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第四十七話 強制エンカウント

「よく見たら、こいつら見張りじゃん。シディアとアリスを()けてたやつら」

 ネオンの親指が、脚と腕を撃ち抜かれ呻いている海賊と、その隣で気絶している海賊を指した。

 双子を見失ったせいで見張りの任を解かれ、異動先で今度は銃弾の雨を浴びるとは、まさに踏んだり蹴ったりの一日だったであろう。名も知らぬ海賊に、ほんの少しだけ同情する。

 見張りだった二人を含め、少なくとも十数人は息があるのを確認した。とはいえ、すぐに話を聞き出せるほど元気そうな者はいない。他はアリスがまだ確認中だ。

 さて、人数が人数である。縄も何も持っていない今、どう拘束してどう地上に連れていくべきか。

 シリウスはキオを連れて、一足先に地上に戻っている。

 犬妖精(クー・シー)の集落に危険を報せ、ロードリックにも状況を伝えると言っていたから、戻ってくるとしてもそれなりに時間がかかるだろう。

 犬の姿のシリウスに海賊たちを乗せて運んでもらう案は、少々厳しいかもしれない。

 考えるシディアの隣で、ネオンが「ん~っ」と伸びをする。

「海賊の相手は何度かしたけど、この人数はさすがに初だったなー。いつも多くても五人くらいだったし。どこから湧いて……って、あ」

 一段落と思いきや、である。

 シディアたちから離れた位置で倒れていた海賊が次々と起き上がり、逃げ帰っていくではないか。

 ある者は使い物にならない腕を抱えながら、ある者は足を引き摺りながら。またある者は、腹から流れる自分の血で転びながら。

 決して軽い怪我ではないだろうに、皆必死に走っていく。

「あちゃー。ごめん、やっぱ弾足んなかったわ。元になる弾の数とか威力に左右されるんだよねー」

 ネオンが残念そうにライフルを撫でた。

 シディアは急いで脳を回転させる。

 どうせ拘束もできないのだ、たとえ半数が逃げても問題はないだろう。でも、こいつらがどこから来たか突き止めるには絶好のチャンスだ───追おう。

「アリス!」

「もう追ってる!」

 双子は叫び合いながら、それぞれ海賊たちの後を追う。

 相手は怪我人。しかもアリスのスピードに勝てる者などそうはいないだろうと高を括っていたが、シディアの目論見は外れた。

 なんと見失ってしまったのだ。

 そもそも(ひら)いていた距離に加え、水槽を内包した柱がそこかしこにあるので身を隠しながら逃げるのは容易い。

 だがしかし、十人ほどは逃げたはずである。さすがに全員見失うというのはいかがなものか。

 地面についた血の跡を辿ってみると、アリスが壁に向かって立ち尽くしていた。

「そっちも見失ったのか。あいつらどこに……」

「あの、いや、なんか……壁に吸い込まれた、みたいな……?」

「壁……?この壁にか?」

 なんの変哲もない壁に手を当てる。数か所触ってみるも、隠し扉がありそうにはない。

 またここも魔法で出入口が隠されているのだろうが、触っても違和感すら感じないとしたら厄介だ。ただの目くらましではない可能性もある。

「まさか、ゲートってやつか?移動魔法を人じゃなく物にかけて、そこを通った人間を自動的に目的地まで飛ばすとかいう」

 ゲートを作り出すのはかなり高度で、幻とまで言われている移動魔法だ。

 術者に許可された者しか通行できない、など条件をつけることもできると魔法書で読んだことがある。そこまでの魔法の使い手が、海賊の一味にいるということなのだろうか。

 シディアの瞳をもう一度使えば、何かしら情報を得られるかもしれないが、先ほどの痛みがまだ目の奥に残っている。連続使用はやめておいたほうが良さそうだ。

「今日のところはいったん引こう、アリス。さっきは物理攻撃(ちからづく)で突破できたけど、ここもそうとは限らないしな」


 そう言って、踵を返した次の瞬間だった。

「あぶない!」

 アリスの叫びとほぼ同時に、視界がぐにゃりと歪んだ。

 身体が真横から受けた衝撃に、脳がついていけなかったらしい。

 シディアを庇おうとしたアリスとともに吹っ飛ばされ、柱に叩きつけられる。何をされたかわからなかった。何者かの攻撃を受けた、という事実だけがそこにあった。

 痛みに耐えながらなんとか身体を起こすと、先ほど双子が立っていた位置に人影が二人分見える。

 背の高さからして、大人と子どものようだ。大人のほうは執事服を着ている。

「なんだ。せっかく遊びに来てやったのにコセは留守か?」

「そのようです。ホームである研究所のほうに行っているのでしょう。顔合わせはまた次の機会に」

 体格から十歳程度と思われる男児は、よく見ると宙に浮いていた。

 まるでそこに肘掛け椅子があるかのように、ゆったりと空中に腰掛けている。

 黒いシャツ、赤いサスペンダー、ピンストライプのハーフパンツ。上品なソックスに、綺麗に磨かれた革靴(ローファー)

 いかにも育ちの良さそうな服装に、白と黒が入り混じった独特の髪色が印象的だ。

 ふいに、少年がこちらに顔を向けた。

 宝石のような金色の左目と、漆黒の闇を湛えた右目が双子の姿を捉える。

 ───逃げろ。

 あれに関わってはいけないと本能が叫ぶ。今すぐアリスの手を取って全速力で逃げるべきだ。

 けれどシディアの身体は小刻みに震えるばかりで。寒くなんてないのに、かじかんだかのように動かない手足では、逃げることも、剣を抜くこともままならない。

 アリスだけでも、と言おうとしたが、先ほどの衝撃で意識を失っているようだ。

 

「おーい、すごい音したけど大丈夫ー?」

 ネオンの声がする。靴音が近づいてくる。ダメだ、今来てはダメだ。あれは───。

「発見発見~……って、え、誰?あの二人」

 駆け付けたネオンは状況を飲み込めないらしく、きょとんとした顔で双子と二人組を見比べている。

「ネオン、逃げろ。たぶんあいつらは……」

 シディアの言葉に、白髪(はくはつ)の執事がぴくりと反応を見せた。

「言うに事を欠いて、あいつ呼ばわりとは。礼儀知らずのゴミめ」

 髪色や仕草から老齢のベテラン執事かと思いきや、こちらを振り向いた顔は意外にも歳若い。

「まずは掃除が必要なようだ。我が主、しばしお待ちを」

「面白そうな物は壊すなよ、グウェルバート。まだ世が楽しめておらぬからな。とくにあのデカい水槽とか」

 想定外のタイミングで耳に入ってきた名に、シディアは息を呑んだ。

 魔王軍に属しているギャビンの兄。姉オリヴィアに深手を負わせた張本人だ。

 いつか対峙する時が来るかもしれないとは思っていた。しかしそれは今じゃない。戦力差がありすぎる。

 なにせ騎士団の分析によると、彼は───魔王軍最強の魔法使いなのだから。

 グウェルバートが右手を前に伸ばした。その広げた手のひらに、魔力の集中を確認する。

「くそ……っ」

 咄嗟にローブを脱ぎ、大きく広げた。

 意識のないアリスを抱え込み、逆の腕でネオンを抱き寄せ、広げたローブの下になんとか三人とも収まる。

 とはいえ全員しゃがみ込んで密着してもギリギリのサイズだ。さらにロードリックとの手合わせの際に一部破れてしまっている。

 その破れた隙間から見えたのは、白い炎だった。

 燃え盛る白炎が、絨毯のごとく地面を覆いつくしている。その炎に、先ほどネオンが制圧した海賊たちが焼かれているのだ。耳を塞ぎたくなるような生々しい呻きや叫びが、フロアの空気を地獄へと変える。

「あっっつ!?なになになに!?燃えてる!?」

 あまりの熱さに意識が戻ったアリスを抱えなおしながら、強く念を飛ばした。双子会話はシディアもアリスも魔力を消費するが、やむを得ない。

『口閉じろ、喉灼かれるぞ』

 できる限り簡潔に伝えた言葉に、アリスは慌てて唇を結んだ。

 今のところ炎は地面を這っているため、立ち上がれば喉が灼けるほどではないのかもしれないが、その代わりローブの守りに全身入ることはできなくなる。対策無しでは大火傷必至だ。

 どうする。

 このままでは三人とも焼け死ぬだけだ。何か有効打は───。

 

 つんつん。つんつん。

 頬をつつくネイルばっちりの指先にシディアが気づくまで、あと五秒。



   第四十七話 強制エンカウント <終>


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