第二十二話 師弟
ベーヌス王立学校。六歳から十六歳までの少年少女が通う学び舎だが、今日は避難所として老若男女が身を寄せ合っている。
その校舎の二階。中央の窓辺で避難者リストを確認していたラファエルは、ふと顔を上げ、窓の外に視線を移した。
「……お久しぶりです、師匠」
「なぁんだ、もうバレちゃったか。優秀すぎる弟子も考えものだなぁ、遊べないじゃないか」
暗闇から飛んできた文句と同時に、師・ギャビンが巨大な鷹とともに姿を現す。
おそらくコード・クラウンの発令も含め全ての状況を把握したうえでなお、弟子とじゃれ合おうというのだから、つくづく厄介な人である。
ラファエルは「はぁ」とため息交じりに応じた。
「スィルヴィの匂いがしたものですから。師匠も当然一緒にいらっしゃるだろうと思っただけです」
「におい!?」
今朝水浴びしたけど、そんな臭うかな!?と鷹の体中をクンクンと嗅ぎ始めた師匠にラファエルは無表情で問う。
「それで、こんな時にいったい何をしに来たんです?」
「んー?用事ついでに、顔を見に来ただけだよ。弟子の頑張りを見に来るくらい、してもいいだろう?」
用事はコレ。と等身大のゴーレムをコンコンと叩く。
それが何なのかラファエルにはわからなかったが、オリヴィアに関係していることだけはなんとなく察しがついた。
「落ち着いたら迎えに来るよ。キミのことだから、主が心配で心配で夜も眠れないだろうし」
「もちろんお顔を見て安心したい気持ちはありますが……そこまで心配しているわけでもありません」
「へえ~?忠臣の鑑みたいなキミにしては珍しいじゃないか。なになに?もしかして仕事より優先したい女の子でもできたのかなぁ?せんせーに聞かせ……」
ラファエルがギロリと鋭く睨むと、ギャビンは鷹の上であぐらをかいたまま「冗談冗談」と上半身をのけ反らせた。
「師匠が守って下さるなら、オリヴィア様の身の安全は保障されたようなものですので。甘やかしすぎて間食や夜更かしが当たり前にならないかは、少々心配ですが」
心からの本音だった。
普段はへらへらとして何を考えているかわからないが、オリヴィアが絡むことに関してだけは絶対的に信頼できる。それが彼の師匠・ギャビンという男なのである。
少なくともダリアも同じように思っているからこそ、オリヴィアの捜索隊は出されず、これに関しては騒ぎも大きくなっていない。現に、避難民たちから聖女オリヴィアの行方を心配する声は聞こえてこない。そのように情報がコントロールされているのだろう。
弟子の言葉にギャビンは虚を突かれたように目を丸くしたあと、ラファエルをまじまじと見、そして笑い出した。
その笑い声に重なるように、ギャビンの背後、林の奥に見える街のほうから火の手があがった。
校内の避難者たちも、にわかに騒がしくなる。校庭を見張っていた騎士が数人、状況確認のため林道へと走っていく。
おかしい。報告にあった魔物の群れが街に現れるなら、東の門が最初のはずだ。
しかし火の手があがっているのはその逆───西側の港の近くなのである。新手だろうか。
「どうやら、始まったっちゃったみたいだねぇ。巻き込まれる前に退散するとしますか」
スィルヴィの上で座りなおすギャビンを、ラファエルは思わず呼び止めていた。
「師匠。協力してくださる気はありませんか」
「無い無い。僕はリヴを守るので手一杯だし」
「……師匠が昔張った結界、簡単に突破されててもですか」
「えー?あれはキミたちに広範囲結界を見せるために軽く張ったやつだし……そもそも、簡単に、とは限らないじゃないか。向こうさんも、それはそれは苦労して突破したかもしれないよ?」
「お得意の結界が破られたのに、悔しくないのですか。その安っぽいプライドでよく魔法使いが務まりますね」
「だーかーら、僕はそんなの名乗ってないの。島主家お抱え時代の貯金で気ままに暮らす、ただの自由人だよ」
じっと、師匠の金色の瞳を見つめる。静かに、黙って、真摯に見つめ続ける。
こうするのが一番「効く」のだと、彼に師事した弟子はよくよく知っているからだ。
案の定、根負けしたギャビンが両手を上げ降参のポーズをとった。
「わかった、わかったよ。もー、しょうがないな。ちょっとだけだぞ~?」
主人の命をうけ、銀色の鷹が高度を上げた。
校舎の真上から学校の敷地全体を見回してギャビンは頷き、呟いた。
「要塞」
言葉に乗せた魔力が分散し、薄い魔力の膜となって周囲を包み込む。
ラファエルの目には見えないが、学校の敷地全体に、魔物を通しにくくする結界が張られたようだ。
結界魔法を扱う者は人間の中にも数いれど、ここまで広範囲の結界を、しかも一瞬で張れる人物を、ラファエルは師の他に知らない。
魔物より魔力が強い妖精にまでは効果があるかわからないが、これで少なくとも数で押される可能性は低くなっただろう。少数相手の戦闘ならば、ラファエルの得意とするところだ。騎士たちの戦闘力を信頼していないわけではないが、最悪の状況は想定しておくに越したことはない。
「言っておくけど、これはベーヌスのためじゃなくて、可愛い弟子のためだから。そこんとこ、勘違いしないでよね」
スィルヴィの背に乗って窓辺に戻ってきたギャビンは、胸の前で両腕を組み、口を尖らせた。
礼を言おうと待っていたのに、これは言う気も失せるというものである。
「いったい誰に対してのツンデレなんですか。というか誰得なんですかそれ」
「まぁマジメな話、最低限の魔力で張った、超~即席簡易結界でしかないからね。秒で突破されても文句は言わないように。それから」
唐突に真剣な顔を見せたギャビンを見て、思わず表情を引き締める。
厳しい言葉も覚悟していたラファエルだったが、師匠の口から出てきたのは、意外にも優しく穏やかな声だった。
「民を守るのはあくまでキミだよ、エル。隊長なんだろう?引き受けたからには頑張りなさい」
半妖の魔法使い。
本人に名乗る気がなくとも、ギャビンがそれであることに変わりはない。
日頃どんなにやる気がなかろうが、どんなに他人や世界に興味がなかろうが。
やはりあの人は魔法使いなのだと、去っていく師の背中を見ながらラファエルは思った。───人間がどれだけ憧れても届かない、あの。
魔法使いに特別憧れている少年と、その双子の妹が脳裏に浮かんだ。
母ローシェンナに聞いていた日数の目安からすると、今日明日には戻ってきてもおかしくない頃合いだ。
「お二人とも、巻き込まれないといいのですが……」
街の騒ぎが、徐々に大きくなっているように感じる。シディアたちがケルピー船で入港するとしたら、まさに火の手があがっている側の港だ。
あの辺りは住居が多い。避難命令はとっくに出されているが、混乱を避けるべく区画ごとに誘導しているため、まだ避難所に全員は揃っていない。危険が迫っている東の区画を優先していたために、西側はどうしても後回しになっていたのだ。
騎士の人員にも限りがある。誘導する民の人数によっては、守りながらの戦闘は困難を極めるだろう。
避難者リストに目を落とす。たしか港近くの孤児院は、幼い子どもが多いので人手がほしいと要請があったはずだ。なかなか人員が割けず、少し前に騎士を一人だけ追加で向かわせたが───間に合っただろうか。無事に、こちらに向かっているだろうか。
考えれば考えるほど、落ち着かない気持ちになった。
今すぐにでも街に向かいたいが、臨時とはいえ隊長職を任された以上、今ラファエルが死守すべきはこの避難所と、ここにいる民なのである。
───民を守るのはあくまでキミだよ、エル。
つい先ほどの師匠の言葉を、ラファエルは改めて心に刻んだのであった。
第二十二話 師弟 <終>




