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第四十二話 熱視線

「ところで、ロードリックは人間、なんだよね?」

 気になっていたことを思い切って尋ねてみると、ロードリックは苦笑しながら頭をかき、ネオンはたまらず吹き出した。

「猫妖精や犬妖精とつるんでたら聞きたくなるのもわかるけどな。大した魔法も使えない、ただの人間だよ」

「ただの~?ウチらより人間から遠いくせに、よく言うよホント」

 はー、ウケるウケる、とネオンは笑いすぎで涙が滲んだ目元を拭う。

「人間から遠い、というと?」

「うちのリーダー、バカみたいに強いから。あながち人間じゃないかもってレベルで」

「マジで?」

「マジで。一時期、首都に滞在して騎士団で訓練受けたりしてたんだってさ。それを踏まえても規格外っつーか……」

 ネオンの話を遮るように、アリスの「あーー思い出した!!」という大声が皆の鼓膜を震わせた。

 やけに大人しいので、猫耳と犬耳と硬派なイケメンに一気に会ったせいで呆けているのかと思っていたが、どうやら記憶の蓋をこじ開ける作業で忙しかったようだ。

 随分とすっきりした表情で、ロードリックを見てうんうんと頷いている。

「あたしは会ったことなかったけど、騎士団の人に聞いたことあって。あれでしょ、剛剣のロードリック!」

 アリスの言葉に、ネオンは再び笑い転げ、ロードリックはげんなりとした表情を見せた。

「やっば、二つ名ついてんだけど!かーっこいー!」

「やめてくれ、俺が望んだ呼び名じゃない。騎士団にいたのは、たまたま町に立ち寄った騎士団員に誘われて───俺自身も実家から離れたかったし。なんとなくお世話になっただけだ。まあ、なんだ、そういう年頃だったんだ、十二歳だったからな」

 少年時代のロードリックを微笑ましく想像して、シディアは気づいた。

(ん?そもそも十二歳で騎士団の訓練に参加なんて、短期だとしても異例……ちょっと待て。十二歳で……騎士団の中で、二つ名がつくほどの……?)


 いくら今の騎士団は練度が足りていない、と騎士団長カーマインが嘆いているとはいえ、騎士は騎士だ。誰でもなれるような職業ではない。

 十二歳という若さにも関わらず騎士団員に見初められ、騎士団内で語り継がれるほどの実力があったとなれば、大人になった今、騎士団長や副騎士団長と肩を並べていてもおかしくはないはずだ。


「首都に滞在したのは長期休みを含めて数か月だったけど、そっちの学校にも通わせてもらったよ。戻ってきてから、聖女オリヴィアと廊下ですれ違ったぞ、と周囲に言ったら想像以上に羨ましがられた。君たちの姉君の影響力は凄まじいな」

 聞けば、ロードリックは姉オリヴィアと同じ二十一歳らしい。

 彼らが十二歳ということは、当時シディアたちは七歳。同じ時間、同じ学校内で規格外の二人とともに過ごしていたという事実に、なんだか不思議な感覚を覚える。

 アリスはまだしも、シディアは本好きなだけの、あまりにも平々凡々な七歳だったというのに。


「俺のことはもういいだろ、話を戻すぞ。実は昨日、嫌な情報を入手した。海賊どもの目的だ」

「目的……?海賊なんて、その土地から取れるだけ搾り取ったら、次の豊かな土地に流れていくもんだと思ってたけど」

 過去に読んだ本から、海賊に関する記述を思い出し首を傾げるシディアに、ロードリックは深く頷いてみせた。

「俺もそう思っていたが、今回は違ったらしい。奴らは町を───ポートシーガルを乗っ取る気だ」

「乗っ取る……」

 きな臭いとは思っていたが、まさかそんな話になるとは。

「今までは町の下見だったんだろう。首都まで噂が広まって騎士団が動く前に、海賊団総出で仕掛けて制圧するなんて話があるらしい」

「それじゃあ、俺たちが急いで首都に帰って騎士団を呼ばないと……!」

「すまない、重要なことが抜けていた。シディア、アリステア───君たちには、既に見張りがつけられている」

「ええっ?」

 思わず、きょろきょろと辺りを見回す。幸い、窓の外に人影は見当たらない。

「ここに来る途中で振り切るようネオンに言っておいたから、今は大丈夫だ」

「どう見ても海賊ーって感じのガラの悪い尾行、バッチリまいてきたからご心配なく~。ってか、アリスは気づいてたっしょ?」

 なるほど、とシディアは納得した。だから時々、逆方向の道に曲がったりしていたのか。

 それでも大して遠回りをせずに辿り着けたのだ、裏路地を知り尽くしていないとできない所業だろう。さすがは地元猫である。

 アリスも気づいていたなら言ってくれよ、と思ったのだが。

(視線には気づいてたけど、尾行されてる確信は持てなかったって顔だな。悔しそうだ)


 この町に来たばかりのシディアたちに見張りがついているとなると、自警団以外で唯一接触した人物である、トマスを名乗る老人がますます怪しくなってくる。

 彼が偽物だという証拠はわりと簡単につかめるだろう。方法はいくつかある。

 あと明らかにしなければならないのは、海賊との繋がりだ。ほぼ確定していると見て動くべきだが、いかんせん証拠がない。

 今日もう一度会うことで、何か掴めれば良いのだが。


「ねえ、ロードリック。もし俺たちがネオンと出会わず、かつ、今日いったん首都に戻って指示を仰ぐ、なんて選択をしていたら、どうなっていたかな」

「それだと、今頃海の藻屑だったかもしれないぞ。小型のケルピー船なんて大砲がかすっただけで終了だ」

「ひえ……いやでもアリスなら、海のど真ん中で投げ出されても泳げるか?」

「ムリムリ。首都とここを繋ぐルートって、魔物だけじゃなくサメとかも出るらしくて、騎士団の訓練でも使わないんだよ?あたし海の中で戦ったことなんてないし」

 身震いしながら、双子はネオンを見る。彼女が(スコール)の中でも油断せずパトロールをしていなければ、この状況はなかったのだ。

 双子の視線に気づいたネオンが、嬉しそうにニイッと笑って見せた。両手でピースサイン、黒い尻尾の先でハートマークを作っている。

「というわけで、だ。協力者はいるものの、情報収集以外の助力は望めない。俺、シリウス、ネオン、シディア、アリステア。この五人で海賊団と偽トマス、間違ったら弱みを握られた有力者の私兵まで相手にしないといけない可能性がある。まあ、最後のは大した脅威じゃないがな」

 ごくり、とシディアは唾を飲みこんだ。とんでもないことになってきた。

 そして先ほどから向けられている熱い視線に気づかないほど、シディアは鈍感ではない。尾行は気づけなかったけれど。

「ひとりひとりが貴重な戦力だってことだね。遠慮しなくていいよ、ロードリック。問題は俺だろ、自分で痛いほどわかってる」

「その通りだ。その腰に差している剣、まだ全然振ったことがないと見たが……どうかな?」

「大正解だよ。いっちょ前に装備を整えただけのど素人だ」

「その割には(サマ)になっているさ。君さえ良かったら、時間の許す限り俺が剣を教えよう。でも、その前に」

 ロードリックは自身の腰の鞘から、丁寧にゆっくりと剣を抜いた。深い藍色の瞳に、更なる熱が宿る。

「勇者ダリアの息子、聖女オリヴィアの弟が、剣を持って目の前にいるんだ。いくら本人が素人だからって、手合わせを我慢するのは考えられないな」

 ネオンが中庭に通じる扉を開け「おーい、戦闘民族」と言いながら親指でくいっとそちらを指した。

 やるならここじゃなくて中庭でやれ、ということのようだ。

 シディアが中庭に出るのを承諾と受け取ったロードリックは、ますます闘志を滾らせる。

「もし怪我を負っても命さえあればシリウスがなんとかしてくれる。聖女様には及ばないが、あいつの回復魔法は凄いぞ。さあ、思いっきりやろうじゃないか!」



   第四十二話 熱視線 <終>


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