第四十一話 幕開け
案内されたのは、清潔感のある広い部屋だった。キッチンも備わっており、大きな窓からは手入れされた中庭が一望できる。
客間はまた別であるらしく、昨晩は兄シリウスとともにその部屋に泊まったことをキオが元気に教えてくれた。下手したら、シディアたちが昨夜泊まった宿より豪華かもしれない。
非公認である自警団のアジトに、無関係の、しかも首都から来た人間を招いてもらって良かったのだろうか。そんなシディアの心配に、ロードリックは爽やかな笑みで返した。綺麗に整列した白い歯が眩しい。
「ネオンがただの猫じゃないと知りながら行動を共にしている奴なら、人間だろうが妖精だろうが歓迎するさ。少なくとも獣人を害することは無いし、ネオンが信用してるなら悪人でもない。そうだろ?」
「もちろん。危害を加えるなんてもってのほかだし、わざわざ口外したりもしませんよ。信用してくれて感謝します。ええと……団長?で、いいのかな」
シディアの言葉にロードリックが反応するより早く、ネオンとシリウスがニヤニヤと口角を上げながら囃し立てる。
「いよっ!リーダー!」
「町長の息子、町一番の硬派なイイ男、やり手のロードリック。それに加えて、自警団の団長ときたかぁ。うんうん、幼馴染として鼻が高いねぇ」
「こら、茶化すな。ちなみになんだが便宜上そう言ってるだけで、自警団なんて大層な組織じゃないんだ。この町を守りたい三人が、なんとなく自然に集まった結果ってとこだな」
小さな組織だというのはネオンから聞いていたが、まさかこの三人だけで活動しているとは。なにせ、ネオンの発言からして、相手は───。
「ええ!?今から行くの?」
シリウスの素っ頓狂な声に、皆の視線が集まった。
「なんだ、どうした?」
「キオが学校行きたいって言い出して……朝早くから兄ちゃんの手伝いして疲れたろ?今日はお休みするって先生にも伝えたわけだし」
「やだやだ、行くー!学校行くー!」
不満げに地団駄を踏むキオは、今にも泣きながら床を転げまわりそうな勢いである。
困った様子で眉尻を下げるシリウスの肩に、ロードリックが骨ばった手を乗せた。
「まあ、キオもまだ六歳だ。子どもにはよくあることだろ、送って行ってやったらどうだ?その間に話は進めておくさ」
「しょうがないなー。ごめん、すぐ戻るよ」
言うなり、シリウスは犬の姿に変身した。長毛でクリーム色の大型犬である。
いつの間にか子犬の姿になっていたキオをその背に乗せ、兄弟は颯爽と走り去ったのだった。
「あれは、ネオンと違ってさすがに目立つんじゃ……?」
シディアはロードリックとネオンを振り返った。
一般的な大型犬と比べても大きめの犬が、子犬を背に乗せ街中を走っているのだ。加えて、明るく美しい毛並み。目立たないほうが無理というものである。
「人通りの少ないルートがあるんだよ。途中からは、人間の足じゃとても通りたくない獣道だけどな」
「ウチはあの道は使わないなー、猫の姿だと草のほうが背高くて前見えないし。こっちの姿だとヒールに泥付くしー」
「実質、シリウス専用ルートだな。ところで、お二人さん」
ロードリックは双子に向き直ると、表情を引き締めた。
「実は、ネオンからの提案が断られても、俺が直接ここに呼ぶつもりだった。君たちに、頼みがあるんだ」
頼み、ときたか。シディアの身に少しだけ緊張が走った。
冒険者として各地に赴くにあたり、母ダリアから一つだけ、絶対に守るよう強く言われたことがある。各地の政治に安易に関わらないことだ。
今は自警団の団長として話しているとはいえ、町長の次男からの頼み事である。安請け合いはしないよう気をつけなくては。
「ポートシーガルは今、問題を抱えている」
「海賊の動きが活発化していること、ですよね」
「そうだ。とくに物流に多大な影響が出ている。このままじゃ商売も交通も成り立たない。───ああ、今更だが言葉遣いは崩してくれていいぞ。俺も君を坊ちゃんと呼ぶ気はないからな」
「じゃあ、お言葉に甘えて。ポートシーガルには町の警察組織があるはずだよね?まさか指咥えて見てるだけなんてことは……」
シディアの問いにロードリックの精悍な顔が陰り、口からは盛大なため息が漏れ出る。片手を額に当て、彼はゆっくりと首を左右に振った。
「あいつらではダメだ。大した人数もいないうえに、戦闘経験に乏しい者ばかり。情けないことに、日々の訓練も真面目にしていたか怪しい。そんな頼りない組織だ。それどころか、海賊どもの暴挙を黙認する奴らが出て来ているのも問題のひとつでな」
初めは港に出入りする船を狙われるのが主だったが、次第に港を荒らされるようになり、ついに先日、街中まで入り込む者が現れたようだ。最近繁華街の治安が悪い、とネオンが言っていたのを思い出す。
普通はそんな状況なら港の警備を少しでも固めるものだろうが、昨日シディアたちが到着した時間、実際に港にいたのはネオンだけだった。真昼間、かつ、スコールに見舞われていたとはいえ、警察組織としてのやる気が疑わしい。
「本題はここからだ。最初に襲われた商船の乗組員を保護して話を聞いたんだが……海賊の奴ら、内部事情を把握してやがった」
「内部事情って、警備の状況とか、商船が出入りするスケジュールとか?」
「だけなら、まだ良かったんだがな。どうやら会話の内容から、何かしら有力者の弱みが握られているのは間違いない。それが町長か、警察のトップか。握られてるのが命なのか裏帳簿なのかはわからんが」
なんとも、きな臭い話になってきた。
相槌を打ちながら、裏帳簿を取り返す展開になりませんようにと内心祈るシディアを、ロードリックは真摯に見つめ言葉を繋ぐ。
「俺なりに調査をしたうえで断言する。海賊たちを手引きした奴が、必ず町民の中にいる。そしてそれは───あのトマスという老人だと、俺は睨んでいる」
双子は、思わず同時にネオンに目を向けた。腕を組み壁に体重を預ける彼女の表情に動揺は見られない。
ここまで話し続けていたロードリックはグラスの水を飲み干し、ふうと息を吐いた。
「とくに彼を慕っていたお前には、最後に話そうと思っていた。シリウスに話したのも昨晩だが……その顔は知っていた顔だな、ネオン」
「知らなかったっつーの。昨日、直接会うまではね。ロードリックが誰かを疑って調査してるのは知ってたよ?それがまさか先生だなんてさ、思わないじゃん」
「ネオン……」
立ち上がり近寄ったアリスの肩に顔を埋め、ネオンは声に悔しさと悲しさを滲ませる。
「昨日会ってすぐにわかった。あれは、先生じゃない。ガワを被ってるだけのニセモノ。何年も一緒に過ごしたウチを騙そうなんて、ほんと、いい度胸してるよな……ムカつく」
シディアとアリスだけでは、トマスが何者かに脅されて様子がおかしくなっている可能性も否定できなかった。むしろ、そうであってほしいと心のどこかで願っていた。
島主ダリアの信頼を得て、真面目に監視役を務め、ネオンをはじめ教え子たちに慕われたトマスという人物に、穏やかな老後が訪れてほしかった。
しかしあの老人が偽物ならば、きっとトマス本人は、もう───。
「……というわけだ。問題が解決するまで、協力してくれないか。これが俺からの頼みだ」
ロードリックの深い藍色の瞳が、真っ直ぐにシディアを見据える。
アリスの意思を確かめるまでもなかった。そもそも、こちらの目的にも大いに関係のある話だ。
そうでなくとも、駆け引きも打算もないこの瞳に応えないなどという選択肢は───ない。
「むしろ俺たちからもお願いしたい。解決しよう、みんなで」
かくして、たった五人の若者たちによるポートシーガル救出劇が、静かに幕を開けたのであった。
第四十一話 幕開け <終>




