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第六十五話 飛来する不穏

「ところで、おばあちゃんは何でここにいるの?」

 助けてもらった御礼と再会の挨拶もそこそこに、アリスがもっともな疑問を口にする。

 ベーヌスを出て五日、アダマソルに着くまでもあと五日。ここは何もない、海のど真ん中なのだ。

 というか人形のような少女に向かって、さも当然かのように「おばあちゃん」と呼ぶアリスもどうかと思うが、呼ばれた本人が気にしていないようなのでスルーしておく。

「むろん、お前たちに会いにじゃ」

「俺たちに?なんで?いや、そのお陰で、めちゃくちゃ助かりましたけど……」

 お前たちに、と自ら言ったくせに、ブラウは双子の間をすたすたと通り抜けていった。

 ネオンの前で足を止めると、黒い猫耳と尻尾をしげしげと眺める。

「へ?ウチ?は、はじめまして……?」

 無遠慮な視線に戸惑うネオンの挨拶にはとくに返さず、魔女はフリルの傘をくるりと回した。

 途端、ネオンの姿が人型から猫に早変わりする。

「!?」

 全員がさらに戸惑う中、ブラウはぱっと傘を手放した。海風に飛ばされそうになった傘を、咄嗟にアリスが掴む。

 傘から離れたブラウの両手は、黒猫の両脇をがっしと掴んでいた。

「はぁ~!愛いのお~!可愛いのお~!」

 目を見開いて固まる黒猫に、頬をすり寄せ、肉球を揉み、体中を撫でまわし、モフモフの腹毛に顔を埋める。

 数分後。満足したブラウにようやく解放された黒猫は、ぐったりと甲板に横たわっていた。

 船員や他の乗客に踏まれてしまうといけないので、そっと抱き上げベンチに寝かせる。猫も大変である。

「ふー。猫は皆可愛いが、黒猫はとくに愛いのお。大満足じゃ」

 大魔法を使った直後よりも一仕事終えた感を漂わせている魔女に、シディアは疑いの目を向けた。

「まさかとは思うけど……このために、わざわざ会いに……?」

 ブラウはアリスから傘を受け取り、双子に向き直る。

「黒猫はあんこ猫、という話は聞いたことがあるか?」

 シディアの質問は確実に聞こえていただろうに、答える気はないようだ。

 諦めて、あんこ猫の話題に乗ることにする。

「幸運を運ぶ、あんこ猫ですか?東の国発祥のあれですよね。民間伝承というか、おまじないみたいな」

「まじない、と言えばそうじゃろうな。じゃが、それを本気で信じる連中もおる。だいたいはただ可愛がる善人じゃろうが、一部には気をつけよ。手中に収めたい、という欲にまみれた奴はどの分野にもいるものじゃからな」

 猫妖精(ケット・シー)のネオンが仲間に加わったから、忠告に来てくれたということだろうか。

 会うのは二度目だが、いまいち掴みどころのないひとだ。

「そうじゃ、忘れるところじゃった。ギャビンから、その()について何か言われたか?」

 シディアの紫の瞳を、ブラウの金の瞳が真正面から見つめている。

 そこはかとない威圧感に気圧されながらも、喉の奥から言葉を絞り出した。

「引き続き慎重に使うように、とだけ」

「そうか。覚醒し始めているのは、やはり奴もわかっているか」

「覚醒、ですか?」

「とにかく慎重に、正しく使え。使い方を間違えたらその時は───」

エナメルの靴で甲板を軽く蹴り、宙に浮きながら魔女はニヤリと口角を上げる。

「───わしが直々に、その()抉り取ってやろう」

 ひぃ、と思わず両手で目を覆うシディアに高笑いを浴びせ、ブラウは遠ざかっていく。

「その()で世界の真実を見るのがお前の役目じゃ!孫の期待に応えてやってくれ、勇者の卵よ!」


 何事もなかったように海は穏やかで、空は晴れ渡っていた。落ち着きを取り戻した大型船は、アダマソルに向かって航海を続ける。

 まだ両目から手が離せない勇者の卵、ついつい双子の兄と同じポーズをとってしまった戦士、それと猫の姿で放心している狙撃手を乗せて。


 *****


 様子のおかしい個体がいる。

 部下から報告を受けたマチルダは、煙草を唇から離し息を吐いた。

細く長く伸びた煙が顔にぶつかった部下は、露骨に眉根を寄せる───と思ったのだが、部下の焦った表情は変わらない。事の深刻さを察し、灰皿に煙草を押し当て火を揉み消した。

 背後にいた別の部下に合図し、召集をかける。

 といっても、マチルダ率いる三番隊は少数精鋭のチームだ。この簡易テントに余裕でおさまる程度の人数である。

 そして機敏な動きを得意とする者の集まりであるが故に、数十秒も経たずして見張り担当以外の全員が顔をそろえた。

「どう、おかしいんだ?いつもの狂暴化の兆候ではないと?」

「いくつか異様な点はありますが、その……目が、赤いんです。狂暴化の兆候で黒ずんでいる個体は何体も見てきましたが、赤は初めてで……」

「赤、か」

 たしかに妙だ、とマチルダは思った。あれの瞳は緑色。稀に盲目なのか、白濁している個体に遭遇するが、赤色は見たことも聞いたこともない。

 古傷だらけの手で、左目の眼帯に触れる。嫌な予感は大抵当たるものだ。とくにこの仕事において、リスクヘッジをしすぎて悪いことは決して無い。

「全員、支度しろ!隊を二つに分ける。A班は今すぐ村に情報を持ち帰れ。もちろん昨日まで調査した分の報告も忘れんなよ。B班はキャンプの跡片付けをして、わたしと一緒に先ほど報告のあった「赤目(あかめ)」の再調査に向かう。いいな」

「了解!」

 マチルダの指示に、隊員たちはきびきびと従う。

 A班がまさに出発しようとしたちょうどその時。テントに転がり込んでくる者がいた。見張りをしていた一人である。

「敵襲!敵襲!先ほど共有を受けた「赤目」と思われる個体が、このキャンプに向かっています!物凄いスピードです、間もなく接敵!」

 テント内がざわめく中、マチルダは冷静だった。支度を整え、テントの外に出る。

 相棒の背には、既に立派な鞍が乗せられていた。部下の誰かが整えてくれたようだ。

 鞍の具合を確認し、相棒───赤竜(レッドドラゴン)のフォルテに跨る。

「出番だ、いくぞフォルテ。今日も頼りにしてるぜ」

 首を優しく撫でると、フォルテは任せろとばかりに声を上げた。翼を大きく広げ、空へと飛び立つ。

 問題の「赤目」はすぐに視認できた。報告通り、尋常ではない飛行速度だ。もう数秒でキャンプの上空に到達するだろう。

 ふと、怯えた顔でこちらを見上げている少年に気づく。A班に振り分けられた新人だ。初めての現場で特大のトラブルに見舞われ不安な気持ちもわかるが、今は寄り添っている場合ではない。

「おい、何ぼーっとしてやがる!もうA班もB班も関係無ぇ!全員今すぐ出発しろ!ここはわたしとフォルテが受け持った!」

「あ、ああ……隊長……!」

 少年に巨大な影が落ちる。マチルダとフォルテのものではない。

 マチルダは腰の銃を抜いた。目にも留まらぬ速さで撃ち出された銃弾は、接近してきた「赤目」の眉間に直撃する。

 なるほど、報告通りおかしな個体だ。動きこそ止まったものの、怯む様子はない。もちろん個体差はあるが、目元を攻撃されるのはある程度嫌がるものだというのに。

「三番隊は、何があっても情報を持ち帰る。たとえ、己の命と引き換えにしてでもな」

 飛び回るフォルテの背から、「赤目」の全身に銃弾を浴びせる。

 まずは注意をこちらに引き付け、隊員たちを逃がすのが最優先だ。

「てめぇが死んでも情報だけは、正確に詳細に確実に届けろ。それが三番隊の使命だ、わかったな!」

 少年は目に涙を溜め、頷きながらマチルダを見上げている。そういえばマチルダに憧れて三番隊を希望したと言っていたか。

 年上の男性隊員が彼の手を取り、隊員たちは無事、村へ向かって走り出した。

「んで?あいつらが行くまで待っててくれたのか?優しいねェ、赤目さんよ」

 言ってはみたが、そんな理性があるようには見えなかった。

 しゅー、しゅー、と荒い息が口から漏れている。

 信じがたいことだが、どうやら単純に疲れているようだ、とマチルダは分析した。

 あんな異常な速度で谷からここまで飛んで来たら、それはそれは疲れることだろう。

(こいつ、変な感じの魔力だな……何かに侵されているのか?)

 突然得た力が、まだ体に馴染んでいない。もしくは使いこなせていない、といったところだろうか。

 何を取り込んでしまったのかは知らないが、そのせいで調子が出ないというのなら、マチルダとしては好都合だ。


分身(ドッペルゲンガー)!」


 マチルダの両脇に、銃を持ったマチルダが一人ずつ現れた。騎乗しているフォルテも同様である。

 倍々にマチルダとフォルテは増え続け、「赤目」をぐるりと囲む。総勢十人のマチルダが一斉に銃口を向けた。

 絶え間なく撃ち込まれ続ける弾丸に、「赤目」は苦し気な声をあげる。

 そもそも倒すためではなく、足止めのための戦闘ではあったが、マチルダは勝利を確信した。

 ───その時だった。「赤目」が信じられない行動に出たのは。

「嘘だろ……なんで……うわあああああ!」



   第六十五話 飛来する不穏 <終>


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