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第四十三話 中庭の真剣勝負

 日差しが降り注ぐ中庭の中央で、シディアとロードリックは距離をとって向かい合った。

 地面は青々とした芝生で覆われており、一対一の演習には十二分な広さがある。さらに建物に被害が出ないよう、魔法具によって結界が張られているらしい。

 怪我をしても命さえあれば、などと言うからには覚悟していたが、やはり木刀ではなくそれぞれ自前の剣で勝負するようだ。

 こちらが構えるのをロードリックが待ってくれていることに気づき、あたふたと鞘から剣を引き抜く。

 理想としては以前ダンから教わった、格好良く見える抜剣を是非試したかったところだが、現実は締まらないものである。


 ダンは槍使いだったが、剣の扱いにも長けていた。

「槍使いは騎士団の中でも少ないって聞くからな。将来、遠征先で俺の槍が壊れて誰かの剣を咄嗟に借りる、なんてシチュエーションがないとも限らないだろ?」

 なぜ剣も練習しようと思ったのかと尋ねたシディアに、ダンは笑顔で返した。

 それから、ああ、こうも言っていたっけ。

「もちろん俺は親父と同じ槍使いで食っていくのが目標だぜ。でも───剣は剣で、カッコいいだろ。英雄って感じで!」


 柄をしっかりと握り、身体の前に剣を構える。

 剣の握り方、構え方、立ち方。遊びがてらダンに少しだけ教わって、あとは姉オリヴィアをはじめ、周囲にいた騎士の見様見真似だ。

 大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。深い藍色の瞳と、視線がぶつかる。───来る!

 次の瞬間、柄を握る両手に痺れるような衝撃が走った。

 数秒を数える間もなく距離を詰めたロードリックが、シディアの剣に真正面から一撃を見舞ったのだ。

 身長差はあまり無いはずだが、上から押さえつけられているような感覚である。純粋なパワーとともに、威圧感が圧し掛かってくる。

「これは驚いた、刃が透明とは面白い剣だな!」

「父さんが……俺のために作ってくれた……!」

 そう、シディアの剣は少し特殊だ。

 鞘に入っていると何の変哲もない剣に見えるが、剣身がクリスタルのごとく透明なのである。

 魔法を込める前の魔法石を加工して作られた、世界で唯一の剣。

 冷静に考えるとあまりの貴重さに震えが止まらないが、今はそんなことに気後れしている場合ではない。

「天才ジョセフの武器とやりあえるなんてな!ますます楽しくなってきた!」

「……っ!」

 力で押し切られ、後方に弾き飛ばされた。

 昨晩アリスに教えてもらった受け身の姿勢が早速役に立ったが、それでも痛いものは痛い。剛剣とはよく言ったものだ。

 腰を擦りながら起き上がるも、そんな悠長なことをしている暇はないと気づき、剣を構えなおす。

「遅い!」

 また真正面からの一撃。

 構えが間に合わず剣が弾き飛ばされそうになったが、離してなるものかと必死に柄を握りしめる。

 シディアが受け止めやすいよう、単純明快な攻撃に徹してくれているのだろうが、いかんせん一撃一撃が重い。手首も腕もいつまで持つことやら。

 何合か撃ち合い───というより一方的に撃ち込まれ───シディアが壁際に追い詰められたところで、ロードリックは突然剣を下ろした。後方に飛び、中庭の中央に戻る。

「なにを……?」

 シディアが混乱しながら体勢を立て直すと、興奮気味の声が飛んできた。

「父君の作品なら、奇抜なのは見た目だけじゃないだろう?準備が必要なら是非やってくれ。君の全力の一撃を、俺は受けたい!」

 はは、とシディアの口から思わず笑いが漏れる。

 彼は心底、剣が好きなのだ。戦闘狂とまでは言わないまでも、ネオンの言う通り戦闘民族なのは間違いない。

「わかった───あんたの期待に応えるよ、ロードリック!」


 どうしよう。やっぱり止めれば良かった。

 室内から窓越しに中庭を見守るアリスは、一方的に押されているシディアを見つめた。

 実力差はアリスが見る限り雲泥の差であり、勝てないのは当然だ。

 最低限はダンに教わっていたようだし、先日ギャビンに戦闘時の心構えなども指導されていたが、それでようやく剣を扱う者の入り口に立てた段階だ。

 騎士団にスカウトされたほどの剣士から剣を教わるチャンスを逃すつもりは毛頭ない。護身の術はあるに越したことはないのだから。でも───。

「君の全力の一撃を、俺は受けたい!」

 興奮気味なロードリックの声が響き渡る。

 初めてまともにあの剣を使うのに、全力で、だなんて。

 それに、武器(エモノ)を問わず戦士であれば、全力の一撃には全力で応えるものである。

 ───怪我を負っても命さえあれば。

 ロードリックの言葉がアリスの脳を駆け巡る。彼は、やる気だ。

 ダメだ、やはり止めなくては。勇者ダリアの血筋と手合わせをしたいのなら、アリスでも代わりになるはずだ。

 中庭に通じる扉に向かおうとした、その時。

 アリスの二の腕を優しく掴み、引き寄せる手があった。

 背の低いアリスが見上げると、柔らかく穏やかな瞳がこちらを見返す。シリウスである。

 キオを送り届けて帰ってきたようだ。巨大な犬から獣人の姿に戻っている。

「うちのリーダーがシディアとやりたいって言ってるんだ。その要望にシディアは応えた。だったら、周りが水を差すのは野暮ってものだよ」

「そう、だけど」

「大丈夫、僕の回復魔法は痛みまで消すって評判なんだ。ま、評判なのは僕自身じゃなくて、作って売ってる回復薬のほうだけどね」

「痛みを……消す?」

 回復薬の使用には、ある程度の痛みが伴うのが常識だ。

 身体の組織を急速に治すからうんぬんかんぬん……というのはアリスには正直よくわからないが、痛み無く治す回復薬となると、かなり質が良いことになる。それは重宝されることだろう。

「っていうか、自分で回復薬作って売ってるの?ノーマルの魔法石、個人では買えないって聞いたけど……」


 ノーマル、とは魔法を込める前の魔法石のことだ。

 原石やらクリアやら、地域や年齢によって呼び方は様々だが。

 そのノーマルの魔法石を水に沈めた状態で回復魔法を込めるのが、回復薬の一般的な作り方だと聞いたことがある。

 ノーマル、かつ、ある程度質が良い魔法石は流通ルートが限られているため、一般人が個人的に入手するのは絶対に無理とは言わずとも、かなり難しいはずだ。

 ───以前、夕食時に父と兄が話しているのを聞いただけだけれど。


「ああ、僕は魔法石使わないから。やってみようか、見てて」

 そう言うと、シリウスはおもむろにテーブルに近づき、水が残っているグラスをそっと掴んだ。

 何の変哲もない普通のグラスと、先ほどまで飲んでいた普通の水である。


清らかなれアオボシ(クレール・シリウス)


 シリウスが呟くように唱えると同時に、グラスの水が少し光ったように見えた。

 目の前のグラスに入っているのが、ただの水でなくなったのは明らかだ。

「はい、回復薬できあがり」

「すごい……水だけで、こんな簡単に」

 呆気にとられるアリスの背後で、ネオンが頷く。

「マジすごいよねー。器用なシリウスの特技の中でも飛び抜けてるっつーか」

「回復薬の製作は、我が一族の伝統芸みたいなものだから。ま、僕はその中でもデキるほうだけど?」

 前髪をかき上げ、得意げに胸を張った後、シリウスは腰を少しかがめた。アリスと視線を合わせ微笑む。

「というわけで、安心して見届けようじゃないか。こういうのはギャラリーがいなくっちゃ盛り上がらないしね。とくに───可愛い女の子がさ」

 そう言って、シリウスは片目をパチンと閉じてみせたのだった。



   第四十三話 中庭の真剣勝負 <終>


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