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第四十四話 期待に応えること

「魔法使いになる夢を、捨てろとは言わないよ」

 剣の特性について説明を終えた後、父ジョセフは静かに言った。

「今のシディアのための武器として、僕はこの剣以上のものを思いつかない。ほら、試しに素振りをしただけで、彼らの見る目が変わっただろう」

 彼ら、とはたまたまその場に居合わせた数人の騎士たちだ。

 とくに剣を腰に差している面々が、なにやら嬉しそう、というか。わくわくした目でこちらを見ていることに気づく。

 慣れない視線の意味を少し考えて、シディアは気づいた。

 あれは、期待の込もった視線だ。希望を見出した視線だ。

 これまで家族に向けられてきたそれと、シディアが密かに羨ましく思ってきたそれと、よく似ている。───己惚れて、いいのだろうか。

「もしかして俺って……剣のセンス、案外悪くない?」

(サマ)になっていると思うよ。僕はあまり詳しいほうじゃないけどね」

 あ、とシディアの脳裏に閃くものがあった。

 魔法使いを自らの夢と定める前。生まれて初めて、憧れという感情を知ったその対象。

 勇者ダリアの戦い方を知った、幼少期の感動。

 それは、魔法剣士。

 魔法使いと剣士のハイブリット。なれるわけがないと無意識に切り捨てた、究極の存在。世界に唯一人、勇者ダリアだけと言われている戦闘スタイルだ。

 もっとも、ダリアは魔法使いの要素は限りなく薄いのだが。

 本来の適性魔法は別として、他の魔法───つまり勇者の力で扱う魔法は、剣がないと使えないらしい。

 オリヴィアはそんなことは無いので、なんとも不思議だ。

 どの逸話をとっても、いろんな意味で型にはまらない(ひと)である。

「キミが気づいていなかっただけで……いや、気づこうとしていなかっただけで、可能性は無限に広がっているんだ。勇者として世界に認められる旅は、そんな易しいものじゃないだろう。僕がしてあげられることは多くないだろうけど。どうか───」


 どうか───僕の大事な息子たちの旅が、その先に見える道が、希望で溢れているように。


「……期待、してもらった。凡人の俺に、希望を見出してくれた」

 剣の柄を握る手に、魔力を込める。ただし、これは起動の合図でしかない。

 ぐん、と一気に魔力を持っていかれる感覚に、思わず顔をしかめた。

 慣れるまでは仕方がないと覚悟を決めてはいたが、どうにも変な感覚だ。

 吸い取られた魔力が剣に吸収されていく。透明な剣が、魔力で満ち満ちていく。

 剣身に光が宿り、魔力量が増えるたび輝きを増す。

 これで既に全力と言えるかもしれない。

 ただの手合わせで、しかも出会ったばかりの人間に手の内を全て晒すだなんて軽率だと、ギャビンあたりには言われてしまうかもしれない。───でも。

 腰のポーチから魔法石を取り出し、柄と一緒に握り込んだ。

「……纏え」

 シディアの言葉に従うように、剣身を緑色の風が覆っていく。

 ロードリックの方を見た。身体の前で剣を構えているが、あちらから動く気配はない。藍色の瞳は、大いなる期待に満ちている。

「いくぞ。今の俺の……全力!」

「───来い!」

 思い切り、地面を蹴った。

 仮にも、勇者を目指すならば。英雄と呼ばれる存在に並ぼうとするならば。

 そのためにシディアが今できることがあるとすれば、きっと、目の前の期待に応えることだ。

「うおおおおおおお!!!」

 どちらの声とも判別のつかない雄叫びが中庭に響き渡る。

 一直線に突っ込んできたシディアを、ロードリックは技術でなんとでもできたはずだった。しかしあえて、真正面からその一撃を受けたのだ。

 期待に応え全力で挑んできてくれた少年に、誠意を持って小細工なしにぶつかる。

 それが彼の応え方であり、剣士としての矜持であった。


 無我夢中だった。

 後にこの時のことを話すシディアの口から、必ず出てくる言葉だ。

 今のシディアは大の字に倒れながら、それをリアルタイムで噛みしめている。

 何がどうなったのか、正直さっぱりわからない。

 わかるのは、ここが中庭の中心ではなく端であることくらいだ。おそらくロードリックの反撃に吹っ飛ばされたのだろう。

 そしてシディアはその際、左肩から胸にかけて、斜めに傷を負ったらしい。焼けるような痛みと、血の臭い。もしかしたら、なかなかの出血量かもしれない。

「すまない、加減が足りなかった。まあ、その加減をできなくしたのは君なんだけどな」

 右側から話しかけられ、背を地につけたまま視線をそちらに移した。

 隣に座ったロードリックが、清々しい表情でシディアを見下ろしている。彼の両頬や額には切り傷が数か所。少し血が滲んでいるようだ。

「うわ……町一番の硬派なイイ男の顔に傷が……ファンに怒られるな、俺……」

「君の剣が纏っていた、風魔法でやられたよ。このくらいが男を上げるってものだろう、と言いたいところだが、回復係がすっ飛んで来たぞ。あいつにかかれば綺麗さっぱり元通りだ」

 ロードリックの言う通り、複数人の足音が近づいて来る。シディアの名を呼ぶ、アリスの声とともに。

「とても、いい試合だった。俺の我儘に付き合ってくれてありがとう、シディア」

「剛剣のロードリックに満足してもらえたなら、光栄だよ」

 駆けつけてきたシリウスに回復魔法をかけてもらいながら、シディアは再び隣を見る。

 アリスが突然、ロードリックの顔面にグラスの水をぶっかけるものだから、何事かと焦ってしまったが、どうやら回復薬だったらしい。みるみるうちに切り傷がふさがっていく。

「改めて、いい剣だな、それは」

 ネオンが放って寄越したタオルで顔を拭きながら、ロードリックはシディアの剣をまじまじと見た。

「魔力を込めての強化だけじゃなく、魔法石で魔法を纏わせることもできるとは。勇者ダリアの全盛期を彷彿とさせる、というところか」

「魔法剣っていう点だけなら、一応真似できてるだろうな。剣を強化したところで、もちろん俺の技量は変わらないけど、単純な攻撃威力は爆発的に上がる。その分魔力がめちゃくちゃ持ってかれるっていう仕組みだよ」

 シディアの説明を聞いていたアリスが、ハァ、とため息を漏らした。

「誰かさんが魔力操作下手くそだから、最初は父様も魔力を使いすぎないようにーって考えたらしいんだけどね。リミッターつけたところで、上限をオーバーした魔力は漏れ出て消えちゃうだけで、シディアから出てく魔力は変わんないとかで。魔力消費が無駄になるだけだから、逆にしたんだって」

「逆……とは?」

 前のめりで質問するロードリックに、シディアが説明を繋ぐ。

「大量の魔力が一気に流れ込むのを前提として、それでも劣化しにくい方向で改良したんだってさ。それから、俺がこの剣(こいつ)に魔力を注ぐんじゃない。この剣(こいつ)が必要な分の魔力を俺から勝手に取っていく。魔法石も同じだ、触れれば勝手に吸い込む」

 柄を握り魔力を注ぐことで、それを合図として起動し、柄に触れたあらゆる魔力を吸収する。それがシディアの剣の特性である。

 剣にとって必要な分の魔力、というところがミソで、半分リミッターのような役割にもなっている。魔力消費が大きい事には変わらないが、魔力量の多いシディアなら消費し過ぎで倒れるようなことはない。

 ただし、常ならざる状態なら別だ。

 既に魔力を大量に消費した状態で剣を起動させれば、大いに危険が伴う。それがこの剣の欠点であり、アリスの不安を膨れ上がらせている要因なのであった。


「よし、治療完了。ロードリックは当たり前だけど、シディアも問題なしだ。歩けるくらいにはなったろう?」

 シリウスに言われ、礼を言いつつ身体を起こした。

 決して浅くない傷だったと思うが、綺麗に塞がっているようだ。

 防御性能の高いローブを着ているにも関わらず、一撃であれだけの怪我を負わせるロードリックは言わずもがな。

 この短時間で痕を残さず、さらに痛みもほぼ感じない治癒ができるとは。シリウスも大概バケモノではなかろうか。

 ネオンに手を引かれ立ち上がった。

 直後、「ぐう」と音が鳴り皆の視線が集まる。アリスの腹の虫だ。

「あはは。安心したら、お腹空いちゃった」

 恥ずかしそうに笑うアリスに、シリウスがにっこりと笑みを向ける。

「腹が減ってはなんとやらだね、お昼にしようか。今日は僕が作るよ」

「シリウス、料理できるんだ」

「それなりにね」

「ウソウソ、こいつプロ並みに料理上手いよ。マジで器用だから、犬なのに」

「犬なのには余計だろー、飼い猫ネオンちゃん」

「えっ?ネオンって飼い猫なの?」


 わいわいと前方を歩く三人と、その少し後ろを歩くロードリックの背中を眺めつつ、シディアはゆっくりと歩を進めた。

 楽しそうに手料理をふるまうエイミーと、それを幸せそうに頬張るダンを、皆の姿に重ねながら。



   第四十四話 期待に応えること <終>


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