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第二十四話 絶体絶命

「答えろ」

 人影から発せられたのは、熱を感じさせない女の声だった。

 剣を握る手は歴戦の戦士のそれではあるが染みや皴はなく、声と総合するに二十代前後の印象だ。

 フードの奥から値踏みするような視線を浴びせ、謎の女はシディアに問う。

「───お前の姉、オリヴィアはどこだ」

「え……」

 想定外の質問に面食らいながら、シディアは脳をフル回転させていた。

 なぜこの女は、姉の所在を尋ねるのか。

 シディアがオリヴィアの弟とわかったうえで襲ったのだから、オリヴィアの自宅である騎士団の宿舎や、実家である島主家の場所などはとっくに知っているだろう。島民には周知の事実であり、誰でも得られるような情報だ。なにせオリヴィアは島外にもその名が轟く勇者であり、聖女。いわば有名人なのである。

 わざわざ剣を突きつけてこんな質問をしてくるということは、姉が現在、普段の行動範囲内にいない───行方がわからない、ということではないのか。

 状況を把握できていない今、下手な回答はできない。相手にとって何が情報になるかわからないからだ。

 シディアにできることがあるとすれば、情報を与えず刺激せず、この場を奇跡的に生きて切り抜けることだけだった。

「ね、姉さんなら、騎士団の仕事中じゃないかな……ほら、なんか街が騒ぎになってるし、島中駆け回って忙しくしてるんじゃ……」

 声が上ずる。震える。

 自分でも情けないとは思うが、生まれて初めて喉元に刃物を突き付けられている状況で、冷静に対処できる人間のほうが、きっと狂っている。

 どんなに情けなくても、喋り続けなければ。どうにか会話をしながら隙を探すしか、シディアが助かる道はおそらく無いのだから。

「逆に……何が起こってるか教えてもらえません?俺、さっき港についたばっかで……」

「へぇ、そうなんだ。知らないんだ」

「そうなんですよねぇ、ははは……」

 ははは、なんて言いつつ顔は引きつっていて、下手な笑みすら作れていないことだろう。我ながら、大根役者もいいところだ。とはいえ、何も知らないのは事実なので嘘はついていない。

 フードの人物はすっと腕を引き、シディアの喉元から刃を離した。

 緊張が緩んだのも束の間、縦に素早く回転させた剣がシディアの左太腿に突き刺さる。

「い゛っ……!?」

 痛い。とてつもなく痛い。

 予想してはいたが、ジョセフ特製のローブを当たり前のように貫通させてきた。それだけの力量がある戦士だということだ。

 フードの奥を見つめる。───またしても嗤い、愉しむ気配。

 勝てる見込みなど無いに等しい。遊ばれて、理不尽に傷つけられて、嗤われて。

 それでも、(かぞく)に害をなそうとしているであろう存在に、泣きながら命乞いをするようなシディアではなかった。


 勝算があるとすれば、一か八か魔法を撃つことだろう。

 大げさに痛みに呻くふりをして、左手に嵌めた黒手袋をちらりと見る。

 問題は、リミッターがもう無いことだ。道中で十分に休息を取ったおかげで、シディアの魔力は満タンまで回復している。

 常人より多いこの魔力を、また込めすぎてしまったら?

 逃げ遅れた街の人たち、近くで魔物と戦っている騎士団員を巻き込んでしまったら?

 嫌な想像がぐるぐるとシディアの脳内を巡る。

 そもそも魔法石を取り出す隙を、目の前の人物が与えてくれるとも思えなかった。

 状況的に、会話はどうやらあまり意味がない。いや、時間稼ぎにはなるだろうか?

 誰かが気づいて助けに来てくれれば───。


「ここまでしても言わないのねぇ。賢い弟くんのことだし、わかるでしょ?命の危機だってことくらい」

「ああ、わかるよ。俺はこのまま死ぬのかぁ、短い人生だったなって、考えてるだけ」

「ふぅん。意外とアッサリしてるんだ。戦闘能力がないなら簡単だと思ったけど……本当に知らないのか、姉想いが過ぎるバカなのか。───まぁ、もう用はないかな。他を当たるか」

 安定しない口調に、一言ごとに変わる語気の強さ。

 フードの女は目の前にいるくせに、掴み取れない雲のようだった。

 太腿から乱暴に引き抜かれた剣が、再度シディアの喉元に向けられる。

「ま、待ってくれ!」

 少年の必死な叫びに、細身の剣が喉に刺さる寸前で止められた。切っ先から血が滴り落ち、シディアの胸に染みを作る。これが自らの太腿から出た血液なのだという事実が、シディアの全身を震わせた。

「話す気になったならとっとと話せ。お前と遊ぶのはもう飽きた」

 フードの奥から突き刺すような視線は、先ほどまでの愉しみ嗤っていた時とは全く違う。今、目の前の女は本気でシディアを殺そうとしているのだ。

「最期のお願いがあって……回復薬を取り出していいかな?綺麗な水を見ていると落ち着くんだ」

「ふん、いいだろう。お前を殺した後にボクが有効活用してやる」

「ど、どうも……」

 ポーチから回復薬の瓶を取り出した。透明な瓶の中で、治癒の魔法石がちゃぽんと音を立てる。

 両手で包むように瓶を掴むと、すかさず魔力を一気に、大量に注ぎ込んだ。

 青みがかった光の柱が闇を照らし、空へと伸びる。

「お前っ!いったい何を───」

 光に目が眩んでいるのか、はたまた、どうしても顔を晒せない理由でもあるのか。

 女はフードを引っ張り、更に深く被りなおした。動揺したらしく、剣の切っ先はシディアの喉元を離れている。

 隙はできたが、太腿の傷が深い。この脚では逃げようとしたところで、背を突かれて即ゲームオーバーだ。回復薬で治している時間はもちろん無い。

 それよりも、光を出し続けるほうが生存率は上がるとシディアは判断した。

 意味不明な抵抗にあい、女は苛立っているようだ。片手でフードを掴んだまま、真上に剣を振り上げる。

 細身の剣で力任せに叩き切る戦法など聞いたことがないが、この人物の膂力なら叶いそうなのが恐ろしい。

 光の柱を縦に割るように、シディアの脳天めがけ刃は振り下ろされた。

 ───ここまでか。

 絶体絶命。シディアがついに死を覚悟し目を閉じた、その時だった。


「その剣、引いてもらおう。心の臓を一突きされたくなければな」


 落ち着き払った男の声に、フードの女はピタリと動きを止めた。気づかぬうちに距離を詰められ、背に槍を突きつけられたのである。

 恐る恐る開いたシディアの目に、女の肩越しにこちらの様子を確かめる、白髪交じりの壮年の男性が映った。見覚えのあるその顔に、シディアは心から安堵する。

 間に合った。会話での時間稼ぎも、命がけの光の柱も、実を結んでくれたのだ。

「ダン、いたよ!そこの家の壁!」

「お、いたいた。おーい、シディア!無事か!?」

 お次は、聞き飽きるほどよくよく知っている二つの声。近づく聞き慣れた足音に、涙が出そうになる。

「ダン!エイミー!」

 親友たちの名を呼ぶ。

 まさに、暗闇の中に生まれた灯のようだ。駆けてくる二人の姿が、この上なく頼もしく見えた。

「……チッ」

 シディアの頭上、深々と被ったフードの奥から舌打ちが降ってくる。

 四対一。シディアとエイミーが戦力外であることを考えると、実質は二対一に近いだろうが、それでも分が悪いと女は判断したようだ。

 女は剣を下ろし、鞘に納める。───と見せかけて、マントの陰から槍の穂先を弾いた。凄まじい剣術だ。

 壮年の槍使いは即座に体制を立て直し槍を繰り出すも、女は瞬く間に夜闇へと姿を消したのであった。

 槍に刺さったフード付きのマントを、その場に残して。



   第二十四話 絶体絶命 <終>


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