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第五十六話 許したくない

 さすがに、あの爆撃は効いたようだ。

 尻もちをついて咳き込むコセに、ネオンはつかつかと近づく。ピンヒールで白衣を地面に縫い付けると、狭い額に銃口を突き付けた。

「ずっと……ずっと待ってんだよ。「娘を殺した」って言い残して、突然いなくなったパパの帰りを。ママが、ずっと」

 シディアの位置から、ネオンの表情はわからない。

 わかるのは───彼女の声と肩が、微かに震えていることだけだ。

「ウチには、猫妖精(ケット・シー)……ううん、猫としてママと出会った日より前の記憶はない。パパのことは、ママが話してくれたことしか知らない。でも、さっきの話がガチで、マティアスの縁者ってのが娘で、それがマジで───マジでウチだとしたらさぁ」

 何かを取り出そうとしたコセの右手を、ネオンが素早く撃ち抜いた。

 シディアが負わせた傷に、爆撃によるダメージ、今の攻撃も重なり、コセの右腕はもうボロボロの状態だ。

「死んでも、お前には負けられないっしょ。絶対にママを起こして、パパと再会させる。だってウチは───あの人たちの血を継いだ娘なんだから!」

 ネオンの涙の叫びを聞くより前に、シディアは飛び出していた。見えたわけではない。ただ、予感めいたものがあっただけだ。

「危ない!」

 木の壁に突如開いた大穴から、ネオンの背に向かって飛んで来た矢の軌道を、剣で弾くように逸らした。ローブ越しにシディアの肩をかすめた矢は、遠く暗闇の中に消えていく。

 計算なんてしている暇はなかった。間一髪で受け止めた結果、矢が勝手に弾け飛んだ、と言った方が近いかもしれない。一度受けただけなのに、手が軽く痺れを感じている。弓矢とは思えない、重たい一撃だった。

「ですから、あなたの相手は私だと言っているでしょう、コードN」

 壁の穴から鞭が伸び、ネオンの首に巻き付いた。

「ごめん、ネオン!これが限界だった!」

 アカツキの足止めをしていたらしいシリウスが、壁の向こうで叫んでいる。

 シディアの手がネオンに届くより先に、彼女の身体は宙に浮いていた。

 悔し気な顔で壁の穴へと引きずり込まれていくのを、ただ見つめることしかできない。情けなさに奥歯をグッと噛みしめた。


「シディア!アリスは一人で大丈夫そうだ!僕はネオンの援護に集中する!すまないが、そっちは頼む!」

 穴越しに届くシリウスの言葉を聞きながら、シディアは煤けた白衣を来て、地べたに仰向けに転がっている男に近づいた。

 再生が始まるのが、少しずつ遅くなっている。

 きっと今なら、やれる。

「……あの女を助けたきゃ、ワイを倒してから行くんやな。……へへっ。言ってみたかってん、このセリフ」

 よろよろと動かした左手で、胸ポケットからお決まりのナイフを取り出し投げつける。

 しかし狙いの定まらぬそれは、もはや避けるまでもなく。シディアの剣先にぶつかり、ぽとりと地面に落ちた。

「ここまでだ、ドクター・コセ。結局俺はあんたを追い詰められなかった。これはネオンの代わりだと思え」

 剣を下向きに持ち直した。光を帯びた透明な刃が、月明かりを反射し更に輝く。

「俺からもう一度聞く。マティアスはどこにいる」

「ワイは、そこまでは知らん……実験体の親がどうなったかとか……興味も、ない……」

 速度は落ちているが、じわじわと肉体の再生が始まっている。このまま問答していては、すぐに起き上がってしまうだろう。

 ネオンには悪いが、ここまでのようだ。

(再生能力持ちを、捕らえるなんて考えるな。そんな高度なことができるほど、俺は強くない。有効な手段も持ち合わせていない)

 ───即死させるしか、ない。

 位置を見定め、左胸の上に剣先を移動させる。

 いくら魔物の細胞を移植したとはいえ、人間は人間のはず。心臓が急所であることには変わりないだろう。

「……怖いんやろ、お前。震えとるで」

 コセの言葉に、はっとして手元を見た。

「人間殺したこと、ないんやろ……できるんか?覚悟あるか?その手で、人の命を奪う覚悟が」

 煤けた顔で、コセが薄く嗤う。

 ───手が、動かない。

「どうせあれやろ、可愛がられて、守られて生きてきたんやろ……。失う痛みも知らん、温室育ちのボンボンがよ……」


 ぷつり。シディアの中で、何かが切れた音がした。

 失う痛みを知らない。そう、言ったのか?

 親友たちの笑顔が浮かぶ。焼き付いて離れない最期の輝きが、シディアの胸を締め付ける。

(何を、寝ぼけたことを)

 失った。とてもとても大事なものを。自分なんかよりずっと大切な存在を。

 魔王軍(カペル)───お前たちのせいで!

「あんたのおかげで今、覚悟が決まった。礼を言うよ」

 剣を持つ手に、力が戻る。

 そのまま心臓を一突き。───その、はずだった。


「よお、ドクター。しばらく会わねーうちに、随分と男前になったじゃねーか」

 突如、その男は現れた。

 恰幅の良い身体に、海賊らしい出で立ち。あご髭を蓄え、手には三日月のように湾曲した刃を携えている。

 その湾曲剣をブーメランのごとく飛ばしてシディアの剣に当て、身体ごとバランスを崩させたらしい。その隙に白衣の襟首を掴み、コセを自身の背後に移動させたようだ。

 湾曲剣は弧を描いた後、綺麗に男の手に納まった。なんとも手慣れている。

「遅いでほんま、死ぬとこやったわ」

(わり)(わり)ぃ。あのロードリックとかいう若造、ぜんっぜん隙がなくてよぉ。っつーか強すぎだろ、なんだありゃバケモンか。まともにやり合う気も起きねーから、死体に偽装しながら逃げて来たぜ」

 ───偽装(フェイク)

 一瞬、男の全身が血塗れになったように見え、すぐにもとに戻った。まるで手品だ。

 こいつか、とシディアは瞬時に理解する。

 コセに変身魔法をかけ、トマスを装う手助けをしていたのは、この男だ。

「で、そこのヒョロい坊ちゃんがベーヌス島主の息子だってぇ?のこのこ一人になってくれるたぁ好都合だ。町長を脅して動かす必要もねーな」

 海賊と思しき男は湾曲剣を肩に乗せ、シディアの頭からつま先までを値踏みするように眺める。

「てめーを人質にすりゃあ、ベーヌスの島主様はなんでも言うこと聞いてくれるだろうなあ」

「あんたは誰だ。何が目的だ」

「俺はバルバ海賊団船長、バルバオラ」

 堂々と名乗った男は、にいぃっと口角を上げた。

 何とも言えない不快感がこみ上げ、シディアは対照的に顔をしかめた。

 イカれている。直感的にそう思った。

「目的だぁ?言うまでもねぇ!罪人を一人、解放してもらう。自由にしろってことじゃねーぞ。縄で縛って引き渡してほしいだけだ。俺はそいつに恨みがあるのさ。故郷を奪われて絶望するそいつを、この手で嬲り殺さねーと晴らせねー恨みがなあ!」

 シディアに大声で言い放った後、今度は明後日の方角を向きブツブツと呟き始めた。

 やはり正常ではなさそうだ。

「娘が死んで絶望したヤツを、いたぶって楽しむ予定だったのによ。クソが。今度こそこの手で……」

 呟きの一部が耳に入ってくる。

 ───ああ、なるほど。お前か。

 シディアは拳を握りしめた。

 ───お前が、ネオンの家族を壊したのか。

「マティアスは今、罪人として首都にいる。そういうことだな?」

「態度が悪すぎて極刑になってなけりゃあな。それはそれで面白れー結末だ」

「そうか。仲間が欲しがってた情報なんだ、あっさり喋ってくれて助かったよ。それじゃあ───お前も首都の牢獄行きだ」

 ポーチから魔法石を取り出し、クリスタルソードに吸収させた。透明の剣身が燃え盛る炎を纏う。

 さらにもう一つ、緑色の魔法石を取り出した。祈るように魔力を込めた後、そっと足下へ落とす。

(頼む、うまくいってくれ)

 魔法石から小さな風が発生し、シディアの両足をブーツのように包み込んだ。

 とてもじゃないが、これだけでは魔法を行使しているとは言い難い。ただ魔法石を刺激して、中の風属性魔法を漏れ出させた、というだけの話である。

 それでも魔法具も使わず、初めて魔法らしきものを扱えている。これはシディアにとって大きな前進だった。

 込める魔力を調整できるかは賭けだったが、ほんの少量に留めるなら問題ないようだと再認識する。

(……ごめん、父さん)

 魔法剣を使用する場合、同時に他の魔法具および魔法石は使わない。

 出立前、父に注意されたことのひとつだった。どう影響しあうかわからないため、危険が伴うというのが理由である。

 安全は大切だ。できれば危険は冒したくない。

 しかし今のシディアにとって、「勝利」は何を置いても手に入れるべきものだった。

「こいつらはネオンの人生を弄んだんだ。許せない───許したくない!」



   第五十六話 許したくない <終>


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