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第四十六話 散弾

 周囲に気を配りながら、慎重に奥へと進む。

 偽トマスの気配はなかった。わざとらしく急用とは言っていたが、ついさっき別れたのにもう出かけたのだろうか。慌ただしいことだ。

「……方向的には、下だね。足元から聞こえる」

 シリウスの言葉にネオンが頷き、シディアは先ほど訪問した際の違和感に確信を持った。

「下ってことは───やっぱりここか」

 部屋の中央で片膝をつき、右手で床に触れる。


 あの夜から半年以上。

 親友たちの墓前で、日が暮れるまで座っていた日もあった。

 布団にくるまって泣き明かした夜もあった。

 それでも、ずっとぼんやり過ごしてきたわけではない。


(目に魔力を集中させて……こう、だっけ……うっ痛っ)

 必要以上の魔力が流れ込み、両目が悲鳴を上げる。

 本当はどちらか片目に絞ったほうが効率は良いのだろうが、魔力操作が苦手なシディアには少々難易度が高い。

 純血の魔女にも大事にしろと言われたこの瞳、使いこなせるようにならなければ。

 痛みに負けじと目を凝らすと、何の変哲もない床に、正方形の扉がぼんやりと浮かび上がった。正確には、扉が帯びている魔力のかたちが見えているのだ。

「ここだ!アリス、今俺が手を当ててるあたり、戦鎚でぶち抜けるか」

「そこね、おっけー!危ないから皆どいてて!」

 アリスが戦鎚を思い切り振り下ろすと、金属と金属がぶつかり合う音が響いた。

 えー!?と、アリスが驚きの声を上げる。

「木の床じゃ……ない!?なんか硬かったんだけど!?」

「金属製の扉だな。地下に続いてる」

 存在に気づかせぬよう、魔法で隠していたようだ。

 人間の耳ではまだ捉えられないが、やはりキオの声はこの先から聞こえてくるらしい。

 扉の先は、例えるなら深い井戸のようになっていた。

 わりと新しい、しっかりした梯子が掛けられているが、シリウスとネオンはそれを無視して躊躇なく暗闇に飛び込んでいく。

 後に続こうとしたシディアだったが、すんでのところで思いとどまった。

 身体能力の差を忘れて同じノリで飛び降りた凡人に待っているのは、良くて骨折、悪くて死であろう。

 大人しく梯子を使おうとする兄に、見かねた妹が手を差し出す。

「いくよ、掴まって!」


 着地点は真っ暗だった。自分の手も見えないほどの闇だ。

 戸惑う双子の間に、背後から何者かがぬうっと頭を差し込む。

「ウチからはバッチリ見えてるぜ、お二人さん」

 無駄に低めのトーンで囁くネオンに、双子は思わずひぃ、と声を漏らした。絶叫しなかっただけでも褒めてもらいたい。

 ケタケタと笑うネオンの目には、周囲がしっかり見えているとのことだった。さすが猫。なんとも便利である。

「いいっしょー?スナイパーとしても超べんり。暗視スコープとかいらないしー」

 シリウスは先に進んでいるようだ。遠くに見える灯りを目指して行ったらしい。

 ネオンいわく、そこまでは一本道で、とくに怪しいところは見当たらない。

 念のためネオンには最後尾から周囲を見てもらうかたちで進むことにした。

 シディアの身長では頭スレスレの高さに天井があると言われ、少し腰をかがめて歩く。


 しばらくすると、ひらけた場所に出た。

 自然の洞窟ではない。明らかに人の手が入った建造物だ。

 やけに柱が多く、その柱の全てが光を放っているので視界には困らない。通路から灯りに見えていたのはこれだったようだ。

 少し離れたところに見知った背中を見つけ駆け寄った。

「シリウス?なんで立ち止まって……」

 目を丸くし、口を半開きにして、シリウスは前方を指差す。

 指し示す先を見て、三人もシリウスと同じ表情をすることになった。

 ───サメだ。

 巨大な水槽のようなものに、サメが入っている。死んでいるのか、動く気配はない。

 水槽にはサメの身体を全て覆える量の液体が入っているが、ただの水ではないようだ。液体が発光している。

 つい先ほど同じような光を見ていたことに気づき、シディアは周囲を改めて見渡した。

 光を放つ柱は、よく見るとひとつひとつが水槽になっている。

 中に入っているのは動物、植物、魔物など様々だ。サメと同様、動く気配はない。

「うわ……キモ……なにこれ……」

「実験施設……か?なんでこんな場所に……」

 早くキオを連れて帰らなければ。焦燥感に襲われ、四人の足がほぼ同時に動き出す。

 シリウスの後について走っていると、双子の耳にもついにキオの声が届いた。泣きながら兄を呼んでいる。

 声が徐々に大きくなり、とある半開きの扉の手前でシリウスが足を止めた。

 皆で息を殺し、扉の隙間から様子を伺う。

「あー、泣くな泣くな。だからガキのお守りは嫌なんだ」

「数時間は眠ってるって話だったじゃねーかよ。なんで起きんだよ」

「そもそも、なんで俺らの待機部屋に連れて来たんだ」

「地上から少しでも遠い位置がいいってドクターに言われたんだよ。犬妖精(いぬっころ)は耳が良いからじゃねーの?」

「そりゃ、こんだけ奥なら聞こえねーだろうけどよぉ。くそ、うるせー」

 男が数人───声が聞こえただけだと三人。見える範囲にいる者たちは全員、いかにも海賊という出で立ちである。

 その男たちに囲まれるかたちで、金属製の椅子に身体を縛り付けられ、泣きわめく子どもがいた。キオだ。

「なあなあ。こいつ、どうせ実験に使うんだろ?生かしとく意味あんのか?」

「どうなんだろうな、生きてるのが必要ってことかもしれねーし……」

 海賊たちは椅子を繋げて寝転んだり、床に行儀悪く腰掛けたりしながら、ダラダラと会話を続けている。

「……許、さない」

 そう呻くなり、シリウスは巨大な犬の姿に変身した。

 怒りに震える大犬(おおいぬ)が部屋に飛び込んだ、まさにその瞬間。扉の陰から男が一人飛び出してきた。

 狙いやすい位置にいた者を標的と定めたのであろう。手にしたナイフの鋭利な刃先は、真っ直ぐにシディアに向かってくる。

 まずい。避けられない───。

 間一髪。シディアの喉を切り裂かんとしたナイフの切っ先を、アリスの戦鎚が防いだ。

 続けざまに発砲音がし、シディアを狙った海賊と、アリスを狙っていたらしき海賊が血を流し床に倒れ伏す。背後でネオンの「ふぅ。あぶね」という呟きが聞こえた。

 二人に礼を言う間もなく、扉の前から離れ、腰の鞘から剣を抜く。アリスも素早く隣に並んだ。

 構えを崩さず警戒態勢のまま、サメの水槽があった方向へ後退する。増援の気配がしたからだ。先ほどの発砲音に反応したのだろう。

 近づいて来る気配は、徐々に姿を見せ始めた。やはり全員、海賊らしい。大した装備でないのが救いだが、想定外に人数が多い。三十人弱はいるだろうか。

(ここは俺とアリスが引き付けて、その間にシリウスにキオを救出してもらって……いや、この人数を引き付けるとかできるのか?アリスはまだしも俺?できる?どうやって……)

 忙しく思考を働かせたところで、ネオンが周囲にいないことに気づいた。アリスも同じくのようで、視線を左右に泳がせ探している。

「よっと。頂上(てっぺん)とうちゃーく★」

 背後、というか頭上から発せられた陽気な声につられるように、双子はそちらを見上げた。

 声の主はサメ水槽の上から満面の笑みを双子に届けると、海賊たちに銃口を向ける。

「はいはーい、ここはウチの出番ね。ネオンちゃんのいいトコ見てみたい~♪それじゃあ、いってみよっか」

 猫妖精(ケット・シー)狙撃手(スナイパー)はご機嫌な様子で数発、素早く弾丸を放つと、声に魔力を乗せて叫んだ。


散★弾スプラッシュ・バレット!」


 無数の弾丸が水飛沫のように飛び散り降り注ぎ、海賊たちは悲鳴を上げる。

 シディアはただただ感心しながら、バタバタと倒れていく男たちを眺めた。

「すごい……弾丸を増やしてぶつけたのか?こんな魔法もあるなんて……」

「一弾一弾の威力は落ちっけどねー。ま、制圧にはこれくらいがちょうどいいっしょ?全員死んじゃったら話聞けないしー」

 ネオンは踏まれたら痛そうなピンヒールで、器用に水槽から飛び降りる。

 軽やかに着地したその身のこなしは、まさしく猫のしなやかさであった。



   第四十六話 散弾 <終>


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