第四十九話 作戦会議
「あ゛ーーーもーーー!」
老人───トマスの偽者は書類の山をひっくり返し、苛立ちをぶつけるように蹴飛ばした。
トマスの書斎から、海賊たちに運ばせたものだ。頭は足りないが、力仕事では非常に役に立つ奴らである。
昨日首都からの使者が来た後、首都とトマスの繋がりのヒントになるものを探しているのだが、いっこうに見つからない。
苛立ちが収まらず隣にあった書棚を蹴ると、バサバサと音を立て研究書類が床に落ちた。
島主の命で使者が来るほどの人物と、その島主との繋がりがここまで見つからないのは逆に不自然だ。手紙や指示書の類が全く無いのは考えにくい。
ということは、意図的に処分していた可能性が高いと推察する。
───なにか、重要な役割を?
「あれか、スパイみたいなやつ?こんな人畜無害そうなジジイが?人は見かけによらんすぎるやろ……」
髪をぐしゃぐしゃと掻きまわし、変身魔法を解いた。
ボサボサの黒髪、糸のように細い目、こけた頬。ヨレヨレの白衣を纏ったやせぎすの男が壁掛けの鏡に映る。ドクター・コセ、その人である。
「もうええわ、面倒や。こんなとこに時間かけてるほど暇やないねん」
生死不明だった成功個体を見つけ接触できただけでも、トマスという老人に成りすました意味は十分にある。
妖精や半妖の子どもが主に通う学校がある、という情報を得た際は、新たな実験体探しにちょうど良いと思った。
コセが実験体として必要しているのは子どもだ。保護者が傍にいない状態で子どもに、自然に接触できる場所などそう多くはない。
グウェルバートから提供された変身の魔法具も使い勝手が良く、成りすまし生活は順調だった。
子どもたち相手に授業をするのは苦ではなかった。何より大人と話さなくて良いのは快適だった。
そこに突然影を差したのがあの使者だ。
堂々と大人びた口調で話す男。真っ直ぐにこちらを見て問う紫の瞳が、心を暴こうとする姿勢が、嫌なものを思い出させる。
かつてあの使者と同じ年頃だった若い自分。周囲の視線。向けられる感情。人生で唯一、才能に嫉妬したあの男───。
そうだ。とコセは思う。あの男と、使者の男はどこか似ているのだ。
見た目も年齢も何もかも違う。しかし、あの瞳を見るとなぜか思い出してしまう。
そうだ───そうだ。嫌なものを思い出さなければきっと、もっと上手く立ち回れたはずだ。
グウェルバートに導かれ魔王軍に所属したあの日から、相手の目を見て話せるようになった。周囲の視線も気にならなくなった。総合的に見て、上手くやっているはずだ。
あの使者のせいだ。あの瞳のせいだ。
自分のせいじゃない。自分のせいじゃない。自分のせいじゃ───ない。
「もう捨てたる、今すぐ捨てたるわこんな生活」
コセは再びボサボサ頭を雑に掻きまわすと、ふう、と息を吐き顔を上げた。
「アカツキ、海賊団に連絡するで。予定よりちょい早いけど、そない準備不足なわけでもないやろ?」
「私はいつでも問題ありません」
「さすがや。っても、ワイが準備不足やし、奴らもそんなすぐは来られへんやろうからな」
グウェルバートが使うゲートとかいう便利な魔法も、さすがに大船団は移動できないであろう。
腕を組み少々考えて、ドクター・コセは決断を下した。
意気揚々と相棒に指示を出す。
「よっしゃ。決行は三日後の夜。どうせやるんなら、派手にやったろうやないかい」
*****
ぼんやりと、パンを千切って口に運ぶ作業を繰り返す。
昨日の疲れが残っているのはもちろんのこと、一気に色々な出来事がありすぎて、脳内の整理が追いついていない。
「ねぇねぇ、スープおかわりしてもいーい?」
「ああ、もちろん。口に合ったようで何よりだ。鍋が空になっていたほうが、メイドも喜ぶさ」
いつも通りの食欲を発揮するアリスと、朝から爽やかな笑顔でハキハキと話すロードリックを、違う生き物を見る目で眺めた。
「元気だなぁ」
思わず心の声が漏れ出るくらいには疲弊している。
シディアは窓の向こう、晴れ渡った青い空に視線を移した。
昨晩から宿を引き払い、ロードリックの家に世話になっている。このほうが安全、かつ、もろもろ都合が良かったからだ。
昨晩はロードリックへの報告が終わったあと、すぐに寝てしまった。
相当疲れていたのか、正直、あまり記憶がない。
入浴などはきちんと済ませていたようだが、それも朝起きて、身体の状態を見て判断しただけだ。髪が乾く前に寝たらしく、寝癖がひどい。
「おはー。なんか、おいしそうな匂いするじゃん」
ノックも無しに、まるで自宅かのように入ってきたネオンが、シディアのスープ皿を覗き込んだ。
ぼーっとしたまま、シディアはスプーンでスープを掬った。ふーふーと息を吹きかけて少し冷まし、ネオンの口もとに差し出す。
躊躇なく、ぱくりとスープを口に含んだネオンは「んん~!」と歓喜の声をあげた。
「チキン入ってておいしいよねー。ロードリックの実家の味なんだって」
「料理担当者に代々受け継がれているレシピがあってな。我が家に通ってくれているメイドにもバトンが回ってきたらしい」
「しっかり煮込まれててマジうまい。朝からこんなの作ってもらえんの?さすがお坊ちゃん……ってか、やっぱシリウスは来てない、か」
ネオンが室内を見渡し、ロードリックが頷く。
「シリウスは集落の守りを固めているところだ。また犬妖精が狙われる可能性は大いにあるからな。怪我人が出た時は遠慮なく連絡をくれ、とさ」
キオを抱き抱えたまま、ロードリックのもとへ報告に来たシリウスは泣いていた、らしい。
危険度がわかっていなかった、泣かれても嫌われても、弟を学校に行かせるべきではなかった───と。
気持ちはわかるが、あの時点ではトマスに疑惑が向けられている、いう程度だった。
普段通りの生活をするほうが、むしろ安全だと判断したからこそ、ロードリックも反対しなかったのだろう。シディアが彼らの立場でも、同じ選択をしたに違いない。
「そのシリウスにもタイミングを見て伝えるんだが……今朝、新たな情報が入った」
ロードリックの真剣な声音に、皆表情を引き締めた。アリスがごくん、と朝食の最後の一口を嚥下する。
「遠方に停泊していた、海賊団の本体が動き出した。明後日の夜にはポートシーガルに到着するだろうとのことだ」
食器をテーブルの端に寄せ、ロードリックは町の地図を広げた。
「海は奴らのフィールドだ、海上で戦うのは避けたい。だから攻めるのではなく」
ロードリックの骨ばった指が地図の上をすうっと移動し、港の位置をトン、と叩いた。
改めて地図で見ると、港とトマスの家がある森の間には、思ったよりも距離がある。
「陸で迎え撃つ。港が奴らとの戦場になるな」
ポートシーガルに港はひとつしかない。大船団でやってくるのなら、真正面から港に突っ込んで来るだろうというのは同意だ。
「そういえば、海賊団って何人くらいいるの?」
アリスがもっともな疑問を口にする。
「もともと百人程度だと報告を受けていた。昨晩、君たちが遭遇したのが三十人ほど。逃げた十人を引いて、二十人ほどが焼け死んだとすると」
「は、八十人……」
「あくまで推定だがな。減らしてくれて助かった、俺一人でもなんとかなる数だ」
何でもないことのように、さらりとロードリックは言い放った。
双子は揃って、あんぐりと口を開ける。
「ひとり……!?待ってくれ、八十人を一人で相手にする気なのか?」
「シリウスは集落を気にかけながらの援護が精一杯だろうから、戦力には数えられない。十中八九、同時に動くであろう偽トマスのほうには、何がいるかわからない以上、三人は配置しておきたい。最悪、君たちが見た水槽の中身が一斉に襲ってくる可能性もあるぞ?」
昨晩の光景を思い出し、シディアはたじろいだ。魔物や小動物はまだしも、陸上でサメが暴れるとしたら厄介すぎる。そんなことにはならないと思いたいが。
「そうなると、海賊の対処に割けるのは一人。ネオンの散弾もいいが、弾が切れたり接近戦に持ち込まれると危ない。突出した強者がいないとも限らないからな。アリステアの力を見くびっているわけではないが、その場の判断力も必要になるかもしれない。この中では俺が適任だろう」
双子の心配の視線を一身に受け、ロードリックはふっと表情を和らげた。
「大丈夫だ。俺はこの地にいる限り、負ける気はないさ」
「またまたそんな、土地神とか守護神みたいなこと言ってぇ……でもま、ロードリックに限って負けはナイっしょ。双子も信じてやってよ、ウチらのリーダーを」
ネオンに「ね?」と念推され、シディアとアリスは頷いた。
人数が少ないぶん、戦法も限られている。他に思いつかない以上、こうするしかない。
「決まりだな。よし、決戦に向けて各々備えるぞ。俺は残り時間で、できる限りシディアに剣術を叩き込む。いいな?」
決戦まで、今日を入れて約三日。
たった三日、されど三日だ。せっかくのチャンスと時間を最大限活用しなくては。
シディアは椅子から立ち上がり、剣の師に頭を下げた。
「よろしく、お願いします───!」
第四十九話 作戦会議 <終>




