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第七十一話 愛竜

 案内されたのは酒場のような場所だった。一応店名はあるらしいが、ヒューゴたちは「食堂」と呼んでいるようだ。

 仕切りはほとんどなく、だだっ広い建物の中に、長方形のテーブルと長椅子がずらっと並べられているだけの簡素なつくりである。

「今日は(おさ)のおごりだってよ!じゃんじゃん食おーぜ」

「やったー!いっぱい食べるー!お腹ぺっこぺこだよ」

 ヒューゴの言葉にアリスが歓声をあげた。

 アリスとレオは食堂の前で合流したのだが、幻空間(ミラージュルーム)から追い出された後、二人で随分と話が弾んだらしく、もうすっかり仲良しこよしだ。

 皆にメニュー表を見せながら、これがおススメだの、どういう料理だのと説明するレオの袖をアリスが引っ張り「ねー、お腹すいた!はやく頼もうよ!」などと恥ずかしげもなく騒いでいる。

 あんな戦い方をしたくせに元気だなあ、と思いつつシディア自身も疲れを感じていないことに気づいた。僅かな疲労は、王都からここまでの移動によるものだろう。

 幻空間(ミラージュルーム)で起きた身体的な事象はなかったことになる、という話だったが、魔力すら使っていないことになるとは。

幻空間(ミラージュルーム)、便利だろ?ヒルデには一番隊の訓練にも時々つきあってもらってる。といっても、あの中で筋トレとかしても意味ないからな。新しい武器や戦法を試したりするくらいだけど」

 ヒューゴはそこで言葉を切り、レオたちのほうを見た。

「もう全部の料理、一つずつ頼んじまおうぜ。アリスはけっこう食べるタイプと見た。ちなみにオイラとレオも、めちゃくちゃ食う!」


 テーブルに所狭しと並べられた料理が、片っ端から若者たちの胃袋に消えていく。

 人の良さそうな中年の男性給仕は、空になった皿を下げるたびニコニコと嬉しそうな笑みをシディアたちに向けた。

 アリスは知っての通りだが、宣言していただけあってヒューゴとレオもなかなかに気持ちの良い食べっぷりである。

 初めは異国の香辛料の匂いに少々怖気づいていたシディアだったが、いざ食べてみると癖になる美味しさで口に運ぶ手が止まらない。

 いくつかお気に入りを見つけたが、薄いパンのような生地にチーズや野菜を挟んで焼いたこれはとくに絶品だ。噛むたびに口の中にとろりと広がるチーズがたまらない。小皿で添えられているちょっぴり辛めのソースと合わせると、素材の甘みがより際立つ。

 最後のひとつをさり気なくかっ攫っていったところをみると、ミコトの好物でもあるようだった。

「さて、と。みんな腹は膨れたか?知ってる話もあるかもしれないが、改めて話しておこうと思う。俺たち一族について。それから、黒竜狩りについて───だ」

 ヒューゴは口もとのソースを拭い、皆に向き直った。

 アリスとヒルデは口をもぐもぐと動かしながらではあるが、皆表情は真剣である。

赤竜(レッドドラゴン)は今日見てもらった通り、馬より少し大きい程度だ。性格は温厚で好奇心旺盛。基本的に人が好きな個体が多い。彼らを愛し養う代わりに、狩りの手助けをしてもらうのが、黒竜狩りの伝統なのさ。赤竜(レッドドラゴン)の背に乗り天を駆ける戦士───それが竜騎兵団・一番隊と二番隊だ」

 シディアの視界の端で、ネイルばっちりの浅黒い手が、すっと肩の高さにあがる。ネオンである。

「その一番隊とか二番隊とかって、それぞれ役割があるって話だったじゃん?それぞれどんな隊なわけ?」

「ああ、全体の説明がまだだったな。まず、竜騎兵団は一番隊から四番隊まで四つの隊で構成されてる」


 一番隊と二番隊は戦闘部隊。

 一番隊が主力・前衛。黒竜狩りの要の部隊であり、花形といえる。

 二番隊は一番隊のフォロー・後衛。一番隊に戦闘不能者が出た場合は、二番隊から戦力が補充される。最前線に飛び込む必要があるため、怪我人を助け出すのも大事な役目。

 三番隊は事前調査が最も重要な役割。狩り本番は目標個体への道案内を務めたり、狩りが終われば獲物の解体・仕分けなどを行う。

 四番隊は食料を含め荷物の管理・キャンプの設営・水場の確保・食事の用意など。他の隊が行わないことを全て担う。医療班も四番隊に含まれる。


 以上が、竜騎兵団の概要だった。

 竜騎兵団とは言うものの、三番隊と四番隊は騎竜できる者ばかりではないらしい。

 地上から馬車で追いかける、作戦によっては先回りしてキャンプを整えておいてもらう時もあるとか。

 たしかに大量の荷物を持って乗ってしまっては、赤竜(レッドドラゴン)への負担も大きいだろう。

「次に、黒竜(ダークドラゴン)について。同じ竜でも、黒竜(ダークドラゴン)のサイズは赤竜(レッドドラゴン)よりはるかに大きい。もちろん個体差はあるけど、だいたい三倍から五倍くらいだと思ってほしい。そして───」

 ヒューゴの背後に立つ眼帯の女性に全員が気づいたのは、その時だった。

 話を遮ってしまったことに気づいたマチルダは、すかさず言葉を繋ぐ。

「───今回の目標個体・赤目(あかめ)は、黒竜(ダークドラゴン)の中でもかなり大きいほうの部類に入る。爪で一撃食らっただけでも普通の人間なら良くて瀕死、最悪即死だ。わたしは瀕死で済んだがな。あの後、たまたま近くにいた二番隊のメンバーに発見されて王都に運び込まれた。ラッキーだったとしか言いようがないぜ、ほんと」

 マチルダが松葉杖を握る手に、わずかに力がこもったのをシディアは見た。歴戦の戦士がここまで───よほど恐ろしい思いをしたのだろう。

 その恐ろしい相手をこれから討伐しようとしているのだ、怖くないと言えば嘘になる。だが、ブラッドナンバーが絡んでいる可能性もある以上、やるしかない。

「あの日の詳しい話も改めて聞いておきたいところだけど……なにか用があって来たんだろ、マチルダ?それとも一緒にごはん食べたかったか?」

 ヒューゴが空席を勧めると、マチルダは脚に気遣いながらゆっくりと腰掛けた。

「食事はいい、この後約束があるからな。ひとつ、提案をしに来ただけだ。───シディア、といったか」

「えっあっ、はい!」

 想定外のタイミングで急に名を呼ばれ、思わず背筋が伸びる。

 マチルダはじっとシディアの顔を見つめ、決心したように唇を開いた。

「わたしの愛竜・フォルテを借りてみないか」

 シディアが反応するより早く、一番隊の面々が一斉に立ち上がる。ヒルデは微動だにしていないものの、険しい表情だ。

「マチルダ、本気で言ってるのか?」

「そうだ。フォルテはあんたの───」

 ヒューゴとレオを手で制し、マチルダはもう一度シディアを見つめる。

「こいつらがこんな反応をするくらい、フォルテはわたしにとって唯一無二の竜だ。家族以上の存在だ。その愛竜を、おまえになら預けてもいいと思った。騎手として、フォルテとの相性がいいと判断した。あいつは……フォルテは、戦場で役に立つことに喜びを感じる奴なんだ。わたしの怪我のせいで、しばらく活躍させてやれないのは申し訳ないと思っていたところでな」

「今日初めて赤竜(レッドドラゴン)に乗ったばかりの、ど素人の俺に、そんな大切な相棒を……」

「そこまで気負わなくていい。その代わり、あいつには命の危機を感じたら即逃げるよう教育してある。戦闘の途中で逃げても文句は言うなよ。なにせ三番隊は、生きて情報を持ち帰るのが仕事なんだ」

 その教育のおかげで、マチルダは死を免れたのだと理解した。赤目の攻撃に危機を感じ、咄嗟に逃げの姿勢を取ったからこそ助かった命なのだろう。

 むしろ、指示をしなくても逃げてくれるなら願ったり叶ったりだ。

 テーブルを囲む皆を見回した。険しかった一番隊の表情も、マチルダの言葉で元に戻っている。ヒルデは食事を再開しているくらいだ。この子も小さな身体でよく食べる。

 アリスの薄紫の瞳が、心配そうに揺れた。それを横目にみとめたネオンが「ちょっといい?」と口を開く。

赤竜(レッドドラゴン)には二人まで乗っていーんだよね?シディアがそのフォルテって子借りるなら、後ろにはウチが乗ろっかなって。許可してもらえる?マチルダのおねーさん」

「もちろん、わたしはかまわない。ヒューゴ隊長の作戦次第ではあるが?」

 皆の視線が、一斉にヒューゴに集まった。

「おっと、最終決定はそりゃあオイラか。マチルダがいいなら、うん、許可しよう」

「決まりだな。シディア、おまえにフォルテを預ける。明日また話そう」

「よ、よろしくお願いします!」

 シディアが頭を下げると、マチルダは満足そうに立ち上がり、食堂を出ていった。


投石鳥(ハールバード)だろうが黒竜(ダークドラゴン)だろうが、近づく敵は片っ端からこの天才スナイパー・ネオンちゃんが撃ち落としてやんよ★まっかせといて~、ね?」

 ネオンの目くばせに、アリスの表情は明るく華やいだのであった。



   第七十一話 愛竜 <終>


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