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第四十五話 偽る者

 ───夕刻。

 授業が終わる頃を見計らい、シディアとアリスは再び郊外の森へ足を踏み入れていた。黒猫姿のネオンも付き添っている。

「じゃあ、打ち合わせ通りに」

 シディアが小声で話しかけると、黒猫は頷き茂みに消えた。

 何かあれば柔軟に動けるよう、近くで待機してもらうことになっている。

 木の陰に隠れながら進み、少し離れたところから様子を伺うと、トマスは家の外にいた。子どもたちの見送りをしているようだ。

「ちゃんと、先生してるね……」

 アリスが呟く。

 たしかに何も知らなければ、良い老教師に見えたことだろう。

 初めて会った時と同じ、張り付けたような穏やかな笑みを浮かべて最後の子どもを見送ると、トマスはそそくさと家の中に入ってしまった。老人とは思えぬ機敏な動きだ。

 すぐさま後を追い、玄関の扉をノックする。

「トマスさん、昨日来た首都の者です。開けてもらえますか」

 少し間を置いて扉が開き、隙間から老人が顔を出した。

 相変わらずの穏やかな表情だが、視線だけは鋭く見える。

 昨日の去り際の不穏な瞳を思い出し、シディアは気を引き締めた。

「どうも、こんにちは。今日は雨に降られず、乾いた服でお邪魔できて良かったです」

「ああ、君たちか。出直してもらってすまないね」

 極力明るい調子で話すシディアたちを、トマスは淡々と室内に招き入れる。

 昨日感じた違和感の正体がはっきりと見えた気がした。

 不自然なほど機械的だ。まるで、この表情とこの声の調子しか知らないような。

「ええと、コーヒ……じゃなかった。紅茶でよろしいかな」

「ありがとうございます」

 食器棚からティーカップとソーサーを三組、ガチャガチャと音を立てて取り出したところで、老人の視線が泳いだ。

 室内は整頓されているが、扉付きの家具が多い。茶葉を探すのに手間取っているらしく、戸棚をあちこち開けたり閉めたりしている。

(やっぱり、そうだ)

 目の前のトマスを騙る人物に関して、ひとつ確信したことがあった。

 偽物(こいつ)はトマスのことをよく知らない、赤の他人だ。

 少なくとも客人として招かれたこともなければ、親しく話したことすらないだろう。なぜならば。

 ちらり、とテーブルの隅に置かれた菓子缶を見る。

 視線を悟られぬようすぐに目を逸らしたが、あの缶で間違いないだろう。


 昼食時のことだ。

「先生、変な箱に茶葉入れててさ。落書きやらで賑やかにデコった、古いお菓子の缶。昔の生徒たちのプレゼントなんだ、紅茶を飲むたびこれを見て初心にかえるんだって、会うたびに自慢すんだよねー」

 ネオンの話に、シリウスが相槌を打つ。

「そうそう。前もキオを教室まで迎えに言ったら、わざわざ家からあの箱持って出てきて。初心は大事だぞ、だって。もう何度同じ話聞いたかわかんないよ」

 二人はひとしきり笑ったあと、しんみりとした表情で黙ってしまった。

 彼らの先生は、おそらく、もう───。


「すまないね、茶葉を切らしてしまったようで」

 淡々と謝罪を口にする老人に、シディアは「おかまいなく」と微笑み返した。

 よく知らない、しかも大半が子どもとはいえ、毎日毎日人が訪ねてくるような人物に成りすますのはリスクが大きいはずだ。

 そのリスクを取ってでも、少なくともこの偽物にとっては、トマスに成りすますメリットがあるということになる。それは、なんなのか。

「単刀直入に聞きます。報告が途絶えたことについてですが」

 トマスが向かいに座るなり、シディアは本題に入った。

「もしかして、海賊に関係していますか?」

 あえて誰がどこに何を報告するかは伏せ、曖昧な聞き方をしたが、本物のトマスならば会話が成立する文脈だろう。さあ、偽物の反応はいかに。

 老人の張り付けたような穏やかな笑みに、一瞬、狼狽の色が浮かんだ。

 変装とはいえ一応、そこに血は通っているらしいなと観察する。

 肉体を一時的に作り変える、変身魔法の類だろうか。

「……すまないね、よく聞こえなくて」

 声の調子が少し変わった。これまでより幾分か若く聞こえる声だ。もう化けの皮はほぼ剝がれたと言っていい。

 ガタンと音を立てて、老人は急に椅子から立ち上がった。

 双子の腕を引っ張り、無理やりにソファから引きはがすと、玄関にぐい、と押しやられる。

 視線に気づき、アリスを見た。いつでも制圧できるよ、と言いたげな目だ。

 静かに首を横に振り、今がその時ではないと示すと、アリスはしぶしぶ身体の力を抜き、されるがまま大人しく屋外へ追い出されたのであった。

「急用を思い出してしまってね。大変だ、すっかり忘れていた。明日以降、また出直してくれないか。何度もすまないね」

 早口でまくしたて、老人はバタンと音を立てて扉を閉めた。

 閉め出された双子はやれやれ、とため息を吐く。

 想定以上に、向こうには情報がないらしい。

 完璧にトマスになり切ろうという意思がないのは明らかだが、それにしたってもう少しうまくやれないものかと、敵ながら少々呆れてしまう誤魔化し方だ。

 とはいえ、そもそもこういう(たぐい)の客を想定をしていなかったのだろうとも思う。

 森の中で幼い子どもたち相手に青空教室を開きながら、のんびり暮らす独居老人。もしも事前情報がそれだけだったなら、無理もないのかもしれない。


「どうするの、シディア。やっぱり今からでもドアぶち破って確保しようか?」

 予め決めておいたネオンとの待ち合わせ場所に向かいながら、アリスが戦鎚をぶんぶんと振ってみせる。

 なかなかどうして、我が妹は血の気が多い。母ダリアの遺伝子を引き継ぎすぎではなかろうか。

「いや、いったん戻ろう。ロードリックも言ってただろ?こっちから戦闘を仕掛けるのは避けたい」

 短い時間だったが、収穫はいくつかあった。

 まず、海賊との繋がりはあると見ていい。

 報告が途絶えたと言った時よりも、海賊というワードに反応していたのをシディアは見逃さなかった。変装含め、もろもろ素人なのだろう、随分とわかりやすくて助かる。

 それから、あの床───。

「あ、ネオン来た」

 アリスの声に傍らの茂みを見ると、黒猫がひょっこり顔を出したところだった。

 ぐぐっと伸びをしたあと、獣人の姿に戻る。

「マジないわー。誤魔化しきれなくてソッコーで追い出すとか、ふざけてんでしょ、あの偽物」

「いきなり発狂されたりするよりはマシだと思いたいね。ひとまずロードリック邸に戻ってから話そう。誰かに聞かれたら面倒だし」


 しかし、帰路についてすぐのことだった。

 前方、森の出口付近に巨大な動物の影が見える。辺りは徐々に暗くなってきてはいるものの、さすがに見間違えようがない。

「あれ?シリウス?」

 声をかけると、シリウスは犬から獣人の姿に戻った。その表情からは明らかな焦りが見て取れる。

「キオを見なかった?迎えに行くから待っててって言った集合場所に全然来なくて……」

 言い終わらないうちに、はっとした表情で動きを止めたかと思うと、シリウスは目を閉じ耳を澄ました。

 隣でネオンも同じように目を瞑り、猫耳に手のひらを添えている。

「ネオンも聞こえた?」

「うん。超~~微かにって感じだけど、キオの声だと思う」

 頷き合い駆け出したネオンとシリウスは、シディアたちが来た道を戻っていく。

 一歩遅れて走り出したアリスを、更に一歩遅れてシディアが追う。

 皆が立ち止まったのは、トマスの家の前だった。

「ここにキオが?でも、さっき入ったときは声なんて……」

 戸惑うアリスに、ネオンはもう一度耳を澄ましてみせた。

「人間の耳では聞こえないと思う。ウチでも意識して音拾って、やっとって感じ。うん、やっぱキオの声だ」

「家の中にいるだけなら、もっと簡単に聞こえるはずだよ。何かに閉じ込められているのか……?」

 青ざめるシリウスを横目に、ネオンが手慣れた様子で戦闘準備(ライフル)を整える。

「マジかー。今回は偵察だけのつもりだったし、弾あんま用意してないんだけど」

 シディアは警戒しつつ、そっと玄関の扉を押してみた。鍵はかかっていないようだ。

 全員で素早く突入する。室内は薄暗い。かろうじて、夕陽が細く差し込んでいる程度である。

 異様なほどに、静かだった。

 その静けさは心地よさとは程遠く。

 不気味に冷たく、シディアたちを包み込むのであった。



   第四十五話 偽る者 <終>


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