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第六十七話 討伐依頼

 翌朝。

 出迎えてくれた文官に案内され、王宮の廊下を歩くシディアたちの足取りは軽い。表情は晴れ晴れしており、心なしか肌艶も良いように思える。

 その理由は、昨晩宿泊した宿であった。

 一人一部屋ずつあてがわれた個室に、ふかふかのベッド。王宮と見紛うほどの立派すぎる大浴場。祝い事でもあるかのごとく豪華な夕食。

 船上で過ごした十日間との差も相まって、とんでもなく快適な一晩だった。

 依頼を受けて来たとはいえ、ここまで歓迎してもらえるとは嬉しい誤算である。

 アダマソル国王は豪快な御仁だと聞いているが、それに加え随分と太っ腹らしい。


 長い廊下の終点には、特別大きく、絢爛な扉。

 重々しく開いた先の、贅を尽くした応接室で、その太っ腹な貴人が三人を待っていた。

 アダマソル国王───アダマス七世である。

「おお、そなたがシディアか!噂通り、勇者ダリアの面影を感じるのお。これはこれは、遠いところよくぞ我が国へ来てくれた。勇者の卵と仲間たちよ!」

 アダマス七世は真っ赤な長椅子から立ち上がると、逞しい両腕を大きく広げ歓迎の言葉を述べた。

 武を重んじる国王だと聞いてはいた。いたのだが。

『国王、なんだよな……?』

『騎士団長かと思った……ムキムキすぎない?』

 思わず無駄に双子会話を使ってしまうくらいには、想定をはるかに超えた身長や肩幅、何より筋肉に面食らう。声にも肌にも張りがあり、五十代とは思えぬエネルギッシュさだ。

 ベーヌスの騎士団長カーマインには及ばないだろうが、かなりの強者だろう。シディア程度なら、一瞬でひねり潰せるに違いない。

 挨拶から始まり、ベーヌスの近況、ここまでの旅などを一通り話す若者たちを、アダマス七世は楽し気に眺めていた。

 よく笑う、豪快で太っ腹でムキムキの王様。シディアたちのアダマソル国王の認識は、そのようにアップデートされたのであった。

「おおっと、人を待たせておるのを忘れていた。本題に入るとするか」

 シディアたちを案内してきた文官に何やら耳打ちされ、アダマス七世は長椅子に座りなおした。シディアたち三人が座っている長椅子とほぼ同じサイズのはずだが、彼の体格では一人用の肘掛け椅子に見えてくる。

「とある一族の長から、人手が足りないから兵を派遣してほしいと頼まれてな。報酬ははずむとのことだが───残念ながら報酬云々の前に、実は騎士団も兵が不足している状況なのだ」

「一応、状況は伺っています。魔王復活の影響で魔物が活発化して、騎士団も手一杯だとか」

 シディアが話す隣で、アリスが無闇やたらと頷いている。言葉遣いが怪しかったので「あまり喋るな」と言ったのはシディアだが、これはこれで不自然な気がしてならない。

「ああ、昨日そなたたちが倒した投石鳥(ハールバード)もそうだ。あれだけの群れが王都の周辺に現れるとは……街道を行き交う民に被害を出さず討伐してくれたこと、感謝する」

 アダマソルには、ベーヌスのような結界はない。

 王都の近くでも魔物に襲われる危険性は前々からありはしたが、騎士団の巡回で対処できるレベルだったため、とくにこれといった対策はしてこなかったようだ。それがここ数か月ほどで、被害が倍増しているという。

「これは勘のようなものなんだが……とくに先月あたりから、魔物の質が変わったように思うのだ」

「数ではなく質、ですか。強くなっていると?」

「強い個体が増えているのは確かだな。感覚的なものゆえ上手く言えぬが、何か異質な力を感じる。関連して、妙な報告もあがっておるのだ」

「妙な報告とは?」

 シディアの問いに、文官がすっと進み出た。手にしているのは報告書のようだ。

「えー、それは(わたくし)から。先月のことです。ここより北に位置しているウィレの村から、王都へ急患が運び込まれました。瀕死の状態でしたが何とか一命を取り留め、今はウィレの村の診療所で引き続き療養中とのこと。被害者の女性は───アダマソル国内では有名な、歴戦の戦士でした」

 一呼吸おき、文官は話を続ける。

「その戦士を瀕死になるまで追い詰めたのは、一頭の黒竜(ダークドラゴン)。目の色が通常とは異なっていたと、目撃した者たちが皆、口を揃えています。───血のように赤く、光っていたと」

 最後の一言に、ネオンの耳はぴくりと反応し、双子は同時に呟く。

「血のように……」

「赤く光る───」

 これまでに出会った敵の瞳が、双子の脳裏を駆け抜ける。


 ───ここにもいたか。ブラッドナンバー!


 文官が下がり、アダマス七世は三人に向き直った。

「そなたたちへの依頼だが。その黒竜───通称「赤目(あかめ)」の討伐隊に加わってほしい。それが、先に話した一族からの依頼に応えることでもあるのだ」

 とある一族。黒竜の討伐隊。なんだかつい最近聞いたような話だ。───と、いうことは。

「ふむ、待たせすぎてしまったか。……入って良いぞ、ヒューゴ」

 国王の声かけに応じ、奥のカーテンの隙間から、少年がひょっこり顔を出した。

「いやほんと、待ちくたびれましたよ王様~。よ、シディア!昨日ぶり!」

「やっぱりな。これで知らない人が出てきたら逆にびっくりだ」

 あはは、と明るく笑うヒューゴの後ろで、ミコトがぺこりと軽く会釈する。

 アダマス七世は驚いた様子でシディアとヒューゴを交互に見た。

「なんだ、知り合いなのかお前たち」

「昨日、投石鳥の現場にオイラたちもいたんすよ。あ、さっき出してもらったクッキー、ミコトが気に入ってたんで土産に持って帰っていいっすか?」

「あ、あたしも欲しい!です!」

 アリスが右腕をピンと真っ直ぐ上に伸ばし、ヒューゴに便乗する。

 うん。口に残ったクッキーをちゃんと飲み込んでから発言したので良しとしよう。

「はっはっは!ベーヌスに依頼を出したのは、信頼がおけるのはもちろん、他の国より物理的に距離が近いという安直な理由ではあったが……どうやら正解だったようだ。皆で力を合わせて赤目を討伐してくれ、頼んだぞ若人たちよ!」

 上機嫌で果実酒を振る舞おうとした国王を文官が慌てて止め、土産のクッキーをそれぞれ持たせてもらい、その場はお開きとなった。

 並んで廊下を歩きながら、ヒューゴはシディアの背をバシッと勢いよく叩く。

「な、また会う気がするって言ったろ?頼りにしてるぜ、三人とも!」


 文官に案内された先は、来た時と同じ王宮正面の出入り口ではなく、王宮の屋上であった。

 昨日見た赤竜(レッドドラゴン)が二体と、初めて見る赤竜がもう一体。

 そして三体の赤竜の隣で、見知らぬ青年が手綱を握り待機している。

「待たせたな、レオ。この三人が例の助っ人だ」

 レオと呼ばれた青年は「どうも、よろしく」と会釈した。

「こっちの真っ赤なのがオイラの竜、レックス。そっちのオレンジっぽいのがミコトの竜、メルだ。で、レオの隣にいるのがベリー。みんな賢くて可愛いんだぜ」

 ヒューゴが首を優しく撫でると、レックスは気持ちよさそうに目を閉じる。

 それぞれ簡単に自己紹介を済ませ、シディアたちはヒューゴに促されるまま、恐る恐る赤竜の背に跨った。

 負担を掛けないよう、赤竜の背に乗るのは二人までという決まりがあるらしい。

 体重のバランスを考慮し、レックスの背にヒューゴとシディア。メルの背にミコトとネオン。ベリーの背にレオとアリスが乗り込んだ。

 言うまでもなく、手綱を握るのは黒竜狩りの一族の三人である。

 シディアは姉オリヴィアの影響で乗馬を少々嗜んでいたものの、空を飛ぶ生き物に乗った経験は皆無だ。

 ───振り落とされたり、しないだろうか。

 胸の高鳴りが不安の動機に変わりかけたシディアだったが、ヒューゴのはつらつとした声がそれを爽やかに吹き飛ばす。

「みんな忘れ物はないな?ミコト、もらったクッキー落とすなよ。いざ、ウィレの村へ!しゅっぱーつ!」

 不思議だ。彼の声を聞くと前向きになれる気がする。勇気が湧いてくる。

 できないと思っていたことが実はできるんじゃないかと、チャレンジしたくなるような。


 赤竜たちはぐんぐんと高度を上げ、王宮はあっと言う間に小さくなってしまった。太陽が近い。

 大空から見下ろすと、アダマソルが群島で形成されていることが改めてよくわかる。形も大きさも異なる島々と、陽の光を受けて煌めく海が美しい。

「……綺麗だ」

 思わず呟くと、「だろ?」とヒューゴが得意げに返す。自然とシディアの口もとも綻んだ。

「なんだよ、まるでお前の国みたいな言い方だな」

「オイラの国さ。オイラが住んでる、オイラの大好きな、オイラが守るべきアダマソルだ!」



   第六十七話 討伐依頼 <終>


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