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第五十五話 第二フェーズ

樹木人形(ツリー・パペット)、全個体沈黙を確認。実験体S-001・浮遊鮫フローティング・シャーク、敵個体と交戦中。戦闘モード、第二フェーズへ移行します」

 変わらず淡々と話すアカツキの声を聞きながら、シディアとネオンはドクター・コセと交戦していた。

 能力が測れない巨大樹木はいったん置いておいて、元凶を叩くべし、となったわけだが、やはりこちらの攻撃の命中率は低い。

 何か手を考えねば───と思った矢先。

 突然、シディアの剣が逃げ回るコセの胸元に届いた。斜めに切られた傷から、わずかだが鮮血が流れる。

「連続で使うとリスクがある魔法だからね、とりあえず前衛のシディアだけでごめん!」

 シリウスが後方から叫んでいる。なるほど、アリスにかけたのと同じ補助魔法をかけてくれたようだ。

 短時間だが、身体能力を上昇させる効果があるらしいと事前に聞いていた。たしかに身体が軽い。

 それと同時に、アカツキのほうが「第二フェーズ」とやらに移行するための変身を始めていることに気づいた。

 樹木人形(ツリー・パペット)が生み出された時と同様、巨大な樹木の繊維が解け、別のかたちに編み上げられてゆく。

「わーぉ。なんか強そうじゃん」

 ネオンの呟きが聞こえる。


 一言で表すと、神々しい、だろうか。

 真っ先に視界に飛び込んできたのは、十本もの腕だ。それぞれの手が握る武器は、剣や槍、鞭など様々。

 その中でも、身体の正面にかまえる、一際大きな弓矢が目を引いた。あれがメインの武器らしい。

 腕が複数ある以外は、女性を思わせる曲線的な人型だが、足はスカートのように広がった木の根と同化している。

 そのスカートのような、土台のようなものを含めても高さは二メートルほどに縮んだが、威圧感は数段増していた。

 先ほどの樹木人形(ツリー・パペット)とは比べ物にならないほどの強さであることを、一目で理解できるほどに。


「あなたの性能は私が確かめます。成功個体第一号────コードN」

 人型の顔部分、目と思われるアーモンド形の二つの穴が、赤い光を放った。

 シディアと、その斜め後方にいたネオンとの間の地面が割れ、大量の木の根が勢いよく飛び出す。天高く伸び密集した木の根は、さながら城壁のようだ。

 シディアとコセが壁のこちら側、ネオンとアカツキが向こう側。どうやら分断が目的らしい。

「ま、やることは変わらないけど……な!」

 再度、コセの胸元目掛け切りかかった。補助魔法のおかげか、戦闘開始時より断然手応えを感じる。

 先ほど胸につけた傷は既に癒えてしまったようだが、気にせず畳みかけて、突破口を───。

 そんなシディアの思考を、突然の爆発音が遮った。

 壁の向こう、ネオンの方角からである。思わず動きを止め、木の壁を振り返った。

「ネオン!?無事か!?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ!ちょっと試したいことあっただけだから!」

「お前が爆発させたのかよ!?」

「あっはは。こっちはお気になさらず~!そっち集中しちゃってー!」

 いつも通りの明るい言い回しに安堵し、ふぅ、と息を吐いた。

 そしてすぐさま地面を蹴り、コセに切りかかっていく。

 傷はつけられても致命傷には至らない、という状況を何度か繰り返す中で、シディアはひとつ、可能性を見出していた。

 いくら再生能力があるといっても、体力や魔力まで回復するわけではないはず。ということは、いつかは必ず限界がやってくる。

(一気に畳みかけて消耗を狙う。今の俺が一人で勝つには、これしかない)

 らしくもない、脳筋な作戦ではあるが、あまり時間をかけるわけにもいかないのである。

 シディアの剣───自警団の皆に命名してもらった「クリスタルソード」は、切りかかるたび魔力を威力に変換して消費し、今もシディアから魔力を吸い上げ続けている。

 こちらが消耗するのが先か、あちらが消耗するのが先か。

 木の壁をちらりと見た。ネオンもアリスも、それぞれ強敵と対峙している。くれぐれも、足を引っ張らないようにしなければ───。

「壁の向こう気にしてんなぁ。コードNが心配なん?不幸で可哀そうやしなぁ、父性でもくすぐられたんか」

 ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべて跳ねまわるコセに苛立ち、剣を突き出しながら語気を強める。

「その呼び方はやめろ、彼女にはネオンという名前がある。ネオンは猫妖精(ケット・シー)として、飼い猫として、幸せに生きてきた。本人がそう言ってたんだ。それをあんたが否定するな」

「へぇ~、幸せねぇ。あれに人権があるとでも?愛される資格があるとでも?とんでもない、あれは───」

 顔に向かって飛んで来た医療用ナイフを、剣ではじき返した。何本ストックを持っているのか知らないが、さすがにそろそろ弾切れのはずだ。

「あれはな───実験の初期段階に作り出された、ただのオモチャや」

 ドクン、と心臓が波打つ。

 成功個体、という言葉を聞いた時から、ずっと覚悟していた。わかっていた。

 それでも心が受け入れ切れない。コセの言葉を聞く毎に、胸にモヤモヤしたものが溜まっていく。

「なー、言うほどの距離でもないし、猫のよぉーく聞こえる耳なら、聞こえてるやろ?どうせこのボンボンがピンチになったら助けに入るつもりで、戦況確認してるんやろしなぁ」

 木の壁に向かって、コセが声を張り上げる。

「魔王様にも言われたんやろ?だったら、教えたるわ。あの人がお望みなら、無駄にはならへんしな」

 ───嫌だ。聞かせたくない。

 咄嗟に、そう思ってしまった。喉元めがけて切りかかるも、左腕の仕込み盾で防がれる。

「十五年くらい前の話や。たまたま知り合った海賊に、取引を持ち掛けられた。ワイが探してる条件の実験体を提供する代わりに、とある男に絶望を味わわせる手伝いをしてほしい、ちゅー取引をな」

 防がれた位置からそのまま剣を振り下ろし、右脇腹に深手を負わせた。さすがに痛かったらしく顔をしかめるも、コセの口は止まらない。

「提供された実験体はな。その、とある男───マティアスの縁者やった」

 突如、コセの顔面目掛け何かが飛んで来た。避けきれずえぐられた頬を左手で押さえながら、コセは木の壁を睨む。

 ネオンの銃弾だ。壁の穴をすり抜けてきたらしい。複雑に絡み合う木の根の隙間などほぼ無いに等しいというのに、とんでもない技術である。渾身の一撃、というべきか。

「おーおー、こっちにかまってる余裕あるんか?アカツキは強いでぇ」

 壁の向こうから、ドゴン、と地面に叩きつけられる音がした。続いて、ネオンの呻き声が小さく聞こえる。

「ネオン!!」

「だから言うたやん。えーっとどこまで話したっけ?せやせや」

 コセの脇腹に負わせた傷が、徐々に癒えてゆく。

 畳みかけるには今しかないとわかっているのに、身体が思うように動かない。剣を振る腕が重くなってきた。息が切れる。疲れている場合じゃ、ないのに。

「ワイがやりたかったんは人間の子どもと、妖精のエッセンスを掛け合わせる実験や。人の手で妖精は作り出せるのか。ええ実験やろ?ついでに、その辺におった黒猫も混ぜて出来上がったんが、あの成功個体(コードN)や。人工猫妖精(ケット・シー)とでも言うとこか……あ?」

 機嫌良く話していたコセの顔から、一瞬にして笑みが消えた。

 コセの頭上、中空に撃ち込まれた弾丸が三発。

散★弾スプラッシュ・バレット、ボムバージョン!」

 想定外の光景に、シディアはあんぐりと口を開けた。コセを包むように細かく散った弾丸が、全て爆発したのである。壁ができた直後に聞いた爆発音はこれだったらしい。

 声を辿り、空を見上げた。

 アカツキが変形したことで再び見えるようになった夜空に、大きな月が浮かんでいる。

 その月を背に、ライフルを携えた猫妖精(ケット・シー)がひとり。そびえ立つ壁の上に佇んでいる。

 彼女が怒りに震えていることは、地上からでも容易にわかった。

「ウチの出自がどうこうだけなら、そんな重要なことじゃないって思ってた。でも今───マティアスって言ったよな」


 マティアス。その名はシディアも気になっていた。かつてベーヌス騎士団に所属していたスナイパーと同じ名だからだ。

 目立たない小隊に所属し、人前にあまり姿を見せなかったという、謎多き人物だ。類稀(たぐいまれ)なる銃の腕で、遠距離攻撃で右に出る者はいないと噂され、その存在は伝説と化している。

 ファンの一人が自費出版した本には、魔王が封印された後、騎士団を引退。結婚し幸せに暮らしている、とあったが───。

 

 猫だとわかっていても心配になるほどの高さを降下し、しなやかに着地したネオンは、黄緑色の瞳を冷たく光らせた。

「言え。マティアスを───パパをどこにやった」



   第五十五話 第二フェーズ <終>


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