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第四十八話 月明かりの対話

 頬をつつく指先に気づき振り向くと、ネオンはおどけたようすで両手を顔の横でパッと広げてみせた。

「はい、シディアくんが気づくまでに五秒かかりました。とか言ってみたり」

 言ってる場合か、とツッコミたくなると同時に、家族でもない女子に密着して、しかも抱き抱えているという状況に気づき焦りを覚えた。

 それこそ、今そんなことを意識している場合ではないのだが。

「あ、そのままそのまま。口も開けなくていーから、イエスかノーだけ教えて?ちなみにウチの喉は心配しなくておっけー。これでも妖精だからねー」

 それもそうか、とシディアはひとり納得した。妖精が人間より身体が丈夫でも驚くことではない。

 これなんだけど、と言われネオンの手元を見る。そこにはいつのまにか拳銃が握られていた。シディアがお守り代わりに持ってきていた、父ジョセフ作の魔法銃だ。

 ローブの内側に下げていたはずが、知らないうちにとられていたらしい。

「ふんふん、弾丸に一部魔法石使ってんね。攻撃魔法が入ってる感じ?で、これが色的に水属性で、こっちが氷?合ってる?そんでもって、普通の拳銃と同じようにセットして、魔力込めて撃ちゃいーんだ?おおー、全部正解じゃん、さすがウチ」

 肯定の頷きを続けるシディアに満足したのか、ネオンはフフンと得意げな顔を見せた。

「ウチがアクションした後はそっち主導でよろしくー、っつー感じで。いくぜ双子(ツインズ)

 

 ローブの破れた穴に、上向きに銃口を突き刺し、ネオンは引き金を引いた。

 素早く連続で三発放たれた銃弾が、シディアたちの頭上に舞う。

散★弾スプラッシュ・バレット!」

 ネオンの一声で銃弾は飛び散り、さながら土砂降りの雨のごとく水滴が降り注ぐ。水属性の魔法を内包した魔法弾だ。

 すぐにでも飛び出したい気持ちをこらえ、全員ローブの中で鎮火を待つ。降り注いでいるのはただの水ではなく、あくまで攻撃魔法だからだ。

 その間にネオンはもうひとつ手を打っていた。氷の魔法弾をグウェルバートに撃ち込み、右手を凍り付かせて封じたのだ。

 周囲の白炎と水が消え、ようやく立ち上がることができた。

 と同時に、鎮火しきれなかった白炎の中から、炎の塊が意思を持って躍り出る。炎の精霊だ。

 あれよあれよという間にその数を増やした精霊は、輪となってシディアたちを包囲した。

「……なんでもアリかよ」

 一般的な炎属性魔法で、こんなことは起こりえない。グウェルバートの魔法使いとしての力量を間接的に見せつけられた気分だ。

「逃げるぞ!通路に走れ!一点突破!」

 シディアが叫び、三人は同方向に駆け出した。

 シディアは水の魔法剣で、アリスは戦鎚で、立ちはだかる精霊をなぎ倒していく。

 弾切れにより武器を失ったネオンも、持ち前の身軽さで難なく逃走できているようだ。

(いける。通用するぞ。気を抜くな俺。あと少し……!)

 炎の精霊の包囲をなんとか抜けることに成功するも、シディアは自身の足が重くなっていくのを感じていた。魔力も体力も限界が近い。

 通路に入る頃には、無理やりに気力だけで走っている状態だった。

 そんなシディアの腰に、ふいにアリスが腕を巻き付けた。反対側ではネオンが小脇に抱えられている。二人よりはるかに小柄なアリスだが、二人分を足しても届かないパワーの持ち主なのだ。

「全速力行くよ!ネオンは真っ暗なとこの道案内おねがい!……身体強化(リィンフォース)───レベルサード!」


 三人とも五体満足で、地上に出た時の安堵感ときたら。

 それはもう、一瞬、トマスの家を自宅と錯覚するほどには気が抜けてしまっていた。

 ───しかしそれも束の間。

 月明かりに照らされたソファに、悠々と座す少年がいた。言うまでもないが、先ほど地下で出会ったオッドアイの少年である。

 コツ、という靴音とともに、どこからともなくグウェルバートも姿を現した。ネオンが撃ち込んだ右手の氷魔法は既に溶けてしまっている。わかってはいたが、やはり一時しのぎでしかなかったらしい。

「我が主が、キサマらに興味があると仰せだ。ありがたく話を聞け」

 グウェルバートの言葉に、彼が主と呼ぶ少年を見据える。

 少なくとも、今すぐ交戦する気はないらしいのを確認し、警戒しつつも武器を下ろした。

「そうかしこまらずとも良い。小童ども、名は何という?……うん?なんだローガン……まずは自分から名乗るものだと?ほう、人間どもにはそういうルールがあるのか」

(なんだ?誰と話して……)

 少年は、途中から明らかに別の存在と会話を始めた。もちろん、彼の隣には誰もいない。

 戸惑うシディアたちをちらりと見たグウェルバートが、気まずそうに咳払いをしている。

「……ならば仕方ない、今回はお前に免じて人間のルールに合わせよう。よし、喜ぶがいい小童ども!世が先に名乗ってやろう、良い子でしっかりと聞くのだぞ」

 幼子に対するように、にこやかに言い放ち、少年はその細い脚を組みなおした。

「世は、この世界の覇者。全てを手にする存在。あまねくモノの頂点に君臨する支配者。すなわち、お前たち人間が呼ぶところの魔王である!」

 ──ああ、やはり。

 一目見た瞬間から、ゾワゾワと嫌な感覚が止まらなかった。シディアの中に流れる勇者の血が、警告を発していたのかもしれない。

 というか、むしろ魔王で良かったとすら思う。

 ここまでの威圧感を放つ存在が、ただの幹部です、この程度なら魔王軍に山ほどいますなどと言われた日には絶望しかない。

 シディアたちもそれぞれ簡潔に名乗ると、ネオンの名前にグウェルバートが反応をみせた。魔王に何やら耳打ちをし、二人揃ってネオンを見る。

 その値踏みするような視線が、シディアにはとても不快に思えた。ネオンも不安げにライフルを抱き抱えている。

「なるほど。ネオン、お前が十五年前の成功個体か。うむうむ、よくできている」

「成功……個体?」

 声を発したのはアリスだった。

 当のネオンは目を見開いて固まっているし、シディアも喉が締め付けられるようだ。

 地下で見た、液体漬けの動物や魔物が脳裏をよぎる。その言い方では、まるで───。

「知りたいか?教えてやっても世に損はないのだが……むしろ真実を知った刹那の、感情の揺らぎを見てみたいところだが……ふぅむ」

 とん、とん、と膝を指で叩きながらしばし考えた魔王は、何か思いついたように突然ニヤリと口角を上げた。

「世の口から語るのも野暮というやつであろう。知りたければ、力づくでドクターに吐かせるのだな」

「ドクター……って?」

「ドクター・コセ。我が軍の研究者で、ちなみに人間だ。ひ弱だが頭はキレる男よ。奴と黒猫娘の因縁の対決に、横槍は入れさせぬと誓ってやろう。勇者のせがれどもは、手を貸したければ好きにするが良い」

「よろしいのですか」

 魔王の発言に、グウェルバートは戸惑いの色を隠せないようすだ。

 最強の魔法使いは、どうやら普段から主君に振り回されていると見える。

「その攻防を見物するほうが面白そうではないか。コセがどのように対処するか見物だな。うむ、我ながら良い提案だ。さすが世、冴えているな~」

 顎に手を当てウンウンと頷くと、魔王はおもむろにソファから立ち上がった。

「よしよし、今宵は満足だ。遊んだら腹が減ったな。帰るぞグウェルバート」

「……御心のままに」

 グウェルバートが玄関の扉に手をかざし、何やら小さく呟いた。

 流れるような仕草で魔王を抱き上げると、主従は閉じたままの扉に吸い込まれていく。

(あれが、ゲート……!)

 二人の姿が消えた後、シディアはすぐに扉を調べた。なんの変哲もない、ただの玄関扉に戻っている。

「ゲートの使い手はグウェルバートだったのか……最悪だ」

 まさか海賊のバックに魔王軍がついているなど、誰が想像したであろうか。

 シディアも、アリスも、そしてネオンも。

 それぞれの想いを抱えながら、ぐったりと帰路についたのであった。



   第四十八話 月明かりの対話 <終>


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