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第四話 三日月島の老人

 降り立ったのは、ごくごく一般的な、平和な空気漂う港町だった。

 石段を五段ほど登ると、紺地に黄の塗料で「ようこそ三日月島(みかづきじま)へ」と書かれた大きな看板が出迎えてくれる。

 住宅の合間にポツポツと商店や飲食店らしきものが建ち並び、人通りもそれなりにあるが、ベーヌス島の港町と大きな違いは見受けられなかった。

 期待が膨らみすぎていたぶん、ほんの少しガッカリしたのは否めないが、それでも初めての島外だ。

 シディアは石畳を踏みしめ、大きく息を吸って知らない街の空気を体いっぱいに吸い込む。

「ここは島の中央の港でさァ。三日月の腹の部分って言や、わかりやすいですかね」

 ケルピー船の御者席に座ったまま、御者の男は上方のシディアたちに向かって声を張り上げた。


 母ダリアから教えられた目的地は、島の北側。三日月型の島の先端部分だ。

 左程大きくはない島だが、既に黄昏時。野宿の用意はしてきたが、港町で宿を見つけ、明日の朝出発するのが最善に思える。

 魔王が封印されているとはいえ、魔物がいなくなったわけではない。かつての戦いで大幅に数を減らされ弱体化しているだけで、人里離れた場所では常に危険はつきものだからだ。

 道中は時たま大人しい水魔とすれ違う程度で、シディアがうたた寝できるほどには平和なものだったが、御者がそういうルートを選んでくれたということだろう。

 ケルピー船の御者にとって、安全なルート選択は必須とも言える能力だと聞くが、その中でも優秀な部類に違いない。男のヨレヨレの帽子を見下ろしながら、シディアはそう思った。


「オジサンも降りて休んだらー?もう夜になっちゃうよ?」

 アリスの言葉に御者の男は「へへぇ……」と煮え切らない声を返した。シディアは男の左腕、手首に光る銅色の腕輪を一瞥し、アリスの手を取る。

「今日はありがとう、オジサン。帰りはまたよろしく頼むよ」

「あいよ、坊ちゃん。任せてくんなァ」

 帽子に隠れて目は見えなかったが、男は無精髭の生えた口もとを綻ばせた。

 今朝の早い時間からほぼ丸一日、休まず船を走らせてくれたのだ。相当に疲れているだろうが、彼には上陸できない理由がある。


 魔力が籠った、銅色の腕輪。

 あれは罪人の印であり、行動を制限するための魔法具だ。


 権限を持つ者──おそらく島主ダリアや騎士団長カーマインあたりとシディアは予想する──の許可なく勝手な行動を取れば、ベーヌス島へ強制送還され、今よりも重い罪を科せられるだろう。

 そして「三日月島に向かうシディアとアリステアを安全に送迎する」のが今回彼が与えられた仕事であり、おそらくそれ以外の事項は許可されていないだろう。

 彼が何の罪を犯したのかは知らないが、言動を一歩間違えれば自らの命にかかわる。その日々の恐怖こそ、罪人に与えられる罰なのであった。


「えーと、たしかこの辺りって言ってたよな」

 石畳の路地。アリスの手首を掴んで引きながら、ローシェンナが何度か泊まっているという宿を探す。

 初めての宿を自分たちで探すのも旅の醍醐味であろうが、安全に越したことはない。

 とくに今回は、初めての島外ではしゃぎすぎないようにと大人たちに釘を刺され、シディアの財布には最低限の路銀しか入っていない。変な宿を選んで、宿代をぼったくられでもしたら大惨事だ。

 ちなみにアリスに至っては、財布すら持たされなかった。浮かれて散財するのが目に見えている、というのはローシェンナの言だ。そこに関しては、シディアも同意見である。

 なぜなら、見える店すべてに今にも突撃していきそうな勢いで興味を示しているからだ。

 淡い薄紫の瞳は幼子のようにキラキラと光を携え、二つに束ねた白金の髪はアリスの頭の動きに合わせて、せわしなく前後左右に揺れている。シディアが手首を掴んでいなかったら、宿にたどり着くのは真夜中になるに違いない。


「あったあった、あの看板……」

 目的の宿を見つけたシディアの足が止まった。斜め後ろを歩いていたアリスがシディアの腕に顔をぶつけ「うわっ」と声をあげる。

「もう急に止まんないでよシディア。……ん?あの人、あたしたちを見てるね……?」

 宿の看板の下、かろうじて目視できる暗がりの中に、ローブを身に纏った人影が佇んでいた。

 小柄なアリスよりも更に背が低い。フードからはみ出しているたっぷりの髭のせいで子どもとは思えないが、一見、それと見紛うほどの身長だ。

 シディアが足を止めたのは、フードの奥から無遠慮な視線を感じたからであった。

「ほーう、見た目でもわかると言われたが、わかるもんじゃのぉ。あやつらの特徴をしっかり受け継いでおる」

 しわがれた低い声とともに、老人は明かりの下に姿を現した。

「それじゃあ、まぁ、とりあえず行くかの」

 老人は皴の刻まれた手をローブのポケットに突っ込み、中から掌に収まるサイズの石を取り出した。

魔法石(まほうせき)……!」

 掴んでいたシディアの手を振り払い、アリスが咄嗟の防御姿勢を取る。

 同時に、老人と双子を淡い光が包んだ。


 *****

 

「はいはい、いらっしゃい!」

 宿の女将は勢いよく扉を開けた。が、そこには誰もいない。

 上半身を外に乗り出して左右を見渡すも、路地に人影は見当たらなかった。

「お客さんかと思ったけど……気のせいみたいだね」

 なぁんだ、と独り言ち、女将は後ろ手に扉を閉めるのであった。


 *****


 草花の絨毯。澄んだ空気。頭上には満天の星空。

 木々に囲まれた円形の広場の入り口に、シディアは立っていた。

 右手には山小屋のような丸太造りの家があり、窓からは柔らかな光が漏れている。

「きれい……」

 隣で空を見上げ、アリスがうっとりと呟いた。

 たしかに、綺麗だ。「強化合宿」でダンとエイミーとともに見上げた空を思い出す。


 瞬きの間の移動だった。

 老人がポケットから取り出した石。宿の明かりを反射して煌めいていたあれの効果だろう。

「ふぅ。何度行っても人の多い場所は落ち着かんわい。我が家が一番じゃ」

 老人はそう言って頭に被っていたフードを下ろした。

 ザワリ。シディアの心を不安が駆け抜ける。

 露わになった老人の耳は、三角に尖がっていたのだ。

 宿の前で見た時は気づかなかったが、鉄製の斧を背負っている。

 尖った耳、背に斧、そして子供のような低身長。すべてドワーフの特徴だ。

「まさか……魔王軍(カペル)!?」


 魔王軍は母ダリアたちがほぼ壊滅させたはずだった。残党も弱体化され、散り散りになったと聞く。

 妖精と人間の混血もいるにはいるが、人間の血が混ざった時点で耳は人間と同じく丸くなるのが通常だ。

 三角に尖った耳は、純粋な妖精、妖魔などの類ということになり、一般的には人型のもの全てをひっくるめて「妖精」と呼ばれている。

 そのうち魔王軍に属さない一部の妖精たちは、かつての大戦時に姿を隠したとされているが、そのあたりはどの文献を見ても曖昧だ。

 ドワーフについても、本の中では散々お目にかかってきたが、現実で出会うのは初めてだった。


 魔王軍(カペル)のワードに即時反応したアリスが、シディアにトランクを投げて寄越した。素早くドワーフに向き合い拳を構える。

 ドワーフはやれやれ、と肩をすくめた。

「なんじゃ、お前らダリアから何も聞かされておらんのか」

 老人の半ば呆れたような口調に安堵し、身体から力が抜ける。

 アリスも戸惑いながら、ゆっくりと拳を下ろした。

「母さん……母は『行けばわかるからさっさと行け』と、だけ」

 シディアが答えると、老人は急に笑い出した。

「ここ十数年会っていないが、そうか。相変わらずじゃのぉ」

 老人はひとしきり笑ったあと、シディアたちに家に入るよう促し言った。

「安心せい。お前さんたちの両親が、何度も訪れた家じゃよ」



   第四話 三日月島の老人 <終>


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