表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/65

第四十九話 作戦会議

「あ゛ーーーもーーー!」

 老人───トマスの偽者は書類の山をひっくり返し、苛立ちをぶつけるように蹴飛ばした。

 トマスの書斎から、海賊たちに運ばせたものだ。頭は足りないが、力仕事では非常に役に立つ奴らである。

 昨日首都からの使者が来た後、首都とトマスの繋がりのヒントになるものを探しているのだが、いっこうに見つからない。

 苛立ちが収まらず隣にあった書棚を蹴ると、バサバサと音を立て研究書類が床に落ちた。

 島主の命で使者が来るほどの人物と、その島主との繋がりがここまで見つからないのは逆に不自然だ。手紙や指示書の類が全く無いのは考えにくい。

 ということは、意図的に処分していた可能性が高いと推察する。

 ───なにか、重要な役割を?

「あれか、スパイみたいなやつ?こんな人畜無害そうなジジイが?人は見かけによらんすぎるやろ……」

 髪をぐしゃぐしゃと掻きまわし、変身魔法を解いた。

 ボサボサの黒髪、糸のように細い目、こけた頬。ヨレヨレの白衣を纏ったやせぎすの男が壁掛けの鏡に映る。ドクター・コセ、その人である。

「もうええわ、面倒や。こんなとこに時間かけてるほど暇やないねん」


 生死不明だった成功個体(ネオン)を見つけ接触できただけでも、トマスという老人に成りすました意味は十分にある。

 妖精や半妖の子どもが主に通う学校がある、という情報を得た際は、新たな実験体探しにちょうど良いと思った。

 コセが実験体として必要しているのは子どもだ。保護者が傍にいない状態で子どもに、自然に接触できる場所などそう多くはない。

 グウェルバートから提供された変身の魔法具も使い勝手が良く、成りすまし生活は順調だった。

 子どもたち相手に授業をするのは苦ではなかった。何より大人と話さなくて良いのは快適だった。

 そこに突然影を差したのがあの使者だ。

 堂々と大人びた口調で話す男。真っ直ぐにこちらを見て問う紫の瞳が、心を暴こうとする姿勢が、嫌なものを思い出させる。

 かつてあの使者と同じ年頃だった若い自分。周囲の視線。向けられる感情。人生で唯一、才能に嫉妬したあの男───。

 そうだ。とコセは思う。あの男と、使者の男はどこか似ているのだ。

 見た目も年齢も何もかも違う。しかし、あの瞳を見るとなぜか思い出してしまう。

 そうだ───そうだ。嫌なものを思い出さなければきっと、もっと上手く立ち回れたはずだ。

 グウェルバートに導かれ魔王軍に所属したあの日から、相手の目を見て話せるようになった。周囲の視線も気にならなくなった。総合的に見て、上手くやっているはずだ。

 あの使者のせいだ。あの瞳のせいだ。

 自分のせいじゃない。自分のせいじゃない。自分のせいじゃ───ない。


「もう捨てたる、今すぐ捨てたるわこんな生活」

 コセは再びボサボサ頭を雑に掻きまわすと、ふう、と息を吐き顔を上げた。

「アカツキ、海賊団に連絡するで。予定よりちょい早いけど、そない準備不足なわけでもないやろ?」

「私はいつでも問題ありません」

「さすがや。っても、ワイが準備不足やし、奴らもそんなすぐは来られへんやろうからな」

 グウェルバートが使うゲートとかいう便利な魔法も、さすがに大船団は移動できないであろう。

 腕を組み少々考えて、ドクター・コセは決断を下した。

 意気揚々と相棒(AI)に指示を出す。

「よっしゃ。決行は三日後の夜。どうせやるんなら、派手にやったろうやないかい」


 *****


 ぼんやりと、パンを千切って口に運ぶ作業を繰り返す。

 昨日の疲れが残っているのはもちろんのこと、一気に色々な出来事がありすぎて、脳内の整理が追いついていない。

「ねぇねぇ、スープおかわりしてもいーい?」

「ああ、もちろん。口に合ったようで何よりだ。鍋が空になっていたほうが、メイドも喜ぶさ」

 いつも通りの食欲を発揮するアリスと、朝から爽やかな笑顔でハキハキと話すロードリックを、違う生き物を見る目で眺めた。

「元気だなぁ」

 思わず心の声が漏れ出るくらいには疲弊している。

 シディアは窓の向こう、晴れ渡った青い空に視線を移した。

 昨晩から宿を引き払い、ロードリックの家に世話になっている。このほうが安全、かつ、もろもろ都合が良かったからだ。

 昨晩はロードリックへの報告が終わったあと、すぐに寝てしまった。

 相当疲れていたのか、正直、あまり記憶がない。

 入浴などはきちんと済ませていたようだが、それも朝起きて、身体の状態を見て判断しただけだ。髪が乾く前に寝たらしく、寝癖がひどい。

「おはー。なんか、おいしそうな匂いするじゃん」

 ノックも無しに、まるで自宅かのように入ってきたネオンが、シディアのスープ皿を覗き込んだ。

 ぼーっとしたまま、シディアはスプーンでスープを掬った。ふーふーと息を吹きかけて少し冷まし、ネオンの口もとに差し出す。

 躊躇なく、ぱくりとスープを口に含んだネオンは「んん~!」と歓喜の声をあげた。

「チキン入ってておいしいよねー。ロードリックの実家の味なんだって」

「料理担当者に代々受け継がれているレシピがあってな。我が家に通ってくれているメイドにもバトンが回ってきたらしい」

「しっかり煮込まれててマジうまい。朝からこんなの作ってもらえんの?さすがお坊ちゃん……ってか、やっぱシリウスは来てない、か」

 ネオンが室内を見渡し、ロードリックが頷く。

「シリウスは集落の守りを固めているところだ。また犬妖精(クー・シー)が狙われる可能性は大いにあるからな。怪我人が出た時は遠慮なく連絡をくれ、とさ」


 キオを抱き抱えたまま、ロードリックのもとへ報告に来たシリウスは泣いていた、らしい。

 危険度がわかっていなかった、泣かれても嫌われても、弟を学校に行かせるべきではなかった───と。

 気持ちはわかるが、あの時点ではトマスに疑惑が向けられている、いう程度だった。

 普段通りの生活をするほうが、むしろ安全だと判断したからこそ、ロードリックも反対しなかったのだろう。シディアが彼らの立場でも、同じ選択をしたに違いない。


「そのシリウスにもタイミングを見て伝えるんだが……今朝、新たな情報が入った」

 ロードリックの真剣な声音に、皆表情を引き締めた。アリスがごくん、と朝食の最後の一口を嚥下する。

「遠方に停泊していた、海賊団の本体が動き出した。明後日の夜にはポートシーガルに到着するだろうとのことだ」

 食器をテーブルの端に寄せ、ロードリックは町の地図を広げた。

「海は奴らのフィールドだ、海上で戦うのは避けたい。だから攻めるのではなく」

 ロードリックの骨ばった指が地図の上をすうっと移動し、港の位置をトン、と叩いた。

 改めて地図で見ると、港とトマスの家がある森の間には、思ったよりも距離がある。

「陸で迎え撃つ。港が奴らとの戦場になるな」

 ポートシーガルに港はひとつしかない。大船団でやってくるのなら、真正面から港に突っ込んで来るだろうというのは同意だ。

「そういえば、海賊団って何人くらいいるの?」

 アリスがもっともな疑問を口にする。

「もともと百人程度だと報告を受けていた。昨晩、君たちが遭遇したのが三十人ほど。逃げた十人を引いて、二十人ほどが焼け死んだとすると」

「は、八十人……」

「あくまで推定だがな。減らしてくれて助かった、俺一人でもなんとかなる数だ」

 何でもないことのように、さらりとロードリックは言い放った。

 双子は揃って、あんぐりと口を開ける。

「ひとり……!?待ってくれ、八十人を一人で相手にする気なのか?」

「シリウスは集落を気にかけながらの援護が精一杯だろうから、戦力には数えられない。十中八九、同時に動くであろう偽トマスのほうには、何がいるかわからない以上、三人は配置しておきたい。最悪、君たちが見た水槽の中身が一斉に襲ってくる可能性もあるぞ?」

 昨晩の光景を思い出し、シディアはたじろいだ。魔物や小動物はまだしも、陸上でサメが暴れるとしたら厄介すぎる。そんなことにはならないと思いたいが。

「そうなると、海賊の対処に割けるのは一人。ネオンの散弾もいいが、弾が切れたり接近戦に持ち込まれると危ない。突出した強者(つわもの)がいないとも限らないからな。アリステアの力を見くびっているわけではないが、その場の判断力も必要になるかもしれない。この中では俺が適任だろう」

 双子の心配の視線を一身に受け、ロードリックはふっと表情を和らげた。

「大丈夫だ。俺はこの地にいる限り、負ける気はないさ」

「またまたそんな、土地神とか守護神みたいなこと言ってぇ……でもま、ロードリックに限って負けはナイっしょ。双子(ツインズ)も信じてやってよ、ウチらのリーダーを」

 ネオンに「ね?」と念推され、シディアとアリスは頷いた。

 人数が少ないぶん、戦法も限られている。他に思いつかない以上、こうするしかない。

「決まりだな。よし、決戦に向けて各々備えるぞ。俺は残り時間で、できる限りシディアに剣術を叩き込む。いいな?」

 決戦まで、今日を入れて約三日。

 たった三日、されど三日だ。せっかくのチャンスと時間を最大限活用しなくては。

 シディアは椅子から立ち上がり、剣の師に頭を下げた。

「よろしく、お願いします───!」



   第四十九話 作戦会議 <終>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ