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第六十四話 大魔法

「できないって……どういうことだよ母さん」

「どういうことも何も、そのままだよ。マティアスの釈放はできない。あいつの収監は本人の意思だ。わたしはそもそも収監する必要があるとすら思っていない。無論、騎士団長カーマインもな」

 首都に降り立ったネオンと二週間ぶりの再会を果たし、その足で向かったのは島主家の執務室だった。

 島主ダリアに、ネオンの父・マティアス釈放の直談判をしに来たのである。

 娘を殺した罪で収監されているなら、その娘がここに生きて釈放を望んでいるのだから問題ないのでは?というシディアの提案にネオンが乗っかったかたちであるが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。

「じゃあ、ママに首都に来てもらって面会したりは……」

「正式な手続きを踏めば可能だが、どちらにしても今は無理だな」

「どうして?」

 首を傾げるアリスに、ダリアは淡々と話を続ける。

「マティアスが首都にいないからだ。これも本人からの希望でな、しばらく西の国を拠点にすることになった。今朝早くに出立したよ。あちらの国王にはもちろん、わたしから話を通してある」

 西の国───アダマソル。

 ベーヌス島が島外では「針山島(はりやまじま)」と呼ばれるように、アダマソルは通称として「西の国」と呼ばれることが多い。

 西の国とはいうものの、ベーヌス島から見て南西に位置しており、年間を通して温暖な気候、陽気な国民性も相まって、シディアの中ではどちらかというと南の島のイメージである。もちろん、本から得た印象に過ぎないが。

「群島で形成されてる国だもんな。仕事は飽きるほどありそうだ───オジサンのケルピー船なら引っ張りだこだよ、きっと」

 シディアの言葉に、アリスが隣でウンウンと首がもげそうなほどに頷いている。


 ネオンの母レイにマティアスの写真を見せてもらった時は、驚きよりも納得が勝った。

 得た情報との共通点が多々あったし、何より、かの御者は只者ではないという自分の感覚は間違っていなかったと、答え合わせをした気分だった。

 たった数回の関わりとはいえ、されど数回である。それなりに、マティアスの人となりは分かっているつもりだ。

 だからこそ、ネオンとレイに再会してほしかった。これはシディアの願いでもあったのだが。


「……で、だ」

 コホン、と似合わぬ咳ばらいをして、ダリアは勿体ぶった手つきで数枚の書類を取り出した。

 一番手前にある封筒の封蝋(シーリングスタンプ)には、なんとなく見覚えがある。急いで脳を回転させ記憶を手繰る。

「……あ。それ、アダマソルの国章?」

「なんだ、先に言い当てられてしまったか。物知りな夫と息子を持つと、サプライズすらできないとは」

 つまらない、と少々不機嫌な顔を見せたダリアだったが、家族以外の者(ネオン)がいることを思い出したのか、すぐに島主モードに戻った。

「改めて問おう。ちょうどここに、西の国からの依頼があるんだが。引き受けてくれるか?冒険者一同。いや───勇者の卵御一行(ごいっこう)

「「「はい!!!」」」

 若者たちの声が重なる。

 ダリアは満足そうに頷くとラファエルを呼び、手続きを命じた。

 手を取り合ってはしゃぐアリスとネオンを横目に、シディアは新たな冒険への期待を高まらせるのであった。


 *****


 ───数日後。

 西の国・アダマソルへ向かう大型のケルピー船の甲板に、三人の姿はあった。

 もともと同じ国であった三日月島や、島内のポートシーガルに行くのとはわけが違う。今回は約十日を要する船旅だ。今日はその五日目である。

 ちょうどアダマソルに向かう便に空きがあったため滑り込んだのだが、半分貨物船を兼ねている、というか、どちらかというと貨物船に客室がついているような船である。

 客室には小さな窓がひとつと、二段ベッドがふたつ。特別居心地が良いとは言えないため、昼間はこうして三人とも甲板で過ごしているのであった。

 幸い、軽い鍛錬をする程度であれば迷惑にはならないほど甲板は広い。約十日といえど、暇を持て余すようなことは無さそうだ。

 更には天候にも恵まれており、日差しと潮風が心地好い。

「そーいえばさあ……シディア、ちょっと逞しくなった?」

「ぅえ?ま、うん、そ、そうかな」

 伸びてきたネオンの手にいきなり二の腕を掴まれ、休憩中で油断していたシディアはベンチからずり落ちそうになった。彼女と旅をすることにまったくもって文句はないが、この距離感だけは未だ慣れない。

「鍛えたら魔法が使えなくなるとかいう謎の思想から解き放たれたから、ベーヌスに帰った後、剣の鍛錬しまくってたんだよ。もちろんあたしもだけどね!見て見てこの腹筋!」

「わーヤバ!ウチなんてママに甘えてばっかの二週間だったからなー。あ、モチ弾の在庫は確保してきたよーん」

「とりあえずアリスは腹をしまえ。一応島主家の令嬢なんだぞお前」

「えー、ウチもヘソしまうべき~?」

「ネオンは常にあちこち出てるだろ」

 むき出しの腹と、ダメージデニムの穴から見える浅黒い太腿に思わず目がいく。腹よりも上、レザージャケットから覗く豊かな胸の谷間は直視できず、シディアは天を仰いだ。

 誓って、常日頃からそんな目で見ているわけではない。こういう話題は避けよう、と改めて思った。身が持たない。


 三人の若者がわちゃわちゃとやっている間に、甲板は慌ただしく船員が行き交う戦場と化しつつあった。

 進行方向に突如、巨大な渦潮が発生したのである。

「飼育班に、総出でケルピーたちを落ち着かせるよう伝えろ!迂回するぞ!」

「ダメです、もう距離が……くそ、呑まれる……!」


 シディアたちが気づいた頃には、時すでに遅し。

 大型船を簡単に飲み込めるサイズの渦潮など、そうそう発生するものではない。

 ベテランの船員たちが必死の形相で対処にあたるのも虚しく、船はみるみるうちに渦潮に引き寄せられていく。

 誰もが振り落とされないよう、船にしがみつくので精一杯な中、彼女は現れた。


 いつぞやギャビンの島で見た、鮮やかなロイヤルブルー。

 華やかな黄金の髪をなびかせ、人形のように愛くるしい少女は音も無く甲板に着地する。

 フリルの傘をくるりと回転させると、巨大な渦潮はぴたり、その動きを止めた。

 まるで、渦潮の周囲だけ時が止まってしまったかのように。

「ふむ。自然現象ではないな。女王アムピトリテが治める、人魚の国の仕業か」

 優雅な仕草でフリルの傘を畳むと、傘は瞬時に杖へと変化した。

「かの国は基本、勇者にも魔王にもつかん。中立の第三勢力じゃ。奴ら相手なら、孫の生徒を助けたところで問題なかろうて」

 シディアたちのほうをちらりと見、魔女は渦潮の方向に杖を向けた。

「少しばかり、灸をすえておこう」


 信じがたい光景だった。

 巨大な渦潮が()()()()()()()()、宙に浮いたのである。

「聞こえておるな、術者たちよ。アムピトリテに伝えるがいい、青薔薇の魔女・ブラウの大魔法を、その身に受けた感想をな!」

 宙に浮いた渦潮───切り取られた海の欠片が、海面に叩きつけられた。

 湖に投げ込まれた大岩のごとく、叩きつけられた欠片は海を抉るように海底に向かって突き進む。

 嵐など比ではない程の高波で周囲が荒れに荒れる中、シディアたちの乗る船はまったくの無傷であった。多少揺れてはいるが、転覆するほどの脅威は感じない。いつの間にか結界が張られていたようだ。それも、かなり強力な防御結界が。

(詠唱……無かったよな。ここまでの規模の魔法を、当たり前のように軽々と……)

 ああ、やはり魔法使いへの憧れは止められない。

 再び傘をさすブラウの小さな背中を見つめ、シディアは身震いするのであった。



   第六十四話 大魔法 <終>


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