第六十九話 ネオンvsミコト
「本気だの全力だの、たった一撃でこんなになるなら実戦では使えないです。全身の骨折に筋肉の断裂。意識不明で生死も不明です。バカですか。バカですね。ヒューゴも分かった時点で止めろです」
うつ伏せに倒れ指一本動かさないアリスを杖の頭で突きながら、ヒルデがグチグチと文句を垂れる。
初対面のシディアから見ても彼女が怒り心頭なのは明白だが、その怒りを向けられたひとりであるヒューゴは意に介さないようすだ。後頭部をかき「いやー」と笑っている。
「どうなるのか見てみたくなっちゃってさ。あとは、まぁ、見惚れてたっつーか」
「この状態じゃ使い物にならないです。こいつらだけ空間の外に出すです。とくにこの女は、外で元気になって反省しろです」
ヒルデの杖の先が地面を突く音とともに、アリスとレオの姿は消えた。
「……はぁ。仕切りなおすです。次はどっちがいくですか」
「あ、俺……」
「はいはいはーい!次はウチ、ネオンちゃんいっきまーす」
シディアの立候補は、ノリノリなネオンの声にかき消されてしまった。
ああ、終わった。とシディアは内心がっくりと膝をつく。こんなことならトップバッターを引き受けておくんだったと後悔した。
トリを飾るのは荷が重い。どう考えても、シディアの戦闘が断トツで地味に決まっているのに。
「狙撃手ですか……なら、こうするです」
ネオンの得物を一瞥し、ヒルデはまた杖を一突きした。
風吹きすさぶ荒野が、一瞬で緑豊かな森に早変わりする。
ネオンが「おぉ~!」と歓声をあげ目を輝かせた。
「得意分野、得意分野~★しかも超いい感じの森じゃーん。わかってるねぇ、ヒルデちゃん」
栗色の髪をわしゃわしゃと撫でるネオンの手を、ヒルデの小さな手が払いのける。
「気安く触るなです。ちゃんづけ、は……まあ、好きなように呼ぶといいです。な、何にやにやしてるですかヒューゴ。とっとと始めろです」
ヒューゴをひと睨みすると、ヒルデは染まった頬を隠すようにして、長とマチルダが待つ場所へ歩いていった。
まだまだ子ども扱いされていい年齢だろうに、可愛がられること自体に慣れていないようすだ。
「ところで、何狙えばいーの?野生動物とか?それとも魔物?」
ネオンの言葉に、周囲を見渡した。
たしかに鳥の鳴き声はするし、野生動物がいてもおかしくはない森だ。なお、魔物の気配は感じられない。
ヒューゴが首を横に振る。
「そんなぬるい相手じゃネオンも面白くないだろ。一番隊・副隊長の力、見せつけてやれ───ミコト」
弓矢を手にしたミコトが、前に進み出た。
視線がネオンに向けられていることは辛うじてわかるものの、相変わらず目元が隠れる長さの前髪のせいで、表情は読み取れない。
「どもども、よろしくね~」
握手を求め差し出したネオンの手が、ミコトの手に触れることはなかった。
前髪の隙間から覗く瞳が、ネオンを鋭く睨みつける。出会ってからおそらく初めて、ミコトが薄く口を開いた。
「……戦場は甘くない。殺す気できて」
「おーっと、そういう感じか。おけおけ、まっかせといて~★」
へらへらと笑うネオンに背を向け、ミコトは静かに木々の影に溶けていったのであった。
「二人とも、準備はいいな?では───はじめ!」
ヒューゴのよく通る声が森に響く。
大木の安定した枝の上で、ネオンはライフルをかまえた。
いい場所を確保できた。自画自賛しながら周囲に耳を澄ます。
先手必勝。普段のネオンなら、どちらかというと早々に仕留めるほうを優先して動きがちだが、今回は相手が相手だ。油断は禁物である。
ミコトの目は本気だった。
───殺す気できて。
あれは「こちらも殺す気でいく」という宣言に他ならない。
ドクター・コセの言っていたことが本当なら、おそらくネオンは幼少期に一度死んでいる。少なくとも仮死状態にはなったはずだ。
いくら肉体的になかったことになるとはいえ、これ以上、死の経験なんて欲しくはない。
(……くる!)
開始から数十秒と経たずに、弓矢の放たれる音を猫耳がキャッチした。
風を切って飛び、近づいて来る矢───右側前方。発射位置からの距離、約八十メートル。
落ち着いて、枝の上に伏せやり過ごす。
「さっすが副隊長、いい勘してんじゃん。それじゃあこっちも……は?」
思わず、口を開けたまま固まった。
先ほど避けた矢は、大木の幹に突き刺さって止まり、その衝撃で上下に揺れている。
そこにさらにもう一本。二本。三本。同じ位置に連続で矢が射ち込まれたのだ。それも数秒間隔で、正確に。
木々の生い茂る森の中、こちらの視界は良く、周囲からは見えづらい場所を陣取った。八十メートル先からの目視は不可能のはずだ。
きっと、あたりをつけたところに挨拶代わりに射ち込みながら、徐々にネオンの居場所を絞っていくつもりなのだと、そう思っていた。
だが、これは───既に特定されている。
「マジか、いくらなんでも早すぎっしょ……!」
索敵ならこちらも得意分野だ。スナイパーとして負けてはいられない。
猫耳に魔力を集中させ、目を閉じる。
飛んでくる矢が二本、三本。伏せたままならぎりぎり避けられる角度だが、どれだけ連発してくる気なんだか。
先ほどキャッチした右前方、約八十メートル。静かな森だからこそ聞き取りやすい。弦をはじく音、風向き、矢の角度───捉えた!
「超★弾!」
枝に伏せた状態のまま、ミコトがいると確信した方角へ弾丸を飛ばす。
樹木人形の時とは違い、威力ではなく速度を上げてみたのだが。
(クリティカルヒット……とはいかないか。でも、手応えアリ)
着弾と同時に、ミコトのものと思われる小さな呻き声があがったのを、ネオンの耳は聞き逃さなかった。致命傷とまではいかなくても、多少のダメージは与えられているはずだ。
そしてこれで、お互い完全に位置を把握したことになる。
こうなってしまえばいつものスタイルに切り替えだ。撃って撃って撃ちまくるしかない。
あんなことは言われたものの、できれば命を取りたくはない。勢いで圧倒して、降参を引き出す───。
「……え?」
感嘆詞ばかり口から出る日だ。でも、仕方ないっしょ?とネオンは思う。
だって───八十メートル先で撃たれた人間が、たった数秒で目の前に現れたのだから。
ネオンが乗っている枝よりも低い木の上で、ミコトは少なくとも流血レベルの怪我を負ったはずだ。
木々を渡り、登ってくるだけでも相当の音が聞こえてくるはず。ましてや、血の臭いが近づいてきてわからないなんて、猫妖精にそんなことがあるはずがない。
何より、地上を走るかのような速さで木々を移動できるなんて、本当に人間なのだろうか。
(世界ってマジで広いぜ、ロードリック。バケモノ多すぎ問題だっつーの)
バケモノじみた人間の幼馴染を思い出しながら、枝の上で身体を回転させ、左に素早く転がる。
間一髪。ミコトの短刀は、直前までネオンの身体があった場所に突き刺さった。
転がった勢いに任せ、ネオンは枝から飛び降りる。
接近戦もできなくはないが、相手は黒竜狩りの一族の戦士だ。なんとか身を隠してもう一度撃ち合いに持ち込まなければ、ネオンに勝ち目はない。
地上に着くまで数秒。頭から落ちる格好だが、猫妖精の身体能力なら安全な着地は容易だ。
空中からもう一発撃ち込み、隠れる時間を作ろう。機動力を削ぐため、狙うは脚が最適解。
それがネオンの作戦だった。しかし。
「……やっぱり、甘い。そんなんじゃすぐ死ぬよ」
ライフルから放たれた銃弾は、ミコトの左太ももを確実に撃ち抜いた。
既に怪我を負っている左腕と合わせて、なかなかのダメージを受けているはずだ。
それなのに、ミコトは俊敏に動いた。躊躇なく大木の枝から飛び降り、ネオンを追う。
普通の人間なら、下手をすれば即死する高さだというのに。
「……っ!」
空中で追いついたミコトが、右腕を振り下ろした。すかさず反応したネオンが、迫る短刀を銃弾で弾き飛ばす。
体勢を崩すことには成功したようだ。わずかだが距離も広がった。
縦に一回転し着地する。早く、早く隠れなければ。
駈け出そうとしたネオンの頭上に、影が落ちる。
黄緑の瞳に映るは、鈍く光る───切っ先。
(やば、ウチ───死んだかも)
第六十九話 ネオンvsミコト <終>




