアはアリスの腕を掴んだ。逃げるべく背後を振り返ったが、目の前には壁が広がっていた。───入り口が消えている。

「申し訳ありません、一方通行でして。出口は反対側にございます。そして我々があなた方に危害を加えるなんてことはあり得ませんので、どうぞご安心ください」

 支配人が言うその後ろで、カウンターの向こうのスタッフも無言で何度も頷く。張り付けたような笑顔が一切崩れないのは不気味だが、敵意や悪意の類は感じられない。

 支配人はポケットからハンカチを出し、こめかみの汗を拭う動作をした。

「そもそも物理的な危害など、加えようと思ったとしてもできません。我々は実態のない、ホログラムというか……中身も人が入っているわけではなく、宿の経営とおもてなしのみを指示された、AIのようなモノですので」

 シディアは思わず、アリスと顔を見合わせる。聞き覚えのない単語ばかりだ。

「ホロ……グラム?」

「エーアイって?」

「ああ、通じないんでしたね。失礼。ん~~む、なんと申し上げましょうか……幽霊、みたいなものとお考えください。厳密には死んでいるわけではありませんが、生きてもおりませんので」

 幽霊、という単語にアリスが少し顔色を変えた。この手の話題を苦手とする妹には、あまり良い例えではなかっただろう。それでも、敵意を感じていないのはシディアと同様のようだった。

 普段から本能か野生の勘かは知らないが、そういうものに従って生きているアリスが警戒態勢をとらず、逃げも選ばないならば、少なくとも現時点では安全な場所と相手だということだ。

「いくつか、聞きたいんだけど」

「ええ、ええ。私にお答えできることでしたら、なんなりと」

「俺たちがここに招かれた理由ってあるのかな?」

 延々と続く迷路が、急にこの宿への入り口を用意したかのように、シディアには思えてならなかった。辿り着くための条件がおそらくあるはずだ。

 もし帰り道もここを通過するのが必須、もしくは最短ルートなのだとしたら、ぜひとも聞いておきたい。

「休憩場所を探していらっしゃったからです。安全に休みたい、ゆっくりと眠りたい。洞窟の攻略者様のご要望に反応して、ネームレスの扉は開きます」

「なるほど」

 言われてみればあの瞬間まで、先に進むことで頭がいっぱいだった。休息よりもそちらを優先していた自覚はある。

「それと、攻略者はみんな一泊して先に進んだのか?その……覚えていたらでいいんだけど……」

「ああ、もしかして。勇者ダリア様───お母様がご宿泊されたか、というご質問でしょうか?」

 支配人の言葉にシディアは面食らった。


 たしかに姉弟妹(きょうだい)三人とも顔は母似だと言われるし、とくにシディアの紫の髪や紫の瞳は、母ダリアの色をそっくり受け継いでいる。しかし、確信を持って母子だと言い当てるとは。


 再び訝しむシディアに、支配人は慌てて両手を横に振った。

「お客様のことを把握するのも、我々の業務の一部でして。あくまで、おもてなしのためです。悪用したりはしませんとも」

「まあ、いいけど。母さん……あの母が、疲れ切って休みたいとか思うこともあるんだなって、意外だったよ」

 シディアがそう言うと、支配人はまたハンカチを出しこめかみに当てた。

 言葉を選びながら、気まずそうに口を開く。

「勇者ダリア様は、そのぅ……お二方が生まれる前の話ですが……いつも迷路の壁を壊したり、床に穴を空けたりして力づくで突破しようとなさるので、とんでもない魔力を感知した私どもが、慌ててお迎えにあがっておりました……」

「なる……ほど……」

 おとなしく正攻法で迷路に挑むタイプだとは思っていないが、改めて聞くと、勇者にあるまじき破天荒さだ。

 腹を抱えて笑い出したアリスの隣で、特大のため息を吐くシディアなのであった。



   第九話 ネームレス <終>


絶対普通じゃない場所で運営してる、どう見ても怪しいくせに普通に回復できる宿屋。ドラクエによくありますよね。昔からどうしても書いてみたかったので、登場させられて満足です。

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