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第二十八話 奥の手

 コンコンコン。入室許可を得るため、執務室の扉をノックする。

 扉は開放されているので、実際は既に一歩踏み入れたうえで、壁に重なった扉を叩いているのだが。開いているからといって無言でズカズカと入っていくのは、さすがに憚られるというものだ。

「ん……?シディアか、どうした?」

 振り向いた父ジョセフの顔には、先ほどよりも更に疲れが滲んでいた。

「東の砦は、まだ無事?」

「ああ、なんとか持ちこたえてくれている。すり抜けて進んできた魔物は東門を守る部隊が仕留めているし。今のところ飛行するタイプの魔物を除いて、首都への侵入は許してないよ。ただ、いつまで持つか……。敵の数が当初の想定より多いみたいでね」

 どうしたものか、とため息を吐くジョセフの隣で、サザナミが眉間に皴を寄せる。

「負傷兵も増えてきています。即効性のある回復薬も残り僅かですし……。街の消火活動を終えた者を増援に回したとしても、状況をひっくり返せるほどの人数では……」

 大人たちが考え込む中、彼らが囲むデスクに、シディアはいそいそと持ってきた物を並べ始めた。ハードカバーの古い本に日焼けした書類、巻物の類も合わさり、デスクの天板が埋まっていく。

「シディア、これは……?」

「もしかしたら、突破口になるかもしれない兵器があって。俺だけじゃ本当に役立つか判断できないから、父さんたちにも見てほしいんだ」

 執務室内がどよめく中、一番手前に置いた、ハードカバーの本を開く。

「何年か前に読んだ本。戦争ものの小説で、当時はただの創作(フィクション)だと思ってた。……あ、ほらここ」

 シディアが指した箇所を、ジョセフとサザナミが覗き込む。

「無数の射出口から撃ち出される魔力砲……ですか」

「そう。東門には仕掛けがあって、いざという時の切り札になる大砲が仕込まれているらしい」

「たしかに記述は東の門、だけど……どうして現実の東門を指しているって断言できるんだい?」

 そう尋ねるジョセフの瞳は、疲れ切ったようすから一転、まるで幼子のような好奇心の光を宿していた。父を元気づけるのが主目的ではなかったが、シディアには嬉しい副産物だ。

 そうこなきゃ、と張り切って書類を広げる。

「たまたま探し物をしている時に、これを書庫で見つけた。その時は本命の探し物に夢中で放置しちゃって、そのまま忘れてたんだよな」

 

 あれは半年ほど前。

 読んでいた本のシリーズに関連する資料を探して、歴史書の棚を隅から隅まで漁っていた日だった。

 元・王宮書庫なだけあって、島主家の書庫はとてつもなく広い。

 本好きのシディアにとっては夢のような空間だが、探し物をする際はそれなりの時間を費やす覚悟をして挑まねばならない。

 その書類を発見したのは、本当に偶然だった。

(本……じゃないな。ファイリングされた資料……設計図?)

 正直、興味はあった。

 しかしこれを今じっくり見てしまっては、本来の目的がいつ達成できるのやら。


 ───そんなこんなで棚の端に戻した結果、今日まですっかり忘れていたのである。

 

「……首都を囲む城壁の設計図か。この類は戦争で失われたと聞いていたけど、一部残っていたんだね!すごい発見だよシディア!」

「ははは。俺も喜んじゃったんだけどさ。そこでこっちを見てほしい」

 シディアは巻物の紐を解き、書類の上に広げた。

 記された文章とともに目に飛び込んでくるのは、ベーヌス王家の紋章だ。

「たぶん母さんは前国王に聞かされて知ってたんじゃないかな。王家に代々伝わる秘密兵器、みたいなやつだ。思い出せなかったか、リスクがあるから言わなかったか、だろうけど」

「リスク、ですか?」

 穴が開くほど設計図を見つめていたサザナミが顔をあげる。

「古い書類だからところどころ文字が薄れて読みづらくてさ。俺もざっくりしか読み取れてないんだけど。ひとつは、古くから伝わる王家の奥の手ってだけあって、威力がバカみたいにある」

 ほらここ、とシディアは本の記述を指差しながら続ける。

「東側の森や畑、砦まで全て吹き飛ばす威力だって記述があるだろ?簡単に使わせないためのブラフの可能性もあるけど、最終手段として備えておくなら、本当にそれくらい威力があったっておかしくない」

 本当にここまでの威力があるならば、東門そのものや、その内側の街もオマケで少し吹き飛んだとしたっておかしくはないはずだ。ご利用は計画的に慎重に、といったところだろう。

「もうひとつのリスク……というか懸念は、起動方法。王家の血筋にしか反応しないうえに、大量の魔力が必要になる。母さんがわざと言わなかったんだとしたら、俺はこっちが本命の理由じゃないかと思ってる」

 母ダリアは前々から魔力炉が不良を起こしていたらしいし、姉オリヴィアは不在。父ジョセフと妹アリスは魔力量がもともと少ない体質だ。

 ジョセフとサザナミが、同時にシディアを見る。

 この記述が全て真実ならば───条件に当てはまる人間は今、ここに一人しかいない。

「……うん。俺なら、起動させられる。魔力量だけは、たっぷりあるからね」


 にわかに廊下が騒がしくなったかと思うと、伝令の騎士が執務室に転がり込んで来た。皆が一番、聞きたくなかった報告とともに、だ。

「報告します!東の砦、もう持ちません!」

 シディアとジョセフ、サザナミの視線が交差する。三人は頷き合った。

「東の砦は捨てる!大至急、首都まで全員退避するよう伝えろ。退避が完了次第、東門の部隊も城壁の内側まで下がらせるように。そこの君、街の警護や消火にあたっている隊にも状況を共有してくれ」

 サザナミが周囲にテキパキと指示を伝える中、ジョセフは不安そうな人々に柔らかな視線を向けた。

「大丈夫。僕たちの決断を、信じてほしい」


 首都を囲む城壁の東門。仕込まれた無数の射出口から魔力砲を撃ち出すためには、起動装置が必要になる。

 シディアがかつて読んだ本には、起動装置の場所は書かれていなかった。しかし、ヒントは既に見つけている。王家の紋章が描かれた巻物の隅のほう。目立たない場所に小さく描かれていたマークだ。

 皆がバタバタとせわしなく動く中、執務室を出ようとするシディアをジョセフが呼び留める。

「着替えていきなさい。性能は今のと全く同じだけど、穴が開いているよりマシだろう」

 手渡されたのは、新品のローブだった。血と汗と埃にまみれたローブを脱ぎ、新しいものに袖を通す。

「無事に帰ってきてくれ、シディア。父さんとの約束だ」

 大げさだ、と笑い飛ばしたかったが、父の真剣な瞳の前では頷くことしかできなかった。

 起動装置の場所と同じく、起動した王族がどうなったのか、本には一切記されていなかったのだ。

 実質の総指揮官となっているジョセフと、その護衛を務めるサザナミを執務室に残し、ひとり廊下に出た。向かうのは、大広間───かつての玉座の間だ。


「やっぱり、これだ」

 かつて玉座が置かれていた台座の裏側を覗き込み、シディアは確信を得た。

 巻物の隅に描かれていたマークと、全く同じものがそこには描かれている。


 幼い頃、この場所はシディアたちの遊び場のひとつだった。

 照明やカーテン以外はほとんど何もない、ただの広間で子どもたちが遊ぶことを禁ずる理由もなかったのだろう。今となっては何が楽しかったのかもわからないが、当時は頻繁に出入りしていたように思う。

 玉座はその頃には既に跡形もなく、今と同じように台座だけが不自然に鎮座していた。

 貴重な素材で作られていた二つの玉座は分解され、大戦後の復興のために使われたと聞いている。島主家───この城の高価な装飾のほとんどが、そうして失われてきたのである。

 ダリアは民のため正しい判断を下したのだろうが、歴史学者などからすれば卒倒しかねないほど貴重な文化財も含まれていたはずだ。彼らにとっては王家の歴史を破棄するなど、信じられない所業だろう。本当は泣いて縋ってでも阻止したかったにちがいない。


 台座のマークは薄れて見えにくくはなっているが、ちょうどシディアの手と同じくらいのサイズだ。掌を当てるが反応はない。ならば、と少し力を込めて押してみる。───すると。

 台座の上部。箱に見立てると蓋にあたる部分が二つに割れ、左右にスライドするようにゆっくりと開いた。本来なら玉座が乗っているからであろう。随分と丁寧な開き方だ。

 現れたのは大きく暗い穴と、階下へと繋がる階段。シディアが一歩踏み出すと、壁のランプが一斉に灯り、進む先を照らす。

 意を決したシディアは踏みしめるように、階段を降りていくのであった。



   第二十八話 奥の手 <終>


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