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第七十話 意外な素質

 ミコトの短刀は右手の一振りだけだと、直前まで思っていた。

 思わされていた、のかもしれない。

 ネオンの初撃で怪我を負ったはずの左腕。瞳に映った短刀は、その左手に握られていた。

 なんという胆力。なんという気迫。なんという執念なのだろう。

(これが、黒竜狩りの一族……!)

 ネオンの首筋に刃が迫る。

 刃先が触れるか、触れないか。その瀬戸際に割って入る物があった。

 主の潤沢な魔力を吸い上げ輝く、クリスタルソード。その透明の剣身が短刀を受け止めたのである。

「シディア……!」

 彼の名を呼んだ声は、叫びというより悲鳴に近くて、自分でも少し驚いた。掠れ、震え、涙混じりで、みっともない。

 ───死に触れるとは、こんなにも恐ろしいことなのだ。

 ふいに脚の力が抜け、草地にへたり込んだ。腰が抜けるなんて、生まれて初めての経験だ。

 自らの過去に思いを馳せるより先に、恩師トマスの優しい笑顔が浮かんだ。

 もう誰にも、こんな思いはさせない。───死なせる、ものか。

 剣と短刀が打ち合う音が響く中、ネオンは涙ぐみながら決意を新たにしたのであった。


「一対一って話だったよな、邪魔してごめん!」

 正直、防御がやっとだ。

 二振りの刃を必死で受け止めながら、シディアはミコトの反応を伺った。

 短刀の片方はネオンの攻撃で弾き飛ばされたはずだが、予備があったのかもしれない。いや、このずば抜けた身体能力ならば、すかさず空中でもう一度掴みなおしたなんてこともあり得る。

 先ほどの謝罪は審判役のヒューゴに向けたものでもあったのだが、ミコト以外を見ている余裕は、今のシディアには皆無であった。

 当のミコトは、何か言葉を返す気はさらさら無いように見える。

「ルール違反なら謝る。でも、いくら無かったことになるとしても───仲間を見殺しにするなんて、俺にはできない……!」

 シディアの剣が、ミコトの左の短刀を弾き飛ばした。

 怪我を負い、流血しながら戦っていたのだ。さすがに力が入らなくなってきたのだろう。

 心配ではあるが、今のシディアにとっては幸運だ。左足を大きく踏み込む。右の短刀も弾いてしまえば───。

 その時だった。ミコトが小さく何かを呟くと同時に、前髪の隙間から覗く瞳が、光を放った気がしたのは。

(……なんだ?身体が……動かな……)

 いつしかのガーディアン戦の重力場とはまた異なる感覚だ。重さは感じない。例えるなら、金縛りにあったような。

 ミコトは静かに速やかに、シディアの左胸に狙いを定める。

 切っ先がローブの防御を貫通せんとする、まさにその瞬間。

「───そこまで!」

 ヒューゴの明朗な声が森に響いた。

 ミコトは駆け寄ってくるヒューゴを横目で見、武器を下ろして大きく一歩後ろに下がる。

 いつの間にか、シディアの身体は金縛りから解放されていた。

「あ、シディアのせいじゃないぜ。ネオンの戦い方は見れたかなと思ってさ。ミコトの強さもわかっただろ?」

「ああ、身をもってわかったよ。十分すぎるくらいだ」

 ───命拾いした。

 ふー、と大きく息を吐くと、シディアはその場に座り込んだ。

 あのタイミングでヒューゴが止めてくれなければ、確実に死んでいただろう。左胸と首筋を撫で、無事を確かめる。

「じゃあ、次はシディアだな。剣さばきは見させてもらったから、もう足りたかもしれないけど……ん?なんかあったみたいだな」

 ヒューゴの視線の先には、こちらへ歩いて来るヒルデがいた。マントを引き摺りながら何かを訴えている。

「そこのシディアとかいうやつ、(おさ)からの指名です。赤竜に乗ってみろです」

 思ってもみなかったリクエストに、シディアは瞬きを繰り返した。

 更に驚くことに、その幾度かの瞬きの間に、突然赤竜が現れたのである。

 ヒューゴの相棒レックスとも、ミコトのメルとも、レオのベリーとも違う竜であることは、素人のシディアにもわかった。

 赤竜の背には既に鞍が乗っていた。ヒューゴの補助を得て跨ってみる。ヒューゴの後ろに乗せてもらった時とは、また違う景色だ。

「そのままオイラと空中散歩でもしようぜ、シディア」

 見ると、ヒューゴもいつの間にやらレックスの背に乗っていた。レックスがどこから現れたのかは謎だが、これもヒルデの魔法の一部ということだろうか。

 促され握った手綱は、ごく自然に、しっくりと手に馴染んだ。

「ちょっとだけ空を飛んでみたいんだ。頼めるか?」

 話しかけると、赤竜は楽し気に声をあげる。待ってました、と言わんばかりだ。

 地面がぐんぐん離れていく。あっという間に上空に到達したシディアを、ヒューゴは満面の笑みで迎えた。

「さすが(おさ)だな、たしかに素質アリだ。振り落とすような奴じゃないけど、手綱は離すなよ」

「素質って……俺に騎竜の素質があるってことか?」

 驚いて聞き返すと、ヒューゴは大げさに頷いてみせる。

「あるある、めちゃくちゃある。実は乗ったことあったんじゃないのか?ってくらい。乗馬の経験とやらが生きてるのかもしれないけどな。オイラはむしろ、赤竜以外乗ったことないからわかんねーけど」

 そう言って、けらけらと笑うヒューゴは、初対面の印象と変わらぬ子どもに見えた。

 審判役をしていた際は隊長として、戦士として振舞っていたが、今はただ、ひとりの少年としてシディアの前にいるのだ。

 ヒューゴといると、シディアの肩の力も自然と抜けていく。

 まるで親友たちと戯れていた、あの日々のように。

(……やっぱり似てるよ、お前ら)


 たわいない話をしながら、しばしの空中散歩を楽しんだシディアたちは、皆が待つ地上へと戻った。

 降り立って真っ先に視界に飛び込んで来たのは、つい先ほどまで死闘を繰り広げていたネオンとミコトだ。

 どうやら、ネオンがミコトの手当てをしている最中らしい。

「どうせ外に出たら治るんだから意味ないって言ってるのに、ぜんぜん聞かないです。この猫、なかなかに頑固です」

 ヒルデは手を腰に当て、呆れたようにネオンの手元を眺めている。

「止血するだけだっつってんじゃーん。さすがにダラダラ血流れてるのに放っておけないっしょ」

 ヒルデの言う通り先に外に出れば即解決しただろうに、シディアたちを───正しくはヒューゴを待っていたのだろう。

 借りちゃってごめんよ、と。少し申し訳ない気持ちでミコトに視線を送る。

 相変わらず表情は読みづらいが、静かに大人しく治療を受けているミコトは、まんざらでもないように見えた。


「なあ、ソレは使わないのか?」

 幻空間(ミラージュルーム)を解除し(おさ)の家に戻ると、ヒューゴが唐突にシディアの魔法銃を指差した。

 ローブの下に隠していたつもりだったが、どうやらバレていたらしい。

「道中で軽く話した通り、俺、魔力操作が苦手で……もし魔力を込めすぎても銃本体はある程度耐えられる設計らしいけど、撃ち出した弾丸が暴発する可能性が高いんだよな」

 一歩間違えれば、自分はもちろん、味方が巻き込まれかねない。せっかくの天才ジョセフの発明品が、お守り状態になってしまっているのはそれが理由だ。

 シディアが魔力出力を調節できない。唯一、それだけのために。

「悲しいかな、狙撃の腕もイマイチだったしな……いやほんと、特別に入らせてもらった演習場で赤面するレベルには。まあ、この前のネオンみたいに俺以外が使えれば無駄ではないわけだし。お守りとして引き続き持ち歩くよ」

 相槌を打ちながら話を聞いていたヒューゴは、少し視線を落とし何やら考えた後、シディアに視線を戻し口を開いた。

「うん、使えるように特訓するか!」

「へ?いや、だから……」

「ほら、幻空間(ミラージュルーム)なら暴発とか気にせず練習できるだろ。赤竜に乗って空中戦をするなら、遠距離攻撃ができるに越したことはない!」

 爽やかに言い切られ、たしかに、と頷いた。

 相手は竜種の中でも最強、狂暴と名高い黒竜(ダークドラゴン)なのだ。

 距離を詰めずとも攻撃できる手段はあったほうが良いに決まっている。

「ちなみに一番隊は、レオ以外の全員が飛び道具持ちだぜ。弓矢とか銃とか、石投げる奴もいたり。ミコトみたいに、本命の武器はまた別ってのも何人かいるけどな」

 ヒューゴがちらり、とヒルデを見る。勝手に話を進めてはいるが、ヒルデの協力がないことには成り立たない。

 はあ、とヒルデはため息をついた。

「心配しなくても、特訓なら付き合うですよ。でも今日はこの辺で解散するです。お腹が限界です」

「そうだな。撤収撤収~、メシ食おうぜ」


 屋外へと出ていく少年少女たちの背中を、真剣な瞳で見つめる者がいた。

 三番隊隊長・マチルダである。

「ふむ。あの少年なら、あるいは───」



   第七十話 意外な素質 <終>


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