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第五十九話 置き土産

 なんとか、生き延びた。

 剣が右手から滑り落ち、シディアは崩れるように尻もちをついた。

 茂みのほうまで転がってしまったらしい回復薬を探したいが、歩くどころか立ち上がることすら億劫だ。体力も魔力も気力も、何もかもが限界を迎えている。

「魔法、使えた……俺……魔法具もなしに……」

 ついにやったぞ、と独り言ちた。

 ガッツポーズを決めたい。それどころか喜びの舞でも舞いたいところだが、身体が言うことを聞きそうにないので心の中に留めておく。

 ふと、右胸の痛みが和らいでいることに気づいた。

 流血が止まっている。極太の矢が貫通したとは思えないほど、傷も小さくなっていた。

 全身を包んだ、紫の炎を思い出す。

 もしや、あの炎には攻撃以外の使い道も───?


 突然、辺りに金切声が轟いた。

 綺麗さっぱり壁が無くなり、見通しのよくなったもう片方の戦場に視線を移す。

 三十メートルほど先に、金切声の主はいた。アカツキだ。

 先ほどとは明らかに様子が違う。洗練されていた武器の扱いは、ただただ振り回すだけの雑な動きになっているし、見るからに落ち着きがない。暴走状態のようだ。

「もしかして……アカツキとの接続(リンク)ってやつが切れたのか?」

 ブラッドナンバーに魂を捧げた者は自我がなくなる、という話だった。これまであの樹木人形(ツリー・パペット)は、アカツキという理性が制御していたから理性的な戦いができていたと言える。

「ともかく、ネオンたちと合流を……」

 力を振り絞り立ち上がった、その時だった。

 樹木人形(ツリー・パペット)の周辺の地面が盛り上がり、亀裂を作った。木の根を暴走させたようだ。

 あっという間に範囲を広げ、森の地面は地割れだらけになり、木々も呑み込まれていく。

 シディアの足下にも、ついに暗闇が口を開けた。

(まずい、落ちる───!)

 今度こそ終わりかと目を閉じるのと、どこからか伸びてきた腕に身体をがっしりと抱えられるのはほぼ同時だった。

 おそるおそる目を開ける。見慣れた、あまりにも見慣れすぎているツインテールの少女が、今夜は女神に見えた。思わず涙目で名を叫ぶ。

「アリス……!」

「遅くなってごめん、あのサメ、ヤバイくらい硬くてさー。レベルサード使っちゃったからしばらく魔力不足でバテてた。もー、セカンドでいけると思ったのに~!……あ、無事?」

「ありがとう、アリスのおかげで無事だよ。はー、さすがに死ぬかと思った」

 安心したせいか、余計に身体に力が入らなくなった気がする。

 自身より三十センチ以上も背の低い妹にお姫様抱っこされている兄の図はなかなかにシュールだろうが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 そのままアリスに身を委ねようとしたシディアだったが、唐突に忘れ物を思い出した。

 そうだった。ドクター・コセが残っているではないか。まだこちらの戦場は片付いていない。

「すまん、アリス。回復薬がそこの茂みにあるはずだから拾ってほしい。あと、コセを何かで拘束できないか?俺もう、まともに動けそうになくて……」

「回復薬ねー、あったあった。そんで、ボサボサ頭?……ん?いないよ?」

「はあ!?いつの間に」

 双子はともに、きょろきょろと辺りを見渡した。裂け目に落ちた可能性も考え、近くの穴をいくつか確認したが、コセの白衣の裾すら見当たらない。

 正直落胆は大きいが、今は追うよりもネオンたちに加勢したほうが良いだろう。

「悔しいけど、まずは戦いを終わらせよう。アカツキ……じゃないかもだけど……あれの魔力炉の位置は特定した。アリスとネオンで叩けるか」

「おっけー、任しといて!」

 言うなり、アリスはシディアを抱えたまま駆け出した。

 地割れを器用に飛び越えながら、ぐんぐんシリウスたちとの距離を詰める。

「シリウス!シディアに回復魔法よろしく!」

 アリスは軽々とシディアを空中に放り投げ、スピードを緩めることなく前線へと駆けてゆく。

 瞬時に大犬の姿になったシリウスの背に、優しく受け止められた。高級絨毯のごとき手触りに思わずうっとりしてしまう。ふわふわで、ふかふかだ。

 夢見心地で回復魔法をかけてもらいながら、大犬の背から戦況を見守った。

 依然として、樹木人形(ツリー・パペット)は暴走状態にある。ネオンとシリウスで相当のダメージを与えたらしく、身体が崩れ始めている。魔力炉の負荷に、身体が耐えられなくなってきたのかもしれない。

 勝手に消滅するのは時間の問題だろうが、既に周囲の地面は広範囲にわたり地割れまみれだ。このまま放置すれば森の自然が破壊されるのはもちろん、シリウスたち妖精が住む集落や、ポートシーガルの町にも被害が及ぶ可能性があった。

 魔力炉の位置はアリスに伝えてある。他情報を含め、ネオンにも伝わっていることだろう。

 先ほどシディアが見たはずの美しさはどこへやら。赤い宝石は不規則に激しく点滅していた。

(……あれ?魔力、込めてないはずだけど)

 危機に瀕した際、偶然見えることはあれど。魔力や魔力炉を意図的に見るには、目に魔力を込める必要があった。

 今のシディアにそんなことをする気力はなかったし、そもそも魔力がすっからかんである。

「使いこなせるようになった……のか?」

 右手を目に持っていこうとして痛みに呻く。右胸の負傷をすっかり忘れていた。

 大犬の背が上下にくっくっと揺れる。

「なーにブツブツ言ってるんだか。おとなしく治療されてなよ、未来の勇者さま」

 頭に直接、シリウスの声が響いた。大犬の姿の時は人間の言葉は話せないと言っていたので、これは念話というやつらしい。双子会話に感覚が似ているな、と思う。

「ごめんごめん、いろいろありすぎて興奮しちゃったみたいだ」

 よくよく考えれば、シディアが倒したのは一番の小物だった気もするけれど。

 それでも、一人で勝てた。魔法も使えた。それから、それから───。

 幼子のように満足気な笑みを浮かべ、少年は大犬の背に身を委ねたのであった。


身体強化(リィンフォース)───レベルセカンド!」

 明朗な声が夜空に響く。

「これ今日のラスト!終わったらネオンがおぶって帰ってねヨロシク!」

「ウチもとっくに限界だっつーの。もう今夜はみんなで星空キャンプしかないっしょ……っと!」

 アリスに応えながら、鞭のようにしなる、もはや枝だか根だかわからない攻撃を横に飛んで避ける。

 限界と言いつつまだ動けてはいるが、決して冗談ではない。ネオンの魔力も体力も、ほぼ底をついていた。

 森という地形を生かし、木の上を移動しつつ交戦してきたが、敵が暴走状態になってからは安定した足場がほぼ無くなってしまった。スナイパーにとっては相性最悪のフィールドだ。

 そしてアリスが伝えてくれたシディアの予想がもし正しければ、とくに集中力にはもうひと踏ん張りしてもらう必要がある。

 ネオンは崩れかけている大岩のてっぺんを陣取り、気合を入れなおした。集中、集中。

「おけ、ガチ本気モード。やっちゃって、アリス!」

「りょーかい、いくよーー!」

 シディアからの伝言は三つだった。

 一つ、魔力炉は左目の奥。

 二つ、魔力炉は魔力を帯びた硬い物に守られ(ガードされ)ている。

 三つ、そのガードはおそらく、アカツキが残したネオンへの挑戦状だ。

 そういえば、ネオンの性能を確かめるとかなんとか言っていたような気がする。

 暴走状態になってからの戦い方からして、もうアカツキがあの中にいないのは明白だ。去り際の置き土産とでも言うのだろうか。

 アリスの戦鎚が、樹木人形(ツリー・パペット)の頭部を目掛け振り下ろされた。

 身体強化を両腕に集中させた渾身の一撃は、頭部の半分以上をかち割り、標的を露出させる。

 ゆったりと回転する、小さな金属製の箱。面と細い格子が組み合わされたそれは、正方形の檻のようにも見えた。

 これがアカツキからネオンへの挑戦状なのだとしたら、生易しい素材ではないだろう。

 そして鈍い銀色の檻から漏れ出る、赤く激しい光。

 シディアの言う宝石とやらは見えないが、魔力の流れならネオンにもある程度視認できる。

 狙うは回転する銀の檻、その中心。

「弾の在庫的にも、魔力的にも、これが正真正銘、マジでガチの最後……!」


 パパの部屋のクローゼットから見つけた、とっておきの弾丸。

 これに今残ってるウチの全魔力を乗せて、一点集中───!


超★弾(ブースト・バレット)!」


 ライフルの銃口から放たれた弾丸は見事、格子の隙間を通り抜けた。

 激しく点滅していた赤い光は、静かにその輝きを失ったのであった。

 上空にひらり、一枚のページが舞う。血色の番号を、その角に刻んで。



   第五十九話 置き土産 <終>


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