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第五十四話 戦士たちの道

 鼻の頭。シディアが叫んで教えてくれた、サメの魔力炉の場所だ。

 尾びれの攻撃を跳ね返すと、サメは宙に浮いたまま数メートル後方に飛び、その巨体を地に下ろした。

 飛行はできずとも、短時間の浮遊程度ならできるらしい。むしろ、あちらが動くたびに土埃が舞うわけでないのなら好都合だ。

 血の色をした瞳がアリスを睨む。三日月島で対峙した三ツ首の狼(ガーディアン)が、アリスの脳裏をよぎった。

 ───今度こそ、自力で倒してみせる。

「あのサメ、あたしに任せて!シディアとネオンはでっかい木とボサボサ頭、よろしく!」

 二人の表情が、ハッキリと読み取れたわけではない。ただ、シディアは少し戸惑っているように見えた。

「ぅ……頼んだ!気をつけろよ!」

 心配を隠しきれない兄の返答に、戦闘中なのを忘れて吹き出しそうになる。

 アリスのことをいつも心配症だのなんだの言いながら、自分はそれ以上のくせに。

 操り人形の最後の一体。その胴体をシディアの剣が貫いたのを横目で見届け、数メートル先のサメに向き直る。

 赤い瞳がギラリと光った。体長六メートル以上はありそうな巨体を左右にくねらせながら、サメは宙を突き進んでくる。

「あ、一対一のほうが燃えるタイプだったりする?あたしもなんだよね!」

 出会ったのが海の中なら、勝てる気はしなかっただろう。しかしここは陸。こちらのフィールドだ。

 巨体が素早く回転し、またしても尾びれが叩きつけられる。

 難しいことはよくわからないが、あのアカツキとかいう樹木が本体で、サメは先ほどの人形と同じようなものなのだろう。単純な攻撃を繰り返すだけのカラクリに近い印象を受ける。

 魔王軍(カペル)に出会いさえしなければ、このサメは今も海で普通に暮らしていたのかもしれないと思うと、可哀そうな気もした。

 でも、だからこそ。遠慮や手加減をするのはきっと野暮というものだ。

「いくら、大っきくて速くて強くても───」

 尾びれを戦鎚ではじき返し、地面を蹴り飛び上がった。

 シリウスがかけてくれた補助魔法のおかげか、いつもよりも身体が軽い。

 あの日から頑張ってきた。鍛えてきた。最強の戦士になるために。

 大切な人たちをこれ以上、失わないために。

「───あたしのほうが、もっと速くて強いから!!」

 サメの鼻めがけて、思い切り戦鎚を振り下ろす。

 ヒットの直前、素早く回転し鼻への直撃を避けたサメは、頬に重い一撃を食らい苦し気に身を捩じった。

 皮膚が硬い。さすがに、素で倒せるほど甘くはないようだ。ならば。

身体強化(リィンフォース)───レベルセカンド!」

 両腕、両足に魔力を集中させる。

 ブラッドナンバーのせいらしい、胸の違和感はまだある。けれど、嫌な感じとは少し違う。

 ああ───なんとなく、わかる。うずうずしているんだ、雷神が。

 魔王から生まれたアレ(ブラッドナンバー)を蹴散らしたくて、殴りたくてたまらないんだ。

「あたしも同じ気持ちだよ。いこう、雷神。世界の───あたしたちの敵をぶっ潰そう!」


 パチッと音を立て、小さな桃色の稲妻がアリスの腕を駆け抜けた。

 それはアリス本人も気づかないほどの、一瞬の出来事であった。


 *****


「はぁ……はぁ……さすがに、楽勝とはいかなかったな」

 剛剣と呼ばれた男は息を整え、顎から滴る汗を腕で拭う。

 港のあちこちに、山ができていた。折り重なるように倒れた海賊たちの山である。

 最後の一人であった、屈強な大男もまさに今、ロードリックの前に膝をつき、そのまま倒れ伏したところだ。傷だらけの大きな手から滑り落ちた大剣が地面とぶつかり、夜の港に重厚な物音が響く。

「キサマ……なぜ力を……強さを、隠すような真似を……その腕があれば、この町どころか、世界でさえ……」

 大男は、悔し気に呻いた。

 頭に黒いバンダナを巻いた、いかにも海賊らしい見た目だが、その戦闘スタイルはまさに戦士そのものであった。かつてはどこぞの国の、名のある騎士だったのかもしれない。

「ハッ。お前がそれを言うか。それだけの剣の腕を持ちながら、海賊なんぞに納まっているとは。宝の持ち腐れ以外のなんだというんだ」

 ロードリックが言い終わらないうちに、大男は意識を失ったようだった。

 この大男を含め、数人はなかなかの実力者であった。海賊だからと侮っていては、痛い目を見ていた可能性もある。

 やはり世界は広い。ロードリックの知らない土地に、まだまだ強者はいるのだろう。

 そして、その全員が納まるべき場所に納まっているわけではないのだろう。

 どう生きるかは、適性や能力だけで決まるものではない。

「……世界を救うよりも、やりたいことがある。それだけだ」

 両手の剣を納め、ロードリックは町へと歩き出した。


 その彼の背後。半ば闇と溶け合うように、影は現れた。

 小柄な、黒装束の人物。軽々とした身のこなしに、鋭い目つき。東の国の伝説とされる存在───忍びである。

「本日も素晴らしい剣さばきでございました」

 忍びは跪き、ロードリックの後ろ姿に向かって頭を垂れた。

 ロードリックは振り向かず、その場で立ち止まる。

「相変わらず気配を消す達人だな、ヨカゼ。兄上からの伝言だろう?聞かせてくれ」

 ヨカゼと呼ばれた忍びの少女は褒められた嬉しさに一瞬、瞳を輝かせるも、すぐに落ち着きを取り戻した。

「は。宝石商を名乗っていたリーダー格の男を含め、計五人を斬首。一人を念のため捕縛してあるとのこと」

「そうか、さすがは兄上だ。ヨカゼ、港の見張りを任せてもいいか。片づけは後で人を寄越す」

「承知いたしました」

 ヨカゼは、遠慮がちに顔を上げた。

 鍛え抜かれた逞しい(あるじ)の背中が、ほんのちょっぴり小さく見えた気がして、思わず続けて声を掛ける。

「……少し、お休みになられては」

 顔を見せてはくれなかったが、幾分か柔らかくなった声音で、ロードリックは忍びの少女に問う。

「疲れて見えるか?」

 ヨカゼははっとして、首をぶんぶんと横に振った。

「い、いえ。差し出がましい口を。では」


 ヨカゼの気配が消え、ロードリックは小さく息を吐いた。

 たしかに最近ろくに寝ていなかった。だがまだ、これで終わりではない。止めていた足を動かし、町へと向かう。

 目指すは実家───町長の屋敷だ。

 ロードリックが今やるべきことは、大きく分けて三つ。

 まずは、兄アンヘルの身の安全を確実なものにすること。アンヘルの実力をみくびっているわけではないが、念には念を入れなければならない。

 加えて、町全体の守りも固める必要がある。シディアたちの戦いの火の粉が、飛んでこないとも限らないからだ。

 そして───兄とともに、父の権威をひっくり返す。今がその好機なのだ。

 ずっと機会を待っていた。女好きで流されやすく、事なかれ主義の現町長では、ポートシーガルの民は幸せになれない。

 この町に必要なのは、兄アンヘルの統治だ。

 何よりも誰よりもポートシーガルのことを想っているアンヘルの統治下であれば、人間だけでなく、善良な妖精や半妖たちも今よりずっと暮らしやすくなるはずである。

 シリウスはあれで、実質的な集落の長だ。病弱な父に代わって皆をまとめている。そのシリウスとロードリックがいれば、集落との橋渡しも容易だ。

 この町は、変われる。兄とともに、変えてみせる。

 今、こんなにも心を突き動かすものは他にない。

「……!地震か───?」

 不穏な地響きに、耐えきれず走り出した。体力の温存なぞしている場合ではない。兄や町の住民たちの無事を、一刻も早く確かめなければ。

 十中八九、森で何かが起こっているのだろう。

 しかし港の海賊を片づけたら町の守りに入ることは、作戦会議で事前に伝えてある。作戦通りの行動で問題はないはずだ。

(騙したつもりはないが、結果的に君たちを利用するようなかたちになってすまない。そっちは任せたぞ、シディア)



   第五十四話 戦士たちの道 <終>


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