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第七十二話 特訓、特訓

 シディアたちがウィレの村に到着した日から、今日で四日目。

 今日から黒竜狩りへ出発する日まで、あと三日。

 なんと合計で七日間も村に滞在することになる。

 てっきり急いで討伐に向かわなくては、という状況だと思っていたシディアたちは、その日数を聞いて驚いた。

 もちろんすぐにでも出発したい気持ちはある、としたうえで、ヒューゴは矢筒の中身を確認しながら答える。

「コンウィの村のやつらが出られないぶん、いつもより更に入念な準備が必要だからな。ただし、その準備に割く人手すら足りていないのが現状さ。……ん?なんだアリス?準備を手伝ったほうがいいかって?それは許可できないぞ。一番隊は戦うのが仕事なんだ」

 地べたにあぐらをかいていたヒューゴが立ち上がり、村の外れ、訓練場に集まった面々を見渡す。

 ヒューゴやミコトと同年代くらいの少年少女から、レオをはじめ二十代から三十代と思われる青年たち。そしてそれぞれの相棒である赤竜(レッドドラゴン)たち。

 皆、一番隊───正しくは一番隊と二番隊、シディアたち助っ人も混合した、赤目討伐用・特別戦闘部隊のメンバーである。

 便宜上、通称は「一番隊」としており、ヒューゴが指揮をとる。今回に限り二番隊は編成されず、一番隊・三番隊・四番隊のみで遠征予定だ。

「ってなわけで、今日も訓練訓練!オイラたちが強くなれば、狩りの成功率が上がる。みんなの命を守れる。怪我人が減る。三番隊と四番隊がそれぞれの仕事に集中できる。たかが数日、されど数日ってやつだ。あと三日、ギリギリまで鍛えるぞ!」

「了解!」

 皆の元気の良い返事に、ヒューゴはニッと歯を見せ無邪気な笑みを返す。相変わらず、その場にいるだけで太陽のような明るさと温かさだ。

 移動したり、準備運動をしたりと各々動き始めた隊員たちの間を抜け、シディアは木陰で岩に腰掛けている眼帯の女性に近づいた。

「マチルダさん、連日すみません。今日もよろしくお願いします」

「わたしは口しか動かしてないし、どうってことないさ。謝るならヒルデに謝りな。弱音こそ吐かないが、本当はヘトヘトだろうぜ」

「そう、ですよね。あとで食堂で、何か甘い物でも奢っておきます」

「へえ。意外と女子の扱いが分かっているんだな」

「女子というか……妹の扱いに慣れているだけですよ」

 たわいもない会話をしながら移動した先は、訓練場の端にある倉庫だ。今は使われておらず、老朽化により解体予定らしい。

 ギィ、と音を立て古い木製の扉を開ける。壊れかけの棚がひとつ残っている以外は、少し埃っぽいだけで何もないガランとした建物。シディアの特訓場としてマチルダが用意してくれた場所だ。

「うー……今日も始めるです……か……」

 倉庫の中央で、赤竜(レッドドラゴン)に抱き着いた少女が、しぶしぶといった感じで埋めていた顔をこちらに向けた。

 疲れの色が見えるどころか駄々洩れているようすに、こんな幼い少女に連日頼っている自分が情けなくなる。

(ごめん、ヒルデ。あとで特大パフェでも大盛りクリームパスタでも何でも好きなの献上するから……)

 赤竜(レッドドラゴン)がヒルデから離れ、嬉しそうにこちらに歩いてくる。

 背中の鮮やかな赤色から、腹の淡い桃色へのグラデーションが美しいこの竜こそ、マチルダの愛竜・フォルテ。今回の狩りで、シディアとネオンの相棒を務めてくれる竜である。

 マチルダに一通り甘えたあと、フォルテは首を曲げ、シディアの頬に自らの額を押し付けた。赤竜(レッドドラゴン)の、親しみを込めた挨拶だ。

「おはよう、フォルテ。今日もよろしく」

「すっかり慣れたな。相性が良いとは思ったが、期待以上で何よりだ。わたしも安心できる」


 さて始めようかとなったところで、ヒルデが床に突こうとした杖をぴたりと止めた。

「今日は、黒猫はいないですか」

「ネオンなら、今日は(おさ)に呼ばれてるよ。例の件だと思う」

「そういえば昨日はアリスが呼ばれてたですね……順番にひとりずつ。(おさ)のいつものスタイルです」

 納得したように頷きつつも、ヒルデは少し寂しそうに見えた。連日ネオンに撫で繰り回され表面上はウザったそうにしているが、本心では違うということだろう。

 ヒューゴではないがニヤけてしまい、思わず口もとを手で隠す。

「……なんですか」

「なんでもない、なんでもない。さ、始めよう」

 ヒルデはシディアを睨みつけながら、杖をトン、と一突きしたのであった。


 ヒルデの適性魔法・幻空間(ミラージュルーム)は便利なぶん、いくつか発動に条件がある。

 まず、ある程度区切られた「空間」にいることが必須だ。

 屋内が手っ取り早いが、四方を囲まれ、かつ、天井や屋根に見立てられる物があれば一応は成立するらしい。

 おそらく、一時的に「空間」を「幻空間」に書き換える魔法なのではないか、とシディアは分析している。

 次に、ヒルデが起きている必要がある。当たり前と言えば当たり前だが、発動後にヒルデが眠ったり気を失ったりすれば、幻空間(ミラージュルーム)はたちまち解除されてしまうのだ。

 ちなみにシディアが幻空間(ミラージュルーム)の中でどれだけ魔力を消費しても、外に出ればなかったことになるわけだが、術者であるヒルデはその恩恵は受けられない。

 空間を維持するため、何時間も薪のごとく魔力を()ぎ込み続けるのは、それはそれは疲れることだろう。たとえ平均より魔力量が多いとしても、だ。

 齢十歳かそこらの少女にそんな負担をかけてまで幻空間(ミラージュルーム)に頼る必要が果たしてあったのか。

 その答えは───イエスだ。


(抑えろ、抑えろ。適度に……必要な分に絞って……よし、この感じ───いけ!)

 魔力を込めた指先で、引き金を引く。

 銃口から飛び出た魔法弾は真っ直ぐに飛び、頭上を旋回する投石鳥(ハールバード)に見事命中した。

 同時に火属性の魔法が発動し、投石鳥(ハールバード)は悲鳴ごと炎に包まれ地上へと落下する。

 なお、過去に投石鳥(ハールバード)に一度だけ遭遇したヒルデの、記憶の中の投石鳥(ハールバード)の再現らしい。うろ覚えなのがよくわかる、微妙にゆるい見た目だが気にしないでおこう。

「イイねえ!魔力操作の精度だけじゃなく、命中率もだいぶ上がってきたな。初日に自爆しまくってたのと同じ奴とは思えないくらいだ」

 マチルダに褒められ、シディアは「ははは」と乾いた笑いを漏らした。幻空間(ミラージュルーム)がなかったら、と考えると恐ろしい。命がいくつあっても足りなかっただろう。

 それにしても幻空間(ミラージュルーム)は実に現実(リアル)だ。炎に包まれ焼ける鳥の匂いまで漂ってくるのだから驚きである。

「……今夜は焼き鳥とビールで決まりだな」

投石鳥(ハールバード)は美味しくないみたいですけどね」

「まさか、食ったやつがいるのか?」

「ネオンが……猫の姿で食べてみたらしいです」

 ああ、なるほど。と頷きマチルダは話を戻した。

「よほど焦ったりしなければ、もう暴発の危険はないだろう。午後にはフォルテに乗って銃の訓練もできそうだな」

 たしかに、魔力操作はこれまでに比べるとだいぶ上達したのではと自分でも思う。ここ三日、休む間も惜しんで特訓した甲斐があった。とはいえようやく人並みに近づいた、というレベルなのだが。

 特訓前のシディアも、ごく少量であれば難なく魔力操作できていた。一定量より多く魔力を使おうとすると途端にコントロールできなくなる、というところが問題だったのだ。

 例えるなら、蛇口をほんの少し捻ってぽたぽたと水滴を垂らすことはできるのに、適量を出そうとすると突然蛇口が全開になり、調節が効かなくなるという感じである。

(やっと、慎重に捻れば適量が出せるようになった、ってとこか……普通は少量と適量が自然にできて、全開にするためには訓練が必要らしいけど)

 要は、気を抜くとまた大放出状態になってしまうということだ。魔力操作が苦手なことには変わりないが、進歩は進歩であると捉えたい。

 そしてこれまではシディアひとりで行う魔法銃の訓練と、ネオンと一緒に行う騎竜訓練に分けていたが、午後からはこれらを同時に行う方針のようだ。

 健康や成長への影響、ヒルデの負担も踏まえ、幻空間(ミラージュルーム)に頼れるのは今日が最後だと聞いている。

 ここまでやっても実戦で使い物にならなければ、ただのお荷物だ。

 ───成長しなければ。

 自分のためにも、仲間のためにも。協力してくれるヒルデのためにも。こうして指導を引き受け、フォルテを預けてくれるマチルダのためにも。それから───。

 姉オリヴィアの、大きすぎて遠すぎる後ろ姿が浮かぶ。勇者と認められるどころか、一人前になるのにすら、まだまだ足りないものだらけだ。

「特訓あるのみ、か」

 そうだ。天才にはなれなくても、凡人にだって努力はできる。シディアは気合を入れなおすのであった。



   第七十二話 特訓、特訓 <終>


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