第二十九話 慈悲なき大砲
長く深く、どこまでも降りていけそうな階段だった。
段差は緩やかで、一段一段が低めに造られている。年老いた国王や、ロングドレスの貴婦人が使用することも想定されていたのだろうと想像を巡らせながら、シディアは進む。
「シディア、聞こえてるかい」
ふいに聞こえた父の声で、ローブのポケットに手を突っ込んだ。持たされていた小さな受信機を取り出す。東の砦から騎士団の退避が完了次第、この受信機で報せが入る仕組みになっているのだ。
通信機の試作過程でできた機器のひとつらしく、名称の通りシディアの声はあちら側には届かず、もちろん録音機能もついていない。シンプルに一方通行で受信するのみだ。
使用可能範囲が狭く、通信が届くのは建物内が限界と聞いたのを思い出し、少し安堵する。異様な雰囲気の階段だが、別の空間に転送される魔法などはかかっていないらしい。
「当たりをつけていた場所で間違いなければ、起動装置をそろそろ見つけた頃かもしれないね。そうでなくても、探しながら聞いて欲しいことがある。キミに軽蔑の視線を向けられるのが怖くて、一方的に話してしまう父さんを許してほしい」
本当に一方的が過ぎるが、現状、シディアに拒否する術はない。あちらは受発信ができて、こちらは受信のみ。こちらから通信を切ることすら許されないのである。
父の話をバックミュージックのごとく垂れ流しながら、シディアは階段を降りていく。
勇者の力が、なんなのか、どこから来たのか、考えたことはあるだろうか。
普通に考えれば、初代勇者、そして勇者ダリアが生まれつき持っている力、と皆思うだろう。
実は、そうじゃないんだ。
勇者の力は、初代勇者が妖精たちから与えられたもの。
世界を救う。そういう契約のもとでね。
そして初代勇者が死して幾星霜。魔王が復活し蹂躙し続けた混沌の世界で、ダリアがその力を受け継いだ。契約を引き継いだんだ。
その契約の名は───救世の盟約。
強力な勇者の力と引き換えに、世界の救済を担う。救済の責務を負う。世界を救うために最善を尽くす。そういうものなんだ。
たとえ……それが実の娘を危険に晒すことだったとしても。
決して、今回の襲撃を予測していたわけではないんだよ。
でも今回の事件が起きなかったとしても、遅かれ早かれオリヴィアは狙われていただろうと、僕は思う。
───勇者の称号を手にしたが故に、だ。
シディアは思わず受信機を見つめた。
引き返して父を問い詰めたい衝動に駆られたが、そんなことをしている場合ではないのはわかっている。軽く舌打ちをし、歩を進めた。
ジョセフは更に言葉を続ける。
そして僕は決して勇者の器ではないけれど、勇者の力と縁深い性質を持っていてね。大人になって、性質のほとんどは失われてしまったけど。要は勇者に縁深い遺伝子を持ってる。
だからつまり……ダリアが僕を夫に選んだ理由はその性質なんだ。
世界のために、勇者の素質を色濃く受け継いだ子どもを産まなきゃいけなかったからね。
キミからしたら、両親がそんなことで結婚したなんてショックかもしれないけど、救世の盟約っていうのはそういう───。
ここで急に雑音が入り、父の声を遮った。
ついに亜空間にでも転送されたか……と思った矢先。ジョセフの倍以上の声量で通信に割り込む者がいた。母ダリアである。
「ふざけんな。人が寝てると思って好き勝手言いやがって」
「ダリア!?起きて……」
緊急用にと、ジョセフがダリアの枕元に通信機を置いていたのを思い出す。こちらも受発信ができる代わりに建物内しか通用しない試作機らしいが、なるほど音質は申し分ないな、と受信機を耳から遠ざけながらシディアは思った。
「世界のため、だけで三人も子ども作ると思ってんのか、バーーーーーカ」
言うだけ言うと、通信を切る「ブツッ」という音を最後にダリアは会話から退出したようだった。
普段はそれなりに島主らしく振舞っているダリアだが、夫であるジョセフには感情むき出しで、少年少女のように話すきらいがある。
話し方はもう慣れたものなので別にいいとして、だ。
「そういうのは息子が聞いてないとこでやってくれよ……」
ため息とともに吐き出すも、手の中の受信機は、両親にシディアの声を届けてはくれないのであった。
父子の通信に気まずい空気が流れたのも束の間、にわかに受信機の向こう側が騒がしくなる。伝令が届いたのだ。
「よし、退避完了の報告が来た!やってくれ、シディア!」
天の救いとばかりにジョセフが叫ぶ。
ほぼ同時に、シディアはついにゴールに辿り着いた。
王城だった時代に造られたとは到底思えない、質素な小部屋だ。
それにしても長い階段だった。大広間のある三階から、少なくとも地下までは降りたはずだ。
考えてみれば、玉座の真下が二階のどの部屋にあたるかわからない。一階も同じくだ。
建築についての知識は大して持ち合わせていないが、上手く視覚や認識を誤魔化す作りになっているのだろう。
小部屋の中央には、シディアが見上げるほどの巨大な水晶玉が鎮座していた。
吸い寄せられるように水晶玉に触れる。そして。
「これは……東門か」
突如、水晶玉に映し出されたのは東門の風景だった。状況からしてまさに今現在の東門の様子だろうとわかる。
門が揺れ、仕込まれた無数の射出口が姿を現すと水晶玉に例のマークが浮かび上がった。巻物と、玉座の台座に描かれていたものだ。
水晶玉に映る視点が移動し、東門から外を見るかたちに切り替わる。
魔物が群れをなして東門に迫る、大迫力映像がそこにはあった。たしかにジョセフの言う通り、想像を上回る大群である。
正直、大画面でこんなものを見たくなどない。しかし目を逸らすわけにはいかないのもわかっている。
安全地帯からポチっと起動装置を押す。そんなやり方ではダメなのだ。少なくとも、当時この兵器を造った人々はそれを良しとしなかった。
見るのも嫌になる恐ろしいものから、騎士たちが命がけでベーヌスを守っている。不安にかられ、それでも王を信じてひたすら耐える民たちがいる。
その現実から、忠義の重みから、目を逸らして何が王族かという話であろう。
これは兵器というだけではない。疑似的に、民の先頭に立つ装置でもあるのだ。
一瞬、気持ちを落ち着けよう。なんとなく服のポケットに手を入れると、指先に触れるものがあった。
「ブラッドナンバー……そういえば入れっぱなしだった」
ジョセフに渡すつもりが、そもそも話題にすら出していないことに気づく。小箱が軽すぎて存在をすっかり忘れていたのだ。
これが終わったら、ゆっくり話せばいい。そうして、小箱はまたポケットの奥底に仕舞われるのであった。
覚悟を決め、水晶玉のマークに両手を重ね合わせる。
書類にも本にも詳細な起動方法は書かれていなかったが、こういうことだろう、というのは察しがついた。
マークが注入口になるイメージで、魔力を水晶玉に送り込む。
金魚鉢に注がれる清水のように、透明な水晶玉に魔力が満ちていく。
いよいよ魔物の大群が東門に届く、その直前にようやく充填が完了した。
正式名称かどうかは知らないが、昔本で読んだそのままを、シディアは叫ぶ。
「一掃しろ───慈悲なき大砲!!」
放たれた魔力砲のあまりの眩しさに目を細めた。それも束の間である。
次に水晶玉に映し出された景色は、シディアを安堵もさせたが、同時に頬を引きつらせもした。
「は、はは……もしかしたら……本で読んだより凄いかも……」
魔物の群れは、跡形もなく消えている。
しかし消えているのは、魔物だけではなかった。
木々は灰となり、街道は削り取られ、なんと一番近くに見える山は一部が吹き飛ばされ抉れている。
一瞬で島の地形を変えてしまうほどの兵器を、自身が起動したという事実にゾッとした。
割れんばかりの歓声が、街から聞こえてくる。勝どきを上げるというやつだ。
限界近くまで魔力を使ったうえに緊張の糸が解け、ドッと疲れが襲ってくるのを感じた。
生まれて初めて大役を果たした少年は、崩れ落ちるようにその場に座り込んだのであった。
第二十九話 慈悲なき大砲 <終>




